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2023年12月、全路線廃止! 「金剛バス」はなぜ消えゆくのか。大阪近郊、朝晩は満員なのに……

金剛バスの車両。近鉄南大阪線・富田林駅にて

大阪・金剛バス、運転手不足で「バス会社ごと一斉撤退!」

 大阪府南部で路線バス事業を営んできた「金剛自動車株式会社」(金剛バス)が、12月20日に全15路線を廃止。バス事業そのものから撤退する。

 金剛バスは人口11万人を擁する富田林市を中心に、太子町・河南町・千早赤阪村といった、鉄道が通っていない“交通空白地帯”へのバス路線を展開してきた。

 沿線にはニュータウンや府営住宅なども点在し、1日300便近くのバスを運行、年間利用者はおおよそ110万人にもおよぶ。またこのエリアは近鉄長野線・南大阪線に乗り換えれば30分ほどで大阪市内に到達できるため、バス→電車と乗り継いでの通勤・通学も多く、朝晩にはバス車内の通路が埋まるほどに利用者が多い路線もある。

 全国各地では、コロナ禍をきっかけに経営難に陥るバス会社が相次いだ。しかし、大阪市の通勤圏にある金剛バスは、少なくとも「限界まで過疎化が進んだ地域」ではない。にもかかわらず、すべてのバス路線を廃止という決断を下したのだ。

金剛バスの路線図(出典:金剛バスWebサイト)
「河内」バス停にて

 そんな金剛バスが、全線廃止を決断した直接の理由は「運転手不足」だ。同社がバス路線の維持に必要な人員30名に対して、廃止発表の時点で在籍していたのは17名(プラス同業者からの応援3人)。もはやバス路線の維持は難しく、同社は沿線自治体からの補助金拠出の申し出を断ったという。なお、金剛バスはすでに貸切バス・タクシー事業から撤退しているため、廃止後には会社整理・廃業となる見込みだ。

 廃止後の12月21日からは沿線自治体がバス路線を引き継ぐものの、廃止区間や減便なども生じる見込みだ。創業から100年間近くもこの地で路線バス事業を営み、沿線人口も需要もそれなりにあったはずの金剛バスは、なぜ「路線バス撤退・会社廃業」を選択したのだろうか。

運転手不足だけではない? 自治体にもある「金剛バス」撤退の原因

「東水分」バス停

 金剛バスが実質的な廃業に至った直接の原因は「運転手不足」だ。しかし、同社の経営状況は10年ほど前から赤字が続き、2013年には約172万人いた利用者は、10年間で4割も減少。コロナ禍で乗客が大幅に減少した2021年には約7100万円もの単年赤字を出していたという。

 さらに、同社の収益源であった大阪芸術大学への送迎バス(漫画「アオイホノオ」、庵野秀明監督の自主製作アニメ「じょうぶなタイヤ」などにも登場する。通称“芸バス”)委託も、すでに他社に切り替わっている。こうなると、なんらかの補助や猶予策がないと、バス事業を維持することはできない。金剛バスの場合はどうだったのだろうか?

「地域公共交通確保維持事業」に基づくバス路線補助への仕組み(出典:国土交通省資料)

 いま、全国のバス路線のうち、約9割が赤字とされている。こういった場合、まず国が一定条件のバス路線の赤字額に対して、最大2分の1の補助を行なう。残り2分の1は、都道府県や地元自治体などが国とともに「協調補助」を行なう場合もあれば、国の補助から外れた路線を県・市町村で全額行なうケースも。この辺りの事情は、地域によってかなり違いが出てくる。

 金剛バスの場合は、条件に当てはまる「残り2分の1」に関して、「協調補助」はなかった。大阪府内のバス会社(基本的に大手電鉄系列が多い)は親会社の補填でまかなう場合もあり、大阪府に確認したところ、府は基本的に協調補助を行なっていないそうだ。

 沿線自治体のうち富田林市は、市が運営する公園「サバーファーム」への金剛バスの乗り入れに関する費用を補助し、コロナ禍の2020年には市内運賃を時間限定で100円に値下げ、差額を補助金で行なったことも。少なくとも「座して見ていた」わけではない。

 しかし、金剛バスにとっては、国の補助はあくまでも「赤字分の欠損補助」、市町村の補助は「市の都合で生じた経費への補助」でしかなく、少なくとも会社の収益がプラスになることはない。かわりに、「増便」「交通系ICカード導入」(最後まで実現せず)など、バス会社の支出を伴う要求はそれなりに多かったようで、各議会の議事録にはこういった要求が頻繁に見られる。

 また、金剛バスの「さくら坂循環線」「東條線」などはニュータウンからの通勤・小学生の通学輸送で朝晩には混み合うが、利用者は利益率の少ない通学定期・通勤定期がほとんどで、かつ昼間に利用者が少ないとすぐ赤字になってしまう。

 こういったバス路線の減便・廃止は「クルマがないと通勤・通学できないエリアの誕生」を意味することもあり、バスを必要とする自治体が路線を譲り受け、赤字覚悟で運行することも。しかし金剛バスの場合は補助が行なわれることもなく。バス会社の負担だけが膨らんでいった。

 状態としては「必要なバス路線に、最低限の資金は出すものの、ムリな要求も多い」状態。会社の経営が苦しいままだと運転手への待遇も上がらず。労使対立によって人材が離れる、という悪循環が、すでに生じていたといっていいだろう。

金剛バス本社社屋。近鉄南大阪線・富田林駅前にある

 そして、金剛バスにとどめを刺したのは、2020年春から世界中を襲った「コロナ禍」と、「コロナ禍明けの観光需要の回復」であった。

 まずコロナ禍によって、ただでさえ減少傾向にあった金剛バスの乗客数は、さらに2割減少。富田林市は素早くバス・タクシーの運賃割引・差額補助などの施策を行なったものの、長らく続く赤字体質の前には“焼け石に水”状態。金剛バスの財務状況はさらに悪化し、2020年4月に貸切バスから撤退、2023年6月にはタクシー事業の廃止に至った。

 さらに、もとより運転手が不足気味だったことに加えて、コロナ禍からの回復の兆しとともに観光バスの求人が増加。関西国際空港にほど近い南大阪地区では、大型免許を持つ人材の奪い合いとなった。「基本給19万円」(同社Webサイトより)の路線バス運転手よりは段違いの条件を出す業者も多く、金剛バスでは昨年秋から立て続けに運転手の退職が相次いだという。

 いま各地では自治体が移住支援・補助を上乗せしてバス運転手を募集するケースが目立っているが、金剛バスにはそういった助け舟もなかった。こうして最終的には「運転手不足による全路線廃止・実質的な廃業」に至ったのだ。

廃止後は「10路線存続・運賃据え置き」も、厳しい先行き

金剛バス廃止後のバス路線図(出典:広域協議会資料)
12月21日以降、近鉄バス・南海バスが金剛バスの一部路線の代替を担う

 金剛バスの路線が消滅する12月21日以降、全15系統のうち、一定の需要があった路線は「4市町村コミバス」(仮称)に引き継いだうえで存続する。

「東條線」「さくら坂循環線」など、利用者の多い5路線の一部便は近鉄バス・南海バスが委託を受ける形で運行を担い、自治体が金剛バスに長らく(一方的に)要求していた「交通系ICカード対応」が、このような形ながら実現することとなった。そのほかの区間でも、富田林市「レインボーバス」、河南町「カナちゃんバス」など、各自治体の現行のコミュニティバスを活用、なんとか運行を維持する見込みだ。

 しかし存続する路線でも、1時間に1~2本程度の運行があった「東條線」「さくら坂循環線」などは若干の減便が生じ、富田林駅~千早ロープウェイ前までを結んでいた「千早線」は、当面のあいだ全便が「金剛登山口」バス停止まりとなる。ほか、「北大伴線」「石川線」なども存続するが、終点までの利用者が少なかった平石行き・水越峠行きなどは、軒並み廃止となる見通しだ。詳しくは、各自治体のWebサイトをご確認いただきたい(太子町富田林市)。

 なお、運賃は当面のあいだ金剛バスの水準が維持される。しかしこの代替バスのために、沿線の4市町村は今年度だけでも1.5億円の負担金を拠出しており、委託を受ける民間2社も運転手不足という事情は変わらない。各自治体が負担を続けられるかは不透明であり、さらなる廃止・再編や運賃値上げなどの議論は、早々に出てくるかもしれない。

車体は意外と個性派揃い。消えゆく金剛バスを振り返る

金剛バス車両
「川向」バス停。強風でバス停の屋根が損傷したまま放置されている

 9月に全線廃止が発表されてから、はや4か月。金剛バスが姿を消す「12月20日」が、いよいよ迫ってきた。

 思い返せば、金剛バスは自社発注・独自仕様も多く、車体の個性がやや強かった。字体が独特で一目では読めない「kongoBus」表記。前面の方向幕とおなじ大きさだった側面の巨大な行先表示、独特の座席配置や、後部の3連テールランプなど……。ただ、バス停や車両の老朽化も目立ち、バス会社として苦境にあるのは、目に見えて明らかであった。

 もう少し早めに救済策、代替策を講じていれば、持続が可能な新体制をじっくり検討できていたかもしれない。交通手段の維持が限界を迎えている地域・自治体の方々は、金剛バスがたどった撤退・廃業までの道筋を他人事と思わず、地域としての「地方交通の失敗事例からのケーススタディ」として、記憶にとどめておくとよいかもしれない。今後、同様の道をたどるバス会社や、その都度取ってつけたように慌てふためく沿線地域は、おそらくあるだろう。

 最後に、金剛バスに勤務される方、関係されていた方のご多幸を祈りたい。