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日本旅行業協会、“障害者差別解消法”への理解を深める「ユニバーサルツーリズム推進セミナー」実施。ANAがユニバーサルサービスや飛行機利用時の注意点を紹介
2018年10月31日 00:00
- 2018年10月30日 実施
JATA(日本旅行業協会)は10月30日、羽田空港内で旅行会社向けに「障害者差別解消法」の理解と実践に向けた講習会「2018年度ユニバーサルツーリズム推進セミナー」を実施した。
同セミナーは、2016年4月に施行された「障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」への理解を深め、旅行会社としてどのように対応するのが適切であるのかを紹介するもの。2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会まで2年を切ったほか、宿泊施設で1%以上の客室の車いす対応を求める「改正バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)」が閣議決定により11月1日に施行されることが決まっているなど、ユニバーサルサービスやバリアフリーに対応していく機運が高まっているなかでの開催となる。
10月30日に行なわれた東京会場の午前の部では、来賓としてセミナーも聴講した国土交通省 関東運輸局 観光部長の松葉圭一氏があいさつ。同氏は「ユニバーサルツーリズムに対して強い思い入れがある」とし、過去に観光庁に在籍していた際、旅行市場のなかで「取り残されているのではないかと思う高齢者や障害者を、どうお客さまとして迎え入れるか」という課題に対して、旅行の楽しさを感じてもらえるよう取り組んできた経験があるという。
2017年2月には「ユニバーサルデザイン2020行動計画」、2018年11月1日に施行されることが決定した改正バリアフリー法の閣議決定などにも触れ、後者について、2000年に制定されてから18年の間に、航空、鉄道、バスなどの交通結節点のインフラ整備が進み、自治体や観光地でのバリアフリーマップ作成や、バリアフリー旅行をサポートするNPOの設立なども進んだことや、2017年度には「宿泊施設バリアフリー化促進事業」の募集を開始し、ホテルや旅館に対する補助制度も始まったことを紹介。そのうえで、「広域的に活動される人が増え、それまで見えてこなかった課題も見えてきた。新しい法律はそうした課題も取り込んでいる」とした。
観光や旅行業の面からは、「先進的にこれらの問題に取り組んだ旅行会社の皆さんの活躍がある。本日のセミナーは、そうした取り組みのなかで得られた知見をお話いただけると聞いている。明日の日本を支える観光ビジョンでも、すべての旅行者がストレスなく快適に観光を満喫できる環境を構築すべく取り組んでいる」とし、このセミナーが参加者の糧となることに期待した。
セミナーは、JATAユニバーサルツーリズム推進部会 部会長で、ANAセールス CS推進室の田中穂積氏が講師を務めた。田中氏は障害者差別解消法について、日々の顧客対応や「障害者差別解消法の相談窓口」で問い合わせを受けている経験を元に、重要なポイントに絞って紹介した。
障害者差別解消法についてポイントと挙げられたのは2点。
1つ目は「差別的取り扱いの禁止」。障害者差別解消法の第2章第2項(1)に「正当な理由なく、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否すること、場所・時間を制限すること、障害者でない者に対しては付さない条件をつけること」とあることについて説明が行なわれた。
ここで注意すべきは、「一律に」断わることが問題となるとし、例えばパンフレットに「車いす利用者は参加不可」などの条件を付けることが違反行為となることを説明。ただし、「正当な理由がなく一律に断わるのが問題」(田中氏)であるとの条件も付く。
例えば、岩場のある山を登るような山岳ハイキングツアーへの車いす利用者からの参加希望のように旅行の安全性確保や円滑な実施に支障があると判断できる場合や、旅行会社負担による手話通訳者の帯同や、添乗員による介助などの支援措置の要求、専門知識を要する医療行為のサポートを求められるなど、客観的に正当な理由があると判断できる場合はこの限りではない。ただし、ただ断わるだけではなく、「客観的に十分に説得性があり、その理由を説明して理解を求めること」が重要であるとした。
その「理由を説明して理解を求めること」にも関連してくるのが、障害者差別解消法の2つ目のポイントとして挙げられた「合理的配慮の努力義務」となる。同法第2章第3項(1)にある「意思の表明があった場合は、その実施に伴う負担が過重でないときは、(略)必要かつ合理的な配慮するよう努めなければならない」という文章に沿った対応が必要になるというもの。
ここでは、国土交通省が旅行業関係への対応指針を定めており、その内容をインターネット上で公開している。例えば、「利用する運送機関や旅行行程におけるバリアフリーの状況について情報を提供する」といったことや、「各事業者に参加者の状態に沿った配慮を要求する」「聴覚障害者に対して旅程管理や安全管理上必要な情報、案内を書面にして渡す」などの努力が必要であるとした。
なかでもポイントとしたのは「利用する運送機関や旅行行程におけるバリアフリーの状況について情報を提供する」という点で、必要に応じてホテルやレストラン、観光地などのバリアフリー情報を提供しなければならず、田中氏もこの点については「欧州1週間旅行などでもすべてのバリアフリー情報を調べて提供しなければならない。旅行会社にとって非常に重い負担」と指摘する。ただし、「最初は特に大変だが、日々の蓄積で今後につながるものでもあるので、積み重ねる必要がある」と時間をかけて取り組むことの必要性を説いた。
このほか、旅行会社の店舗についても必要な合理的配慮が挙げられ、例えば店舗のパンフレットを置くラックを低くしたり、位置を調整するなどして、車いす利用者でもパンフレットを手に取りやすく、動線を遮らないような配慮が求められている。聴覚障害者のために筆談ボードを設置することなども指針には書かれているという。田中氏は「店舗を改装するなどは過重な負担といえるが、ラックの移動などは配慮すべき。筆談ボードのコストも数千円で導入できる」と、旅行会社の規模にもよるものの、できる範囲で合理的配慮を行なう必要があるとした。
田中氏は旅行業が提供すべき合理的配慮の基本的な考え方として、「お客さまとの建設的対話」を挙げる。「お断わりありきではなく、まず参加を前提として対話をし、お客さまの状態の十分な聞き取り、必要な特別な配慮の聞き取り、信義誠実の原則による対応と説明を行なうこと」を求め、「ハードのバリアフリーはかなり進んでいて、法律も整備されてきた。最近は心のバリアフリーと言われるが、建設的な対話や姿勢で向き合うことこそが心のバリアフリーと言えるのでは」と話した。
旅行会社では、この対話を通じて顧客の状態を把握し、各種バリアフリー情報に基づいて対応。場合によっては代替案や追加費用を提示して理解を求めていくことが必要となる。セミナーでは収集しておくべき具体的なバリアフリー情報の紹介や、合理的配慮の提供手順なども説明。
そのなかで田中氏は「ただ断わるだけでなく、代替え案や回避策を提案することが必要」とも説明。バリアフリー情報を収集しておくことで、「階段はあるが、車いす用ルートもある」「元々の旅程をまわるのは難しいが、その時間はこちらのルートを観光してはどうか」などの提示もしやすくなる。
こうした対話を通じて旅行手配を進めるなかでは、サービス提供事業者へ適切に参加者情報を伝えることも必要となる。特に安全確保の面では、非常ベルや避難誘導アナウンスが聞こえない聴覚障害者が参加している場合に事業者側も対応をとる必要があり、「旅行会社として知っている限りは伝えるべき」としたほか、リフト付き車両の手配や、アレルギー対応食の手配なども含まれる。「バリアフリーや障害者などにフォーカスされがちだが、外国人やLGBT、妊婦さんなど、すべてを含めてユニバーサルに対応するという意識が求められている」と田中氏は説いた。
セミナーでは、相談窓口に寄せられた旅行会社からの相談事例なども紹介。旅行会社としては参加希望者の状態を十分に聞き取りをし、例えば車いす利用者でも身の回りのことが自身でできる人もいれば、健常な高齢者でもバスの乗降に手引きが必要な人もいるなど、個々の状態に合わせて対応し、「必要に応じて代替案を提案することが望ましい、断わる場合でもしっかり説明すること」がポイントとなった。
また、パンフレットなどには「○○など特別な配慮を要する方はお申し込みに際してお申し出ください。当社は合理的な範囲で、できる限り配慮いたします」と記載しておくことが重要であるとした。
この一文の有無の差として例示されたのは、盲導犬帯同者からの参加申し込みへの対応だ。旅行会社では、「犬アレルギーや犬恐怖症の参加希望者がいる可能性があるために了解を得る必要がある」との対応をとろうとしたが、上記一文を記しておくと、了解を得る必要があるとの理由では断われなくなるが、犬アレルギーの参加者からの申し出の有無を判断材料にできるようになるし、申し出を促すことで、乗車バスを分けたり、同一車両内でも席を話すなどの合理的配慮も提案するなど、参加するかどうかを希望者自身が判断できる材料を提供できるようになる。
こうした具体的な対応方法は、観光庁が「高齢の方・障害のある方などをお迎えするための接遇マニュアル(旅行業編)」を2018年3月に発行しているほか、JATAとANTA(全国旅行業協会)が「障害のある方の旅行参加を推進するための手引き」(最新版は2017年6月)に発行しているので、これらを参考にしてほしいとした。また、JATAとANTAが提供している参加希望者からの聞き取りチェックシートである「ハートフル・ツアー ハンドブック」の活用も促した。これらはWebサイトでも配布されている。
ANAが推進するユニバーサル対応の紹介
セミナーでは続いて、ANA(全日本空輸)CS&プロダクト・サービス室 CS推進部 担当部長の小島永士氏から、同社が現在推進しているユニバーサル対応についての紹介が行なわれた。航空会社による具体的な対応の紹介により、セミナー参加者にとっては、先に挙げられた「バリアフリー情報の収集」の一環にもつながる。
小島氏は、海外航空会社では全旅客のうち障害のある方の割合が1%前後となっているが、ANAでは1%未満であるとし、「日本人の障害者の方にはまだまだ空の旅が身近でない」と指摘。障害を持つ旅客のなかでは、車いす利用者が圧倒的に多い状況だという。
ANAでは2016年に羽田空港に「お手伝いが必要なお客様」に向けた「Special Assistance」デスクを設けているが、2018年5月にはさらなるユニバーサルサービス推進について発表(関連記事「ANA、機内用の新型車椅子導入やローカウンター全国展開などユニバーサルサービス拡充」)。約50億円という大規模な投資を行なっている。
現在はANA利用者は男性ビジネスマンが非常に多く、いわば“1%未満の旅客のために50億円を投資する”という状況にあるわけだが、今後、日本の人口構造が変化していくなかで、「このユニバーサルサービスは、そのまま超高齢化社会、女性活躍社会などにも対応できるものになる」と、将来を見据えて、現在取り組みを進めているものとなる。
5月に発表されたユニバーサルサービス対応の進捗については、ローカウンターの国内全空港への設置は、すでにSpecial Assistanceカウンターとして設置している羽田、新千歳、福岡のほか、松山空港にも導入。
搭乗ゲート幅の拡大については、2018年4月から静岡空港、宮古空港、鳥取空港で導入したという。この2点や、ラウンジの移動動線のアクセシビリティ向上については国内全空港で順次工事などが進められる。
機内用新型車いすについては、現在展開を進めている。ANAの車いすといえば2016年に保安検査場の門形金属探知機に反応しない樹脂製で、かつ大きい車輪を外せるようにすることで車いす間の移乗なしに機内まで進める「モルフ(morph)」の利用を開始しているが、今回導入が進められているのは航空機内に設置しておき、例えばラバトリーを使用するなど飛行中に利用するためのもの。
新開発された機内用車いすは、4WS(四輪操舵)で小回りが効くほか、座位を保つのに苦労する利用者のために背もたれにサポートベルトを装備。さらに上げ下げできるアームレストを備えるなど、機内で利用するうえで苦労しがちな点に対応したものとなる。機内用車いすは国内線、国際線ともすべての飛行機(60席以上の飛行機に全機搭載することが法律で定められている)に1台ずつ搭載しており、新型機内用車いすへ順次切り替えが進められている。2018年度内には全飛行機が新型に切り替わる予定だ。
続いて、空港での搭乗手続き、機内、空港への到着それぞれのシーンにおけるANAのユニバーサルサービスを紹介。
搭乗手続きでは、特に車いす利用者の対応について細かく紹介され、貸し出ししているものや、預け入れ可能な車いすの説明などがあった。特に車いすの預け入れについては、搭乗する航空機の種類によって異なるほか、電動車いすではバッテリの種類や容量などの問題もある。これらの情報はANAのWebサイトでも情報提供しているが、ノウハウを持つスタッフがいるので、「おからだの不自由な方の相談デスク」に電話して型番などを伝えるのがよいそうだ。
また、国交省により各空港の保安検査場には900mm幅以上の通路が必ず設けられていることや、PBB(旅客搭乗橋)が使えないタラップでの搭乗についても、車いす利用者がリフトやスロープを使って搭乗できるようにすることを義務づけられていることも紹介されている。
機内では、先述の機内用車いすの配備のほか、CA(客室乗務員)により通路側席の肘掛けが上がることで車いすから座席への移乗がしやすくなっていることを紹介。一部に肘掛けの上がらない席があるが、これは同社Webサイトのシートマップで確認することができる。
トイレも、大型機では機内用車いすで入室して便座に移乗できるだけのスペースを設けた車いす対応ラバトリーを備えるほか、近年導入されているエアバス A320neo/A321neo/ceo型機では、車いすから便座に移乗する際の“ステップ”となる台を備えることで車いすでも利用できるようにしている。
到着時にも事前に相談をしておくことでスタッフのサポートを受けられ、預け入れた(使い慣れた)車いすなどを早期に受け取ることができるほか、乗り継ぎがある場合のケアも対応している。
このほか、医療目的としての持ち込みが認められている酸素ボンベに関する注意点や、医療機器の機内での使用についても紹介。一定のルールが設けられているので、事前にWebサイトなどで確認するほか、必要に応じて「おからだの不自由な方の相談デスク」に電話で確認するのがよいという。
最近では、発達障害を持つ利用希望者のために、航空機利用の不安を解消するためのツールとして日本発達障害ネットワークが監修した「そらぱすブック(『そら』へのパスポート)」や、同様の内容を紹介する動画なども提供。出発の空港から機内、降機までの流れや、例えば「飛行機のトイレはドアを閉めただけでは照明が暗いままだが、鍵をかけることで点灯する」といった点など、飛行機に乗る前に知っておくことで不安を取り除けるような「予習」をできる内容となっている。
セミナーでは、ANAがユニバーサルサービスとして提供・使用している車いすや、コミュニケーション支援ボードなどの実物を展示して紹介したほか、東京会場だけの内容として羽田空港のSpecial Assistanceカウンターの見学会を実施。旅行会社の担当者は実際にSpecial Assistanceカウンターに用意されているものなどを確認することができた。
JATAによる「2018年度ユニバーサルツーリズム推進セミナー」は、10月30日に行なわれた東京会場のほか、2019年2月までに全国5か所で開催。日程は下記のとおりとなっており、福岡、大阪は午前・午後で同じ内容のセミナーが2度行なわれる。
東京(終了): 2018年10月30日、09時30分~12時30分/14時00分~17時00分、羽田空港
福岡: 2018年11月14日、09時30分~12時00分/14時00分~16時30分、天神クリスタルビル 0Bホール
札幌: 2018年12月5日、13時30分~17時00分、北海道経済センター
松山: 2019年1月17日、13時30分~17時00分、ニ番町ホール
大阪: 2019年1月25日、09時30分~12時00分/14時00分~16時30分、エル・おおさか
那覇: 2019年2月8日、13時30分~17時00分、沖縄県青年会館
内容は、会場により細かな差異はあるが、基本的には障害者差別解消法についての解説や、JATAの相談窓口に寄せられた事例なども元に、具体的な対応の紹介。そして、ANAの協力による航空会社のユニバーサルサービスの紹介が行なわれる点は大きく変わらない。