旅レポ

グルメ、景色、歴史をまとめて味わう山口県1泊2日の旅(その4)

かくすればかくなるものと知りながら、萩城下町に大興奮!

プレスツアー2日目は萩市の歴史巡りからスタート。写真は萩の城下町にある高杉晋作の誕生地

 山口県が同県の魅力を伝えるべく実施したプレスツアー。第4回目からは、1泊2日で行なわれたツアーの2日目の模様をお伝えする。スタートは萩市内の史跡、遺産を巡る旅だ。

 山口県の歴史といえば、幕末から明治維新にかけて多くの人材を輩出したことが特に知られているだろう。2015年に「明治日本の産業革命遺産」がユネスコの世界文化遺産に登録されたことは記憶に新しいが、その構成要素の1つとして萩城下町をはじめとする、萩市内の5つの場所が登録されている。

 筆者はマニアというほどではないが歴史が好きで、日本史のなかでは昭和期に並んで好きなのが幕末維新の時代である。幕末維新期を好きという人は多いと思うが、筆者はかなり“ライトに好き”な部類なので、ガチな人に絡まれる恐怖から「幕末とか好きなんです~」なんてことを迂闊に発言しないよう慎重に生きてきた。そもそも萩を訪れるのが初めてという時点で、そのライトさはお分かりいただけると思う。とはいっても、やっぱり好きなので、今回のプレスツアーで最も楽しみにしていたのも、この行程だった。

 そんな複雑な気持ちを抱えつつ、まずは萩の城下町を散策。萩は戦国時代好きの方にもお馴染みであろう毛利家が、江戸時代に萩城を居城とし、長州藩の城下町として栄えた町だ。山口県の山陰側、やや西寄りに位置しており、山口市のほぼ真北となる。山口宇部空港からクルマを使うと、国道490号を通って1時間30分前後でたどり着ける。また、島根県益田市には「萩・石見空港」があり、こちらからもクルマを使って1時間~1時間30分ほど。山口市などに比べると交通の便はよくないが、萩を居城とした理由として“(毛利家を恐れる)江戸幕府の方針によって萩城に押し込められた”という説や、“三方を海に囲まれた守りやすい要害の城”という説があるように、むしろ交通の便のわるさゆえに栄えた町であるとも言えるかもしれない。

「萩の城下町」と一口に言っても、その範囲は広いが、大雑把に言ってお城に近いほど身分が高い武士が住んでいると考えればよいだろう。今回は素通りに近い車窓からの見学となった堀の内側には、家老などの邸宅が並ぶ。地図を見ると、第1次長州征伐の時に切腹した三家老や、(個人的に好きな)長州藩の内戦でキーマンとなった上級武士の名前を見ることができ興味をそそられる。

 そして、外堀を越えてすぐの辺りは中・下級武士の家が連なるエリアとなる。幕末期の松下村塾や奇兵隊は身分を問わずに参加を許されたことで知られるが、高杉晋作や桂小五郎(木戸孝允)らの邸宅は、外堀からわりと近い場所に建っていて、それなりの身分であったことがうかがえるのに対し、明治期に内閣総理大臣を務めることになる伊藤博文や山県有朋らの家はかなり離れた場所にあって長州藩のなかでは身分が高くなかったことが分かる。

 といった具合に、実際に萩の町で土地勘や距離感を掴むことで、本などで知識としては持っていたことを実感として受け止められることが、歴史好きには本当にたまらない。同地を訪れたら気持ちが高ぶってしまうだろうとは思っていたが、そのとおりの結果になった自分にちょっと反省もする。

萩博物館の脇にある萩城の外堀跡。この内と外で住居
町を走るなにげない通りだが、古い趣を残す和風住宅に囲まれた道を歩いているだけで楽しい。電柱やエアコンなどの現代的な品にも興醒めすることがなく、近代から現代への歴史の糸を繋いでいるように感じられて好奇心が止まらない
萩市内は低料金の循環バスや、地域限定で無料のシャトルバスがあるので観光に活用したい。循環バスは東回り(青色)を「松陰先生」、西回り(オレンジ)を「晋作くん」と名付けられている
さすが観光地と思うのは案内の豊富さ。地図や道しるべを地面に設置することで景観保護と便利さを両立させているようだ

 さて、話をプレスツアーに戻すと、今回は外堀近くにある「萩博物館」を起点に、お堀の外側のエリアを徒歩で散策した。ここは、高杉晋作や木戸孝允の生誕地といった歴史上の人物にゆかりのある土地・建物や、菊屋横町、江戸屋横町といった風情のある通りを、30分ほどで巡れるお手軽なコースだった。博物館前の駐車場(1回310円)や、萩市内を循環する「萩循環まぁーるバス」(100円)の西回りコース(晋作くん)が停車する「博物館前」や「萩美術館 浦上記念館 萩城城下町入口」バス停からもほど近い。

 城下町らしい日本家屋が並ぶ街並みと、江戸期から残る建物の内部は温もりがあり、先述のように興奮気味ではありながらも、どこかゆったりとした時間が流れる心地よい空間だ。萩というと、どうしても歴史好きが訪れる地というイメージがあったのだが、こうした空間は歴史好きでなくとも心に残るものだろう。

 もちろん、こうした城下町の風情を残す観光地は萩のほかにもあるが、萩は幕末維新期に盛り上がった土地という点が魅力を高めていると思う。この時代の萩は、ドラマや映画、小説、そして学校の授業で取り上げられることが多い人物を、ほかの時代と比べて“大量”といってもよいであろうほどに輩出した時代だ。萩城下町のスポットは、歴史にあまり興味がない人でも見聞きしたことがある名前に巡り会える可能性が高い。古きよき時代の風情を残す一方で、リアルに感じられる史跡を楽しめるところが、萩という町が持つ独特の魅力ではないだろうか。

長州藩の豪商「菊屋家」の住宅跡。江戸初期の建築物としての価値から、国の重要文化財にも指定されている。その脇の「菊屋横町」も漆喰の壁の脇を通る雰囲気のよい道だ
菊屋家住宅の向かいにある「旧久保田家住宅」。赤みのある木材と漆喰、石瓦のコントラストが印象的な建物
江戸初期に建造された菊屋家住宅は、漆喰の塗り替えや欄干の補修など保全作業が繰り返し行なわれている。補修に当たっては可能な限り当時の技術や素材を利用している
高杉晋作誕生地。個人所有の建物だが9時~17時に観覧も可能(不定休)。料金は大人100円、中高生50円
高杉晋作誕生地の近くにある「晋作広場」には、髷を結っていた若い頃の「高杉晋作像」が建っている
黒板の壁が連なる有名な「江戸屋横町」。幕末維新を語るうえで欠かせない人物にゆかりのあるスポットが並んでいる
幼少時の高杉晋作や伊藤博文が勉学に勤しんだ円政寺
幕末期に長州藩の要職を歴任した佐伯丹下家の旧家
幕末期に藩主の侍医を務め、天然痘の予防にも貢献した、蘭方医の青木周弼の旧宅。ただし現在工事中で観覧はできず、2016年3月のオープンを予定している
木戸孝允(桂小五郎)の旧宅。この家で生まれ、20歳まで暮らしたという
“勝手口”側が入り口となっており観覧が可能(9時~17時、中学生以上100円)。ボランティアの方も常駐している
こちらが表玄関
生まれた部屋もそのまま残されている
書かれた時期は不明とされている桂小五郎の落書き。「已後而死」(死してのちやむ、死ぬまで努力を続けるという意味の諸葛孔明の言葉)と書かれている
木戸孝允の写真や縁の品、家族(子孫)の写真などが飾られている
大きな松とソテツが印象的な庭

 こうした萩市の文化財を見てまわる時に覚えておきたいのが、「萩市文化財施設1日券」だ。市内にある9つの有料の文化財施設に入場できる共通券で、料金は310円。

 城下町地区の「木戸孝允旧宅」「青木周弼旧宅」「旧久保田家住宅」、堀内地区の「口羽家住宅」「旧厚狭毛利家萩屋敷長屋」、川島地区の「旧湯川家屋敷」「桂太郎旧宅」、旧松本村地区の「伊藤博文別邸」、平安古地区の「旧田中別邸」で利用できる。これらの施設の入場料は各100円なので、1日に集中してさまざまな施設を見学しようと思っている人に便利だ。各文化財施設や萩市観光課、観光協会の窓口で販売している。

 このあとも萩市内の歴史を味わう旅は続くのだが、城下町の話だけで思ったよりも長くなってしまったので、続きは次回お届けしたい。

編集部:多和田新也