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ANAグループ社員による熊本での復興支援活動
公民館にクーラー、避難所にお風呂を提供
2016年6月15日 18:11
- 2016年6月9日 取材
ANA(全日本空輸)は、平成28年熊本地震からの復興、九州エリアの活性化を支援する「でかけよう九州」プロジェクトを立ち上げ、第1弾として6月1日から「送客支援」「地元産品支援」「復興支援」について施策を実施していることは本誌でも紹介しているが、今回「復興支援」について現地で取材する機会を得たので、その様子をお伝えしたい。
復旧工事が進む熊本空港に到着
取材日の6月9日、記者が乗ったANA641便は10時過ぎに熊本空港に到着。本誌でもお伝えしたように空港内は一部閉鎖区域があり、壁には亀裂が走ってはいたが、くまモンのイラストが添えられた「がんばろう熊本!!」のメッセージが貼られ、各航空会社のカウンターや土産物屋などは営業。空港内の飲食店はまだ閉鎖されたままだったが、外の車寄せスペースに仮設店舗を設けて、熊本の名産である和牛を使った「あか牛カレー」や「あか牛丼」などを提供していた。
着陸時、窓からの景色は雨天だったが、空港からレンタカーで出発するころからみるみる晴れていき、日中は真夏の陽気となった。今回は熊本県の中部、報道でもたびたび耳にした上益城郡の益城町と、熊本空港を挟んで北にある菊池郡の大津町を訪ねていく。
航空機の空調を行なう特殊車両で講堂を丸ごと冷房
空港では曇天の下の蒸し暑さだったが、益城町中央公民館近くの駐車場に到着するころには真夏のような日差しになっていた。
益城町中央公民館の講堂では被災者向けの行政サービス窓口が設けられているが、空調施設が被災で稼働しないため、ANAとエージーピーが連携して「航空機用冷暖房車」による冷房を提供している。
照り付ける太陽の下、被災した周辺の様子を見て回り講堂に入ると、ほどよい冷気に包まれる。思わず「涼しい~」と内心ひと息。熊本に来て数時間の記者ではおこがましいが、被災された人々が生活再建の相談やさまざまな手続きで講堂を訪れたとき、この涼しさはうれしいのではないだろうか。
この涼しさを作り出している「航空機用冷暖房車」の運用について、エージーピーの富松英治氏が説明してくれた。エージーピーは空港で待機中の航空機に電力や冷暖房、圧縮空気を供給したり、空港の各種施設のメンテナンスを行なったりしている会社だ。
エンジンが停止した状態の航空機のメンテナンスや清掃を行なう際には、機内に電力や冷房、暖房を供給する必要がある。この施設を「GPU(Ground Power Unit)」と呼ぶのだが、これには固定式と移動式があり、今回の「航空機用冷暖房車」は移動式の特殊車両という位置付けになる。
現場にあったものはボーイング 737型機クラスに対応可能な冷却能力をもっており、この講堂であれば余力をもって冷やせるという。普段は福岡空港で活躍しているそうだ。ちなみにより大きな機材を冷やすためには、この車両を複数台運用したり、さらに大型のタイプを用意したりするという。
通常、航空機であれば専用の口がありそこに送風管を接続して冷たい空気を送り込むわけだが、講堂にはそのような設備はない。そこで、送風管を延長して講堂内吹き抜けの2階まで引き込み、送風管に直接複数穴を開け、そこから冷風を送り出すことにしたそうだ。
そして温度センサーを送風管内と講堂の1階に設置して観察し、送り出す冷気を調整。取材時は送風管内は12℃台、1階は24℃台だった。この「航空機用冷暖房車」による冷房の提供は、6月1日~8月31日の期間、毎日9時~18時まで行なわれる予定だ。
益城町「町民憩の家」の大浴場でお風呂を提供
益城町「町民憩の家」は町民の健康増進を目的に建てられた施設で、大浴場やサウナなどを備え、80畳の大広間にはカラオケもあり、地域住民の憩いの場となっていた。震災では大きな損壊は免れたものの、配管や浴場の給湯施設にダメージを受け、施設スタッフ自身も被災者となったため、運営できない状態が続いていた。
そこでANAは、冬季に航空機に積もった雪や凍結を溶かす目的で温水を撒くのに使用している除雪作業車を現地まで運び、そのボイラー機能を使いお湯を提供、ANAグループ社員がボランティアで運営することで、「こころの湯」と題したお風呂を5月中旬から無料で提供している。
水は益城町水道センターより提供されたもので、清掃、除菌した容量1トンのタンクを2個、トラックの荷台に積んで「町民憩の家」まで運搬している。運んできた水はトラックの荷台から自重で送水ポンプへ。送水ポンプから除雪作業車のボイラー機能へ送り込み60℃前後まで加熱し、そこから大浴場の浴槽やかけ湯用の貯水槽までお湯を送り込んでいる。水質検査とお湯の温度を定期的にチェックして、冷めてきたらお湯を補充して適温をキープしているそうだ。ちなみに給湯に使用しているホースなどは塩素につけて消毒、接続箇所も熱湯や塩素で消毒して衛生管理している。
「こころの湯」は毎日12時~17時(16時30分まで受け付け)に利用できるが、その時間帯は「こころの湯」の活動を後押しする益城町役場によって、1日9便、避難所となっている飯野小学校や益城町公民館飯野分館を巡回する「憩いの家 温泉シャトルループバス」を無料で運行している。
クルマを運転できない年配の人など、移動手段をもたない人々の足として重宝され、取材中も頻繁にこの巡回バスが「町民憩の家」の入口に寄せて、多くの利用者が乗降していた。
大津町の避難所ではユニットバスでお風呂を提供
続いて益城町から菊池郡大津町へ移動し、本田技研工業 熊本製作所の敷地内に設けられた避難所を訪ねた。ここでは公共浴場のような施設はないため、ANAの復興支援活動に賛同する企業の協力を得て、住宅用のユニットバスを複数台仮設して「こころの湯」を提供している。「町民憩の家」は巡回バスなどで通う形だったが、ここでは避難所の生活のすぐ隣にあって、被災者が事前に予約をすることで利用できるようになっている。
ここでもお湯を沸かして供給する流れは同じだが、大浴場と違い1つ1つの浴槽は小さいため、60℃の湯温を下げるために水をタンクに貯めて割って使っている。水は大津菊陽水道企業団体から提供されたものだ。仮設だからこそ、衛生管理や排水管の施設などには徹底した配慮がなされていると感じた。
新潟、東北の震災での経験を活かした「こころの湯」
取材の最後に、熊本での復興支援活動の陣頭指揮を執る、ANA空港センター 空港業務サポート部 業務推進チームリーダー 梶木晴史氏に話を聞くことができた。
「私は普段は羽田空港にいます。国内50、海外44カ所の空港業務にかかわるすべて、それは例えばカウンター対応、グランドハンドリング、機内清掃などなど、ANAの航空機を運航するために必要な地上オペレーションの改善、統括業務を担当しています。
復興支援活動は会社としても私個人としても、2004年の新潟県中越地震から始まります。羽田空港の除雪車を現地まで運んで、そのボイラー機能でお風呂を提供しました。なにもかもが初めてのことばかり、手探りのなかで、いまの活動に活きるノウハウを少しずつ蓄積できてきました。
そして2011年の東北地方太平洋沖地震が起きたとき、私はフランクフルトに赴任していたのですが、ニュースで知って急いで帰国して、新潟のときの仲間と話し合って復興支援を決めました。このときは南三陸地域で活動しました。このころからお風呂を提供する活動を『こころの湯』と呼ぶようになっていきました」と同社の復興支援について振り返った。
困難な課題も地元の方々と一緒になって解決する
被災地を訪れて、どのように活動を始めたのか聞いた。「平成28年熊本地震は4月14日から始まりましたが、4月24日に私はグループ社員とともに現地入りしました。過去の経験で被災地の方々の大変さはいくばくか分かるので、まずは災害対策本部に行って『我々は過去の震災でこういった支援活動をしてきました。これから我々で現場のニーズを調査させてください。そしてなにか活動を実施することになったら報告にまた参ります』と、まず断りといいますか挨拶をします。
これが『なにか困ったことはありますか?』と具体性のない聞き方をしても災害対策本部も大変な状況なので困ってしまうんですね。だから挨拶をしたら、我々でまずニーズの調査をします。今回はクルマで3日間で500kmほど走って町、村を回り、いろいろな人たちから話を聞いて、ニーズを絞り込んでいきました。
そんな500kmの行程のなかで、益城町の『町民憩の家』に出会います。訪問して話を聞いてみるとやはり震災の影響で稼働できていないと。『ではANAでお風呂を提供できませんか?』と聞くと、『震災の影響を調べる土地家屋調査の予定が立っていない』『設備の点検の予定が立っていない』『駐車場が地割れで使えない』『運営スタッフも被災しているから人手がない』と、非常に厳しい状況でした。
でもここであきらめるのではなくて、例えば駐車場であれば施設の近くを歩いてみると被害が軽微な駐車場があって、たまたま立ち話をした人がその土地の所有者で、活動の主旨を伝えると『どうぞ使ってください』となって駐車場問題はクリア。
土地家屋調査も、現地入りの日からなにかとやり取りをして信頼関係を築けてきた役場の福祉課の人を通じて、土地家屋調査士の手配がついてクリアと、地元の方々と一緒になって1つずつ解決していきました。そして運営スタッフはうちの社員ボランティアでやるぞ、お湯はうちの特殊車両で沸かすぞと。
こうやって課題を1つ1つ明確にして、地元の方々と一緒に対策を考えて、探して、解決していくことで、『こころの湯』は実現できました」と、前に進みながら、考えながら解決してきたことを語ってくれた。
企業が復興支援に取り組むということ
物資を被災地に送る一般的な取り組みとは異なるANAの取り組みについて聞いてみた。「我々が復興支援の取り組みをするときには、ANAの特殊車両などのハード、過去の活動で得たノウハウと社員ボランティアによるソフト、このグループの総合力としての強みが、地元の皆さんのご理解と協力と結びつくことではじめて活動、機能できているんだと思います。
この活動はANAグループの社員にとっても非常に素晴らしい経験の場だとも思っています。ここにいるメンバーは、社内のイントラネットで募集をかけて、数倍の倍率から選ばれた有志たちです。ただ、全国のANAグループ各社から集まってきているため、身内とはいえここで初めて会う人ばかりです。でも同じ目的のために阿吽の呼吸で力を合わせている。ノウハウも日々の仕事のなかでアイディアを出し合ってブラッシュアップしている。
特にお風呂は衛生管理が重要なので『5S』(整理、整頓、掃除、清潔、躾)への意識は非常に強くもたなければなりません。そして被災した皆さんにどんなことをすれば、どんな言葉をかければいいんだろうと、社員1人1人が一生懸命自分の頭で考えます。『通常の仕事』を離れながらも、『通常の仕事』に通じる大切なことを社員も学べているんだと思います。
だから、ありがたいことに被災者の方々からお礼の言葉を頂戴するのですが、我々こそお礼を申し上げたい、貴重な体験をさせていただいていると日々感じています」と、復興支援活動を通じて得られることの重要性について話した。