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近未来のナゴヤの乗り物「SRT」、LRT/BRTから変化していった過去。今後の課題はガラパゴス化?
2026年2月13日 15:00
SRTは「近未来の連接バス」
近未来を感じさせる仕掛けをいたるところに施したバス路線、SRT(Smart Roadway Transit)が、2月13日に本格開業した。現時点では「1時間に1本程度の運行」「金・土・日・月曜および祝休日のみ運行」と、若干寂しい体制ではあるが、今後は車両を追加購入したうえで、エリア拡張や増便なども行なっていくという。
SRTで使用する車両は、首都圏(千葉・幕張の京成バスなど)でもよく見る「ダイムラー・シターロG」であり、特に真新しいものではない。ただ、座席数を少なめにした代わりに4人がけクロスシートを設置したり、XR技術(拡張現実)の「MOOX-RIDE」導入によって、車窓から名古屋の町並みを眺めながら同時に観光案内などを投影したりといった仕掛けを用意している。国内の路線バスでの実用化は初めてというXR技術の導入は、多くの話題を呼ぶだろう。
ただ、名古屋特有の広い道路を走るSRTに乗りながら、思う方もいるかもしれない。「なぜ、LRTではないの?」
名古屋市は東海地方最大の「人口230万人」を擁し、リニア中央新幹線の開業とともに、東京から1時間圏内となり、首都圏との交流によって多くの人々が名古屋を訪れるはず。かつ、SRTが走る「広小路通」の至近距離(錦通)にある地下鉄東山線や、市営バス路線(C-758系統)などと並行しているとはいえ、移動需要はまだまだあるはずだ。
実はもともと、SRT構想段階では「LRT敷設」が明言されていた時期もある。それが、徐々に変更が生じつつ「独自のバス車両開発」の話も消え、一般的な連接車両によるSRT開業となった。ひとことでいうと「プランは壮大、実現したのは普通の連接バス路線」というところか。
構想から十数年。この計画はなぜ、事あるごとに縮小・妥協のやむなきに至ったのか? ようやく開業した今、SRT誕生までの変遷の経緯を思い起こしてみよう。
地下鉄は常時ラッシュ。だからSRTは必要?
新幹線やJR各線のターミナルである「名駅エリア」(名古屋駅)と、古くからの繁華街である「栄エリア」。双方は地下鉄東山線でつながっているものの、開業が1957年(昭和32年)と市内でも最古とあって6両編成・編成定員600人程度と、東京の地下鉄の半分ほどしか人を運べない。もちろん名駅~栄間の移動手段として、キャパが足りるわけもなく……。名駅~栄間の極端なラッシュは、もはや日常の光景だ。
名古屋市は長きにわたって、東山線のバックアップ機能を果たしつつ、地下鉄ではまずかなわない「こまめに停車する路面交通システム」の構築を目指していた。そして、東山線の新駅を建設できなかった「柳橋・納屋橋地区を救済するバス」、久屋大通やテレビ塔などの景色を楽しむ「地上移動で名古屋の街並みを見渡せる観光路線」としての役割を求められた結果が、今のSRTなのだ。
実は、名古屋市はこのルートでのLRT建設を目論んでいた。検討の事実が知れわたったのは2013年だ。
河村たかし市長「SLなら『があっ』と盛り上がる」。影が薄いままだったLRT構想
名古屋市の場合、十数年にわたって「路面公共交通システム」(のちのSRT)を準備してきたのは「住宅都市局」、市営地下鉄・バスや旧:名古屋市電は「名古屋市交通局」と、別部署であることに留意したい。
名古屋市へのLRT建設が本格的に検討され始めたのは、2011年から何度か策定された「なごや新交通戦略推進プラン」からであった。当時は2006年開業の「富山ライトレール」(旧・JR富山港線の全面リニューアル)が好調に推移していたこともあり、のちに「宇都宮ライトライン」開業が実現する栃木県をはじめ、各地でLRT検討がブームとなっていたころだ。
2013年6月には、名古屋市 住宅都市局長の田宮正道氏(当時)が市議会で「2015年までに実現の可能性を調査研究する」と明言したことが話題となった。当時は、LRT整備とともに歩行者のスペースを増加させ、クルマから人へ道路を再配分する「トランジットモール化」と、セットで考えられていた。……が、名古屋市のトップであった河村たかし市長(当時)の反応は、素っ気ないものであった。
「LRTは、確かに一時はやりでございまして、おもしろいけど、地下鉄の上にそのままLRTを走らせるのはどうだなと」(注:地下鉄は錦通、SRTは広小路通)、「それもええけど、ぜひわしはSLも含めて、あそこのところの大きいやつを考えておって(中略)あそこら辺が『があっ』と盛り上がるということは大いに賛成でございます」(当時の市議会資料から抜粋)
さまざまな行政改革で実績を挙げた河村市長だが、当時の答弁を追いかける限り、「あおなみ線にSLを走らせて観光客を呼ぶ」という壮大なプランに執心して、中心街の生活移動を改善するLRT敷設、歩行者空間を広く整備するトランジットモール化などは、積極的な反応を示していなかったようだ。市長にとって、LRTやトランジットモールは「があっと盛り上がる」ものではなかったのだろう。
住宅都市局として乗り気であったものの、市長が乗ってもらえないのでは、そこから話が進むわけがない。市議会の資料を見る限り、翌年には選択肢が「LRT・BRT」と、ひとまとめにされており、2016年には早々に「LRTは事実上断念・BRT推進」「トヨタ自動車と協力のうえで、名古屋市ならではの独自車両の開発検討」といった方向に舵を切ることになった。
LRTからBRTへ。ルート縮小、独自開発車両断念……。「相次ぐ折衷」で誕生したSRT
2017年に策定された「新たな路面公共交通システムの導入に係る基本的な考え方」では、LRTの利点を活かした「最先端で魅力的なタイヤベースシステム」、いわば「LRTっぽいバス」の導入が検討されるようになる。
当時のSRTの青写真を見る限り、これまでの連接バスにない、斬新なアイデアがふんだんに盛り込まれていた。「車窓からの景色が見渡せる広窓」「その窓を眺められる配置の島型座席」「後方の景色を楽しめる展望空間」(そこはかとなく、名鉄パノラマカーっぽい)、「乗降口付近の広いたまり空間」など、あくまでも「シターロG」ベースの現在のSRT車両と、あまりにも違い過ぎる。
デザインも麗しい「元祖・SRT構想」が実現しなかった要因は、トヨタ自動車が「時間帯によって需要が大幅に違うため、(時間帯によって車両数を調整できる)自動運転による隊列走行の方がよい」と、新規車両開発に難色を示したことも大きい。
夢の新車両も整備できず、「トランジットモール」「水素バス」も実現せず
そして、「停留所の整備」「広小路通りのトランジットモール化」など話が進まないままにコロナ禍に突入し、難局をくぐり抜けて本日、SRTはようやく開業にこぎつけた。
ただし、当初の構想に描き込まれていた「専用レーン」はなく、名古屋市交通局がすでに実施している「基幹バス」のような専用走行スペースも導入されていない。さらに、車いすやベビーカーを介助なしで乗車させるのに必要な「正着制御技術」も導入されず、社会実験の段階で走行していた名古屋城・大須へのルートも開業せず……。LRTや専用車両を構想していたころと比べると、計画がかなり縮小してしまった感は否めない。
課題は「SRT・住宅都市局のガラパゴス化」
さて今後、SRTは名古屋の街に定着するのか?
さしあたっての課題は、「名古屋市交通局のバスとの連携性のなさ」にあるだろう。せっかく名古屋に来訪した観光客がSRTの1日券(500円)を買っても、名駅~栄間でSRTとは比較にならないほど走行している市バスや名鉄バス、そして地下鉄には、まったく乗車できない。
地元・名古屋市民の方も、市営バス・地下鉄が全線乗車できる1日乗車券(870円)や、週末限定の「ドニチエコきっぷ」(620円)の方を買い求めるだろう。また栄バス停で聞いても、「市バスの案内図にはSRTの存在が記載される予定は、現状ではない」といい、隣同士で「市バス」(交通局)と「SRT」(住宅都市局)が、まったく独自でバスを走らせることに……。現場を見た限り、どうも不親切ではある。
おそらく、ここで多くの人々を呼び込み実績を挙げれば、まずは毎日運行、1時間1本ダイヤの拡充なども、実現するだろう。ただ、交通局・住宅都市局がそれぞれの案内のみに終始している限り、SRTはたまに誤乗車を生むだけの「乗ったら市バスではなかった」存在になりかねない。また、当初の構想どおりに名古屋城ルートが運行されれば、交通局の観光循環バス「メ―グル」との競争も生じるだろう。
名古屋ではこのほか「ゆとりーとライン」なども住宅都市局が関わっており、独自性を追い求めるあまり、ともすればガラパゴスになりがちだ。ここは交通局・住宅都市局が一体となった「名古屋市」として、最先端のSRTを知ってもらう必要があるようにも見える。
今後のSRTは「乗車するだけで、最先端のXR技術を駆使できる」「乗車そのものが観光コンテンツになる」バスとして、もっと広くPRされた方がよいだろう。一人でも多くの人々に、快適な連接バスの乗り心地や、ワクワクするXR技術を体験してほしいものだ。


























