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旅客鉄道の計画が「バス専用道整備」に早変わり? 葛飾区・新金貨物線の旅客化・LRT化計画は、なぜ断念にいたったのか

線路横の複線化用地を活用する計画だった

ちょうどいい場所に走っていた貨物線。旅客化の話はなぜ持ち上がった?

 東京都葛飾区で、JR新金貨物線(総武本線貨物支線)を活かしたLRT(次世代型軌道系交通システム)整備計画が、断念される見通しとなった。

 9月24日に開催された葛飾区議会・都市基盤整備特別委員会で明らかになったもので、代わりに土地を活かしたBRT(バス専用道路輸送システム)を整備するといい、実質上は「LRT断念、BRT導入」といっていいだろう。

 新金線はJR常磐線 金町駅からJR総武線 新小岩駅をほぼ南北方向に走り、今も1日9本程度の貨物列車が走っているという。東西方向の移動は常磐線・総武線があっても、南北方向は路線バスのみとあって、貨物線に旅客列車を走らせれば、スムーズに南北方向を移動できるのに……と考える方も昔から多かったようだ。歴史をたどると、昭和20年代から国会に「新金線旅客化」の陳情が上がっている。

新金線の計画概要。この計画がBRTなどに変更となる(葛飾区資料より)

 葛飾区は新金線の旅客化・LRT化のために交通政策課のなかに専任担当を置いており、建設実現のために100億円を目標として集めていた積み立ても半分以上は集まっていたはず。区議会もLRT王国・富山への行政視察を実施しており、与野党問わず「実現を目指す」と明言する区議会議員の方も一定数はいた。

 BRT・バスの整備によって、このルートで新たな交通手段が確保されるが、鉄道・LRTからの計画変更は“格落ち感”も否めない。なぜ、それでも葛飾区は「移動ルートの確保」を優先させたのか。現地を歩きながら、その背景と今後を読み解いていく。

南北移動は「まともな道路もない」? 新金線旅客化が急がれたワケ

京成高砂駅近辺を走行する「京成タウンバス・小54」車両。踏切の通過に5分近くかかった

 新金線の旅客化はどのような役割を期待されていたのか? まずは「常磐線・総武線間の鉄道での短絡」だが、それ以外にも、地元からは「葛飾区内の金町駅・京成高砂駅・新小岩駅間のスムーズな移動手段の確保」も期待されていた。

 常磐線側の金町駅から総武線の新小岩駅までの経路は「鉄道空白地帯」というだけでなく、まともに使える幹線道路も少ない。環七は距離的に近いものの中川、新中川を隔てた先にあり、新金線・京成高砂駅側の道路は、主要なルートでも狭めの片側1車線がなんとか確保されている程度と、道路状況が全体的に芳しくない。さらに、京成高砂駅・京成本線と交差する踏切は「朝方は1時間のうち40~50分程度は封鎖される」という開かずの踏切であり、クルマはおろか徒歩・自転車ですら、そこかしこで移動に支障をきたす状態だ。

 そんな地域をカバーする南北移動の路線バスは、概してスムーズには走らない。住宅街の東側・柴又街道を抜ける「小55」が20分少々で金町駅~JR小岩駅間を結ぶのに対して、JR亀有駅から高砂・細田などを経由する「小54」、葛飾区役所・奥戸などを経由する「新小53」系統(いずれも京成タウンバス)は数kmの走行に50分程度を要する。さらに遅れも多く、運転手の方に「このバスそうとうに遅いですよ。今日だと渋滞と踏切遅れ込みで、1時間はかかります」と言われる始末。どうやら、バスを増発すればよいという問題でもない。

途中区間では、踏切無電柱化などの工事も進む

 そこで求められたのが、踏切も少なく渋滞に左右されない「新金線の旅客化」だ。ここに旅客を扱う列車を通せば、雑然とした住宅街から少し歩いただけで乗れて、バスよりはるかにスムーズに移動できるうえに、常磐線~総武線間の移動手段としても、速達の機能を果たすはず。だからこそ、この計画は葛飾区内・区外を問わず、実現を求める声が多く挙がっていたのだ。

 ただ、事はそうスムーズに運ばない。新金線を活用した鉄道・LRT計画は、なぜ実質上の頓挫にいたったのだろうか? 主な要因を3つ挙げてみよう。

国道との交差は「渋滞の名所」。踏切問題・JRとの協議を解決できないままに「LRT計画消滅」

国道6号線・新宿踏切の通過方法(葛飾区資料より)
新宿踏切

 新金線の旅客化で、最大の課題となったのは、金町駅から1kmほど南西にある「国道6号線(水戸街道)・新宿踏切の扱い」だ。

 この道路は1日7万台近くのクルマが走行し、ラジオの渋滞情報でも「水戸街道は葛飾区を先頭に渋滞」というフレーズがよく聞かれるほどに、いつも混み合っている。そういった事情もあってか、この踏切は「列車が走らない場合:踏切手前側の信号に従って一時停止せず通過、貨物列車通過:遮断機と踏切に従う」という、変則的な扱いが適用されている。

 この「新宿踏切」に1時間4~6本のLRTを走行させる場合、葛飾区では「国道を赤信号→最短35秒内に車両を通過させる」という、いわば「電車に待ってもらって、まとめて通す」方式で計画を進めていた。

 ただ、計画では貨物線もLRTも踏切を走行することになり、遮断する回数が増加する分、新たな渋滞を引き起こしかねない。かつ2つのシステムを同居させるため運用が煩雑になることは必至で、「道路信号に合わせて旅客列車を制御し、交差させる方法は、鉄道事業法では事例がない」(東急世田谷線・若林踏切は「軌道法」)という問題も絡み、実際には「実現不可能」寄りな状況であった。

 踏切ごと高架にしてしまえば問題は一挙に解決するが、費用・建設期間ともに飛躍的に増加する。さらに近年では、著しく狭いJR金町駅への乗り入れの難しさも課題に挙げられていた。新金線の鉄道・LRT化計画が行き詰まってしまった一因には、肝心な踏切問題・始発駅問題を抜き差しならなくなるまで放置し、懸念を懸念のまま放置してしまった、という一面もあるだろう。

 そしてもう一つ、新金線は宅地の西側を外れるように走っており、そのまま走ると、中間地点である「京成高砂駅」の近くを経由できないという問題を抱えていた。新金線・高砂駅~京成高砂間の300mの「乗り換え利便向上」というプランはあるものの、イトーヨーカドーや商店街がギュッと集まる駅近くへの発着ができないとなると、利便性はやや落ちる。

 もとより新金線は貨物線であり、こういった利便性を考慮して建設されたわけではない。かつ京成高砂駅の周辺は開発できる土地スペースが少なく、新金線から京成高砂駅に乗り入れるにしても、「高砂検車区の移転」「京成高砂駅の改修・高架化」といった再開発にめどがついてからでないと、土地を確保しづらい。

新金線の建設プラン。専用道を経由してのバス整備も、当初から考慮されていた(葛飾区資資料より)
新金線の建設プラン。費用便益比が合うのは「貨物線の線路を共用」だった(葛飾区資資料より)

 さらに、新金線の軌道はJRが所有しており、「線路を共用」なのか「線路をJRと葛飾区で分離して整備」なのかといった部分でも、なかなか決めきれずにいた。こうして振り返ると、葛飾区は「踏切問題」「ルート問題」「JRとの協議問題」といった肝心な部分を詰めずに、LRT整備の気運だけ先に高めてしまった感がある。

 ここに、資材・人件費の高騰による建設費の上昇が加わり、LRTの整備に疑問符が付き始める。葛飾区としては「南北移動手段の整備」「いま着手できる区間からの整備」にこだわって、踏切・金町駅などの課題が山積している北側区間(金町駅~京成高砂駅)は一般路線バス、南側区間(京成高砂駅~新小岩駅)は新金線の用地をバス専用道として使うBRT、といった折衷案を採用せざるを得なかったのだろう。

LRT建設断念。惜しまれる葛飾区の「費用最小限」へのこだわり

新金線の線路わきを走るバス。大型バス車両はとても走行できない

 こうして、金町駅~新小岩駅間の鉄道・LRTの計画案は、実質的に潰えた。ただ、これまでの経緯を見る限り「本当に具体的な話が進んでいたのか?」という疑問も湧く。

 最大の課題となった国道6号との踏切にしても、葛飾区が早期に肚を決めて「一気に高架化させます! ただし予算はかかります!」と公言すれば「連続立体交差事業」などの補助を受けるような未来もあったのではないか。また京成高砂駅への接続にしても、周囲の再開発と一体で整備すれば、駅を路線バス・デマンドバスの拠点とした新しい街づくりで国の補助を受けながら、LRTの導入経路を確保できたかもしれない。

 しかし、この鉄道計画は「区の拠出は100億円程度で済む」「アリモノの貨物線を再活用」という格安のLRT建設プランとして推進してきた経緯もあり、踏切問題に限らず安く済むプランを推し過ぎた感がある。結果として建設に向けた課題は解消されないままで、新金線の鉄道・LRTとしての整備は、実質的にもっと早くから行き詰まっていたのかもしれない。

新しいBRT計画の骨子(葛飾区資料より)

 鉄道・LRTの計画に変わる新しいバスは、ピーク時10本、オフピーク時6本の運転本数を想定、連接車両などで輸送力を確保したうえで、自動運転技術など新たな技術の導入も検討するという。

 ただこの計画にしても「新金線の余剰スペースで1時間10本の連接バスがスムーズに走れる土地があるのか」「どこまで一般道を使用するのか」という根本的な問題も含めて、協議のポイントはまだまだあるように感じる。整備構想そのものの策定は12月に明らかになる予定で、さらに葛飾区は今年11月に次の区長選を控えている。BRT計画の詳細が、区長選の結果を反映してどう動くのか……。まずは、経緯を見守りたい。