旅レポ

食・歴史・自然……長崎県 上五島・小値賀の魅力に出会う(その1)

運がよいのか、わるいのか。天候に翻弄されながら上五島の教会建築や憧れの料理を満喫

世界遺産候補である頭ヶ島天主堂

 五島列島には昔からときめくものがあった。

 その理由が近所に五島列島出身の方がいて、昔よく五島うどんをいただいていたという現金な内容なので、あまり胸を張れないのだが。それでも、いまだ九州の地図を見ると五島列島に目が向いてしまう。そして五島うどんに思いを馳せてしまう。

 しかし、縁はどこでつながっているか分からない。長崎県が主催する「上五島&小値賀『島旅』」プレスツアーに参加することになった。今回行くのは、五島列島の北部にある新上五島町と小値賀町。昔、キリシタンが隠れ住み、今でも世界遺産候補の頭ヶ島天主堂をはじめ教会が信仰の場となっている新上五島町、そしてかつて捕鯨や漁で栄え豊かな自然を誇る小値賀町だ。第1回では長崎市から新上五島町へ渡り各地を見学した様子をお伝えしていきたい。

 そして五島うどんよ、もう一度。

今日も雨だった長崎でちゃんぽんを食べる

 今回のプレスツアー初日、長崎はあいにくの雨。しかし、そのあたりは事前にスマホアプリで分かっていたので心の準備はできていた。ただ一つ問題だったのは傘を家に忘れたことだ。傘がないとツアー一行の足手まといになってしまう。長崎空港の手荷物受取場では荷物が流れる際に長崎の童歌「でんでらりゅうば」が流れるが、筆者の頭のなかでは内山田洋とクール・ファイブの「長崎は今日も雨だった」と、井上陽水の「傘がない」が交互に流れる始末。

 長崎空港からまずはバスで中華街のある長崎新地へ。雨降りのなかで傘を買うべくコンビニを探していたら、幸い同行の方から傘をいただき、雨をしのぐことができた。雨と人の優しさが染みる長崎。最初の予定地は中華街の人気店「会楽園」だ。

 長崎中華街は合わせて250mの十字路が通るエリアであり、道には中国のアイテムや文様をモチーフにした電飾の看板が並んでいる。今回は昼に駆け足で通り過ぎてしまったものの、ぜひ夜に訪れてみたい場所だ。

 また、長崎中華街の十字路の端には東西南北に青龍・朱雀・白虎・玄武と四神を祀った門が配されている。会楽園は北の玄武門をくぐってすぐのところだ。

雨の長崎新地。奥に見える洋館は出島和蘭商館跡。かつて出島だった場所だ
長崎中華街。この玄武門のすぐ左が会楽園

 会楽園では名物のちゃんぽんをいただく。五島うどんも好きだが、ちゃんぽんも好きだ。麺類、皆平等。ちゃんぽんの魅力の一つはなんといっても食べごたえのある太麺である。会楽園の麺も期待を裏切らない太さだ。スープは東京の方で食べると甘みが気になることがあるが、こちらは甘さ控えめ。もちっとした麺に、海の幸と山の幸のエキスが詰まったスープがからんで滋養がありそうな美味しさを醸し出している。

 たぶん、大口でがばっとすすり込むのが美味しい食べ方じゃないかという気がしたのだが、同席しているのは今回顔合わせしたばかりの方々。つい遠慮して礼儀正しく食べてしまったのが今振り返ると心残りだ。

会楽園に来たなら一度はちゃんぽんか皿うどんを頼みたい
会楽園

所在地:長崎市新地町10-16
TEL:095-822-4261
Webサイト:会楽園

 ちゃんぽんを堪能したあと、いよいよ長崎港から船に乗り、新上五島町の中心部、中通島にある鯛ノ浦港へ移動する。このとき搭乗したのが総トン数58トンと比較的小さな高速船「ありかわ8号」。悪天候のなかを小型船が高速で走るということで窓に容赦なく雨と波しぶきがかかり、かなりの迫力だ。いつの間にか頭のなかのBGMが鳥羽一郎の「兄弟船」に。走ること1時間40分、中通島が見えてきた。

長崎港から高速船に乗って新上五島町の鯛ノ浦港へ向かう
今回乗った高速船「ありかわ8号」
荒っぽい写真で恐縮だが、船の窓から見える景色はこのようにスペクタクルだ
無事に鯛ノ浦港に到着

壮観な雰囲気の頭ヶ島天主堂

 長崎同様、雨が降る鯛ノ浦港から、クルマで向かったのが中通島の北東にある頭ヶ島。ここには国指定重要文化財であり、なおかつ世界遺産暫定リストに掲載されている「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の1つ、頭ヶ島天主堂がある。明治年間に「五島崩れ」と呼ばれる弾圧で島を出ていたキリシタンが、迫害が終わって島に戻ったのちに造られた教会。設計したのは、数多くの教会堂建築を手掛けたことで知られる建築家・鉄川与助。建造の際には信者自らが近くの島から砂岩を切り出し、1919年に完成した全国でも珍しい石造りの教会だ。

世界遺産候補の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」にリストアップされている頭ヶ島天主堂

 頭ヶ島天主堂はこぢんまりとしており決して大きな建物ではない。だが、石の風合いが際立つ重厚な外観は、前に立つと身が引き締まって背筋がしゃんとする思い。八角形のドームを掲げ、軒にはギザギザとした軒蛇腹とアーチ状に波打つロンバルディア帯の装飾が施されており、中世西ヨーロッパで盛んだったロマネスク建築を意識した造りだ。自分のような不心得者が立ち寄っていいのか、という風格がある。

目を引く八角形のドーム
頭ヶ島天主堂の側面。全体的に古い西洋建築の意匠が取り入れられている
敷地内には上五島のキリシタン指導者であるドミンゴ森松次郎の顕彰碑も
天主堂の脇には、堂内のマリア像とはまた別に島の聖母像が祀られている

 頭ヶ島天主堂では内部の撮影が禁止されていたため、残念ながら今回は写真で紹介することはできないが、堂内は石造りの厳かな外観とはうってかわり優しい雰囲気の空間。白やパステル調のブルー・ピンクで彩られ、ところどころ上五島のシンボルともいえる椿をはじめ、花をモチーフにした文様が飾られていた。また、短い梁を使うことで天井の空間が高く取れるハンマー・ビーム構法が用いられ、建物は小規模でも教会ならではの開放的かつ荘厳な空間が築かれている。

 頭ヶ島天主堂は長崎・上五島におけるキリスト教信仰のよりどころとなる貴重な歴史の証なのでぜひ見てほしい場所だが、ここで注意点が一つ。世界遺産候補ということで、教会を見学する際には長崎の教会群インフォメーションセンターへの事前連絡が必要なのだ。行きたいと思う方は、まずセンターのWebサイトをチェックしたうえで申し込みしてほしい。

起伏の多い新上五島町。道路から天主堂を見下ろす
頭ヶ島天主堂

所在地:長崎県南松浦郡新上五島町友住郷頭ヶ島638
Webサイト:長崎の教会群インフォメーションセンター

 なお、頭ヶ島天主堂では多くの訪問者が予想される下記期間に「パーク&ライド方式」による一般車両の乗り入れ制限を行なっている。期間中に見学する場合、一般車両は上五島空港駐車場に止め、上五島空港駐車場から頭ヶ島白浜地区までの間を、無料シャトル車で移動する形になる。

期間

・8月1日~8月16日まで16日間
・9月16日~9月25日まで10日間

あこう樹の巨木で有名な奈良尾神社に旅の祈願

 さて、鯛ノ浦港から北東の端にある頭ヶ島をまわったが、今度は一気に島の南端にある奈良尾神社へ移動。教会の次は神社、である。奈良尾地区は、元々は江戸時代に和歌山県・紀州の広浦の漁師が漁場を求めて移り住み、集落を築いて巻き網漁船で栄えた町である。この奈良尾神社も漁師たちによって築かれた。

 奈良尾神社の見どころはなんといっても鳥居のそばにある樹齢650年を超す巨木・あこう樹。高さ25m、幹まわり12mと大きさもさることながら、驚きなのはその根っこ。

 参道をまたぐように二股に分かれており、天然の鳥居といった趣になっている。つまり、鳥居を抜けると今度はあこう樹の鳥居を抜けるという二段階仕様であるわけだ。また、幹が網目のように絡み合い、幹から気根が無数に伸びている様は神秘的。さながらジブリ映画に出てきそうな姿だ。

奈良尾神社の鳥居と、その後ろにあこう樹
樹の根っこは二股に分かれており、通り抜けができる
数多くの幹と気根が伸びる樹の姿はこの世のものとは思えない雰囲気

 このあこう樹は古くから樹の下をくぐると長生きすると言われ、パワースポットとして知られている場所。ここ最近、パワーの低下が懸念されている筆者としてはぜひエネルギーをいただきたいところと、撮影を終えてから急いでくぐり、さらに根っこにタッチしておいた。

 そして、神社の本殿で「つつがなく旅ができますように、そして雨がやみますように」と旅の無事を祈願。ふと、脇を見るとおみくじ機が。同行の方々が引いていたので筆者も引いてみた。すると……。

奈良尾神社の本殿
おみくじ機を見かけるとつい引いてみたくなる
この運のよさを旅に活かしたいのだが

 大吉である。今でこそ雨が降っているけど、もしかしたら空が晴れて旅がもっと楽しいものになるかもしれない。ちょっと期待を膨らませ「旅行」の項目を見てみると。

「雨なれど 行くもよし 色事つつしめ」

 思わず、「結局、雨なのか」とうなだれてしまい、まわりの方から苦笑されてしまった。色事は別に慎まなくてもなにも起きない自信はある。

奈良尾神社(あこう樹)

所在地:長崎県南松浦郡新上五島町奈良尾郷333番地
Webサイト:ながさき旅ネット: あこう樹(奈良尾神社)

宿に行く前に立ち寄った若松島の龍観山展望所からの眺め。白い橋は中通島と若松島をつなぐ若松大橋

憧れの「かっとっぽ」をついに食す

 おみくじの思わぬ結果にうなだれていた筆者。しかしである。雨なれど僥倖にめぐりあえた。夕飯で五島うどんとはまた別に、長年の憧れの存在だった料理に出会うことができたのだ。この日、向かったのは上五島町青方郷にある「割烹 鉄川」。地元の新鮮な海産品や郷土料理がいただけるお店である。

島の海産物を活かした和食や郷土料理がいただける「割烹 鉄川」

 まずは刺身の盛り合わせ。この日はカンパチ、タイ、イサキ、アジ、ミズイカ、どれも地元で水揚げされた魚介類だ。歯ごたえがあってさっぱりした味のカンパチ、口いっぱいに上品な味わいが広がるタイ、ほのかな甘みが舌に残るイサキ、海のうま味が詰まったようなアジ、身と耳で食感がまったく違うミズイカ。刺身にすると同じように見えてしまう魚でも、食べてみるとそれぞれの味わいが感じられる。

カンパチ、タイ、イサキ、アジ、ミズイカと地元の魚介類の刺身盛り合わせ
五島牛サーロインを中心にした鉄板焼き
茶碗蒸しも出汁の風味豊かでなめらか

 そして1品、クジラ料理も登場。今は商業捕鯨が禁止され、調査捕鯨の副産物を食用に充てている状態だが、五島列島ではかつて捕鯨が盛んだった名残から今もクジラ料理が食文化として受け継がれている。

 今回食べたのは「うね」と呼ばれる腹側の部位。ベーコンに加工されることが多い場所なのだが、刺身としてショウガ醤油でいただいた。最初は歯ごたえを感じるものの、噛んでいくと体温で脂がうま味と共に口の中で溶けていく。クジラというと、一定世代の方以上は独特の臭いを思い出すかもしれないが、この刺身は臭みがほとんどない。

クジラの「うね」を刺身でショウガ醤油をつけていただく

 さらに、筆者が長年恋い焦がれていた料理が登場。さかなクンの帽子でおなじみのハコフグを使った料理「かっとっぽ」だ。ハコフグは皮膚が硬いので、ひっくり返してお腹を開け、そこから味付けした味噌を入れてそのまま焼く料理である。つまり、ハコフグの体を容器にしちゃうわけだ。焼きあがったら、味噌と身をよく混ぜて食べる。

 たまたま昔、テレビか何かで見かけたのだが、見ていて「これは美味しくないわけがない」と思っていた。しかし、東京では残念ながらハコフグを取り扱っている店はなく、ひたすら憧れるばかり。そんな「かっとっぽ」が目の前に。

「かっとっぽ」。ハコフグが逆さというインパクトあるビジュアル

 写真撮影後、さっそく箸でかき混ぜた身をひと口。甘めに味付けした味噌と身のうま味・脂がマッチした濃厚な美味しさだ。明日の仕事に備えるためアルコールは控えめにしていたものの、「これは焼酎かごはんがあれば……」と思い、我慢しきれずに地元・五島の芋焼酎「五つ星」といただいてみた。すると、ほんのり残っている身の生臭さが、焼酎の香りと組み合わさって新たなうま味に。完璧な布陣である。

 また、「ごはんに合わせたら美味しいに違いない!」と言ったところ、女将さんが「ちょっとだけね」とお茶碗によそったご飯を持ってきてくれた。こちらは味噌と身の甘さに加え、ご飯の甘みが三位一体となって生臭さをくるんでしまい、これまた最高のコンビネーション。

「かっとっぽ」はハコフグの身と味噌をよく混ぜていただく
芋焼酎との組み合わせはベストマッチ
ご飯に乗せても至福の組み合わせになる

 夕飯ですっかり幸せ気分になってしまった筆者。ただし、気をつけたいのがハコフグの旬である。今回は特別に7月に出していただいたが、本当の旬は10月中旬~12月中旬で、この頃には脂が乗ってさらに美味しくなるという。また、ハコフグの入荷状況もあるため、事前に予約しておくのがよさそうだ。

割烹 鉄川

所在地:長崎県南松浦郡新上五島町青方郷2298
TEL:0959-52-2034

 最後は色事ではなく食べ事を慎め、といった感じの1日になってしまったが、歴史、自然、そして食の旅はまだまだ続く。次回はいよいよ本場の五島うどんとの出会いだ。

丸子かおり

フリーライター/編集者。主にIT系の記事を執筆することが多いが、科学系の書籍や料理本を手がけることも。趣味はごはん・手芸・デジタルなどジャンルを問わない自作。著書は「AR<拡張現実>入門」(アスキー新書)、「放射線測定のウソ」(マイナビ新書)など。ブログはhttp://mrk-reco.com/