旅レポ

広島・江田島(えたじま)で世界的高評価の宿に滞在。紙布工場やオイスターカフェに瀬戸内の真価を知る旅

広島・江田島に行ってきました

 広島・江田島(えたじま)&能美島の旅、第2回。前回はアクセスやランチ、特産のオリーブ、アクティビティ、そして宿泊先のサワリまでを紹介した。今回はその続きだ。

海外からも高い評価を受ける温泉宿!?

 ということで、江田島の宿泊事情から……といきたいところだが、実はこの地には宿泊施設は数えるほどしかない。というのも、フェリーを使えば広島市内まで30分ほど、呉の町だってあっという間なので、多くの観光客はそちらに向かってしまうのだろう。

 そんな背景もあり、もともとこの地にあった温泉施設「シーサイド温泉のうみ」、そして国民宿舎「能美海上ロッジ」はともに閉館となってしまう。それを受けた江田島市が観光振興のために宿泊施設を公募し、2021年7月に新規開業したのが、今回宿泊した「江田島荘」(広島県江田島市能美町中町4718)だ。全32室でスタッフは約60名とホテルとしては規模は大きくないものの、市内では最大の宿泊施設だ。

江田島荘からの眺め。対岸に見えるのも江田島
道路側は駐車場
客室はすべてオーシャンビュー。右側に見える黒い平屋が温泉棟
目の前の砂浜は長瀬海水浴場
長瀬海水浴場
遠くには牡蠣筏とともにカキを積んだ漁船の姿
すぐ横にある島は干潮時には歩いて渡ることができネイビーロードと呼ばれている
この地で大破着底した巡洋艦「利根」と犠牲者を追悼する慰霊碑と資料館がある

 当初、宿の名前を聞いたときには「荘」という名称から大きめの民宿のような施設なんだろうな、と思っていたが、実際に訪れてみると普通にホテルの見た目だし、エントランスからなかに入りレセプションやロビーまわりを見ても同様の雰囲気。

 新規開業となるこの規模の施設かつリゾート的な立地を考えると、それっぽい横文字系の名前になりそうなのになぜと疑問に思って尋ねてみると、当初はやはり横文字の名称も候補になっていたとか。ただ、「江田島」を入れたいことと、スタッフの約9割が江田島市民であり業界未経験者ということなどから、“より身近に感じられる温泉宿っぽい名前”になったという。

 そんな宿の魅力は立地と温泉だ。前回の記事で紹介したように江田島は上から見たロブスターのようなカタチをしており、この江田島荘はちょうど頭の先端に位置する。広島港を結ぶフェリーの中町港から約1kmほどで、歩いてもアクセス可能(事前予約で送迎も可)と抜群の立地。

 宿の目の前に広がる海はハサミに囲まれているため波が非常に穏やかで、風がなくコンディションのよいときにはウユニ塩湖のような「リフレクション」が見られるとか。記事冒頭の画像を見てもらえばその雰囲気が分かってもらえるのではないだろうか。

 そして眼下には400mの砂浜を持つ人工の海水浴場「ヒューマンビーチ長瀬(長瀬海水浴場)」がある。シャワ-や更衣室、トイレなどを完備することから地元でも人気のスポットとなっているが、ホテルからは専用の出入口を使って徒歩10秒ほど(というか目の前)。宿泊者なら食事前でも風呂上りでも、はたまた寝る前や起床後など好きなときに満喫できる。これは贅沢。

宿泊者用のエントランス
独特の温泉を有することから日本秘湯を守る会に加盟している
宿泊者向けにレンタサイクルが用意されている。料金は1日2500円から
館内には随所に堀木エリ子氏による和紙アートがある。こちらはアマモをフィーチャーした「海の揺籠」

 そしてもう1つのウリとなるのが温泉。キッチリ書くと「塩化物泉・放射能泉(含弱放射能-ナトリウム・カルシウム-塩化物強塩温泉」。分かりづらいので少しはしょって書くと“塩分濃度が高く微量に放射能を含む温泉”ということになる。

 源泉温度は31.8℃とちょっと低めながら、加水も加温もしていない源泉かけ流し。実際に入ってみるとゆっくりつかるにはちょうどよい加減の温さで、中東にある「死海」ほどではないだろうけれど、体がふわりと浮く感じがなんともおもしろく新鮮。ぬる湯が好きなこともあり、ついつい、夜・朝とゆっくり入ってしまった。ちなみに日帰り入浴も可能(11時~16時30分、最終入館16時)なので、まずは試しに温泉だけ入ってみるなんて楽しみ方もアリだ。

 レストラン「locavore」でいただく地元の食材を豊富に使った料理もディナー、朝食ともに素晴らしく、短いながらとてもリラックスした時間を過ごすことができた。ホテル業界のアカデミー賞と言われる「World Luxury Hotel Awards 2024」において、「Luxury All Inclusive Hotel」部門でアジア大陸最高位、「Luxury Hot Spring」部門で世界最高位、「Luxury Small Hote」部門でアジア大陸最高位と3冠を受賞しているというのも、うなづける滞在となった。

フロントから奥に進むとロビーラウンジがある
飲料やお菓子のサービス
夕食後の時間帯には「シェフのまかないメシ」を用意。この日はカレーが用意されておりロビーはもちろん部屋に持ち帰るのもOK
コーヒーや紅茶、利酒コーナーまである
ロビーラウンジの奥には「宙(そら)ラウンジ」。海側は大きなガラスを配置し、海を眺めることができる
反対側は一転してぬくもりを感じさせる空間
ラウンジ中央には和紙作家、堀木エリ子氏による「宙の兆し」を配置。底面には江田島出身の工芸家、六角紫水氏が手掛けたといわれるキリンビールのロゴマークを描いている
宙ラウンジでウェルカムドリンクとお菓子のサービス。この日は自家製ハーブティと広島菓子処 にしき堂の「楓果(ふうのか)」
レセプション前には江田島産などさまざまなお土産を販売するコーナーを用意
部屋でも使われている「石田屋」のシーツも
線香花火など伝統的な玩具花火を製造する「筒井時正玩具花火製造所」の花火も
楓果も購入できる
宙ラウンジ横にはミニライブラリーとともに呉で創業したセーラー万年筆のインクを用意。ガラスペンを使って自由に書くことができる
部屋の鍵は木製のカードタイプ
もっとも多い20室が用意されるスタンダード和洋室B。バスルームがないタイプになる。定員4名
食器類も用意している
前庭の「凪テラス」に植えられているハーブを使ってオリジナルのハーブティを楽しめる
2室しかない特別室はバルコニー付で60m2とゆったりした空間。定員4名
特別室はバスタブ&シャワー付
半露天の貸切風呂は写真の「星の湯」と「海の湯」の2か所。利用時間は50分間
ホテルの海側には凪テラスが広がる
一画にハーブガーデンがある
のんびり日光浴ができるサンベッド
足湯もある
隣接する「えたじま温泉」。日帰り入浴も可能
湯上り処の前にはウッドデッキ
湯上り処。ただの休憩スペースのように見えるが朝はヨガ体験、夜にはバーが出現する
フレンチレストラン「locavore(ロカヴォーレ)」。「local(地元)」「vore(食動物)」を組み合わせた造語で「地元で採れたものを食べる」の意
店内の照明は暖色系でまとめられており落ち着いた雰囲気
ディナーは地元産の食材を豊富に使ったフレンチ。まずは江田島荘ならではの特別な一杯としてシャンパン「テルモン」を提供
アミューズはコーンのムース
広島県産キジハタのカルパッチョ
付け合わせのパンは江田島産のオリーブオイルと温泉から作った塩で
アワビと真鯛のトルテッローニ 肝のヴァンブランソースで
マナガツオのポワレ フレッシュトマトのソース
和牛フィレのロティ 三次シラーの赤ワインソースで
江田島産桃とサトウキビのカタナーラ
朝食は「島のお母さんの朝ごはん」
オリジナルの南部鉄器で炊きあげられたご飯が付く。お米はもちろん広島県産

紙布工場で歴史の重みに触れる

 翌朝、最初に訪問したのは明治23年創業の津島織物製造(広島県江田島市能美町中町2267-2)。

 ここで作られているのは「紙布(しふ)」の壁紙。紙布とは文字どおり紙で作った布のことで、その発祥は江戸時代。衣料をはじめさまざまな商品に採用されていたが、通気性や吸湿性が高く結露しにくいことから壁紙には最適だといい、国内はもとより海外でも高い評価を受けているとか。

 ただ、次第に製造者は減少し、現在では2社が残るのみとなってしまったそうだ。同社はそのうちの1社で現在も生産を継続しており、その製品は冒頭で紹介した江田島荘で数多く採用されている。ラウンジの壁や客室のヘッドボードがそれなので、気になる向きはぜひ写真を見返していただきたい。

 ここでは工場見学とともに紙布を使った雑貨づくりの体験が可能となっており、今回は夏ということもあって団扇づくりにトライすることになった。

 まずは歴史を感じさせる工場内へ。太い梁の下に年代モノの自動織機が並び、大量の糸車から織機へと伸びていく糸の眺めは圧巻。機械好きにはたまらない空間で何時間でも眺めていたいと思えるほど。計1時間半ほど滞在していたが団扇づくりもそこそこに入り浸ってしまった。工場見学は事前に電話での直接申し込みとなり、雑貨づくりは3名以上からで料金は1人1000円~。

津島織物製造株式会社。入口脇の建物も時代を感じさせる
5代目になるという代表の津島久人氏
工場入口
年代物の織機が並ぶ
天井を見上げるとベルトで駆動していた時代の名残が
和紙で作られた糸
縦糸が織機に送り込まれていく
縦糸の数は柄によって異なるが300~500本ほどになるそうだ
縦糸が横幅に合わせてまとめられていく
柄を作り出すのはパンチカード。これに沿って縦糸と横糸の組み合わせ自動的に調整するワケ
横糸が送り込まれる
パンチカードどおりの模様となってできあがってくる
これは縦糸1本につき横糸が2本のいわゆる平織りタイプ
パンチカードと柄。交互になっていたり2本飛ばしになっていたりするのが分かる
パンチカードを作る機械はタイプライターのような感じ
設計図と仕上がり見本。昔からのものが保存されているそうだ
紙布を利用した小物類
行燈もよい雰囲気に仕上がっている
団扇を作ってみた。紙布はさまざまな柄が用意されているなかからチョイス
裏紙に団扇の型を書き写す
あとはハサミで切ってボンドで貼るだけ
余った紙布でしおりも作ることができる

江田島発の最新クラフトビール

 昼食に向かう前に少しだけ立ち寄ったのが「江田島ワークス」(広島県江田島市能美町中町2372-1)。住所を見てもらえば分かるように津島織物製造のすぐ近くにある。

 ここは日本酒を製造していた津田酒造の一角に誕生したクラフトビール(発泡酒)の醸造所で、2023年に誕生して以来、ゴールデンエールとIPA(インディアペールエール)、ヴァイツェンをメインに、江田島産の八朔やオリーブなどを使った江田島エールなど年間およそ6000Lを製造。津田酒造の店頭などで購入することが可能だ。

津田酒造の店頭
敷地の奥に江田島ワークスがある。生産量は年間約6000Lほどだという
津田酒造の店頭で購入することができる
オリジナルの日本酒も

広島グルメといえばコレ

 広島や瀬戸内のうまいものといえば外せないのが牡蠣。前回の記事で牡蠣の“か”の字もなかったのは、ここに立ち寄る予定があったためだ。場所は呉の対岸あたり、ロブスターでいえば右のハサミのなかほど。もともとは小学校だった地に冷凍食品やフライなど牡蠣の加工を行なうとともにオープンしたのが、目的地となる「OYSTER CAFE江田島」(広島県江田島市江田島町秋月2-49-52)だ。

 工場の脇にあるエレベーターで3階に上がると、一面がガラス張りとなっている客席からは瀬戸内や呉の町を一望することができる。ここでは牡蠣工場が一体となっているメリットを活かし広島産をはじめ厳選した牡蠣を全国から取り寄せ浄化、厳しい検査を経た牡蠣のみを使用することで一年中いつでも生牡蠣を提供することが可能だという。当日は時期的に江田島産ではなく尾道の近くにある田島産とのことだったが、配膳されるとあっという間に殻だけになっていた。牡蠣フライやスパゲティも美味しく、ここでも江田島を含めた広島の美味しさを堪能することができた。

OYSTER CAFE江田島は江田島オイスターファクトリーの3階。人が見えるあたりに専用のエレベーターがある
ガラス張りで明るい店内
対岸に見えているのは呉の町
屋外にはテラス席も
田島産の生牡蠣。冬場は江田島産が提供できるそうだ
見るからに美味しそうな牡蠣フライ。ガリが入った特製タルタルソースや自家製ソースでいただく
瀬戸内しらすと季節野菜のスパゲティ ペペロンチーノ。この日は香川県産のしらす、江田島産の万願寺唐辛子を使用
鯛のフリットが入ったサラダ。きゅうりは江田島産

江田島ブランドを自らの手で

 最後の訪問先となったのが江田島焼の窯元「沖山工房」(江田島市江田島町宮の原3-14-1)。

 その特徴は釉薬に牡蠣の殻を焼いた灰を混ぜていることで、工房主の沖山努氏が江田島ならではの作品をと試行錯誤して生み出されたもの。牡蠣殻釉薬を使った江田島焼きは独特の風合いや模様ができるという。この工房では作品の展示や販売を行なうギャラリーのほか陶芸体験も行なっており、初心者でも江田島焼の作品づくりが楽しめる。

 本来、陶芸はゴミなどを取り除く土づくりから気泡を取り除き均一にする土練りにはじまり、成形したあと、乾燥、約800℃での素焼き、釉がけ、1230~1250度℃の高温で本焼きしたあと、紙やすりで底を仕上げて完成となかなかに手間と時間がかかる作業。でも、ここでは形を作るところ以外はすべてやってくれるため気軽に始めることが可能だ。

 今回行なうのは手まわしろくろを使った「ひもづくり」と呼ばれる行程になる。用意されている粘土をひと握り取って円形に伸ばして底になる部分を作ったあと、ひものように伸ばした粘土を積み上げていく。言葉で書くと簡単だけど、普通の粘土のようにつなぎになる成分が入っていないこともあってなかなかに難しい。

 沖山氏から「縮むので大きめに」「空気を入れないように」なんてアドバイスを受けながら形を作っていく。湯飲みを作ったつもりだったが最終的にいびつなナニカができあがってしまった。乾燥、焼き上げと時間がかかることもあって記事内で完成形をお見せすることができないのが残念だ(棒)。

沖山工房
陶芸家というと気難しそうなイメージがあるが沖山努氏は気さくで話し上手。作り方を説明しつつも場を盛り上げてくれた
ギャラリー
さまざまな江田島焼が並んでいる
茶色っぽいのが牡蠣殻100%の釉薬を使ったもの
ひもづくりで使うのは練り上げられた粘土と手まわしろくろだけ
まず底となる部分を作る。団子状の粘土を上からたたいて伸ばす
ひも状にした粘土を積み上げていく
湯に身を作っていたらこんなのができました。センスゼロ……
ろくろを使った作品作りも可能
沖山氏のサポートを受けつつ取材陣が作ったもの

 広島といえば市内をはじめ厳島や呉、尾道あたりが代表的な観光スポット。だが、広島市内からフェリーでわずか30分あまりの江田島にも魅力的な場所が数多く存在していた。瀬戸内海となれば夏がメインと思われるかもしれないが、食をはじめとして秋から冬にかけても見逃せない「コト」「モノ」はたくさんある。ぜひ、いつもと違う広島を体験してみてほしい。

安田 剛