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10周年を迎えた観光列車「或る列車」どんな楽しみ方ができる? 車窓やフルコース料理を体験
2025年8月11日 17:00
幻の存在だった「或る列車」。模型化ののちに“実際の車両として再現”
2015年8月に運行を開始したJR九州の観光列車「或る列車」が、運行開始から10周を迎えた。
或る列車の手本となったのは、明治末期に九州鉄道(当時。現在の鹿児島本線・長崎本線などのルーツ)が、アメリカの車両メーカー「J.G.ブリル」に発注した豪華客車だ。ほどなく九州鉄道が国有化されて活躍の場を失い、太平洋戦争の前後にすべて廃車に。「九鉄ブリル客車」もしくは「或る列車」と呼ばれ、その存在は幻のように語り継がれてきた。
しかし、のちに鉄道模型収集家として知られるようになる原信太郎氏(故人)が、子供のころに東京・田町の操車場で実際の車両を見ていた。この際のスケッチをもとに原氏が制作した模型が、「或る列車」の原型となったのだ。
車両開発にあたっては、原信太郎氏の鉄道模型コレクションを展示する「原鉄道模型博物館」の副館長 原健人氏の協力を得て、列車デザインの大家として知られるドーンデザイン研究所 水戸岡鋭治氏がデザイン・設計を担当。幻の客車列車の模型を、実際の列車として再現した。
そんな或る列車に乗り込むには、まずきっぷを――旅行商品・旅行パックでの扱いのみとなるため、専用Webサイトや旅行会社での申し込みが必要となり、「みどりの窓口」などでは販売していない。もちろん時刻表にも掲載されない、いわば“幻の列車”だ。
日田・由布院から博多へ、九重・玖珠の山なみを抜けていく或る列車では、はたしてどんな旅を楽しめるのだろうか? 発車の数分前に、ホームにカーペットが敷かれた。さっそく、列車内に足を踏み入れてみよう。
車内は「広々とした1号車、プライベート感がある2号車」
2両編成の或る列車は、1両目が2人席・4人席を中心に、「ななつ星in九州」でも用いた格(ごう)天井で車内を演出。広々として、かつ木のぬくもりを感じさせる。
2両目は、プライベート感があるコンパートメント(個室)となっている。相対する2席は個室のように雪見障子のような組子で仕切られ、座り心地のよい椅子で、気兼ねなく時間を過ごせる。
車内の内装にメープル材を多用しているせいか、ふんわりと木のにおいがして、空間に温かみがある。そこに、隠れるようにいくつもの星やハートが隠されており、ちょっとロマンチックだ。
さらに、各所に色とりどりのステンドグラスを組み入れており、太陽光の変化で空間の色は移ろいゆく。ぼーっと車内を見渡したり、歩き回るだけでも飽きない観光列車、それが或る列車だ。
15時ちょうどに由布院駅を出発、ほどなくウェルカム・ドリンクが配られ始めた。分水嶺でもある水分峠を越えると、或る列車のもう1の魅力である「絶品フルコース」の時間だ。
九州の食材を味わえる「成澤由浩シェフプロデュースのフルコース」
或る列車で提供するフルコースは、東京・南青山のレストラン「NARISAWA」のオーナーシェフ・成澤由浩氏がプロデュースしている。もちろん、車内で提供する前菜・魚料理・肉料理・スイーツ・ミニスイーツは、ここだけのオリジナルメニューだ。
NARISAWAは、世界ベストレストランに10年以上連続でランクインし続けており、自然環境をテーマにした料理を提供する店として知られている。提供するコース料理は質の高い食材だけを使用するため、成澤氏は九州各地の生産者を訪れ、料理を考えていくという。
成澤シェフプロデュース・コース料理を実食!
さっそく、コース料理をいただこう。なお、料理の内容は定期的に変わっており、記事内の情報は8月10日時点のものだ。
新ジャガイモのホクホクとした風味に、熊本県産の牛乳のコクが溶け込む。料理をサーブしたアテンダントの方によると、ここに「はかた一番どり」のブイヨンを加えているそうで、風味・コク・旨みがギュッと凝縮されたスープが、とても印象的だ。
そして、中心部に隠されるようにウニが入る。ウニの身を溶かすと味の構成が変わっていくため、まずはゆっくり味わいたい。なにぶん、由布院~博多間は3時間もある。
まわりを海に囲まれた九州だけあって、エビ・イカ・ムール貝など新鮮な海の幸の旨みが、キリッと際立つ。この旨みを受け止めるためか、長崎県産のお米はあえて硬め、食感をしっかり残して炊き上げているという。
そして、このパエリアをまとめるサフランは、実は国産・地元産だ。国産サフランの8割は大分県竹田市で生産されており、市内の「七ツ森農業」で生産されたものを使用しているという。海外でも評価が高いという日本産サフラン、料理として味わえる場所は数少ない。
フランス原産の赤鶏を両親に持つ「みつせ鶏」は、佐賀県のブランド鶏として、広く知られている。
だいたい40~50日で出荷するブロイラー鶏よりじっくりと、約80日間かけて育つみつせ鶏は、歯応えもほどよく風味も豊か。或る列車では佐賀県鳥栖市のヨコオの鶏を使用しており、酸味とコクがあるトマトソースに負けない豊かな風味を発揮。ズッキーニまで旨みが溶け込む、満足感の高い逸品に仕上がって……或る列車のコースは、普通の(走らない)料理店と本当に遜色ない。
大分県由布市を流れる「大分川」は大分湾に注ぎ、分水嶺を越える九重町の「玖珠川」は筑後川を経て、有明海に注ぐ。
なかでも、九重町内の区間で列車から見える「九酔渓(きゅうすいけい)は、ヘアピンカーブを描く川の両岸約2kmにおよぶ断崖と原生林が印象的だ。秋には一面の紅葉に包まれるが、水量が豊富な夏の荒々しい形式も、それはそれでいい。
また或る列車復活のきっかけともなった、原鉄道模型博物館のコレクションも展示されている。細部のハートや星を探したり、車内の楽しみはつきない。
メインディッシュのあとはスイーツを!
宮崎県産のマンゴーに、沖縄のパイナップルベースのソースをかけて仕上げる。ラムをベースに、パイナップルジュースとココナッツミルクを混ぜた「ピニャコラーダ」のソースはトロピカルで、なんとも言えない、オトナの芳醇な甘味に驚く。
鹿児島県奄美市・きゃなふ農園のパッションフルーツは小ぶりながらワイルドな風味だ。さらに、八角をベースにまとめられたイチジクのスパイスは、かなりキリッとした大人向けの味わい。
ワインの風味も強く、あえて甘過ぎないように仕上げたアイス最中を最後に食べると、ちょうどよい締めになる。ウェルカムドリンクから最後のスイーツまで、緻密に計算されたコース料理には、敬服するばかりだ。
筑後吉井駅で列車交換のため数分停車、ホームに降りられる。普通列車の乗客も、黄金色の或る列車のきらびやかさに驚き、いっせいに写真を撮っているようだ。
また、川幅200m以上もある筑後川の南岸には久留米城跡・御船手方(筑後川の川船や海上輸送を取り仕切る役職)屋敷跡もあり、水運の要衝であった久留米の栄華を思い起こすのもよいだろう。また、城の二の丸・三の丸や御船手方屋敷の大半は世界的タイヤメーカー「ブリヂストン」の工場に転用されており、今の時代を思い浮かべることもできる。
車内では、10周年のオリジナルスタンプや記念商品、オリジナルカレーなどを販売しており、アテンダントの方に注文して席まで持ってきてもらうこともできる。いずれも或る列車でしか買い求めることができない逸品ばかり、ぜひとも持ち帰りたい。
乗るのは博多発? 由布院発?
或る列車は週末を中心に、以下の便で運行している(2025年8月時点)。
・10時58分博多発~14時08分由布院着
・15時00分由布院発~18時03分博多着
メイプル材を使用した温かみのある空間で、フルコースを味わえる或る列車。九州のさまざまな景色や絶品の食材、そして、出迎えてくれるアテンダントの方々のホスピタリティも含めて満足度の高い時間を、往路・復路ともに変わらず過ごせる。
ただ観光地に行って帰るだけでない、二度・三度と乗車したい観光列車、それが或る列車だ。また乗車して、至福の時間を過ごしたい。












































