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1日2~3個ペースで駅弁を食べるラスボス(社長)を突破せよ! 新幹線の新メニューを決める会議「弁当委員会」に潜入

1日2~3個のペースでライバル弁当を食べて、さらに自社の弁当も試食する社長が「弁当委員会」のラスボスだ

 大手コンビニエンスストアでは、自社の弁当を社長も実際に食べて、その味・クオリティを吟味しているという話はメディアでときどき聞くが、東海道新幹線の駅や車内で販売する弁当を社長自身が吟味する「弁当委員会」という会議があるというので、見学してみることにした。

 2020年は700系の引退、1時間12本ダイヤの実現、N700Sのデビューと、東海道新幹線にまつわる話題が続いているが、そのタイミングを絶妙にとらえて「ありがとう東海道新幹線700系弁当」や「東海道新幹線 富士山弁當」といった心くすぐる駅弁がデビューしている(残念ながら「12本ダイヤ弁当」は存在しない)。それらを企画・製造しているのが、JR東海(東海旅客鉄道)グループの「JRCP(株式会社ジェイアール東海パッセンジャーズ)」だ。

 イメージ的に会社は名古屋にあるのかと思ったら、本社は東京・日本橋だそう。そして東海道新幹線沿線に営業所・支店があり、弁当などを製造する工場は、東京・名古屋・大阪の3か所。弁当委員会は月1回、日本橋の本社で開かれている。

写真は2015年デビューのロングセラー「東海道新幹線弁当」(1000円)

 JRCPは、東海道新幹線の車内/駅売店販売、車掌業務、弁当類の製造・販売などを担っている。例えば航空会社だと、パイロットやCA(客室乗務員)が所属する会社、地上業務の会社、商事系の会社といった分かれ方をしているのに対し、車掌業務もお弁当の製造も担当しているというのはおもしろい。JRCPのWebサイトでは「東京~新大阪間の約2時間30分。この間をお客様に快適にお過ごしいただけるサービスの提供」を会社の使命に掲げている。

 8月現在でJRCPでは37種類の駅弁を取り扱っており、これらはすべて商品開発部門と販売部門が議論を重ね、研究・開発したうえで、最後の関門である「弁当委員会」を突破したもの。

 弁当委員会には社長、常務、経営企画室長、総務部長、品質管理室担当部長、営業推進部長、店舗事業部長、列車事業部長といったお歴々が並び、その前で新商品・旧商品の改良案をプレゼンテーション。試食して、味や見栄え、パッケージデザインなどを厳しくチェックしている。

お歴々が並ぶ前で
新商品・改良案をプレゼンテーション。議論を重ねる
弁当委員会にかけられた新商品「牛めし 近江」

 この日の弁当委員会の議題は「牛めし 近江」。デパ地下や駅の商業施設で販売される弁当に負けない商品を目指し、旧商品「近江牛 焼肉とそぼろ重」の改良に取り組んできた。9月には先行してリニューアルされた「牛めし」と「牛めし 松阪」が発売され、その第3弾として開発が進められているのが「牛めし 近江」となる。

「牛めし」

価格: 1100円
発売日: 2020年9月3日
販売箇所: 名古屋駅、京都駅、新大阪駅など

「牛めし 松阪」

価格: 1480円
発売日: 2020年9月3日
販売箇所: 東京駅、品川駅、新横浜駅など

「牛めし」(1100円)
「牛めし 松阪」(1480円)

 新商品「牛めし 近江」は、「牛めし 松阪」が東海道新幹線の東寄り(東京駅、品川駅、新横浜駅)担当なのに対し、西寄り(名古屋駅、京都駅、新大阪駅)担当という位置付け。近江牛を贅沢に使った、食べ応えのある牛肉弁当を目指している。ラスボスであるJRCP 代表取締役社長の中村明彦氏をはじめとしたお歴々は、資料を見ては質問、一口試食しては質問と、担当者に次々と射かけていく。

 しかし担当者の準備は万端だ。近江牛の素材のよさを活かしつつ価格を抑えるという課題には、旧商品ではカット・味付け済みの肉を仕入れていたのに対し、新商品では、生肉を仕入れて工場で調理する内製化にシフトすることで対処。さらに内製化したことで、火の入れ方、味の調整が細かなレベルで可能になり、肉の食感や旨味を感じられるものになったと、降りかかる質問にバッサバッサと回答。返す刀で、肉の量を30%増量できたうえに、使うお米も近江米だとこだわりを見せる。

「コロナ禍での需要の増減に対応できる設計なのか」「時間経過での脂浮きは大丈夫なのか」と攻撃の手が緩むことはないが、それらもすべて「想定内」。あらゆる面で対応済みであることを涼やかに示していく。

さまざまな質問に対応する担当者
株式会社ジェイアール東海パッセンジャーズ 代表取締役社長 中村明彦氏
「近江牛だなと思える。美味しい」とラスボス(中村社長)が笑った

 中村社長はこの日の弁当委員会出席にあたり、比較しやすいように他社の牛肉弁当を2食完食して臨んだそう。滋賀県出身ということで、近江牛は慣れ親しんだ味とのことだったが、試食した印象は「近江牛だなと思える。美味しい。お客さまにもこの値段(予価1380円)で納得していただけるものなのでは」とニッコリ高評価。あっという間に1人前をたいらげてしまった。脂が特徴的だった「松阪」に対し、「近江」は「より肉の美味しさを感じられる」ようシンプルな味付けにしてあるそうで、納得感の高い仕上がりだったようだ。

 新商品「牛めし 近江」は、11月の発売に向けて最後の関門を突破した。

「お客さまのワクワク感を高めたい」と中村社長

2019年6月から現職の中村社長は、就任後1日2~3個のペースでライバル弁当を食べてきた。かけ紙(弁当のパッケージ)のコレクションも大量だ

 弁当委員会終了後、中村社長に話を聞いた。2019年6月にJRCPの社長に就任した中村氏は、勉強のために1日2~3個のペースでライバル弁当を食べてきたそう。資料だけでなく実際に食べて、比べてみないと分からないことも多いそうで、「7kgぐらい太りましたよ」と豪快に笑う。

 JRCPの弁当は新幹線のホームや車内で販売されるため、乗客がホームにたどり着くまでには、デパ地下や駅の商業施設、さらにはコンビニなど弁当のライバルがとても多い。「利益も大事だがお客さまに喜んでいただく、リピーターになっていただく」ことが重要であり、「少しでも追いつこうと弁当ばっかり食べている」ため、東京駅ナカの「駅弁屋 祭」(JR東日本フーズ)で取り扱う弁当などは、ほぼ制覇したそうだ。食べ比べることで初めてご飯の炊き方、味付けの違いが見えてくる。そうして日々食べる弁当の感想をノートにメモしている。

就任から1年以上、1日2~3個のペースでライバル弁当を食べててノートに感想をメモしてきた
お気に入りの弁当は、新潟の「えび千両ちらし」、「鬼平犯科帳」弁当シリーズの「本所深川弁当」「くめ八弁当」、淡路屋の「ひっぱりだこ飯」

 弁当、特に「駅弁」においては地域性、納得感、値段、旅情が大事だという。印象深いのは、新潟の「えび千両ちらし」、「鬼平犯科帳」弁当シリーズの「本所深川弁当」「くめ八弁当」、淡路屋の「ひっぱりだこ飯」。そんなヒット作を目指して、日々研究を続けている。ちなみにJRCPの弁当では、「品川貝づくし」「深川めし」がお気に入りだそう。

「品川貝づくし」

価格: 1000円
販売箇所: 東京駅、品川駅、新横浜駅、京都駅、新大阪駅など

「深川めし」

価格: 1000円
販売箇所: 東京駅、品川駅、新横浜駅など

「品川貝づくし」(1000円)
「深川めし」(1000円)※9月24日リニューアル後のイメージ

 この日の弁当委員会で議題になった「牛めし 近江」は、就任時にあった「すき焼き弁当」からぜひリニューアルしたいと思っていた商品の一つ。出張が多いビジネスパーソンに、牛肉を食べて元気になってもらおうと、「松阪牛」に続いて、「近江牛」版のリニューアルに着手。食べ応えのある牛肉弁当に生まれ変わることができた。

 過去の弁当委員会を突破した商品で印象的なのは、「東海道新幹線 富士山弁當」だそう。N700Sのデビューのタイミングに向けて企画を進めるなかで、かけ紙はもちろん、箸袋にもN700Sの写真を使ってはというアイデアが弁当委員会で出て、JR東海と交渉して実現させた思い出深い一品。弁当は富士山をかたどったレイアウトで、富士山を境に左側に関西、右側に関東をイメージしたおかずを配した、見た目も味も楽しい弁当になっている。

「東海道新幹線 富士山弁當」

 そのほかの新しいアプローチとしては、「朝のおむすび弁当」が挙げられる。2種類のおむすびに焼き魚、赤ウインナー、玉子焼が付いて450円。お茶とセットで買うとワンコイン500円と気軽に購入でき、早起きで朝食を食べそびれた人にはありがたい商品だ。また、「東海道新幹線 富士山弁當」と同じ7月1日から、東海道新幹線の駅弁ネット予約サービスを開始している。JRCP製の弁当が対象で、3日前までにWebか電話で予約すれば、駅の店舗「デリカステーション」で受け取ることができるサービスだ。このようにJRCPでは、メニューやサービスのさらなる拡充を図っている。

 中村社長は、「我々はお客さまのワクワク感を高めたいと考えています。皆さん、リフレッシュであったり帰省であったりで、新幹線をご利用されます。その旅を少しでも楽しいものにできるように、よいお弁当、楽しいお弁当をしっかりと提供して、車内販売などでもワクワク感を増やせるように努力してまいりますので、コロナ禍で難しい時期が続きますが、皆さまのご利用をお待ちしております」と話してくれた。

ジェイアール東海パッセンジャーズは、東海道新幹線各駅で弁当の予約サービスを提供している