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消えゆく最恐通勤モノレール「スカイレール」、実は相模原・長崎で検討。なぜ普及しなかった?

みどり口駅に到着間近のスカイレール車両。手前側で263‰という急坂をクリアしている

世界唯一の独自規格。ロープウェー? モノレール? いや「スカイレール」だ!

 広島市安芸区を走る「スカイレールみどり坂線」が、4月30日をもって廃止となる。この路線は、世界でも唯一の鉄道規格「スカイレール」を採用した路線でもあり、今回の廃止でスカイレールはいったん姿を消す。

 この路線はJR瀬野駅から、約1800世帯・人口6000人少々を擁する団地「スカイレールタウンみどり坂」へのアクセス手段として、1998(平成10)年に開業。山の上の宅地からJR山陽本線に乗り継いで通勤するサラリーマンや、学生の通学の足として走り続けていた。

終点・みどり中央駅まで坂を登り切ったスカイレール車両

 その特徴は、なんといっても高低差。JR瀬野駅に隣接した「みどり口駅」から終点までの高低差は1.3kmで180mもあり、最急勾配263‰(約27%)はモノレールを除いて日本の鉄道でもっとも急こう配。東京でいえば、自転車での登坂で動悸が止まらなくなる庚申坂(文京区)、富士見坂(豊島区)をスイスイ登れるようなものだ。

 これだけの高低差を駆け上がるとあって、山の上の終点・みどり中央駅からの車窓の見晴らしは、「絶景」とも「ジェットコースターのようなスリル」とも言われていた。たった片道170円で乗車できる一種のアトラクションとしても知られ、鉄道ファンの来訪もそうとうに多かったという。

さまざまな鉄道のいいとこどり? 実はスゴいぞ! スカイレールの技術

スカイレールの整備基地。駆動系がかなり複雑な構造になっている

 世界唯一の規格を持つスカイレールの鉄道としての技術は、開発を担った三菱重工・神戸製鋼の高度なテクニックの結晶ともいえるものだった。

 見かけは懸垂式モノレールともロープウェーともつかないが、I型の桁を車輪でしっかり掴み、ロープによる地上駆動で推進していた。また、駅に到着・出発する際はリニア駆動に代わり、ロープウェーにありがちな「宙づりのまま、車両が常時グラグラ揺れている」といった不安定な乗り心地もない。かつケーブルカー・ロープウェーと違って、カーブを描くルートを設定できる。いわばスカイレールは、「ロープウェー・モノレール・リニアモーターカーのいいとこどり」だったと言えるだろう。

 しかもスカイレールは、建設費用がモノレールの3分の1以下(1kmあたり20~30億円)で済み、無人運転による低コストというメリットもあった。この路線も軌道に乗るかに見えたが、運営会社はコロナ前から1億円の赤字続き。ついに2か所めの路線が建設されることもなく、廃止にいたったのだ。

 ただ、状況によっては、各地でスカイレール規格を用いた路線が開業していた可能性もある。なぜ普及しなかったのだろうか。

スカイレール導入の検討「相模原・大津・長崎」など……なぜ決まらなかった?

北里大学には、相模大野駅からのスカイレール路線開設が検討された

 スカイレールの第1号路線が開業したころ、鉄道計画を持つ各自治体は軒並み興味を示した。各地の議会や経済団体の会合でも、「広島のスカイレール、ウチでどう? 検討してみる?」という話が出るようになったのだ。過去26年分の新聞をひも解くと、さまざまな場所で導入が検討された痕跡がある。

  • 静岡空港アクセス鉄道(新幹線・静岡空港新駅~空港ターミナルビル)
  • 福岡市・ウォーターフロント開発(博多駅・天神~博多ふ頭)
  • 相模原市(相模大野~北里大学間)
  • 大津市湖南地区
  • 秋田空港
  • 長崎・稲佐山

 上記の導入計画のなかでも、「新駅2案のうち空港直下の場合は、130mの高低差を克服するスカイレール導入(静岡空港)」「8案のうち、ロープウェーに次いで2番目の高評価(福岡市)」「スカイレール・小型地下鉄・LRTの三択(相模原市)」など、かなり具体的な検討がなされていたケースもある。しかし、ほとんどの鉄道計画が頓挫・棚上げとなっただけでなく、検討段階でほかの乗り物への検討に代わってしまい、本格的な議論やプレゼン(鉄道敷設にあたっての説明・条件提示)を前にして脱落することも多かったという。

 スカイレールが自治体への売り込みに弱かった要因は、乗り物としての中途半端な立ち位置にあった。建設費用が安いといってもLRT・路面電車よりは高く、勾配に強いといっても、みどり坂のような山の上で、鉄軌道を運営できるほど人流がある場所はない。検討された案件のほとんどは平たんな土地であり、スカイレールの「リニアとロープ駆動の融合」「勾配に強い」という利点は、実需に合わないオーバースペックだったのだ。

長崎稲佐山スロープカー(出典:稲佐山公園Webサイト)

 さらに、そこそこの勾配で私有地内・公園内のみ走行という条件で、仕様によっては数千万円の建設費用で済み、かつ鉄道事業者としての認可が不要なスロープカーが全国で爆発的に普及し、長崎では受注を攫われてしまった(現在の「長崎稲佐山スロープカー」)。「三菱の街」と呼ばれるほどグループと縁が深い長崎で失注した時点で、スカイレールはすでに“詰み”状態だったのかもしれない。

 開発に関わった神戸製鋼も、技術者が全国50か所以上に説明に回ったものの、理解は得られなかったという。普及によってコストが下がることもなく、「スカイレールみどり坂線」は開業26年目にして、老朽化した設備を更新することなく姿を消すことになったのだ。

意外とライバルが多い「短距離・少人数の交通手段」。埋没したスカイレールの未来はあるか?

自走式ロープウェー「Zippar」。車両上部のバッテリーで駆動、ロープを掴んで走る

 今は、こういった「そこそこの人数を運べる無人運転の交通機関」の需要があったとしても、上野動物園でモノレールの代替として採用された「エコライド」(ジェットコースターを応用した乗り物)、北海道石狩市などで導入が検討されている「Zippar」(自走式ロープウェー)などの選択肢も出てきた。

 これらはスカイレールのような高度な技術はなく、「高い位置から滑り降りる(エコライド)」「車両にバッテリーを搭載、ロープを掴んで自走する(Zippar)」というシンプルなものだが、その分建設費用・維持コストもはるかに安く途中駅を設けやすいなど、交通機関としての需要に合っている。

 かつ、EVバスも各社が改良・実験を重ね、いまやスカイレールの代替・転換バスを十分に担えるような登坂性能がある。スカイレール陣営がこれらに勝るメリットを提示し、市場の隙間に割って入ることは、並大抵でない。現状では、乗り物としてのライバルに居場所を奪われ、そのまま埋没する可能性が高そうだ。

車窓から見渡す団地はほとんどが傾斜地にある

 しかしそれでも、快適に坂を登れて、乗車するだけでワクワクするという、スカイレールの魅力は変わらない。

 瀬野の山なみを見渡せるスカイレールに乗車できるのも、あとわずか。基本的には団地住民の方向けの乗り物なので、混雑時には乗車を譲りつつ、最後の乗り納めに出かけるのもよいだろう。