旅レポ

10万人が熱狂した初開催のMotoGP タイグランプリ観戦記

ブリーラムが街を挙げて全力で熱烈歓迎。サーキット外の盛り上がりもハンパない!

MotoGP初開催のタイでバイクレースを満喫してきた

 二輪ロードレース最高峰のMotoGP世界選手権シリーズ第15戦が、「PTT Thailand Grand Prix」(MotoGP タイグランプリ)として開催された。MotoGPのレースがタイで開催されるのは初めてのこと。

 10月5日~7日の3日間、開催地となったタイ東北部ブリーラム県とチャーン・インターナショナルサーキットは、見たことがないほどの熱狂のうちに幕を閉じた。

MotoGPの決勝レーススタート直後(提供:タイ国政府観光庁)

 結論から言えば、MotoGP タイグランプリは大成功に終わったように思う。MotoGP運営元の公式発表によれば、決勝当日たった1日で10万245人という驚異的な観客動員数を記録した。3日間の合計は22万人を超えるという。この数字は、MotoGP人気の高い欧州と比較してもトップクラスだ。ちなみに2017年のMotoGP日本グランプリは3日間の合計で約9万人(決勝当日は5万2000人余り)というから、タイは決勝1日だけでその人数を上回ったことになる。盛り上がり方がまるで違う、ということが数字からだけでも分かってもらえるはずだ。

MotoGP開催当日のグランドスタンド(提供:タイ国政府観光庁)

 もちろん、数字だけでイベントが成功したかどうかを判断するのは早計だろう。現地までの移動手段、宿泊、イベントの内容や進行、観戦のしやすさ、周辺の観光も含めて考えなければならない。そのすべてにおいて100点満点……とまでは言えないものの、それらの多くの面で、MotoGP タイグランプリは初開催とは思えないほどきわめて満足度の高いコンテンツになっていた。今回は、そのなかでもブリーラムへの移動とサーキットでの体験を中心にお伝えしたい。

MotoGPは最終ラップまで目まぐるしくトップが入れ替わる好レースとなった

バンコクから飛行機で40分。踊り子とゾウが歓迎してくれるブリーラム空港

 タイ国政府観光庁が主催した、MotoGP タイグランプリ観戦のプレスツアーに参加した筆者は、まずその開催地となるブリーラムへと向かう。羽田空港から、タイ国際航空の最新機エアバス A350型機で約6時間半。一旦タイの首都バンコクのスワンナプーム国際空港に降り立つ。その後、同じバンコクのドンムアン国際空港からブリーラムに移動することになる。

バンコクのドンムアン国際空港

 これまでは、バンコクからブリーラムまで、利便性の高い公共交通機関はなく、約400kmほどの距離をクルマで7~8時間ほどかけて移動するのが通例だった。これがブリーラムの観光や知名度、チャーン・インターナショナルサーキットで開催するレースが浸透しにくい原因の1つだったように思う。

エアアジアの早朝便でブリーラムに向かった

 ところが、MotoGP開催直前の2018年6月になってブリーラム空港がリニューアルオープンし、バンコクとの間で1日4~6便程度の定期路線が開設された。これまでほとんど自家用機などの離着陸しかなかったブリーラム空港が旅客用としても本格的に稼働したことで、誰でもブリーラムに容易にアクセスできるようになったわけだ。

 バンコク~ブリーラム間はエアアジアをはじめとする3社の便が就航しており、今回のツアーではエアアジアの早朝便を利用してブリーラムに向かった。バンコクの離陸からブリーラムの着陸まで、片道たったの40分。

 2017年に日本の四輪レース「SUPER GT」のタイラウンド取材のためバンコクから陸路でブリーラムを訪れたことがある筆者だが、そのときは往路に約8時間、復路に9時間以上かかっていた。そのときのことを考えると、あっさり40分で到着した今回の移動は感動的とさえ言える。

2018年6月に建物がリニューアルしたブリーラム空港
エプロンや滑走路はよく整備されていた

 ブリーラム空港はとてもコンパクトで、飛行機を降りたら徒歩で空港施設に入り、すぐに預け入れ荷物を受け取ることができる。そして、その建物に入った瞬間から、MotoGPのレース開催をアピールする看板が目に飛び込んできた。空港の待合室に移動すると伝統舞踊で歓迎され、さらにバスに乗るため外に出れば、今度は2頭のゾウがお出迎え。

荷物を受け取る場所ですでにMotoGP感が満載
空港の待合室では伝統舞踊で歓迎してくれた
外に出るとゾウがお出迎え

 空港からチャーン・インターナショナルサーキットがあるブリーラム市街地までは、クルマで約30分ほどかかる。無料のシャトルバスも運行していたので、別途バスをチャーターする必要はないかもしれない。車窓からはMotoGPのレース開催を告知するいくつもの看板を目にすることができ、否応なしに気持ちが上がってくる。サーキット周辺では検問が行なわれていたけれど、それで長い渋滞が発生していることもない。到着した予選日も、決勝レース当日も、混乱は一切なくスムーズに入場することができた。

空港からサーキット、もしくはホテルまでの道沿いで度々目にしたMotoGPの告知看板

広大、巨大なブースエリアと、全体を見渡せるサーキット

チャーン・インターナショナルサーキット

 サーキット敷地内に足を踏み入れるとまず目に入ってくるのは、巨大なブース。日本の二輪メーカーによるバイク展示・グッズ販売ブースのほか、バイク用品メーカーが無数に集まるショッピングストリートのようなテント、十分な広さと席数があるフードコードなどがある。サーキットのメインスポンサーであるチャーンビール(タイ・ビバレッジ)は、誰もが自由に使えてビールも飲めるソファ付き休憩スペースと、大規模野外ライブかと見まがうようなイベントステージを設置していた。

グランドスタンドの入口につながるエリアには多数のブース群が建ち並ぶ
大会冠スポンサーのPTTのブースとステージ
チャーンビールカラーのブースは休憩室になっていた
ビールも販売していて(お金さえ払えば)飲み放題
巨大ステージでのライブコンサートイベントも実施
ホンダのブース。大型モニターでレースの模様を放映していた
ヤマハのブース。大型バイクの展示とグッズ・用品販売がメイン
スズキのブース。ビッグバイクを前面に押し出す
エンジンオイルなどで有名なモチュールのブースには、なぜかスズキの隼をカスタムした隼TX-1が展示
BMW Motorradのブース
どハデにカスタムされたMSX125(GROMのタイモデル)
バッテリのYUASA
最新のGoPro 7も販売中
タイフードももちろん食べられる
ブースエリアは予選日から常ににぎわっていた
グランドスタンド側から見たところ。広大な敷地にブースが設営されているのが分かる

 それらの奥にあるのが、レースが行なわれるサーキット。観戦スタンドへの入場にはチケットの提示とセキュリティチェックを受ける必要があるものの、少なくとも筆者らプレスツアーのメンバーが入場可能だったグランドスタンドに限って言えば、長い行列ができることはほとんどなく、せいぜい1~2分あれば通過できた。

チャーン・インターナショナルサーキットのグランドスタンドからの眺め

 チャーン・インターナショナルサーキットでは、今回のMotoGP タイグランプリに合わせて、常設のグランドスタンドのほかに複数の仮設スタンドを用意していた。予選日からどのスタンドもほぼ満席で、立ち見もある状態。決勝レースならともかく、予選日でのこんな風景は日本のどのレースでも見たことがなく、驚くばかりだ。まだ筆者が経験したことのない二輪レース本場の欧州もこんな感じなのだろうか……。確かに混雑はしているけれども、身動きが取れないほどの状態になることはなく、十分レース観戦に集中できる環境だった。

まだ予選日だというのに、この人出

 チャーン・インターナショナルサーキットは、コースとしてはシンプルだ。長いストレート3つと高速コーナーから構成され、アップダウンはほとんどない。急ブレーキのあとに全開で加速する動きを繰り返す、ストップ&ゴーのレイアウトとなっている。一方、観戦場所となるピットビルを兼ねたグランドスタンドと仮設スタンドはすべてコースの外側に設置されている。

 コース内側に大きな障害物もないことから、スタンドからコースのほぼ全体を見渡せるのも特徴だ。グランドスタンドであればメインストレートを高速で走り抜けるレースマシンだけでなく、最も遠くのコーナーを走る姿まである程度見通すことができる。スタンド最前列にいれば、真下で繰り広げられるピット作業も観察可能だ。グランドスタンド前には中継映像を流す大型ビジョンも複数設置されているので、コース各所の状況を把握しながら観戦できるようにもなっている。

グランドスタンド最前列ならピットロードも観察できる
ピットロードを走るライダーはもちろん……
ホームストレートを駆け抜けるライダーも見られる
1コーナーで転倒するライダーも丸見え
4コーナーから5コーナーも見どころ
はるか遠くのコーナーまで見渡せる。双眼鏡があると便利だ

 ただ、その大型ビジョンは観客席からの距離を考えると小さい。映像も粗く、決して見やすいとは言えないのが残念だ。もっと大画面なら……と思わないこともないが、そうすると障害物になって、サーキット全体を見渡せるメリットが活かせなくなるので痛し痒しといったところ。遠くで具体的に何が起きているのかを把握したいなら、双眼鏡を用意しておくか、手元のスマートフォンで公式アプリのライブ動画を見るとよさそうだ。

ホームストレート前に設置されていた大型ビジョン。小さく映像も粗いのがちょっと残念

最後の最後まで見どころばかりのMotoGP決勝レース

スターティンググリッドでMotoGP決勝レースのスタート準備が進む

 予選を終え、翌日の決勝。当然ながら来場者はより多く感じられる。メインレースであるMotoGPの、ある意味前座となるMoto3やMoto2のレースから、すでにスタンドは満員だった。MotoGPのレースが始まるとさらに立ち見する人が増え、観客のテンションはうなぎのぼり。

 今回のMotoGP タイグランプリは、レースとしても見どころの多いものになった。今シーズン、マシンの不調が原因で苦戦を強いられている、世界的に人気のヤマハライダー、バレンティーノ・ロッシ選手が、復活の兆しを見せる予選2番手を獲得。前年の覇者で今シーズンもポイントリーダーを突っ走るホンダライダー、マルク・マルケス選手がポールポジション。DUCATIに移籍してめきめきと頭角を表わしているアンドレア・ドヴィチオーゾ選手が3番手からのスタートとなった。

予選1位、ポールポジションは前年チャンピオンのマルク・マルケス選手(提供:タイ国政府観光庁)
予選2番手、世界的に人気の高いバレンティーノ・ロッシ選手(提供:タイ国政府観光庁)
3番手は今シーズン幾度となくトップ争いに食い込んできたアンドレア・ドヴィチオーゾ選手(提供:タイ国政府観光庁)

 決勝レースの序盤こそ、シーズンを通して速さを見せるマルケス選手がリードするも、中盤にロッシ選手がトップに躍り出ると、スタンドの歓声はひときわ大きくなる。結果的にロッシ選手は4着と惜しくも表彰台に届かなかったが、最終ラップ、最終コーナーまでもつれ込んだマルケス選手とドヴィチオーゾ選手の激しいつばぜり合いの末、マルケス選手が先にゴールラインを切ると、スタンドの盛り上がりは最高潮に達した。

 日本と同じようにタイもロッシ選手のファンが多く、それに次いでマルケス選手のファンが多いようだ。ただ、ライダーが誰かにかかわらず、上位の順位が変動するたび、あるいはライダーが転倒するたびに、必ず大きな歓声が上がる。サーキット全体が見渡せるおかげで、常に状況を掴みやすいこともあるだろうけれど、それ以上にタイの観客の反応のよさは印象的だった。

ウォームアップラップが終わり、いよいよスタート
序盤はマルケス選手がリード
空撮ヘリが何度も旋回している様を見ることができる
唯一フル参戦している日本人、中上貴晶選手は、残念ながら序盤で転倒。しかし一度ピットインした後、すぐにコースに復帰していった
中盤、ロッシ選手がトップに躍り出る(提供:タイ国政府観光庁)
コース上で何かが起こると、観客が反応がよく歓声を上げる
ロッシ選手のファンはタイでも多いようだ
今シーズン限りの引退を表明しているホンダのダニ・ペドロサ選手。5コーナーで転倒してしまった
最終ラップの最終コーナーまでデッドヒートを繰り広げたマルケス選手とドヴィチオーゾ選手。軍配はマルケス選手に上がった
表彰式での様子(提供:タイ国政府観光庁)

タイの、ブリーラムの街から伝わってきた歓迎の気持ち

 レース終了後、10万人もの観客が列をなしてスタンドから退場し始めるも、目立った混乱もなく粛々と流れていく。先ほどまでの熱狂の余韻に浸っているかのように、ブースの大半はレースプログラムがすべて終わったあともしばらく活気づいていて、撤収作業をするような気配もない。チャーンビールのステージでは、バンコクのアイドルグループBNK48がライブコンサートを開催するなど、最後の最後まで盛り上がっていた。

グランドスタンドから退場。混雑はしていたものの、滞りなく進んだ

 17時ごろには多くの観客が退場しており、サーキットを発つときも、朝と同じように渋滞にあうこともなかった。全体的に、とてもMotoGP初開催とは思えない見事なハンドリングで、完全に心ゆくまでMotoGPイベントを楽しむことができた。

 サーキット開業の2014年からSUPER GTを毎年開催してきた経験値の積み重ねもあるだろうが、世界レベルのレースを初回で無事やり遂げたのには、サーキットはもとより、ブリーラム県の綿密な準備があってのことだろう。しかし何より、MotoGPやその観戦に来た人達に対する歓迎の気持ちと、「絶対に盛り上げて成功させる!」という強い気持ちが、街全体からひしひしと伝わってきたのが心に残った。

 サーキット敷地内には遊休スペースになっているところがまだまだあり、既設のドラッグレース場を活用したイベントや、MotoGP日本グランプリでよくあるエクストリームパフォーマンスなど、追加できる要素はいくらでもありそう。だけれど、今回はそうした“おまけ”要素なしに、純粋にMotoGPのみでここまでの集客ができるというタイの底力を証明した。もしかすると、これからのアジアのモータースポーツ市場の行方を占う試金石になったのではないか、と思う次第だ。

タイ国政府観光庁 総裁のユッタサック・スパソーン氏

 現地でお話を伺ったタイ国政府観光庁の総裁であるユッタサック・スパソーン氏は、来年2019年のMotoGP タイグランプリに向け、宿泊施設やフードコーナーのさらなる充実に加えて、イベントとしての完成度ももっと高めていく、と約束した。

 現在のMotoGP運営元との契約は3年。少なくとも2020年までタイでのMotoGP開催が確定している。最初から高い完成度を見せたMotoGP タイグランプリが2019年以降、はたしてどんなイベントになって帰ってくるのか、今から楽しみでしかたがない。

 2019年のタイグランプリは10月6日に決勝レースが行なわれる。来年はプライベートで、家族と一緒に来るのもよいかも、なんて思い始めている。

レース会場にはタイ国政府観光庁のブースも
ブースでは彩りのよい蝋細工を簡単に作れるワークショップに参加可能
1つ1つ好きなパーツを選んで作り上げる
藍染め体験も可能だった

日沼諭史

1977年北海道生まれ。Web媒体記者、モバイルサイト・アプリ運営、IT系広告代理店などを経て、執筆・編集業を営む。IT、モバイル、オーディオ・ビジュアル分野のほか、二輪・四輪分野などさまざまなジャンルで活動中。どちらかというと癒やしではなく体力を消耗する旅行(仕事)が好み。Footprint Technologies株式会社代表。著書に「できるGoPro スタート→活用 完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS Androidアプリ大事典」(技術評論社)などがある。