井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

扉付近はよく冷える? 同じ車両でも場所で異なる快適さ

この、長さが約20mのハコのなかで、「どこにいても快適性は同じ」と言い切れるかというと、実はそうでもない(東急3020系)

 以前、「同じ車両のなかでも中央部より車端部の方が揺れやすい傾向がある」という話を書いた。もちろん、乗り心地のよしあしは快適性に関わる重要な要素だが、それだけというわけでもない。動揺以外の分野でも、「場所によって違いが生じる」ことがある。

ふりかけ冷房

 といっても、冷房装置からふりかけが降ってくるわけではない。

 1980年前後、ちょうど第二次石油ショックがあって「省エネルギー」が強くいわれていた時期のことだが、冷房の省エネ化を図れないか、という話が出た。そこで着目されたのが、体感温度を下げる工夫である。

 具体的にいうと、冷房装置で冷風を送るだけではなく、送風装置を使って風を当てれば体感温度は下がる、という話である。なにも鉄道車両に限ったことではなく、家庭でもエアコンと扇風機を併用すれば、同様に実現可能である。

 そこで都市部の通勤車は一般的に、冷房装置と送風装置を併用している。つまり、同じ車内にいても、送風装置からの風が来る場所とそうでない場所では、体感温度に違いが生じるわけである。

天井に組み込まれた送風装置の例(横浜市営地下鉄4000形)
横浜市営地下鉄4000形はトンネル断面の関係で車体高が制約されるため、車端部の天井に冷房装置を組み込んでいる。そのため、車端部には送風装置がない

 なお、定員乗車が前提の特急車や、満員になる場面が少ないローカル線の車両では、送風装置は省略されている。逆に、非冷房車では送風装置は必須アイテムである。昔の車両では、非冷房、かつ送風装置すら付いていなかったものも、結構あったというが。

 その送風装置。昔は扇風機が一般的だったが、最近は見かけることが少なくなった。ポピュラーなのは横流ファンである。といっても一般になじみ深い言葉ではないが、要するに筒型の送風装置が首を振る仕組みで、筒の長手方向に沿って風が出る。

ルーバーの背後にあるので見づらいが、表面に羽根を並べた筒があるのがお分かりいただけるだろうか(JR東日本E231系500番台)
真下から見るとこんな按配になる(JR東日本E233系6000番台)
JR東日本の烏山線で使われている蓄電池車・EV-E301系では、送風装置は省略されている

風が来る場所と来ない場所

 その横流ファンは、天井の中央部に、車両の前後方向(レール方向)に設置するのが一般的。これが首を振ると、中央にいる立客だけでなく、壁沿いのロングシートに座っている乗客のところにも風が当たる。

 ところが車両によっては、横流ファンを車両の左右方向(枕木方向)に設置している場合がある。近年だと、日立製の車両でよく見かける形態だ。この場合、前後に首を振る形になるため、風が届くのは立客だけとなる。

近鉄8A系は、レール方向に取り付けたタイプ。全体にほぼまんべんなく横流ファンを並べているので、風が来るエリアは広い
西武30000系みたいに、枕木方向に横流ファンを取り付ける形態もある
かつては一般的だった扇風機。これは国鉄時代に造られた車両なので、国鉄のJNRマークが入っている(JR北海道711系)
国鉄の車両では、乗客が任意に扇風機を動かせるように、壁にスイッチを設置していることがよくあった(JR北海道711系)

 また、この手の送風装置は側扉付近に設置されることが多い。なぜかといえば、通勤車は停車駅が多く、扉の開閉も多い。その度に外から熱気が流れ込んでくるから、その対策として側扉の周囲は送風装置を充実させる。と、そんな理由による。

 車両によって、側扉付近にだけ送風装置がある場合と、扉間にも適宜、送風装置がある場合が存在する。これは、設計者の考え方や、車両の製造にかけられるコストの問題が関わってくるので、場合によりけりである。ただ、優先度が高いのは側扉とその前後なので、そこにいれば風が来る可能性が高い、とはいえる。

外から騒音が入り込みやすい場所

 お次は騒音の話。騒音の発生源は車内外の両方があるが、主に問題になるのは外部騒音である。特にトンネルを通っているときには、走る列車から発生する騒音が拡散せず、トンネルの壁で反射されて直撃してくるから騒々しい。

 冷房が付いていないのが一般的だった昔の地下鉄では、車内でまともに会話ができなかった。しかし地下鉄でも冷房車が一般的になったので、窓を閉めて走れることになり、窓から侵入してくる騒音は大幅に減った。

 ところが、実はもう1つの騒音侵入ルートがある。車両の前後にある貫通路である。窓でも貫通路でも、外部に通じる開口があると、それを通じて空気が加振されるため、“音の伝搬”が発生しやすくなる。

 特急車なら客室の前後は仕切壁で仕切ってあり、出入りの際には引戸を開けるのが一般的だから、騒音は少ない。その分、出入台(デッキ)に出ると騒々しいのが分かる。だから、仕切壁に近い前後端ないしはその近傍の席では、デッキとの間を行き来する人が通るたびに扉が開いて、騒音が入り込んでくる傾向がある。

 ただ、前後端の席にだけ電源コンセントが付いている、なんていうこともあるし、乗降の際の移動が少なくて済む利点もある(ことに大荷物を抱えているときには無視できない要素だ)。だから、この辺は「何を重視するか」というトレードオフの問題になる。

 では、通勤車の場合はどうか。近年では貫通路にすべて扉を設けて、車両の前後端をちゃんと締め切った構造にする車両が増えてきたが、会社や車型によってはそうなっていない場合がある。つまり、貫通路に扉がなかったり、連結した前後の車両のうち片側にだけ扉があったりする。

「なんで片側にだけ?」と思われそうだが、車両間の風の吹き抜けを止めるには、片側だけ扉があれば用が足りるのだ。しかし、扉が付いていない側の車両では、貫通路から外部の騒音が飛び込んでくることになって騒々しい。

特急車は客室の静粛性を高めるため、出入台との間を壁で仕切って自動ドアを設けるのが一般的(JR西日本287系)
もっとも、何事にも例外はあるもので、仕切壁は設けるが扉は省略、という事例もまれに存在する(JR東海373系)
貫通路扉をすべての車端部に設けた例(JR西日本227系500番台)。扉があるので、貫通路を囲む幌は見えない
貫通路扉を片方のハコにだけ設けた例(福岡市営地下鉄1000系)。手前側のハコには扉がないので、貫通路を囲む幌が見える

 ちなみに旅客機の場合、中央部から主翼が生えて、そこにエンジンが付いていることが多いから、前方の客室の方が静かだといわれる。それもあってか、上級クラスの客室は前方に設けるのが通例だが、それでもエンジンの音が聞こえないわけではなく、相応にやかましくはある。

 その旅客機でも鉄道でも、ノイズキャンセリングヘッドフォンは騒音をシャットアウトしてくれる効果があるので、それを静かに過ごす手段として利用する手もある。特に、気動車のディーゼル・エンジンの音には効くようだ。

荷物が増えるのでトレードオフということになるが、ノイズキャンセリングヘッドフォンを持ち込んでみたこともある。国内ではあまりやらないが、国際線の飛行機に乗るときには必ず持っていく