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鉄道代替バスも根こそぎ廃止。茨城県鉾田市、なぜ「3路線・バス停49か所」が消えゆく?

鉾田駅停留所で発車を待つ「かしてつバス」。まもなくここから発着がなくなる

意外と東京に近いのに「路線バス、一気に廃止!」

 東京から80km圏内、茨城県鉾田市から、まもなく一般路線バス3系統が全撤退する。

 3月末をもって廃止となる「関鉄グリーンバス」(関東鉄道系列)の3路線のうち、「かしてつバス」の愛称で知られた路線は、2007年に廃止となった地方私鉄「鹿島鉄道」の廃止代替バスであり、ほか2路線も県都・水戸市に向かう、かつての幹線路線バスであった。

「かしてつバス」は、黄色部分が廃止になる(鉾田市Webサイト)
水戸方面へのバスは、黄色部分が廃止になる(鉾田市Webサイト)

 関鉄グリーンバスによると、3月で廃止する4路線(鉾田市発着の路線+土浦市内の1路線)の1日あたりの乗降客数は3395人、うち廃止区間は108人で、4路線全体の約3.2%しかない。その大半を鉾田市内の区間が占めていることから、いかに「鉾田市内の一般路線バス」が利用されていないかが分かる。

 人口4.5万人の首都圏近郊、鉄道廃止の代替、茨城県南の雄・関東鉄道のバス路線。一見すると、好条件が揃っていて東京への通勤圏にもなりそうな鉾田市で、路線バスが全消滅する(高速バス2路線は存続)。

 なぜ、こういった事態が起きてしまうのだろうか? 消えゆくバス路線の現状と、かつて鉾田駅まで運行していた鹿島鉄道から変わっていない「鉄道・鉄道代替バスともに使いづらい」構造的な問題について、考えていこう。

中途半端な立地の「鉾田駅」

鉾田駅停留所の裏側は、バス車庫に転換されている
鹿島臨海鉄道 新鉾田駅

 鉾田市内で路線バスが利用されなくなってしまった第一の要因は、旧・鉾田駅という「発着地点の中途半端さ」にあるだろう。

 旧・鉾田駅は昔ながらの商店街の西端にあるものの、各方面の幹線道路へのアクセスがよくなく、市役所や中心街へは明らかに遠く、立地としてお世辞にも便利とは言えない。

 ここに、1985年の「鹿島臨海鉄道」開業によって、1kmほど東側に「大洗鹿島線 新鉾田駅」が開業。県都・水戸市や工業地帯・鹿嶋市に直通するとあって市街地化が進み、鉾田駅は「新鉾田駅から離れた袋小路ターミナル」と化してしまった。そして2007年の鹿島鉄道廃止後もそのまま、新鉾田駅に乗り入れる便はごく一部、といった状態で、中途半端な立地の旧・鉾田駅を中心としたバス路線網が維持されてきた。

 この場所は市役所にも遠いうえに、市内の「鉾田第一高校」「鉾田第二高校」にも距離がある。この2高校は、鹿島鉄道やかしてつバスの鉾田駅にも、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅にも遠く、生徒数確保のため市内・市外の12方向にもおよぶスクールバスを運行しており、鉄道・路線バスの利用者はさらに減少してしまう。

 路線バスの最大の顧客である「通学需要」や、大洗鹿島線・新鉾田駅が果たすようになった「鉾田市の玄関口」としての役割がほとんど見込めないとあっては、かしてつバスを含めた路線バス網がことごとく消えてしまうのは、当然のことだろう。

鹿島鉄道時代から使いづらかった

郊外の「ぼっとパーク鉾田」に移設されている旧・鉾田駅の一部設備
旧・鉾田駅ホーム。廃止から4年後の東日本大震災で倒壊したまま、手つかずとなっている

 それでも、かつての鹿島鉄道の顧客を引き継いでいれば、それなりの乗客がいたのでは?という疑問を抱く方もいるだろう。……残念ながら、末期の鹿島鉄道は、首都圏近郊の私鉄としての需要を失っていたとしか言いようがない。

 JR常磐線に接続しているとはいっても、普通列車の運行の境界となる土浦駅ではなく、その北側の石岡駅だ。かつ、鹿島鉄道だと鉾田市内からノロノロと1時間近くかかるため、首都圏への通勤手段として使い物にならない。

 さらに、鉾田市から隣の行方市・小美玉市は学区が違うため、鹿島鉄道で双方を行き来する通学需要も期待できない。常磐線 石岡駅に近い旧・小川町(現在の小美玉市の一部)が町役場・民間ともに鉄道廃止反対の声を挙げたのに対して、鉾田市がやや消極的であったのも、やむを得なかったのだろう。

当時の市長も「かしてつ」存続を逡巡

鹿島鉄道の車両

 鉾田駅は市役所にも遠いうえに、「カスミ」「コメリ」などの商業施設がある郊外の環状道路(茨城県道8号・12号)にも遠い。かつ、バス路線も通学・買い物などの需要にほとんど対応しておらず、鹿島鉄道の利用の大半が「鉾田駅からの送迎が前提」となってしまっていた。

 こうなると、「鉾田駅まで家族送迎するなら、最初からクルマ送迎」(もしくはクルマ利用)となってしまうのも仕方なく、もはや鉄道として存続させる意義すら薄い。こういった現状に対して、鉾田市長の鬼沢保平氏(当時)が、こんな答弁を残している。

「クルマ社会のなかで、例えば旧鉾田町は、クルマが発展する前は鹿島鉄道なりバスで皆さんが町の中心におりると。そこから今度はその辺にいろんな買い物したり」「ところが、クルマ社会になったら、駐車場がないところにはだんだん入ってこなくなった。だんだんそういう人が少なくなっている」「行政が主導でどこまでそういうのを戻せるかというのは、なかなか難しい。行政だけで当然できるもんでありません」(一部略、2006年6月8日、市議会定例会にて)

 自治体特有ののらりくらりとした言い回しではあるが、「鉾田駅を中心とした鹿島鉄道の利用者数を、昔のレベルに戻すのは難しい」「もうこれ以上、鹿島鉄道に補助を出せない」という意思は見える。実際に、常磐線に接続する石岡市側の利用が「20年少々で半減」だったのに対して、鉾田駅の利用は同じ期間で「1385人→316人」と、8割近く減少しており、特に鉾田市内での利用者減少が露わであった。

 この時期は、沿線にある「航空自衛隊百里基地」への燃料輸送が2001年に打ち切られており、経営が悪化した鹿島鉄道に「2002年~2007年の5年間で2億」という支援策が打ち出されていた。しかし経営改善への見通しはまったく立たず、鉾田市をはじめとした支援の足並みも揃わなくなってしまったのだ。

 結果として、5年間の支援が終了する2007年3月をもって、鹿島鉄道は廃止となった。常磐線方面へ定時で走るバスを希望した旧・小川町までは、廃止となった軌道跡を利用した「かしてつBRT」が整備されたが、末端の鉾田市側では鹿島鉄道の設備が使用されることもなく、旧・鉾田駅周辺の鉄道公園化を前提とした土地取得も否決にいたり、現地では東日本大震災で崩壊したホームが、いまも残るほどに放置されている。

 こうして振り返ると、鹿島鉄道に対する西側(石岡市・小美玉市・行方市)と東側(鉾田市)の温度差が激しい。そして鉾田市では、その「使えない立地」の駅がそのままターミナルとなり、経由地もほとんど変化がないまま、新鉾田駅への乗り入れすら一部便にとどまった。こうなると、鹿島鉄道の廃止後もかしてつバスがじりじりと低迷し、廃止にいたるのもうなずける話だ。

バス廃止後は「ほこまる号」で便利に。でも観光利用は……

「ほこまる号」乗降場所一覧(鉾田市Webサイト)

 鉾田市では2021年からデマンドバス「ほこまる号」(1日6便)がサービスを開始しており、9時~16時の間だけ、市内の主要スポットへ移動することができる。3月末の路線バス廃止後も、このほこまる号が路線バスの代替を担うことになる。

 これに加えて、市外の病院へのタクシー代を鉾田市が半額補助する制度もあり、ほこまる号とタクシー補助でバス路線廃止後の移動を支えていくことになる。ほこまる号の利用時間帯や本数は少ないものの、バス路線より到達できる場所も増えて、ある程度便利になるといっていいだろう。

 ただ、市外から鉾田市への訪問はやや不便になる。鹿島臨海鉄道や東京駅方面からの高速バス「あそう号」、成田空港への連絡バス「ローズライナー」は残るものの、ほこまる号は「鉾田市内にお住まいの方で、事前に利用登録された方」とWebサイトに明記されており、観光や町巡りでぶらっと訪れた人々が利用できるものではない。

 路線バスが全消滅したのちの鉾田市で、ほこまる号やタクシーがどれだけ地域の移動をカバーできるか。バス廃止の影響が生じるのか、4月以降に鉾田市を訪れ、観察したいものだ。