旅レポ
豊かな自然と歴史に彩られた匠の技を一気に味わう山口県の旅(その3)
新幹線の最先端を支える職人と伝統工芸を伝える職人
2017年3月13日 00:00
本州最西端、九州側から見れば本州の玄関口といえる山口県。関門海峡を挟んで南に瀬戸内海、北に日本海と性格の異なる2つの海を有し、豊かな海の幸にも恵まれ、内陸部には日本最大のカルスト台地「秋吉台」、日本最大級の鍾乳洞「秋芳洞」を持つ観光資源に恵まれた県です。一方で、その多様さゆえか、いま一つ全体像というか、県のイメージがはっきりしないなぁ、なんて思う筆者の不勉強さを払拭すべく参加した、山口県主催のプレスツアーレポートの3回目です。
今回紹介するのは瀬戸内沿いの街、下松市にある日本が誇るハイテク製品を支える職人の会社「山下工業所」と、山口県の県庁所在地の山口市にある室町時代の伝統工芸品を今に伝える職人の会社「中村民芸社」です。
歴代新幹線の複雑かつ流麗なフォルムを人の手で仕上げる「山下工業所」
東海道新幹線が開通し東京オリンピックが開催された記念すべき1964年。近代国家として大きくステップアップしたこの年を象徴する夢の超特急「新幹線」は、山口県東部に位置する工業都市、下松市で生まれました。この地で0系と呼ばれる初代新幹線の製作を行なったのが日立製作笠戸工場(現・笠戸事業所)です。
そして新幹線の顔というべき先頭構体を納めるべく生まれた板金加工会社が、今回うかがった山下工業所(当時は山下組)です。創業は新幹線開通の前年にあたる1963年。そして今なお最新の新幹線を世に送り続ける日立製作所 笠戸事業所や、今回紹介する山下工業所のある海沿いの工場帯から見える島こそが、前回紹介した美しい夕日と美味しい笠戸ひらめで有名な笠戸島です。
下松市と新幹線はその生まれから今に至るまで、切っても切れない関係なんです。そんな“新幹線の故郷”下松市において、新幹線に代表される鉄道車両先頭構体の「打ち出し板金」による三次元流線形曲面成形に関して、全国有数の製造経験を持つ山下工業所が関わった鉄道車両は、試作車から量産車まで多岐にわたり、もうそれだけで鉄道ファンにとってこの一帯は「聖地」とも言えそうです。そのホンの1部を紹介すると……初代新幹線0系、200系試作車、同量産車、100系から現在のE7系まで、リニアモーターカーML100/500、MLU001/002/002Lの車体、さまざまな在来線特急、台湾向け新幹線、沖縄のゆいレールなど、もう挙げればキリがありません。
我々プレスツアー一行を迎えてくれた山下工業所 社長 山下竜登氏は会社の沿革を説明したあと、我々に「テレビなどで扱っていただくと、やたら職人による匠の技という部分が強調されますが、昔と違い今は7割くらいが機械で製作します。今でも手作業で行なっているのは3割程度なんですよ」「そんなわけで、これからこの道を目指す人に対してあまりハードルを上げないでほしいなぁ」と穏やかな笑顔で語ったのが印象的でした。
でもその3割を支える匠の技なしに新幹線の顔は完成できないわけで、実はそこに新幹線の顔を作る打ち出し板金の技術を次世代に伝え残していきたいと願う社長の想いがこもっているのは、聞いている誰もが感じたことでしょう。それにしてもその穏やかな笑顔と語り口調は実に印象的で、話のすべてが心にしみました。
そんな社長が率いる山下工業所は、かつて工場見学を行なっていた時期もあったそうですが、人気がありすぎて仕事に支障が出てしまうので今は行なっていないと残念なお知らせもありました。ちなみに、いただいた資料に目を通すと同社の従業員数は39人。なるほど、と納得すると同時に世界に誇る日本の工業製品がいかなるものか、という片鱗が見えた訪問となりました。
地元の主婦がお母さん目線で情報発信するカフェ・食堂「発信キッチン」
職人魂をしっかり感じたあとはお昼ご飯。下松市のお隣にあり、まるで新幹線の名前のような街、光市のカフェ・食堂「発信キッチン」でいただきました。光スポーツ公園の敷地内にあり、長らく休眠状態だったレストハウスを再活用し2016年にオープンしたのがこちらです。地元の主婦たちのグループが運営しているだけあって、子育てを通じて感じた「家族が安心して食べられるものを」との想いを込め、普通のものを普通に出す食堂、そして女性が気軽に子供と遊びに行け、ちょっと遊んで、ちょっと休んで、そんな時間が過ごせるカフェ、そんな2つの顔を持つのがこちらのカフェ・食堂「発信キッチン」なのです。
毎日地元の農家や漁師から届く食材は、目を引くような珍しいものではないものの、その新鮮さや安全において、実は地元民にも普通には入手しにくいものも多いとのことです。里芋のコロッケや地元の味噌、いりこダシの味噌汁、ひじきの煮物、とその奇をてらわない料理の一品一品は、今や一番の贅沢品なのかもしれません。
そんな食事をいただき、お母さんたち手作りのシフォンケーキとハーブティーで一息ついたツア一行は次の目的地、県庁所在地の山口市へ向かいました。
発信キッチン
所在地:山口県光市光井540-1
TEL:0833-72-7772
営業時間:10時~17時(ランチ11時~、月曜定休・土日不定休)
Webサイト:発信キッチン
室町時代の伝統工芸品を今に伝える職人の会社「中村民芸社」
400年もの歴史を持つ萩焼とならび、山口県の伝統工芸品として知られるのが大内塗です。こちらはさらに古く600年前、室町時代にそのルーツを持つ漆器で「大内 朱」と呼ばれる朱色の塗りとかつてこの地を治めた大内家の家紋、大内菱を基とする菱形模様が美しい伝統工芸品です。
一般的な漆器と同じように生活に根付いた、お椀やお箸、お盆などももちろんありますが、まん丸な姿、丸顔におちょぼ口のかわいらしい大内人形は特に有名で、お土産物としてとても人気があるそうです。今回うかがった中村民芸社は大内塗の漆器や大内人形を下地から蒔絵付けまで一貫して生産していて、我々が見学した大内人形の顔を一筆一筆手作業で書き込む作業は、まさに一体一体に命を吹き込む作業のようでした。
長い歴史を持ち、家紋を基としながらもその菱形のパターン模様にモダンな雰囲気さえ漂う大内塗。どこか現代的でやさしい表情と愛らしいフォルムの癒し系大内人形、どちらも今の時代に非常によく馴染む伝統工芸品だと感じます。
中村民芸社
所在地:山口県山口市大内御堀4138
TEL:083-927-0619
Webサイト:有限会社中村民芸社
匠の技で現代のハイテク製品を支える職人の会社を訪ね、600年もの長き伝統を現代に伝える職人に会い、自然に恵まれた環境を活かした地元産の食材にこだわり、食を提供するカフェで食事をいただいて過ごす1日。日頃は決して表舞台に立つことのない職人の方々の話や、素朴だけど現代社会においては実はとても贅沢な食事をいただいて、山口県の魅力に触れられたような気がする旅でした。