ニュース

アバター本格展開に向けたANAグループの新会社「avatarin」。深堀CEOにアバターロボットで遠隔インタビュー

新型コロナで「社会インフラのアップグレード」を狙う

2020年4月28日 実施

ANAグループはアバターの事業化に向け4月にavatarin株式会社を設立した。同社 代表取締役CEOの深堀昂氏にアバターロボット「newme」にアバターインしてインタビューした

 ANAHD(ANAホールディングス)が2018年に構想を発表した「AVATAR(アバター)」。これまでANAHD社内の“アバター準備室”としてさまざまな取り組みが行なわれてきたが、これを事業として推進すべく、4月1日にavatarin株式会社が設立された。ANA(全日本空輸)グループ初のスタートアップ企業となるavatarin株式会社のCEO 深堀昂氏に、今後の事業の展開やアバター普及に向けての取り組みを聞いた。

 今回、新型コロナウイルス感染拡大予防のための外出自粛が要請されるなかでのインタビューとなったこともあり、avatarin(アバターイン)を活用して遠隔でインタビューを実施した。

 使用したのは、実証の様子などを当誌でもお伝えしているコミュニケーション型アバター「newme(ニューミー)」だ。記者はWebブラウザで表示したavatarinのWebサイトを通じて、newmeに自宅から“アバターイン”して利用した。

avatarinで利用するコミュニケーション型アバター「newme」
インタビューの様子(写真提供:avatarin株式会社)
記者はWebブラウザを通じて利用

 newmeでの映像と音声によるインタビューの所感をお伝えしておくと、自分の声が、直接耳にする声と、送信された音声がループバックしてPC側からも聞こえる声とにわずかにズレがあって二重に聞こえることに若干の違和感はあった。そのため、自分の話し方がかなりたどたどしい感じになってしまったことを除けば、先方の声はクリアで、支障なくインタビューを進めることができた。

 とはいえ、これだけであれば、普通のビデオ会議ツールなどでも実現できるところ。newmeはこれに加えて遠隔で移動することができるのが一つのポイントになる。

 PCのカーソルキーを使って操作でき、カメラ映像は前方と下方の2つあり、カーソルキーとカメラ映像の応答のズレが少なめなので直感的に操作が可能だ。周囲が見えないのは現在のnewmeのハードウェア上の制限となるが、下方カメラのおかげで“なにかにぶつけるのではないか”というような不安は感じなかった。

 インタビューに際しては、少し離れたところに置かれたnewmeを、机を挟んで深堀氏と対峙する場所まで自分で移動して臨んだのだが、自分でそこに行ったという感覚を得られるおかげで臨場感はかなり違う。

 また、新しいオフィスの会社に訪問すると、「ちょっとご覧になりますか?」といったやり取りがありがちなのだが、今回もnewmeを移動させて4月に設立されたばかりの新オフィスを、自分でnewmeを操作してキョロキョロしつつ見せてもらうこともできた。

newmeを遠隔で操作して新オフィスを見学。今後、リノベーションが進められるという。ちなみに左手前に映る黒いロボットは、二人羽織のように体験を共有できるウェアラブルアバター

別会社化でグローバルのテック人材が働きやすい環境に。同社の次のステップは?

 以下、avatarin株式会社 代表取締役CEOの深堀昂氏へのインタビュー内容をお届けする。文中、「avatarin株式会社」と表記した場合はavatarin株式会社を指し、「avatarin」と表現した場合は、同社の事業やそのプラットフォーム、サービスを指すことを注記しておく。

――ANAHD内の一部署ではなく、独立した会社としてアバター事業を推進していくことになった経緯は?

深堀氏:2018年3月29日に「AVATAR-VISION(アバター・ビジョン)」を発表して、そこから有志や兼務者をアサインして、2019年4月にANAHD内に事業部を立ち上げた。会社を興すための“準備室”だったので、2020年4月に立ち上がったのは予定どおり。よく「新型コロナウイルスの流行に合わせて立ち上げたんですか?」と聞かれるが、それは本当に偶然。

――会社にすることで動きが広がる面はあるのか?

深堀氏:テックスタートアップなので、世界中からエンジニアが集まっている。テックエンジニアにとっては、アバターのビジョンを信じて、理解できる人が率いていることが大前提。グローバルなテック人材がうちを選んで、日本に来てくれた人もいる。そのような人たちが働きやすい環境作りも、avatarin株式会社を設立した一つの目的。

――ANAHDのアバター準備室時代に、2020年度にリアル店舗へのアバターショッピング実装を目指すなどのロードマップが示されていたが、それは変わっていない?

深堀氏:会社が立ち上がって、開発のスピードを加速させていくのはポイントになるが、オリンピック・パラリンピックまでに1000台を展開して、アバターの社会インフラを作っていくという点は変わっていない。オリンピックが2021年になったので多少のタイムラインのズレはあるが、そのぶんロボットもアップグレードしていくので、“オリンピックまでに”というターゲットは変わっていない。

――1年延期されたことで、オリンピックまでに実現できることは広がるのか?

深堀氏:確実に広がる。ロボット会社のように見られるが、私たちはロボットをスマホのようにしか考えておらず、いろいろなことがロボットでできるという汎用性が一番の売り。ロボットよりも、その裏にあるプラットフォーム――「avatarin」で、誰もがロボットを買わずに、例えば今回のように取材いただくこともできる。

 ロボットを使いたければ買わないといけないというのが当たり前のことだったが、飛行機のような移動手段と同様に、ロボットがある場所にインターネット経由で入って、ショッピングや博物館鑑賞、英語学習などに使える。プラットフォームのクラウドの設計も1年あるとかなり開発が進むので、いろいろなことができるようになる。例えば、今の取材の映像を世界中の人たちに配信することもできるようになる。

avatarin株式会社 代表取締役CEO 深堀昂氏(写真提供:avatarin株式会社)

――ソフトウェア面では、今後どのような機能を追加していく計画か? 以前にECサイトのシステムが実装されているので、現状でもかなりのことができるという話があったが。

深堀氏:すべてはお伝えできないが、ショッピングはニーズが高いエリアであり、自分のところに購入した“モノ”が実際に届くので、バーチャルではないことを非常に理解しやすい。これまでもショッピングなどのイベントをやっていて、avatarinのWebサイトで決済してモノが届くという体験をしていただいているが、もっとスムーズに買い物ができたり、いろいろなお店にロボットを置いてもらって商品を登録、認識して、皆さんが楽しめたりできるようにしたい。

 直近でも蔦屋家電さんで本を選べるイベントや、大分の商店街でショッピングできる実証についてリリースを配信しているが、あのような事例が増えて、avatarinのWebサイトに日本中でショッピングができる「avatarinスポット」が出てくるようになればよいと思っている。

――newmeは次にどこを機能強化する予定か?

深堀氏:newmeは公開しているスペックを安定して実装するのがすべて。それに加えて、予約したポイントまで自動で移動するなどの自動化、アシスト機能、音声や映像の安定化、首振りといった機能をどんどん追加していく。

――新しいハードウェアの計画はどうか?

深堀氏:高性能ハンドや二足歩行、ウェアラブルのアバターなど研究は進めている。ロボットの研究をどんどん進めることもavatarin株式会社を会社にした理由の一つ。ただ、それを商品にするかというと別の話。安く使えるロボットしか私たちは世の中に販売しないので、研究開発なら世界トップの高性能の二足歩行型や、ディープラーニングなども進めていくが、それはあくまで将来に向けた研究開発。100万円以上のロボットは売らないスタンスなので、まずはnewmeをどんどんアップグレードしていくことになると思う。

――研究開発への投資は多めになる?

深堀氏:そうですね。newmeやavatarinプラットフォームへの投資も大規模になるが、その先を見据えた機械学習やセキュリティなどの面での研究もやっていくことになる。そのためにデータサイエンティストやAIのメンバーもチームに入っている。

――データサイエンスというのは、どのようなところで活用されるのか?

深堀氏:newmeはただのロボットではなく、クラウドに接続するツールなので多数のデータがあり、例えば映っている映像や音声のデータ、移動のデータなどをすべて分析できるようにするのは重要なこと。リアルな世界のコミュニケーションのデータというのは、ほかのデバイスではなかなか得られない貴重なもの。今後、次のインターフェースを作るのにすごく重要なデータになると思っているので、そこでデータサイエンスが必要になってくる。

――ハードウェア、ソフトウェアの開発面でも他社との連携など考えているのか?

深堀氏:基本的にはavatarin株式会社の人材で主体的に進めていくのがポリシーで、内製化してアバター系の研究で世界のトップを走りたい。

 ただ、もう少し将来を見据えたところでは外部とも一緒にやっていて、理化学研究所さんとの「ANA AVATARの眼球模倣型撮像システム」の共同研究について2019年7月に発表している。AIでがんなどを内視鏡で発見する画像処理のスペシャリストの先生たちの技術と組むと、通信環境がわるいなかでも動画伝送できるような次世代のアルゴリズムができるのではないかという仮説を立てて進めてきた。それも研究が進んでいる。

 3年後、5年後に新しいアルゴリズムを、アプリ化したり、ネットが安定していない地域でもロボットを動かせたりできる基盤ができれば、IT系の大手よりも強い情報基盤になるのではないかと思っているので、こうした研究開発は進めている。こうした取り組みは、(ゼロから会社をスタートした)ピュアスタートアップだとできないことだと思っている。

――5Gの実装についてはどのような考えを持っているか?

深堀氏:すでにNTTドコモさんと5Gのテストも行なっているが安定しており、newmeも5Gに対応できるように作っている。

 ただ、私たちが作っている基盤やソフトウェアは、通信環境がわるいなかでも最適化して、データ伝送するところに研究開発の費用を最もかけている。5Gでないと使えないようなロボットは出さない予定だが、5Gが普及した状況になったとしても、そのなかでも最速で、安定して動かせるというのはベースになる。これは、5Gの無線通信部分だけでなく、その後ろの光回線での通信も最適化するから。5G環境が普及したとしても、みんなが8K動画などをダウンロードしはじめたら結局は回線が混雑することになると思うので、根本的な課題解決にはなっていない。そこを見直して、3Gでも安定してロボットを動かせるようなインフラを構築するという目標を掲げている。

 我々が5Gで使いたいと思うのは同時接続のシーン。最近、新型コロナウイルスの影響もあって問い合わせが世界中から来ている。そのなかに、イベントや学会、展示会が中止になったので「200台貸してほしい」といった問い合わせもある。ただ、仮に貸し出したとしても、通信のインフラを考えると200台を安定的に動かすには4GやWi-Fiでは厳しい。そういったシーンでは5Gで多数同時接続が安定するので期待している。また、スポーツ観戦などでも、観客を含めた皆さんがケータイをお持ちなので、普通のケータイもちゃんと使えない状態。指向性を強められる5Gはよいと思う。

「世界中の人々を同時に変えた」。新型コロナは社会インフラのアップグレードする機会

――大分県の商店街や蔦屋家電での取り組みが発表されているが、新たな取り組みの計画などがあれば教えてほしい。

深堀氏:宇宙系のストーリーなどは検討している。JAXA(宇宙航空研究開発機構)との取り組みでアル「AVATAR-Xプログラム」をずっと率いてきたので、このあたりで、そろそろ新しいことを発表できそう。

 そのほかに、いま頑張っているのは病院。新型コロナ対応でいろいろと実証しており、実際に病院にも貸し出しているし、病院からの問い合わせもすごく多い。医療系では、アバターロボットによる見守りができたり、医者さんへの感染リスクを低減させたり、教育ツールとして活用したりなどに重きを置いている。また、遠隔でのお見舞いなども検討している。

――新型コロナの影響で問い合わせが増えているとのことだが、これまでと傾向の違いはあるのか?

深堀氏:新型コロナウイルスの影響が出始めてからは、一般の方から企業の方、海外の大手企業などさまざまな皆さんからの問い合わせ内容の精度が上がってきた。これは、どのように遠隔技術を使えばよいか皆さんが分かったとのだと思う。これまでは「遠隔って必要?」という方がどうしても多かった。

――ビジネスだけで考えると、今回の新型コロナウイルスに伴う社会情勢の変化はチャンスと捉えることができるのか?

深堀氏:新しい社会インフラをアップグレードさせるチャンスだと思っている。

 人類が外部環境に左右されず進化していくためには、ロボットで人々とつながって歩きまわってリアル世界と接続できるようなインフラが必要だと、日本から世界に訴えていくチャンス。日本のロボティクス研究は長いし、マンガやアニメの影響だと思うがロボットは人を助けるイメージが文化として根付いているので、この分野は日本が強いと思う。

 こうした事業では、必ずウイルスの話が出る。我々もアバターの概念を作った2016年時点で、最初は人類の危機に陥るウイルスが発生したときに、専門医の先生がアバターでいち早く確認するのが重要だと、XPRIZE財団(アバター開発コンテストである「ANA AVATAR XPRIZE」の主催者)と最初に話した。現在、ビル・ゲイツさんの発言が注目されているが、XPRIZEのように場所では人類の危機を考えてアバターを出している人がほとんど。必ず必要になる。

 おそらく、今のテクノロジのモビリティでつながるインフラは、もろすぎると誰もが思ったのではないか。2019年の台風もそうだったが、すべてのインフラが止まってしまって、その途端になにもできなくなる。人類はそろそろアップグレードの必要を感じていると思うが、偶然性や空間の連想は、今のビデオ会議、テレカンファレンスシステムのような2次元の世界では実現できず、インターネットがリアル世界とつながっていないのが現状。

 アバターは、インターネットを使ってリアルタイムに3次元的な世界につなげるツールなので、スマホによってインターネットユーザーが爆発的に増えたように、アバターによって情報量も人とのつながり方も変わる、というのが私たちの思っている世界。「スマホのような汎用性があるロボット」というメッセージを発信しているのは、こうした考え方があるから。

――そうしたアバターの普及活用もavatarin株式会社のミッションなのか?

深堀氏:ミッションの一つ。この普及活動には、今、かなり追い風が吹いている。「遠隔でもよいじゃないか」と思ったり、リアルに会うことにリスクを感じたりするということへ、世界中の人たちのマインドセットが同時に変わるタイミングはなかなかない。

 まずはオリンピックが一つのターゲットになる。オリンピックのときにアップグレードした社会インフラを東京で見せられるよう、アバターが活躍しているようにしたいと思っている。