井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

鉄道旅行とスマートフォン

最近、クレジットカードのタッチ決済(コンタクトレス)に加えて、QRコードの読み取り装置を増設した自動改札機が増えてきた(阪急電鉄にて)。そのQRチケットはスマートフォンを用いて利用するのが一般的である

 白状すると、筆者自身はスマートフォンの導入がかなり遅かった部類に属する。Androidスマートフォンを導入したのは、なんと2019年の話であった(その前に2年ほど、Windows Mobile機を使ってはいたが)。

 このスマートフォンというデバイス、国内外の鉄道旅行に際して、「あると便利なアイテム」というよりも「必須のアイテム」になってきている。単に情報収集や経路検索の手段になるから、という理由ではない。スマートフォンがないと列車に乗れない、スマートフォンがないと買えない商品がある、という状況になっているからだ。

QRチケットとMaaSの事例が増えている

 これが交通系ICだったら、スマートフォンを利用する「モバイル○○」だけでなく、物理ICカードを利用する選択肢もある。ところが、QRコードを利用する場合には事情が異なる。

 以前に、JR東日本の「えきねっとQチケ」や、JR四国のチケットアプリ「しこくスマートえきちゃん」(スマえき)を紹介した。これらはJR旅客会社が自ら構築・運用しているサービスである。また、複数の鉄道事業者の集まりによるものとして、「スルッとQRtto」や「KANSAI MaaS」がある。

 それらとは別に、外部企業がデジタルチケットを販売する事例も出てきている。その一例として、JR九州の西九州エリアを対象とする「GO QUEST西九州フリーきっぷ」などを販売している「my route」が挙げられる。これは、トヨタ自動車が手掛けているサービスだ。

 QRチケットやデジタルチケットは、スマートフォンでの利用を前提としていることが多い。情報収集やコミュニケーションの手段として多用されるスマートフォンだが、交通機関を利用する際の手段としても欠かせないものになってきた。

JR四国の「スマえき」。画面にQRコードを表示しているが、それを利用できる駅はごくわずか。駅係員や乗務員による目視確認を基本としているところがユニーク
松山駅の自動改札機。出場側は「スマえき」対応のQRコード読み取り装置を設置した通路が3通路あり、そのうち左端は「スマえき」専用通路。それだけ普及してきているということか
こちらは「えきねっとQチケ」。2025年10月1日から東北新幹線のエリアが拡大されたほか、首都圏でも稼動が始まった

 筆者の場合、国内以上に海外において、交通機関を利用する場面でスマートフォンが活躍している。スウェーデンみたいに「路線バスの車内で、現金は取り扱いません」なんていうことになると、事業者ごとに用意されているスマートフォンアプリをインストールして、クレジットカードの登録をしておかないと、身動きがとれない。

イギリスのネットワーク・レール。スマートフォンアプリで列車を検索すると、運賃だけでなく、輸送障害の有無まで分かるのはありがたい
イギリスの、ロンドン・ノース・イースタン鉄道(LNER)のスマートフォンアプリ。乗車している列車の現在位置が分かるので、「ここはどこ?」問題は解決である
ロンドンの地下鉄を利用するなら「TfL Go」は必須といえよう。これは、9月の初めにストライキが起きて大半の路線で運行が止まったときの画面。エリザベス線など一部路線以外は、みんな「Disruption」の対象となったが、それが手元で分かるのはありがたい。まさに「指先に情報を」である
不可欠という種類のものではないが、スマートフォンには速度測定なんて使い方もある

 おそらくこの先、チケットレス化が進むとともに、スマートフォンを利用する場面はさらに増えると思われる。2年前の2023年にスウェーデンに行ったとき、ストレングネースの駅で「この券売機はもうすぐ撤去される。チケットはSJアプリ(SJ app)で購入してほしい」という掲示が出ているのを見て仰天した。明日は我が身である。

ストレングネース駅に置かれていた自動券売機。上の方にある掲示を見ると……
「この券売機は撤去されるので、そのあとはSJ appで購入してほしい」という告知であった。2023年8月の撮影

スマートフォンは鉄道利用の生命線になりつつある

 かように「スマートフォンに頼る鉄道利用」が一般化してくると、スマートフォンが正常に機能しないとにっちもさっちもいかなくなる事態も起こり得よう。物理的な破損や故障は別として、まっ先に思い付く課題は「電源」と「圏外」である。

 ネット販売のチケットでも、QRコードなどが静的な状態で読み取れればOK、紙に印刷したものでもよい、ということなら話は難しくない。念のために、紙に印刷したものも持ち歩くか、PDFファイルをノートPCのストレージに複製しておけば済む話である。これは、スウェーデンを訪れたときにやったことがある。予備のスマートフォンを用意して、そちらにもコピーしておく、なんていう手もある。

 しかし、「スマえき」や「えきねっとQチケ」みたいに、アプリが動作した状態の画面を提示しなければならない場合には話が違う。スマートフォンが機能しなければ、入出場ができない。すると、電池切れや圏外は大問題となる。

 電池切れはモバイルバッテリーを持ち歩くことで回避しやすくなるし、特急車では電源コンセント付きの車両も増えてきた。とにかく充電できるときには充電して万一の事態に備える、という考えにも理はある。

 車内・機内や空港ラウンジなど、充電用USBポートの設置事例も増えている。しかし、USB接続を通じてなんらかのサイバー攻撃を受ける可能性も指摘されている。公共の場に設置されているUSBポートで充電する場面に備えて、データ通信非対応(充電専用)のUSBケーブルを用意するのも一案であろう。

USBケーブルは右下にチラッと見えているだけだから分かりにくいが、「移動中に、車内に電源コンセントがあったので、念のために充電している」図
背ずりの背面に電源コンセントを設置した車両の例(東武N100系スペーシアX)
AC電源ではなくUSBポートの設置事例も増えている。これは日本ではなくて、スウェーデンのÖstgötatrafikenが運行している路線バスのもの。AC電源のコンセントは国によっていろいろ種類があるが、USBなら万国共通という利点がある
イギリスで外国人が利用できるブリットレイルパスは、デジタル版のM-Passの登場で利用しやすくなった。有効化すると画面のようなPDFファイルが送られてくる仕組みで(アドレスバーのファイル名でPDFだと分かる)、これならスマートフォンアプリは不要だ

 では、圏外はどうか。実は鉄道の場合、トンネルを通っていると圏外になる場面が少なくない。新幹線のトンネルはすべて通信可能になっているし、地下鉄も大抵利用できるようになってきた。ところが、在来線は話が違う。実際、在来線の列車に乗っていると、列車がトンネルに入ってしばらくすると圏外になる経験を何度もしている。

 それでも、電池切れは電源の確保、圏外は場所を変えるといった具合に、まだ利用者の側で対処する余地がある。しかし、キャリア側で通信障害が発生したら、利用者にはどうにもならない。ひたすら復旧を待つだけである。そこが、デジタルチケットの「ちょっとおっかない」ところではある。

GPSが使えないと問題になる場面もあり得る

 また、「えきねっとQチケ」でセルフチェックイン・セルフチェックアウトを行なう場合、別の問題も関わってくる。

 以前の記事でも紹介したように、「えきねっとQチケ」では端末の位置情報を利用して、セルフチェックイン・セルフチェックアウトの対象となる駅ないしはその近隣にいることを確認している。対象となる駅から離れたところにいると判断されると、操作ができない。こうすることで不正利用対策としているのだろう。

 ところが、その位置情報の源は測位衛星からの電波を使うGNSS(Global Navigation Satellite System)である。するとこれも、トンネルのなかでは利用できないことになる。

 普通、トンネルは通過するものだが、たまに例外がある。将来、「えきねっとQチケ」のエリアが上越線に拡大されたら、トンネル内にホームがある湯檜曽駅(下り線)や土合駅(下り線)で、どうやってセルフチェックイン・セルフチェックアウトをすることになるのか、ちょっと興味がある。もしかすると、QR読み取り装置を設置するという「大穴」(トンネルだけに)かもしれないが。

 その点、駅に掲出したQRコードを読み取らせることで入出場処理を行なう「ポスター改札」を導入したJR九州のチケットレスサービスは、うまく考えたものだと思う。もっとも、これもスマートフォンのカメラが使えなければ、読み取りの手段がなくなってしまうのだが。

「えきねっとQチケ」でセルフチェックイン・セルフチェックアウトを行なう際には、位置情報を常に許可しておく必要がある
位置情報によって、セルフチェックイン・セルフチェックアウトの対象となる駅にいるかどうかを判断する仕組み。位置が外れていると、画面のようなエラーになる
JR九州のQRチケットレスサービスでは、自動改札機がない駅ではQRコードを読み取らせる「ポスター改札」を使う。となると、スマートフォンのカメラは必須といってよい