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芸備線「再構築協議会」入り、なぜ? 背景に自治体とJR・国交省のすれ違い

JR芸備線の車両

地域の移動をまるっと見直す? 「リ・デザイン」「再構築協議会」の狙いとは

 鉄道は鉄道、バスはバス。支援として、とりあえず赤字を埋めます。

 そういった杓子定規な補助のあり方を見直す「地域公共交通活性化・再生法」改正案が、2023年10月1日に施行された。

 この法改正の目的は地域公共交通の「リ・デザイン」。国が仲介する「再構築協議会」など話し合いの場を設けたうえで、鉄道・バス、DX(デジタル化)・GX(効率化)などの垣根を取り払い、地域の交通の体系をまるっと見直すという試みだ。

 改正案が施行された2日後、さっそくJR西日本が、広島県と岡山県をまたぐ「JR芸備線」に関する再構築協議会の設置要請を行なうと発表。2024年3月26日には、第1回の協議会が開催される。

地域公共交通の「リ・デザイン」解説(国土交通省資料より)

 この芸備線は、もっとも乗客が少ない区間(東城駅~備後落合駅間)で「1日の収入100万円で2.3億円の赤字、利用者は1日3往復で13人」と、そうとうに厳しい経営が続く。JR西日本は、2021年6月に「鉄道の今後に関する協議」を申し入れているものの、沿線自治体は任意の話し合いに応じていない。

 再構築協議会は法定協議会であるため「参加応諾義務」が生じる。いわば、否が応でも沿線自治体に話し合いのテーブルについてもらうための最終手段がとられた、と言えるだろう。

 JR各社が鉄道としてのあり方を見直す「輸送密度2000人/日未満」区間は、JR西日本の管内だけでも17路線・30区間。ほか苦境に立たされるローカル路線・線区が数多くある。そのなかで、なぜ芸備線が「話し合いの強制参加・第1号」となったのか。そして、全国のローカル鉄道に与える影響や今後の動向も考える。

芸備線の場合、ほかと何か違う?

芸備線・道後山駅。優等列車が発着していた名残で、ホームが長い

 芸備線とJR西日本の協議で「再構築協議会」という最終手段を取らざるを得ないほどすれ違いが起きた原因は、JR側から2021年6月に受け取った申し入れを、沿線自治体側が鉄道廃止の提案とみなして拒否していることにある。

 本当にそうなのか。同社が2県2市(広島県・広島県庄原市・岡山県・岡山県新見市)に通達した「芸備線沿線の地域公共交通計画に関する申入れについて」の記載内容を見てみよう。

「地域の将来と移動ニーズに適した『地域公共交通計画』の策定または見直しが急務」「関係地方公共団体の皆さまにおかれまして、鉄道の課題を踏まえた地域公共交通計画策定・見直しに向けた検討の場の設定または参加をご検討いただきたい」

 ここでいう「鉄道の課題」とは、県境を越える区間でわずかな利用実態しかなく、JR西日本が別資料で発表した「列車1便50人以下はバスの方がCO2排出が少ない」という基準に満たないという、経営・環境の両面で鉄道としての存在価値を問われている状態。すべてをひっくるめて言えば「芸備線の現実を、よくない面も含めて認識する」ことだ。協議会では存続の条件や、バス・タクシーに転換した場合の青写真の提案などが行なわれるだろう。

 ただ、鉄道として存続するのであれば、地域で負担を行なう「第3セクター鉄道」「上下分離方式」(JR路線のまま設備などを自治体が負担し、今後の投資と税金負担を軽減する方式)などの意思表示を示せば、協議はあっさり進むだろう。

 JR西日本からの申し入れに対して、沿線自治体は、
「路線の存廃を排除しない形での議論には応じられない」(庄原市・木山耕三市長)
「鉄道の廃止を前提にしているように聞こえる」(広島県・湯崎英彦知事)
と、従来行なわれてきた利用促進に関する事項以外の協議を拒否してきた。

 ただ各自治体とも、この申し入れが廃止への第1歩であることが分かっていながら、これまでの利用促進を続けるという以上の話をしていない。もっと分かりやすく言うと、資金面での自腹の痛みを伴ってでも、存続にこだわるというメッセージが皆無だ。

 存続に必要な資金面に関しては、JR西日本が黒字会社であることに注目し、社内での補助を狙った「鉄道全路線の営業成績の公表」の要求、もしくは国が責任を持っての補助を求めるなど、一貫して他力本願な発信が目立つ。芸備線での協議拒否は、鉄道存続を求めているというより、「誰かが無条件で運営してくれる鉄道を維持してほしい」という観点によるものだ。

 鉄道である必要性の薄さ、経営の苦境を伝えるJR西日本と、出資を伴わない他力本願での存続を要求する沿線自治体という構図では、話し合いがすれ違って当然だろう。

「県境鉄道サミット」の来場者内訳。庄原市資料より

 なお沿線では、鉄道利用の促進を目的としたイベントがたびたび行なわれてきた。地域の盛り上げにはなったものの、その多くが週末・観光シーズンのイベント頼み。JR西日本が求める恒常的な収益向上にはつながっていない。

 イベントのなかには、約1000人の来場者で盛り上がったが、鉄道利用による来場者が70人にとどまったケースも。またツアー開催では最高で300%以上の利用者増を勝ち取っているものも、数にすると100~200人程度だ。

 イベント開催で来訪が100人単位で増えて、数十万円の運賃収入増が1日、2日あったところで、数億円単位の赤字解消に貢献したとは言い難い。JR西日本も「一過性の取り組みは交通の再構築と言えない」と、一歩引いたコメントを残している。

本当に「鉄道廃止=地域衰退」なのか? 共通する「鉄道としての機能の低さ」

「鉄道の今後」というテーマは本来であれば、自治体・鉄道会社が任意の協議会で話し合うべき事項だ。しかしいったん「鉄道廃止」という命題が絡むと、どの自治体でも判を押したように「鉄道がなくなると地域が衰退する。鉄道存続以外の選択肢を受け入れない」という一方的な主張が続き、鉄道会社との交渉が膠着したまま、ずるずると時間だけが過ぎる。

 参加応諾義務が生じる法定協議会として再構築協議会が位置づけたのも、鉄道路線の経営悪化に早めに手を打ち、一時的な止血にしかならない消極的な赤字補填を避ける狙いがある。

 はたして、衰退する鉄道を存続することが地域の維持につながるのか。各地の事例を見ると、実際には鉄道が本来の役目をとうに失っており、もはや地域の維持と関係なくシンボル化している場合も多い。地方の鉄道衰退の主な原因は地域の過疎化とクルマ社会化の進行だが、それ以外にも致命的な事情を抱える現状を見てみよう。

千葉県の久留里線・久留里~上総亀山間の途中駅は狭い平地にあり、集落は5kmほど山奥まで点在している。左は君津市「きみぴょん号」路線図に筆者加筆

 JR久留里線(千葉県)は「営業係数16821」(100円の収入にかかる経費が1万6821円)という経営状態によって、一部区間の鉄道廃止の提案を受けている。この30年で9割も乗客が減少した原因は、鉄道が高齢者・子供の生活移動にほぼ使われなくなったことにある。

 久留里駅~上総亀山駅間は房総半島の山深い場所を走っており、途中駅(上総松丘駅・平山駅)まわりの集落は数kmほど先の渓谷近くまで広がっている。かつての移動手段は「駅まで移動、列車に乗る」だったが、今ではデマンドバス「きみぴょん号」(予約制)や、統合された小・中学校のスクールバスが担っている。

 デマンドバスやスクールバスは玄関先や近所まで到達するが、久留里線は数km先、駐車場もない駅に移動の必要があるため、利用すること自体が一苦労だ。それでも、地域の表向きのメッセージは「鉄道存続は地域に不可欠」であり、なぜデマンドバスやスクールバスに需要を食われたか、という部分は語られない。

東城駅に停車するバス。庄原市の中心部には、バスの方が圧倒的に早い

 芸備線も同様に、がけ崩れの可能性から制限速度15kmの区間があったり、災害運休の多さやそうとうな遠回りとなるルートなど、「速達できない」「道路上の移動より不安定」という機能不全が、日常的に使う乗客の離反につながっている(参考:東城駅~備後庄原駅間は中国道経由のバスで40分弱、芸備線は1回乗り換えで1時間40分強、1日3往復)。

 また、庄原市の中心駅・備後庄原駅から市役所・高校・総合病院は500m~1kmも離れ、買い物の需要はさらに南側の国道183号沿い(フレスタ、ザ・ビッグなど)に移っている。駅と目的地が遠く、いまの街の形に合っていない現状からくる芸備線の利用満足度の低さは、以下のような中・高校生のアンケート回答や施策に出ている(いずれも広島県「芸備線利用促進について」より)。

・高校進学を控えた学生へのアンケートで、「通学利用する」回答が600人中11人
・22人にモニター通学を頼んで、実際に通学手段を切り替えたのは2名

 事例に挙げた久留里線・芸備線に限らず、極端に利用が低迷するローカル線は「鉄道の特性を発揮していない」「ほかの交通手段(バス・タクシーなど)の方が便利」「信頼が低い(災害・悪天候での運休多発)」などの共通点がある。

 それでも万難を排し、地域が自腹を切ってでも鉄道を存続するなら、判断として尊重すべきだ。しかし芸備線の場合、JR西日本側の求めるものとすれ違った利用促進策を「やることはやった」という担保に取り、国の救済やJRの自助努力を当てにして、提案を聞こうともしなかった。だからこそ、国が新設した「再構築協議会」による強制対話の第1号となってしまったのだ。

他人ごとでない「ローカル鉄道の存続問題」何をすべき?

2019年から災害運休が続いた際の「くま川鉄道」代行バス。朝便の振り替えに11台のバスが出動した

 いま全国各地のローカル線沿線では、鉄道会社・国土交通省との協議で課題の擦り合わせ、さらに一定の負担をいとわず鉄道を存続する動きも見られるようになった。また、「110人乗り・3両編成で乗車率130%・代行バスに振り替えて11台」という極端な朝ラッシュがある「くま川鉄道」(熊本県)のように、一定の赤字を織り込んだうえで、豪雨被災後の鉄道復旧が早期決定するような事例もある。

 各地で鉄道存続に向けた協議が続くなかで、芸備線は協議さえも拒み、話し合いの強制カードこと再構築協議会を稼働させてしまった。鉄道存続の動きがこういった無理強いの応酬と世間に認識されることは、必要な鉄道の存続に汗をかく他地域の足を引っ張りかねない。

 これから各地で行なわれる鉄道存続の協議において、話すべきは芸備線のような「鉄道存続、さもなくば地域の死」という、鉄道が万能であるかのような二択論ではない。地域の交通をどうすべきか、という課題ではないのか。

備後落合駅前を走るバス。芸備線の沿線は東城駅~備後落合駅~三次駅間で路線バスが並行している。

 鉄道存続なら、利用を増加させるための施策や、どれだけ生活移動を増やすかのコミット、そして、赤字の原資をだれが負い、だれが責任を持って進めるかを明確にする必要がある。同時にバス転換などのケースの説明も拒否することなく、鉄道になくバスでできることは何か(芸備線なら「駅から離れた学校や、庄原・西城・東城の総合病院に寄れる」「バリアフリーに対応できる」など)という提案をしっかりと聞きたいものだ。また、なぜか鉄道存続より熱量が薄い傾向にあるが、バス・タクシー会社、善意で成り立つ福祉送迎などの救済を含めた議論にしたい。

 まもなく行なわれる再構築協議会で、芸備線の沿線自治体は、鉄道存続=JR西日本が求めるプレゼンテーションを行なえるのか。それとも、従来どおり経営改善の話を避けるのか。それとも、一方的な主張に国が忖度して、改善がないままの“止血補助”を続けるのか。

 いずれにしても、その後の方針を決める議論は必要だ。交通機関の運営は鉄道を存続したら終わり、廃止したら終わり、ではない。