ニュース

マイナス12℃、代行バスが極寒の遠距離通学を担う? 根室本線、バス転換で“再構築”のなぜ

南富良野町内を走行する根室本線代行バス

バス代行から8年、鉄道戻らず……根室本線の一部、まもなく廃止

 2024年3月末に廃止・運行終了を控えているJR根室本線・富良野駅~新得駅間(81.7km)で、大変な混雑が発生しているという。なかでも、2016年8月の集中豪雨による被災から鉄道運休が続く東鹿越駅~新得駅間(41.5km)では、列車よりも定員の少ない代行バスに乗客が集中。週末を中心に、大型バス2台の座席が埋まるほどの混雑ぶりを見せているという。

東鹿越駅で列車に乗り換える。富良野駅~東鹿越駅間の列車も202年3月で姿を消す
代行バスのルート上にある狩勝峠。冬場に吹雪くと本当に何も見えない

 この代行バスは国道38号を走り、新得駅~幾寅駅間で高低差380mの狩勝峠を越える際の車窓は圧巻だ。東鹿越駅で富良野駅方面の列車に乗り換えたあとも、石狩川水系・空知川のダム湖「かなやま湖」の眺めを楽しむことができる。

 幾寅駅は、1999年に公開された映画「鉄道員(ぽっぽや)」のロケ地として、今も年間1万人程度が訪れているという。駅舎内には主演・高倉健さんのサインや衣装などを展示しており、周辺に残されている撮影セットも含めて、駅や路線そのものが観光資源といえるだろう。

 この線区はもともと札幌~道東(帯広・釧路・根室など)の連絡鉄道として1901年(明治34年)から順次開業、特急・急行列車が数多く駆け抜けた。しかし1981年(昭和56年)に高規格のJR石勝線が開業したことで、都市間鉄道としての役目を外れ、ローカル鉄道としての役割に徹するようになった。

 廃止を目前に控えた現在、この区間は途中の幾寅駅を中心として、南富良野町から地域の中心都市・富良野市への通学を担っている。どのような利用実態があり、なぜ廃止・バス転換となるのか。乗客が一挙に増加するという冬場(2023年2月)に現地を訪れ、マイナス10℃以下の朝晩でも変わらない通学需要を確かめながら、考えてみた。

マイナス12℃でも、40km先に登校! 代行バスが担う通学需要

平日朝の幾寅駅。子供を送迎する自家用車が、辺りに30台以上も停車している

 代行バスが最もにぎわいを見せるのは、6時13分に幾寅駅を発車する、東鹿越駅行き(富良野駅行きの列車に接続)だ。南富良野町の高校生は、代行バスと列車を乗り継ぎ、40km先の富良野市方面に通学する。

 幾寅駅の周辺には数台の駐車スペースがあり、子供を送迎するクルマが朝6時前から続々と到着。冬場(この日は零下12℃)はバスの到着直前まで車内で待機しているようで、時間になると一斉に飛び出て、次々とバスに乗車していく。

 南富良野町から富良野市へ通う学生は1日28人、と行政の資料 (2020年・上川地域公共交通計画)にあるが、この日は40人ほどの乗車があったようだ。あとから地元の方に伺うと、冬場のみ幾寅駅からの代行バスで子供を通わせて、夏場はじかに富良野市内に送迎するような家も多いのだとか。

南富良野高校の前に停車する代行バス。20人ほどが降りて行った

 また代行バスは、幾寅駅から500mほど先の南富良野高校への通学も担っている。代行バスは学校の前に朝8時20分前に停車(富良野駅からは7時18分発。停車は平日朝のみ)するようで、この便の利用率は高いようだ。

 平日朝の時間帯は、ほかにも各方面からのスクールバスや、南隣の占冠村からの路線バスが高校の前に続々と発着する。歩道は雪が積もって狭くなるだけに、幾寅駅から学校まで歩かないで済むのは、高校生にとってもありがたいことだろう。

根室本線・富良野駅~新得駅間の経営状況(出典:JR北海道)

 こういった通学ルートは、鉄道の方が乗り心地もよく、所要時間も若干短い。しかし、根室本線のこの区間は運休前から「1日の乗客152人、年間9.7億円の赤字」という実績の低迷に悩まされており、JR北海道からは「当社単独では維持困難」(鉄道会社の経営努力だけでは維持できない。実質的に廃止か補助を求めるもの)との通告を早々に受けていた。

 かつ、集中豪雨からの復旧費用だけでも10.5億円を投入する必要があった。復旧にかかる地元負担を考えると、冬場を中心に代行バスの利用者が30人、40人いるからといって、鉄道を復旧するわけにはいかなかったのだろう。

南富良野町では「都市間バスと競合」「交通拠点がバラバラ」

道の駅南ふらのに停車する都市間バス「ノースライナー」

 根室本線や代行バスのもう1つの課題は、「観光利用の少なさ」であった。南富良野町内は、旭川市・富良野市と帯広市を結ぶ都市間バス「ノースライナー」(予約制)を運行しており、広域移動や観光目的の乗客は、もっぱらそちらを利用している。

 この都市間バスは幾寅駅ではなく「道の駅南ふらの」が町内の拠点となっており、1km少々離れた2つの交通拠点の両立も課題となっている。

 道の駅には町の観光案内所もあり、隣には道内最大級のアウトドアショップ「モンベル南富良野店」や地元産品をふんだんに使ったレストランも。幾寅駅が映画ファンに向けた昔からの観光スポットだとすれば、道の駅は今どきの新しい観光拠点でもあり、街としては新しい拠点に観光客を引き込みたいところだ。

 しかし、今どきの観光客が興味を示すリゾート地帯・トマム(南隣の占冠村にある)には、今のところノースライナーも代行バスもつながっていない。厳密には幾寅駅から発車する占冠村営バスがあるが、本数が1日3本(土日祝日運休。1本は区間運転)と少なく、とても観光客が使いこなせる仕様ではない。

道内最大級のアウトドアショップ「モンベル南富良野店」

 代行バスでつながっている新得町方面は、上川から十勝へ地域をまたぐこともあって、利用者は極端に少ない。富良野・トマムへの移動のメインは札幌からの鉄道(石勝線・函館本線など)が担うとして、個人旅行者やふらっと訪れる外国人旅行者が上川地区で富良野、南富良野、トマムと回遊するためにも、従来の新得経由ではない新しい動線が欲しいところだ。

代行バス、地域の動線を“再構築”。鉄道のルートを引き継がず

 こういった地域の動線の移り変わりを背景として、2024年4月からの運行を開始する転換バスは、鉄道(根室本線)が描いていたルートを再構築、大幅な変更に踏み切る。

 まず富良野駅~南富良野町間は、富良野市側の路線バス「西達布線」(「ふらのバス」が運行)を延伸する形で、国道38号・幾寅峠を経由する新ルートとなる。これまで鉄道が描いていた経路はかなやま湖の南側を遠回りしていたが、クルマユーザーの富良野方面への移動経路も幾寅峠経由。道路の整備状況も良好だ。

 なにより西達布線は、もともと富良野高校・富良野緑峰高校(まもなく2校統合、新校舎は緑峰高校に)・ふらの西病院・富良野協会病院(富良野駅のすぐ裏にあるのに、駅出口が設けられていない)に立ち寄るため、富良野駅から歩く必要がない。転換後のバスの方が便利という方も多いだろう。

占冠村営バス。幾寅駅~道の駅南ふらの間が延伸される

 南富良野町内では「道の駅南ふらの」が交通拠点となり、転換バス・占冠村営バスや、東鹿越駅・金山駅方面に向かう南富良野町営バスの路線が乗り入れる。道の駅は幾寅駅よりはるかに広い駐車場を擁し、バスを待つ屋根付きの設備も新設されるため、これまでどおり「道の駅まで子供を送って、富良野市内の高校に通わせる」という使い方ができそうだ。

 また、占冠村営バスの延伸・南富良野町営バスの路線開設によって、トマム方面への移動も1日6往復確保される(一部便は予約)。

 南富良野町は今後とも新しい交通拠点・観光拠点として「道の駅南ふらの」を位置づけていくようだ。かつ幾寅駅へのバスの乗り入れも維持し、駅舎を観光資源として残すために448万円を計上して補強工事を行なうという。

 鉄道が担っていた1本のルートを複数のバスが受け持つ形だが、今後も「このルートの方がよい」「このルートは極端に利用が少ない」などの事例も出てくるだろう。JR北海道から廃止とともに支払われる約21億円の基金(18年間分の赤字額+支援金)を護るためにも、いまある観光資源や施設を最大限に活かしつつ、運行の在り方をこまめに見直す必要があるだろう。

移動手段は必要、でも本当に「最適解は鉄道?」。各地で目立つ鉄道の機能不全

JR吾妻線の末端部は、長野(北陸)新幹線によって動線が変わった一例だ(地理院地図に筆者加工)

 根室本線・富良野駅~新得駅間は、観光ルートから完全に外れ、ターミナル駅が交通拠点として使いづらくなっていた。衰退の原因は過疎化による乗客の減少だけでなく、いわば「地域の動線が変わって鉄道が役目を終え、機能不全を起こしている」状態にも起因していたといえるだろう。この状態は、極度に採算がとれない各地のローカル線にも、不思議と共通する。

 例えばJR吾妻線(群馬県)は、北陸新幹線・軽井沢駅から万座・新鹿沢など温泉へ向かうバスに観光輸送の役割を完全に取られ、動線の変遷で役割を失ったあとは緩やかに低迷。2024年3月にJR東日本から「このままでは存続できない」という通告を受けるに至っている。

雪に埋もれた幾寅駅ホーム。ここに列車が来ることは、もうない

 時代の流れや動線の移ろいなど、鉄道だけではどうにもできない理由による衰退で、乗り物としての最適解でなくなっているローカル鉄道はあまりにも多い。なかには根室本線のように「鉄道を選択しないメリット」が存在するケースもあり、各地ではバスやタクシーを排除せずに、今後を検討していく必要があるのではないか。

 高齢者や子供、社会弱者のための移動手段は必要として、最適解は鉄道ではないかもしれない。国土交通省が開催する再構築協議会でも、こういった検証が行なわれるだろう。鉄道存続のみが至上命題という固定概念が消えようとしているいま、鉄道が描いていた動線を変え、地域の生活移動に応えようとする根室本線代行バスの今後を見守りたい。