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ANA、飛行機の移動・牽引をリモコン操作。新技術の実証実験を羽田空港で公開
ドイツ製の「Mototok Spacer8600」を活用
2018年10月14日 22:38
- 2018年10月14日 実施
ANA(全日本空輸)は、従来のトーイングトラクターに代わリ、リモートコントローラで操作可能な電動車両で航空機の牽引・移動を行なう実証実験を開始している。10月14日に、その様子を報道公開した。
ANAでは2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、首都圏空港の発着枠拡大、そのことを航空会社から見た場合の生産量が拡大する一方で、労働市場の人手不足があるという実情のなか、世の中にある新技術を活用し、人と技術の融合や役割分担を見直すことで対応する取り組みを進めている。
ANA 空港センター業務推進部 企画チーム リーダーの山口忠克氏は、「実証実験を開始した航空機の移動・牽引のようなランプサイド(空港の駐機場まわり)での地上作業は30~40年、あまり仕事の仕方が変わっていない。人手をかけて行なっているものが多い」とし、「これをいかにシンプル&スマートにするかが課題」と話す。
そのほかの地上業務においても、2014年ごろからさまざまなテーマでアイディアを出し、仕事のありたい姿を実現するためにどのような技術の活用が必要か、とのスタンスで調査・研究を進めているという。そこでは、他空港や他航空会社での事例や他業界の事例などを横展開する手法や、製品化できそうなものの有無、メーカーと連携することで実現できることはないか、といったアプローチをとっている。
例として、空港内外で用いる車両の自動運転技術の実証実験、PBB(旅客搭乗橋)の接続自動化、手荷物の積み込みをロボットに行なわせる技術などの調査・研究が行なわれている。こうしたシンプル&スマートを実現する目的について山口氏は「技術の活用を通じて労働者の負荷が軽減し、仕事が簡単になることが大事。それによって業務の確実性が高まり、結果、安全性や品質が高まる。そこを目指したい。その先に省人化も目指す」としている。
こうした作業のうち、今回の実証実験は航空機の移動・牽引の業務に関する新技術を対象としたものになる。クルマによる航空機の移動・牽引は、飛行機の運航には欠かせない。身近な例では、空港の駐機場から機体をバック(後進)したうえで、ターミナルから滑走路へ向かう地上走行を開始するが、航空機は原則として自身で後進することが認められていないので、トーイングトラクターという車両を使って、プッシュバックという作業を行なう。このほかの場面においても、ターミナルから整備場への移動や、整備場から機体を出すときなど、運航状態にない航空機の移動の多くは車両を使って移動を行なう。
この作業を、「熟練した技術を伴わず、誰でも安全かつ簡単に、航空機のプッシュバック・トーイング業務を担える状態」にするのが今回の実証実験を通じて目指す業務の姿となる。そのために選定されたのが、独Mototok製「Spacer8600」で、リモートコントローラで動作する電動車両となる。現時点では小型機のみに対応する。
このほかに、車輪自体に駆動能力を付与し、パイロットの操作によって自走できるようにするWheelTug製品も検討にあがったが、コックピットの改修が必要なことや、パイロットの操作が増加するなどの理由で、まずはMototok製品の検証が決まった。
このMototok Spacer8600は、すでに海外空港における先行事例もあり、ロンドンのヒースロー空港 第5ターミナルで30台弱が活用されているという。このヒースロー空港での検証によって機体メーカー、関係当局による認定を得られることが期待されている。
ANAでは、今回の実証実験により大きく2点を検証する。1つ目は「通常の車両で行なっている業務を、新しい機器でも同じように行なえるか、性能を見極める」こと。
2つ目は、「新しい機器を使うことでいかに仕事のプロセスが簡単になるかを見極める」こと。“仕事のプロセス”は、どのぐらいの期間で必要な技術習熟を行なえるのかなども含まれる。
この実証実験は8月22日をキックオフ日とし、8月22日~23日にMototokのインストラクターからANAグループのインストラクター6名が教育訓練を受けた。その後、9月21日~29日に夜間の駐機機材を使ってプッシュバックの実証訓練を行なった。そして、10月7日からは格納庫の出し入れについての検証を実施しており、その模様が公開された。
ANAでは、機器の性能や安全性、操作性のほか、スタッフの業務訓練効率化などを検証。得られた結果をベースに、2020年までの本機器導入を見据え、現在の規定や基準、資格体系との整理を進めるとともに、大型機の牽引・移動への適用拡大に向けた調査を行なっていく考え。
ちなみに、Mototok Spacer8600は、ボーイング 737-500/700/800、エアバス A320/321に対応しており、両社からNTO(No technical Objection)、つまり使用することに技術的な異論はないとの承認を得ている。一方で、大型機に対応する機種はMototokも製造していない。
現時点ではあくまで検証段階であり、実際にどのように導入していくかも含めて検討するとの前提のうえで、山口氏は「小型機しか駐まらないスポットや、地方空港などのみで導入する可能性もある」とコメント。
また現在、作業従事者は移動・牽引について大型機、小型機に(公的、社内含め)資格の区別はないが、小型機にしか対応しないMototok Spacer8600の導入は扱う機器・車両が増えることにつながるのではないかと指摘したところ、「大型機もそうだが、速度の問題もあるので、ターミナル間の移動などを行なうトーイングトラクターの置き換えはできない。導入後もしばらくは併用となる可能性はある」とのことだった。
加えて、遠隔操作を活かした集中管理や自動化などの検討について尋ねると、まだ一般論の域を出ない話との前置きのうえで、「PBBやプッシュバックなどランプサイドの作業を集中的に管理し、自動化できるものは自動化するという構想はある。ただし、それを実現するために技術をどうつなげるか、など課題は多い」とし、そうした未来の姿も見てはいるが、現実にはまだ越えるべきハードルがかなり多いようだった。
今回実証実験を行なうMototokのSpacer8600は、先述のとおりリモートコントロール式の電動車両で、内蔵したバッテリで動作する。電波の有効範囲はおよそ70mとのこと。充電は3層400Vで、フル充電に要する時間は3時間。フル充電状態で30回のプッシュバックが可能という。
手元のリモコンはVRゴーグルのような形状で、両サイドに前後、左右をそれぞれ操作するジョイスティックを搭載。速度は最大6km/hで、うさぎ(速い)とカタツムリ(遅い)が書かれたツマミで変更することもできる。
Mototok Spacer8600
車両重量: 5400kg
車両サイズ: 3243×2546×553mm(全長×全幅×全高)
最低地上高: 81mm
最高速度: 最大6km/h
動力: 電気(バッテリ、80V)
最大牽引能力: 95トン
充電時間: フル充電3時間(3層400V)、30回のプッシュバックが可能
対応機種: ボーイング 737-500/700/800、エアバス A320/321
作業はまず、Mototok Spacer8600を飛行機の前輪に取り付けるところから始まる。Mototok Spacer8600の後部のドアが開き、飛行機へ本体を近付ける。タイヤに近づいたら、後部ドアが閉まり、最後に抱きつくように少し近づいて車輪を持ち上げて固定する。従来のトーイングトラクターとトーバーを取り付ける作業に比べて、現時点の習熟度合いでも1分程度は短縮できると見込んでいるという。
そして、リモート操作でMototok Spacer8600を操作し、航空機を移動・牽引する。このとき、操作者は一定の距離を置いてMototok Spacer8600に付いていく格好となる。
傍目には簡単に操作しているように思えるが、実際はどうか。Mototokのインストラクターから訓練を受けたANAエアポートサービスの吉田弘賢氏に尋ねると、「操作が簡単で、トーバーを使うより反応よく動く」とのこと。
ちなみに、2か所の連結点にかかる力をイメージしながら動かすトーバー&トーイングトラクターを使った移動とは車両の動かし方が違うそうだが、その感覚の違いはあまり戸惑わなかったという。
訓練において吉田氏は、「スラロームの練習などをしたが、1日目の数時間で手応えを得た」と習熟への苦労はあまりなかった様子。「会社がどう判断するかは分からないが、個人的にはこういうの(機器)があってもよいのかな」との感想を話した。
さらにもう1つのメリットとして、トーイングトラクターの運転席に座って作業するよりも広い範囲を見渡せる「視野の広さ」を挙げた。
今回のANAの取り組みでは、「役割分担の見直し」ということも課題に挙げられている。現在のトーイングトラクターを使ったプッシュバックは、運転手、翼端を監視する人、ヘッドセットを使う人の3名程度が一組となっているが、例えばリモコンを使う人の視野が広がって翼端の監視も行なえるようになる可能性がある。実証実験を通じて、こうした作業を行なう人数や、それぞれの作業者が担う役割の見直しも検討が進められることになる。