旅レポ
食・歴史・自然……長崎県 上五島・小値賀の魅力に出会う(その2)
教会、焼酎、うどん、聖と俗を行ったり来たり。そして再び波に揺られた2日目
2016年8月3日 00:00
五島列島北部の新上五島町と小値賀町の名所と歴史、食を巡るツアーのレポート2回目。いよいよ、五島うどんとの出会いが近づいてきた。前回は新上五島町で世界遺産候補の頭ヶ島天主堂に、あこう樹の巨木、憧れの郷土料理「かっとっぽ」を紹介したが、今回も引き続き新上五島町をクローズアップしてお届けしたい。
幻の焼酎の蔵元を訪問
前回、「かっとっぽ」を食べたとき、一緒に「五つ星」という名の焼酎を飲んだとお伝えした。記事ではサラッと銘柄だけ書いてしまったが、実はこの「五つ星」はクセが強いといわれる芋焼酎のなかでもフルーティーで口当たりがよく、五島列島だけでしか飲めないという“幻の焼酎”なのだ。
ツアー初日に続き、雨が降る新上五島町。当初、蛤浜海水浴場に行く予定だったところを、急遽、「五つ星」の蔵元、五島灘酒造を見学させていただけることになった。なお、蔵元に到着したのは朝9時。建物に一歩入ると、すでに焼酎の匂いがする。もしかして朝から飲めるの? いいのかしら私。
朝からいきなり不純な考えにとらわれてしまったが、まずは芋焼酎造りの工程から。芋焼酎を作るには、まず米の仕込みからだという。米を蒸し冷ましてから麹菌を混ぜ、その後、酵母を加えて1週間培養すると一次もろみができあがる。芋焼酎なのに米? と思ってしまうが、これがアルコール発酵の元になるのだ。その後、芋蒸機で蒸したのち粉砕したさつまいもと一次もろみを合わせて2週間発酵させ二次もろみへ。
もろみの説明を聞いているだけで美味しそうに思え、焼酎への期待に胸が高ぶってくるが、まだだ。焼酎において大切な蒸留がある。
五島灘酒造では通常の常圧蒸留に加え、低圧で蒸留する減圧蒸留も行なっているとのこと。常圧蒸留の場合、高温で一気に沸騰させるためアルコールに加え、原料の成分も多く混ざり、味わいとクセが強い焼酎に。一方、減圧蒸留では低い温度でゆっくり沸騰させることでアルコールの純度が高まり、スッキリとしたフルーティーな味わいの焼酎になるという。蒸留後に熟成や貯蔵を行ない焼酎ができあがる。
また、焼酎は麹の種類によっても味が変わってくるという。白麹ではスッキリしたキレのある焼酎に、黒麹では甘みや香りの強い焼酎になる。五島灘酒造では麹や蒸留法などを使い分けてさまざまな銘柄の焼酎を製造しているそうだ。なお、先の「五つ星」は、今年の分はでんぷん質が多くて甘い「黄金千貫」という品種のサツマイモを使い、白麹かつ減圧蒸留で作られている。飲むとスッキリとしていて洗練された香りだ。ただ、生産本数が2000本とあまり多くないのに加え、商標の関係で島外に出荷できない。そこが幻の焼酎と呼ばれるゆえん。もし味わいたいなら、五島列島の販売店で探すしかないのだ。
焼酎造りと「五つ星」についてお話をうかがったあとは、いよいよ試飲タイム。この時点でまだ9時半過ぎ。世間様に申し訳ない気持ちになるが、そこは仕事。顔がほころんでいたがあくまで仕事である。まずは「五つ星」同様に減圧蒸留で作られた「五島」から。スッキリ、華やか、フルーティーの三拍子で飲みやすい。
もう一ついただいたのが、「越鳥南枝」という銘柄。こちらはアルコール分が36%の原酒である黒ラベルと、28%の白ラベルがあるが、今回試飲したのは黒ラベルの方。こちらは「五つ星」に比べコクと風味が強く、ひと口飲むと濃い香りが一気に口の中に広がる感じだ。芋焼酎とひと言でいっても実は奥深い。蔵元見学はそんな深遠な世界に触れられたひとときであった。
五島灘酒造
所在地:長崎県南松浦郡新上五島町有川郷1394-1
TEL:0959-42-0002
Webサイト:五島灘酒造
船崎で五島うどんの歴史と文化に触れる
焼酎でスタートし、次は昨日からいよいよ待ちに待った五島うどんである。うどんから五島列島に思いを馳せ幾星霜。ついに聖地に行くということで、上五島の北西にあるうどんの町・船崎へ。うどんのルーツには諸説あるが、かつて近くの青方赤崎海岸に遣唐使船が数回寄港し、中国の製麺技術が遣唐使をとおして伝わったことから、船崎が日本のうどん発祥地ではないかと言われている。
五島のうどんは、製法がほかの地域のうどんと違うのが特徴だ。例えば讃岐うどんが手打うどんと呼ばれるのに対して、五島うどんは手延うどんと呼ばれる。手打うどんが生地を薄く延ばして切って作るが、手延うどんはそうめんや冷麦同様に細く延ばして作るのだ。
船崎の海岸沿いを歩き、並ぶ家々に目をやると家ごとに窓がほとんどない小屋を見かける。この小屋はうどんを打つためのもの。窓がないのは、うどん造りには湿気が大敵のためだ。かつて、うどんは冬に家で主婦が作り、保存食として家庭で食べる、もしくは漁に出る夫に食料として持たせていたという。五島うどんが実は船崎の人々の生活に強く根付いている食べ物だったとは。これは、あだやおろそかにツルツルと食べられないぞ。
五島手延べうどん作りを体験
五島うどんの歴史と文化に思いを寄せたあとは、うどんの技術を伝える船崎うどん伝承館で、五島うどん作りにチャレンジ。地元の主婦である西﨑美恵さんの指導により実際に体験と見学をさせていただく。
五島うどんを作るには、小麦粉と塩水を混ぜた生地を踏んでコシを出す「足踏み作業」から、乾燥した麺を切り分ける「こわり作業」まで数多くの工程があるが、今回、筆者が体験したのは麺を延ばすためにひも状の生地を2本の竹管にかける「かけば作業」。
台に2本の竹管を刺し、生地を手の上でころがしてひねりを加えながら引っ張って8の字状にかけていく。最初はころがし具合や引っ張り具合の感覚が分からず、恐る恐るかけていたのが、4巻き5巻きと慣れるにしたがって手際がよくなり、鼻歌を歌いたくなるほど楽しい作業に。
西﨑さんや同行の方から「あら上手!」と褒められ、ついうれしくなってしまう。手で延ばすタイプのうどんを、褒めると伸びるタイプの筆者がかけていく。ひとり1セットを行なう予定だったがあまりにも楽しかったため、撮影で外に出てしまった方の分までかけたのは内緒だ。
このあと、竹管にかけた生地を寝かせ熟成させ、両側から人力で引っ張る「こびき・なかびき作業」、ハタと呼ばれる干し具に竹管をかけ、棒を使って麺を延ばす「はたかけ作業」を見学。本当はこちらも体験させていただけたのだが、「かけば作業」を2回やってしまったため撮影する時間が残り少なくなってしまい、泣く泣く断念。なにごとも調子に乗りすぎるのはよくない。
乾燥作業に入ったところでうどん作りと見学は終了。食べる番へ。
館内の集会所に入ると、コンロと湯を張った鉄鍋、そしてあらかじめ製麺された生麺が鎮座している。五島うどんは基本的に乾燥したものをゆでて食べるが、今回は特別に生麺を使っての調理に。グラグラと沸いた鍋に麺を投入し、ゆで上がったらおのおのブラシ状のすくい棒で取って食べる、五島では定番の「地獄炊き」という食べ方でいただく。なお、つけだれはアゴ出汁と溶き卵の2種類。
旅の2日目、ついに本場の五島うどんが食べられるときがやってきた。アゴ出汁も溶き卵もどちらも筆者にとって初めての食べ方だ。
まずアゴ出汁につけてすすってみる。讃岐うどんをはじめ、手打ちうどんののどごしは基本的に「ツルッ」だが、五島うどんは「サラサラ」と繊細。アゴ出汁はカツオだしのような魚っぽさの自己主張が少なく、潮の風味のコクが際立つ味だ。そして、溶き卵でもいただいたが、鍋から取り出したばかりのアツアツ麺で卵に半分火が通る。半生卵のまろやかで濃厚な味わいと細麺の相性はばっちりだ。
なお、五島うどんは製麺時に椿油を塗っているのでお湯が染み込みにくく、細くてもゆで崩れしにくいのが特徴。どんな食べ方でも美味しいものの、地獄炊きのように熱しての食べ方こそ五島うどんならではの魅力が味わえるという。
船崎うどん伝承館
所在地:長崎県南松浦郡新上五島町船崎郷440
五島うどんの手作り体験:
体験料金:4人まで1万円、5人以上は1人2200円(30人まで)
予約:1週間前までに必要
TEL:0959-42-0964(新上五島町観光物産協会)
Webサイト:長崎旅ネット: 船崎うどん伝承館
その後、産地直売所のメル・カピィあおかたに行くと、なんと店内の一角が丸々、五島うどんのコーナーになっているではないか。さまざまなブランドの乾麺を取り揃え、そしてアゴ出汁のパックが販売されていて、地元の方の五島うどんにかける情熱を見た思いである。もちろん、麺と出汁を合わせて購入してしまったのは言うまでもない。
メル・カピィ あおかた
所在地:長崎県南松浦郡新上五島町青方郷2274
TEL:0959-52-2373
営業時間:9時~17時20分(土曜日定休)
Webサイト:まるごと体験!! 新上五島:メル・カピィ あおかた
外は瀟洒で、中は荘厳な青砂ヶ浦天主堂
これまで焼酎、五島うどんと悦楽続きでゆるゆるに弛緩していた筆者。しかし、身も心も引き締まるときがやってきた。教会である。
船崎から北に向かい目指すのは青砂ヶ浦天主堂。もともとカトリック信者が集まっていた青砂ヶ浦には明治の早いうちから教会が建てられていた。3代目となるこの教会は、信者が小高い丘までレンガを運び込んで1910年に建立されたもの。こちらも設計は頭ヶ島天主堂同様に鉄川与助が手掛けている。
この天主堂は国指定重要文化財であり、世界遺産候補の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」のリストに加わっていた時期もあった。現在は構成遺産から外されているものの、それでも地元の信仰のよりどころであるのは変わらない。
奈摩湾を見下ろすように立つ、青砂ヶ浦天主堂。塔こそないものの、十字架が掲げられた主廊部と、両脇に配された側廊部が並ぶシルエットはまさに教会。レンガの朱色にバラや桜をモチーフにした丸窓、ステンドグラスがはめ込まれたアーチ窓、正面入り口の石造りの白いアーチが映える瀟洒な外観だ。
こちらも前回紹介した頭ヶ島天主堂同様、内部の撮影は禁止されており、記事では残念ながら外観の写真しか掲載できない。内部は先のとがったアーチに、高い天井を実現できるリブ・ヴォールトと呼ばれる構造など、ゴシック建築の要素が取り入れられ荘厳な空間になっていた。また、構造材やインテリアの木材と壁や天井の白い漆喰のコントラスト、堂内に差し込むステンドグラスの光が合わさって、まるで中世ヨーロッパに来たような雰囲気だ。頭ヶ島天主堂の優しげな感じとはまた違った内観となっている。
ここ新上五島町には頭ヶ島天主堂、青砂ヶ浦天主堂をはじめ29の教会が存在し、クルマで移動する道中にも優美な姿の建物、モダンな建築の教会とさまざまな教会を見ることができた。新上五島町の教会情報一覧は新上五島町観光物産協会が運営するサイト「まるごと体験!!新上五島」に掲載されている。新上五島町をレンタカーなどクルマでまわる機会があるなら、これらの教会をチェックしてみるのもお勧めだ。
青砂ヶ浦天主堂
所在地:長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
Webサイト:長崎旅ネット:青砂ヶ浦教会
空は晴れ! いよいよ船で小値賀町へ!しかし……
青砂ヶ浦天主堂の後はさらに新上五島町を北上し、北の端にある漁港・津和崎港へ。ここで海上タクシーの津和崎丸に乗って、次の目的地である小値賀町の中心部である小値賀島に行くのだ。小値賀島までは15分。気が付くと雨も収まり、いつしか晴れ間が見える天気に。
津和崎丸の船上は海が間近に見えて気持ちよく、加えて船と海の写真を押さえておかねばならぬ、という使命感で航海当初はシャッターを切っていた。しかし、船の揺れは意外に大きく、さらにカメラごと波しぶきをかぶるというハプニングが起こり、「カメラがー!」と早々と船内へ転がり込む羽目に。無様である。幸いカメラは防滴仕様で、すぐにタオルやクロスで水分や塩分をふき取ったので無事。筆者自身もびしょ濡れだが、こちらは長時間水没しないかぎり大丈夫、ということで、とりあえずタオルでざっくり海水をぬぐっておいた。
海も航海も楽しいもの。しかし、わずか15分の航海で海の洗礼を受けた形になってしまい、「いくら晴れていても、海と船を甘く見てはいけない」という大切な教訓を得たところで、小値賀港に到着した。次回は新上五島町とはまた違った小値賀町の魅力とその道中を紹介していきたい。