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ANA、佐賀空港をイノベーション推進の拠点に。国内初の自動運転トーイングトラクターや航空機牽引の遠隔操作など実地検証へ
路面パターンマッチング技術を採用した豊田自動織機の自動運転車の実証実験開始
2019年3月27日 13:42
- 2019年3月26日 発表
ANA(全日本空輸)と佐賀県は3月26日、佐賀空港(九州佐賀国際空港)をANAが進めるイノベーション推進のモデル空港として拠点化することを発表した。その第1弾の取り組みとして、国内初の豊田自動織機製の自動運転トーイングトラクターの実証実験を3月26日~4月5日に実施する。
ANAはさまざまな新技術を用いることで、人と技術の融合や役割分担を見直した「シンプル&スマート」な働き方を実現し、その結果として利用者へのサービス品質向上を目指すべく、イノベーションの推進を図っている。
同日、佐賀空港ターミナルビルに隣接する貨物エリアで共同記者会見に臨んだ、ANA 代表取締役 専務執行役員の清水信三氏は、航空需要が堅調に伸びる一方で、生産年齢人口の減少による業務の“担い手不足”が地方空港を中心に顕在化し、「全空港待ったなしの状況と考えている」と指摘。そして、「ランプエリアを中心とした地上支援業務はこの数十年間、仕事の仕方が変わっていないのが実情。技術革新の流れを確実に捉えたうえで、人と技術の融合、役割分担の見直しを図ることで、人の役割を単純型労働から解放し、より付加価値の高い仕事へシフトしていくこと、つまり業務のスマート&シンプルの推進が必要だと考えている」と述べた。
今回の佐賀県との発表は、佐賀空港をそうしたイノベーションに関する実験などの場として拠点化するというもの。佐賀空港においては、「実際のオペレーションに近い環境下で新技術を試す実験場を、上屋施設も含めて設置」「現在実証段階にある新しい技術を、実際のオペレーションを通じて使うことで、実用化に向けてさらに一歩踏み出すこと」「個々の技術を集めて、一連の技術を相互につなげることで具体的にどのような働き方を実現できるかの統合的な検証を九州佐賀国際空港で行ない、新しい技術を活用した働き方を社内外に見える化する」の3点に主に取り組むとした。
イノベーション推進の場として佐賀空港を選択した理由については、「20年前から九州佐賀国際空港とお付き合いしており、空港オペレーション全般をANAグループがやっている。イノベーションの取り組みにも賛同いただき、佐賀県や空港関係者の協力により上屋の使用などもでき、基本的な検証をやりやすい地の利がある」と説明。
加えて、「佐賀県は日本初の実用蒸気船や鉄製大砲の鋳造を成功させるなど、幕末の日本における産業革命をリードした場所であり、まさに空港におけるイノベーション推進の拠点にふさわしい場所だと考えている」との理由も挙げている。
そして、「新しい技術を使った新しい働き方を通じて、九州佐賀国際空港がイノベーションモデル空港として他空港のモデルとなるだけでなく、より多くの人にとって働きやすい職場になるとともに、ご利用されるお客さまにより高い品質のサービスを提供できると確信している」とまとめた。
続いて登壇した、佐賀県の山口祥義知事は、佐賀空港について「初めて(年間利用者が)80万人を突破。最初に空港が開港したときにANAと付き合いをはじめて、最初は20万人ぐらいだった。ひよっ子なところから信頼関係を深めて、これから世界の空港オペレーションのモデルとして選ばれたことに、非常にワクワクしている」と期待。さらに、会見前に2018年に死去した人間国宝の陶芸家である中島宏氏の展覧会に行ったことを明かし、「青い磁器で知られ、ANAの機内誌にも取り上げていただいたりといった関係もあったので、これからの取り組みがうまくいってほしいとの思いで訪問した」と話した。
また、清水氏が幕末の佐賀藩に触れたことを受け、「佐賀の地は、いわゆる第1次産業革命の発信地で、佐賀は世界を見ていた。佐賀の地域だけでなく、世界の趨勢を見ながらモノづくりを考えていた歴史がある。反射炉で大砲を作ったり、蒸気船を作ったりといったことに全力を結集した地なので、AI、IoTといった第4次産業革命の発信地になりたいと強く思っている」との意気込みを示した。
ANAでは佐賀空港をイノベーションの拠点として、実際の運用に近い実証実験を行なう方針。清水氏は「まずは適正規模の空港でスタートして、羽田などの混雑空港へ展開する応用がその先にある。基本技術を確立するには最適な国際空港だと思っている」と話す。
具体的には、後述のトーイングトラクターの自動運転実証実験のほか、羽田空港で2018年に実証実験を行なった(関連記事「ANA、飛行機の移動・牽引をリモコン操作。新技術の実証実験を羽田空港で公開」)、リモコン操作で航空機を牽引できるトーイングトラクターの訓練を4月に開始し、定期便の航空機で実際に利用する取り組みを行なう。
また、腰に取り付けることで重い荷物の運搬をサポートするサイバーダイン製のロボットスーツ「HAL」を佐賀空港に3台配備。2019年度内には旅客の預け入れ手荷物をコンテナに積み下ろしする作業をロボットで行なう実証実験も行なう予定としている。
豊田自動織機製の自動運転トーイングトラクターを実証実験開始
佐賀空港をイノベーションの拠点とする取り組みの第1弾として実施されるのが、2月に発表された豊田自動織機製の自動運転トーイングトラクターによる荷物の運搬となる(関連記事「豊田自動織機とANA、佐賀空港で国内初のトーイングトラクター自動走行試験。貨物など輸送」)。
清水氏は「新しい働き方改革に向けては、ユーザーとしての要望に共感していただき、新しい技術の開発に取り組んでいただける力強いパートナーの存在が極めて重要。今回は豊田自動織機の協力をたまわる。ANAグループと豊田自動織機との関係は、2013年に人材の交流からスタートし、カイゼンを始めとする空港における働き方の改革のご指導をいただいた。加えて、航空物流の自動化や高度化に向けてさまざまなアドバイスをいただいている。2社間の連携がトーイングトラクターの自動走行技術の開発という具体的な形になった」と喜びのコメントを述べた。
豊田自動織機 常務役員の一条恒氏は、現在のトヨタグループの源流にある企業と同社を紹介し、「構内物流の現場で使用するさまざまな車両を開発している」と事業を紹介。排ガス規制対応や電動化、FC(燃料電池)化など、既存商品の高性能化のほか、自動化がロボティクスを取り入れた高度作業支援、自律化にも取り組んでおり、車両だけでなく全体を接続してシステム、ソリューションとして提供していく方向で開発を進めているという。自動運転技術についても、構内という限定空間内においては「1980年代から取り組みを始めている」としている。
今回の実証実験で使用する自動運転トーイングトラクターの技術概要は、豊田自動織機 主査の一瀬誠氏が説明。作業現場では空港施設で荷物を積み下ろし、トーイングトラクターを運転して飛行機のそばへ。そこで積み下ろしをし、また空港施設まで運転して戻るという流れになるが、「(行って戻るための運転という)単純作業を自動化すれば、荷物の積み下ろしのような神経を使う高度な作業に集中できる」と、導入効果を説明する。
この豊田自動織機製のトーイングトラクターは、前方と後方、上部にそれぞれLiDARを備え障害物検知に活用。自動運転制御に欠かせない自己位置推定については、GPSやジャイロ、車速に加えて、路面のパターンマッチングを行なっているのが大きな特徴になっている。
路面のパターンマッチングとは、走行中に路面を撮影し、あらかじめ記録された路面の画像データと照合することで、道路上のどこに、どのような向きで自車が位置しているのかを判定するもの。記録されている路面のデータは自車の走行ルートを決める地図にもなる。
一条氏によると、「GPSだけの位置推定ではないので屋内外で使用できること」「アスファルトは特徴がはっきりしている」「同じパターンを繰り返し動作する」「低価格で実現できる可能性」といった点を、採用理由に挙げる。一瀬氏によると、路面パターンマッチングに必要な特別なハードウェアは、デジカメなどにも使われている一般的なイメージセンサとLEDライトのみで、あとは解析するためのコンピュータがあればセンサーとして機能する状態になるという。
パターンマッチングは、取得してあるデータと、走行中に毎秒15枚撮影する画像を比較照合して、約50点が一致すれば合致したものとみなす。ロバスト性については、GPSなどと異なり屋内外問わず利用できることは利点となる。一方で、雪に覆われるなど機能できない条件もあり、一瀬氏は「(1画像の)6~7割ぐらい覆われていても大丈夫」との目安を示した。
このほか、先の一条氏の話にあったとおり豊田自動織機は高度な物流支援車両をシステムを含めた形で展開する方針であり、今回の実証実験でも運行管理を行なうためのシステム「FMS(Fleet Management System)」を用意している。同社のFMSには、複数台を運用する際に、複数の場所から出発した車両が交差点に同時に押し寄せるといった“衝突”を回避するような指示を出すことに大きな特徴があるという。
なお、貨物や手荷物を運搬する際には、航空機に非常に近い場所へ自動運転で接近することになるが、今回の実証実験では、ほかの車両との混在がない区切られたエリア内での走行に留まっており、ブラスト(ジェットエンジンからの排気)の影響がある場所での停止線などを想定していない状況でテストを行なうことから技術的にも対応する仕組みは盛り込まれていない。そうした点も含めた安全性の対策について一条氏は「ANAの知見も借りながら検討していく」とした。
このほか、記者会見場には豊田自動織機が将来的な実用化を目指す無人運転トーイングトラクターのコンセプトモデルも展示されていた。これはトヨタ自動車の「MIRAI」と同じFCセルを搭載したもの。
このモデルの実用化について一条氏は、「2030年、2040年の視点では空港で働く物流ドローンのような形で、人が乗らないことを考えている」とし、今回の実証実験で目指す2020年の実用化に向けては「運転席があって、自動運転も手動運転もできる、フレキシブルに運転できることを目指す」と説明した。
障害物や他車両に対する意思決定を含めた自動運転のデモ
3月26日にスタートした自動運転トーイングトラクターの実証実験は、実際の業務に従事しているほかの車両と混在しない、独立したエリアを設置。報道公開では、1周約300mの周回走行と、約100mの直線走行をデモした。
周回走行では、前方に人やコーンといった障害物に対して約5m手前から減速し、約3m手前で停止する様子や、交差点で右側から進入している車両、前方から右折しようとする車両それぞれに対して意思決定と実際の動作の様子を示した。
交差点においては、一定時間停止し、他車がその間に動くようならそのまま停止して通過を待ち、他車に動く様子がなければ自車が進行する仕組みになっているという。
直線走行のデモでは、後方から追い越しを図る車両を用意。追い越し車両のために自車が速度を落とし、安全に追い越させる様子を示した。
まずは、4月5日までの期間に行なわれる区切られたエリアでの実証実験を通じて技術的な課題を抽出し、今後、佐賀空港の貨物エリアと航空機が駐機するエプロンエリアの間を自動走行するステップへと着実に進めていく方針。2020年度までに実用化を目指す。