旅レポ

食・歴史・自然……長崎県 上五島・小値賀の魅力に出会う(その3)

自然と歴史の不思議、そして古民家に感動。でもやっぱり天気はきまぐれだった3日目

実は古民家好きにとって魅力的な小値賀町

 五島列島北部を巡るツアーのレポートも3回目。これまでは新上五島町の教会や歴史、食をお伝えしてきたが、ついに小値賀島に上陸したところまでお伝えしてきた。これまでの2回、食べ物の紹介でテンションが高かった気がするが、そのあたりはぜひ温かく見守っていただきたい。

 さて、小値賀町は日本と大陸をつなぐ航路上に島があったことから、遣唐使の時代から重要な寄港地として栄えたという歴史があり、また豊かな漁場があったことから捕鯨やアワビ漁も盛んだったそうだ。今回はそんな町の魅力に迫っていこうと思う。

小値賀町の赤い海岸と白い海岸

 小値賀町に到着したときは晴れだったのが、気が付けば雲が出て雨が降ってはやみと刻々と変わる天気。梅雨だし、泣く子とお天道様には勝てないのは世の理。こちらはこちらで旅を楽しむぜ! といったスタンスで、小値賀町に着いてまずは、小値賀の自然や歴史の魅力と不思議をまわるところからスタート。

 最初に訪れたのは小値賀島の南にある赤浜海岸。通常、海岸というと白い砂のイメージがあるものの、こちらは赤い砂利が一面に広がっている。砂浜だけ見ると一瞬、「火星か?」と思う赤さだ。元々、小値賀島は火山の噴火でできた島であり、砂利は鉄分の多い溶岩が参加したため海岸が赤いとのこと。

 小値賀町自体は起伏の激しい新上五島町とは違い、ゆるやかな地形の島。しかし赤浜海岸は赤い砂利に加え、急に盛り上がった岩、吹き付ける浜風で幹が曲がった松が並び、ワイルドな景観。ここで泳いでみたら楽しそうと思ったものの、海底が急に深くなっていて危険なことと海底ケーブルが通っているため、遊泳は禁止されているそうだ。残念!

赤砂利が広がる赤浜海岸
鉄分の多い溶岩が参加したため真っ赤
溶岩から火山ガスが抜けたため砂利には細かい穴が空いている

 赤い海岸がある一方、白砂と透明度の高い海で海水浴場として名高いのが、島の北にある柿の浜海水浴場。赤浜海岸とは対照的な遠浅な海のため、引き潮になると白浜が広がり、遠くに見える青い海と織りなすグラデーションが美しいとのこと。さらに、海はきれいながらも訪れる人は多くなく、プライベートビーチ気分が味わえるそうだ。

 ただ今回は、パラリと雨が降り、なおかつ潮が満ち気味の状態で訪れたため、海はちょっとアンニュイな雰囲気。思わず砂にラブレターを書きたくなる感じだった。ぜひ、晴れたときに朝から行って1日のんびり過ごしたい、そんな雰囲気の海だ。

柿の浜海水浴場。これで晴れていたらものすごくきれいな海かと
今の季節は海岸に咲くハマユウの花も楽しめる
赤浜海岸

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町前方郷

柿の浜海水浴場

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町柳郷

遣唐使の時代から立つ地ノ神島神社

 かつて交通の要衝として遣唐使も行き来していた小値賀。そんな昔の時代をうかがわせる謎めいた神社が、島の東側・前方郷にある地ノ神島神社だ。本殿から海に鳥居が3つ連なっている。表の参道が海に面しているだけでもロマンチックだが、不思議なのがこの3つの鳥居の先にある野崎島には、地ノ神島神社と対をなす沖ノ神島神社があること。地ノ神島神社からは裸眼では「なにかがある」程度にぼんやりとしか見えないものの、双眼鏡などがあれば海の先に沖ノ神島神社と、境内にそびえたつ巨石・王位石を見ることができる。

本殿の正面方向から見ると鳥居が連なっている
2つ目の鳥居から3つ目の鳥居と野崎島が見える
海の向こうの野崎島。中央の少し上にある白い点が沖ノ神島神社だ
地ノ神島神社の本殿

 この神社は詳しい創建年は分かっていないが、沖ノ神島神社が分祀されたのが704年であることから、700年頃ではないかと推測されているそうだ。また、遣唐使船団の航路が五島列島経由に変更された年と創建された時期が近いことから、船団の安全を祈願して建てられたのではと言われている。この地ノ神島神社と沖ノ神島神社の間の海は、かつて嵐のときなどの停泊地として使われ、海からは当時の碇石が多く発見されているとのこと。

 また、鳥居は石を継いで作られ、鳥居上部の端が船の舳先のように反り返った「肥前鳥居」または「鎮真鳥居」と呼ばれるもの。旧平戸藩領内にのみ建てられた特殊な様式である。

「海に面した○○」という言葉にドキドキする筆者だが、まさか海に面した神社があるとは思わなかった。個人的にはもう少し海と神社の歴史のロマンに浸っていたかったけれども、後ろ髪引かれる思いで次の目的地に。

側道にも鳥居が設けられている
地ノ神島神社

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町前方郷3939

自然の岩なのにまん丸でツルツル!? 奇岩が収まるポットホール

 そして小値賀町の不思議がもう一つ。自然の造形の妙を感じる場所が、小値賀島の西の斑島にある国指定天然記念物、ポットホール。クルマを降りると草原の向こうに白い鳥居とむき出しになった黒い火山岩の岩礁が見え、岩場を歩いていくと岸壁の中に穴が。

草原と白い鳥居の向こうに火山岩の一帯が
ポットホールは岩礁のド真ん中にある
ここがポットホール

 恐る恐るのぞき込んでみると、深さ3mほどの縦穴の中にまん丸いボーリング球のような玉石が収まっている。パッと見、自然の造形とは思えないきれいな球。聞くところによると、海水の勢いで岩が周囲の岸壁を削りつつ、自身も自然に削れて丸くなったという。この玉石は今でも海水の勢いで穴の中を転がっては周囲の岸壁を削り取り、縦穴を掘り下げているとのこと。地元では「玉石様」と呼ばれ祀られているそうだ。

ポットホールの中の玉石。天然の中で作られた球だ

 思わぬところに思わぬ石があるのは見ていて驚きだが、ただし注意したいのが歩道はあるものの、縦穴までと縦穴周辺の足場がわるいこと。筆者はバスケットシューズで行ってしまい、雨の歩道で滑る、岩を踏み外しそうになるなど観光とは別の意味でもドキドキしてしまった。行くならスニーカーやトレッキングシューズをチョイスした方がよさそうだ。

ポットホール

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町班島郷

宿泊・滞在できる小値賀町の古民家

 小値賀町は豊かな自然と歴史の魅力があふれる町に加え、建築や古民家好きにとってもたまらない場所。というのも、古民家をリノベーションした施設があり、一棟まるごと借り切って別荘のように宿泊できる家も6軒あるのだ。今回訪れたのが島の南、笛吹郷の港に面した場所に位置する古民家ステイ「鮑集」。元々は裕福な商家の屋敷で、かつては漁で採ったアワビの集積所に近かったことからこの名前がついたという。

商家の屋敷を改装して貸し切りの宿にした「鮑集」

 家は延床面積が180m2と広く、玄関を入って左手には広い庭に面した座敷と和室が連なり、窓から見える緑の庭にうっとり。板間はリビングルームとして使われ、掘りごたつのように床を掘り下げて作ったソファーはくつろぎ度抜群。土間にはキッチンが設けられ、ちょっとした料理なら屋敷内で作って食べることが可能だ。さらにダイニングからは港を展望することができる。

 古民家を改造した宿は全国にもいくつかあるものの、古民家を貸し切って家族や仲間と過ごせるという点で「鮑集」をはじめとする古民家ステイは貴重な場所だろう。本当に別荘として、いや自宅として住みたい、と思ってしまったほどだ。

玄関から入ってすぐの広間は庭が一望できる趣ある和室
お風呂はもちろん、台所や洗濯機など水まわりも完備
リビングには板間を掘り下げたソファー
ダイニングからは港が見えるようになっている
広間の端には文机も

 この「鮑集」は2名から6名まで宿泊できて、宿泊費はシーズンによって変わるものの、7~8月の場合だと1泊2万円(2名利用時の1名あたり料金、4~6名利用時は1名あたり1万4000円、いずれも税別)。おぢかアイランドツーリズムサイトの古民家ステイのコーナーにくわしい料金が記載されており、問い合わせもサイト上から行なえる。

鮑集

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町笛吹郷
Webサイト:おぢか島旅:古民家ステイ 鮑集

100年以上続く活版印刷所を見学

 続いては町中心部の歴史を探訪。捕鯨やアワビ漁で栄えたことから小値賀町は、古民家だけでなく町も昔ながらの景観が残っているのが特徴。小値賀諸島の文化的景観の一つ、100年以上続く活版印刷所である晋弘舎にお邪魔した。

 一歩、作業場に入るとインクのにおいがして、壁や作業台の上には活字がずらっと並び壮観。見出しに使う大きな文字からルビ、いわゆるフリガナに使う小さな活字、そして行間や字間といった余白を埋める「込めもの」までそろっている。

小値賀諸島の文化的景観として登録されている「晋弘舎」
作業場にはたくさんの活字、そして作業台や印刷機が並び壮観だ

 作業台の上には活字を組み合わせた版が置いてあり、印刷機ではこの版の凸面にインクを乗せ、圧力をかけることで印刷する。そのため印刷物に凸凹ができ、普通の印刷とは違った表情が生まれるのだ。

 さらに文字のインクが表面張力で盛り上がるので目に飛び込んできやすい文字になるという。活版印刷は古いというイメージを持つ方もいるかもしれない。しかし今、活版ならではの雰囲気が見直されつつあるとのこと。

活字などを組んで版を作る作業台
指が大きく見えるほどの細かい活字も並ぶ

 印刷所では実際に仕事で刷った名刺を見せていただいたが、小値賀町の方はもちろん、有名なアーティストやクリエーターのお名前もあって、さまざまな人に愛されていることが分かる。どの名刺もレトロでありつつも味があって魅力的なのだ。ツアーの参加者たちのなかにも「活版印刷で名刺を作ってみたい」という方もいた。なお、名刺の印刷は100枚で7500円から。見学の際は事前予約を。

晋弘舎活版印刷所

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町笛吹郷
Webサイト:小値賀島 晋弘舎活版印刷所

なかなか暮れない島と大雨の港

 活版印刷の現場を見たあとは、笛吹湾沿いの宿へ。夕食の際、外を見てもなかなか日が落ちる様子がない。聞くと小値賀島では日没時間が遅く、今の季節(7月中旬)なら19時半ごろからやっと暗くなっていくという。

 宿を出て、雨が降りやみ、雲が少し晴れた笛吹湾を眺めて「もしかしたら明日は晴れるかな」、そんなことを思っていた。

7月中旬の小値賀島は、19時半を過ぎてもまだこの状態と明るい

 しかし……。

ザーザー降りという雨の小値賀港

 大雨である。本来の予定では野崎島に渡ってトレッキングの予定だったのが、野崎島も雨が激しく、またガスがかかっているため中止に。この時、朝の7時。宿をチェックアウトして小値賀港ターミナルに着いたもののなすすべもない状態。ターミナル内部を見てまわる者あり、談話する者ありのツアー一行のなか、筆者はというとノートPCを出して仕事……。

 旅先でほかにすることないのか、とお叱りを受けそうだが、しかし港でPCを出して仕事するのも普段ではなかなかできない経験。ここはぜひ前向きにとらえたいところだ。その後、雨が小降りになったころを見計らって、NPO法人「おぢかアイランドツーリズム」の方の案内で、小値賀町中心地の昔ながらの街並みを散歩。

人気の少ない朝のターミナルで仕事をする筆者
小値賀港そばの豊漁祈願の恵比寿様を祀る西宮神社
捕鯨に出て命を落とした人を弔うために寄進された羽差地蔵
元は商家だった商家尼中東店。現在は改装され観光客も立ち寄れる交流スペースに

古民家レストラン「藤松」で島の恵みをいただく

 古い町並みを見て少しテンションが上がったところで、次に訪れたのは再び古民家。宿として利用できる「鮑集」に続き、今度は前方湾に面する築160年の古民家のレストラン「藤松」へ。捕鯨と酒造りで富を築いた旧藤松家の屋敷を改修しており、屋敷というだけに贅沢な作り。しかも裏庭には海へ続く門があり、かつて設けられていた船着き場もそのまま。

藤松家の屋敷を活用したレストラン「藤松」
建物の裏手からは海に続くテラスに出られる
テラスから海が見える。門の先は船着き場だ

 1階の広間に入ってびっくり。板間の部屋を縦断するように一枚板でできているテーブルが配され、存在感を示している。ブビンガ材で長さは7mだそう。今回のツアーメンバーは筆者も入れて10人ほどだったが、それでも広間の半分にも収まらない。ぜひ、多人数の会食や大宴会を開催してみたくなる空間だ。

 ここの料理は小値賀島で採れた魚介類と野菜による、お刺身の盛り合わせを中心にした創作和食。食事はランチのみメニューは3500円(税別)の島幸コースのみの提供ではあるものの、旧家のお屋敷で新鮮な地元食材のメニューをいただけるという贅沢な時間が堪能できる。

広間にある一枚板のテーブルの迫力にびっくり
2階にも席が設けられ、古民家の空間と外の景色が楽しめる
「藤松」で提供される島幸コース
地元で獲れた魚介類による刺身盛り合わせ。なお、写真は5人前
前菜も地場産の素材の味を活かしたものとなっている
今回の焼き物と煮物に使われたのは共にイサキだが、同じ素材でも異なる味・食感になっている

 屋敷の2階にも上がらせていただいたが、古民家好きとしては思わず建物の屋根を支える小屋組が見られるのがうれしいところ。2階にも席が設けられており、思わず「ここで小屋組と景色見ながらお茶飲みたい」とウズウズしてしまい、さらにもし次に訪れるなら古民家ステイに泊まって食事は「藤松」で……とまで妄想してしまった。それだけ落ち着いていて素敵でホッとできる空間だったのだ。古民家ファンなら、ぜひ一度は小値賀町に訪れたいところ。

古民家レストラン 藤松

所在地:長崎県北松浦郡小値賀町前方郷3694
TEL:0959-56-2646
定休日:火曜日、年末年始
営業時間:11時~15時(ラストオーダー)
Webサイト:おぢか島旅:古民家レストラン 藤松
http://ojikajima.jp/fuji-matsu

 自然と歴史、そして古民家を満喫した小値賀町の旅も終わりに。最後は小値賀港からフェリーに乗って佐世保まで移動。

 カーペットが敷き詰められた船内は立ったり座ったり縦になっていると船の揺れで転がってしまうので、横になって過ごすことになる。しかし、皆が睡眠を取っているところ、一人だけ眠れない筆者。仕方なくまたノートPCを出し今度は寝ころがったまま仕事してしまった。

 哀しき仕事人間ぶりだが、しかし移動の際は新幹線の陸路や航空機の空路でも仕事しているのだから、フェリーの海路でやってもなんらおかしくない。今回のフェリーで陸海空コンプリートしたわけである。旅はやはりポジティブに考えたい。

小値賀町から佐世保港まで運航するフェリーに乗って帰途に就く

 さて、今回は3日間にわたって、新上五島町と小値賀町と五島列島の北部をまわって魅力を堪能してきた。キリシタン信仰が根強く郷土の食文化が盛んな新上五島町、豊かな自然と身近な歴史文化を大切にする小値賀町。同じ五島列島の島でも実際に行ってみると雰囲気が違うのにはびっくりした。

 今回はプレスツアーということで駆け足気味に紹介してしまった感があるが、どちらも本来は日常の慌ただしさから解き放たれ、ゆったりとした気持ちで過ごせる島旅の魅力にあふれた場所。街の喧騒に疲れているならぜひ、五島列島へ足を向けてみたほしいと思った次第である。

丸子かおり

フリーライター/編集者。主にIT系の記事を執筆することが多いが、科学系の書籍や料理本を手がけることも。趣味はごはん・手芸・デジタルなどジャンルを問わない自作。著書は「AR<拡張現実>入門」(アスキー新書)、「放射線測定のウソ」(マイナビ新書)など。ブログはhttp://mrk-reco.com/