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日本エアコミューター、ATR 42-600型機のフルフライトシミュレータを公開。圧倒的なリアルさを体験してみた

2018年4月26日 実施

JACはATR 42-600型機のフルフライトシミュレータを報道公開した

 JAC(日本エアコミューター)は4月26日、同社が離島路線などに導入している双発ターボプロップ機「ATR 42-600型機」(および72-600型機)のフルフライトシミュレータを報道公開した。シミュレータはカナダ TRU(TRU Simulation+Training)製で、ATRに携わる運航乗務員と整備士の訓練に用いられる。

「フルフライトシミュレータ」とは、計器や操縦桿、窓の外に見える景色などを再現したコクピットに加えて、飛行機の挙動を再現するための機構を備えた模擬訓練設備のこと。コクピットを覆う筐体を複数のシリンダが支えており、パイロットの操作に応じてアクチュエータが動作して、傾きや振動など実機の挙動をリアルに再現する。

実機そのままの訓練用コクピット

 JACが導入したATRのフルフライトシミュレータは、鹿児島空港からクルマで数分の距離にある。カナダから海上輸送した部品を建屋の中で組み立てて、完成したのは3月というから、本当にできたばかりのピカピカの状態だ。建屋に入ると天井まで遮るもののない大きな空間が広がっており、その中央に6本の黒いシリンダからなるモーションベースに支えられた、白い巨大な筐体が現われる。建屋にはシミュレータを制御する「CPU室」のほか、モーションベースの動力源を収めた部屋、シミュレーションのためのブリーフィングを行なう部屋があるが、それだけで、ほかのものはないシンプルな作りになっていた。

シミュレータを収めた建屋
広い空間の中央にシミュレータが鎮座する

 筐体を支えるシリンダは、床に敷かれた三角の枠の角から2本ずつ、計6本が上に向かって伸びており、隣接する角から伸びるシリンダ同士が筐体の下で交わっている。骨組みだけで作った三角錐を頂点から途中まで展開して、その上に筐体が乗っている状態だ。不安定に見えるかもしれないが、もちろんがっちり固定されている。

 モーションベースはMOOG(ムーグ)製で、モーターと空気圧で動作する。その空気は別室で作られており、コンプレッサから4つのタンクに蓄えられる。1つのタンクで2本のシリンダを制御できる。同じ部屋にはコクピットを冷やすためのエアコンと、コクピットに煙が充満した状態などを作り出すためのスモークジェネレータも設置していた。

 その隣のCPU室には、コクピットの窓の外に画像を生成する端末(イメージジェネレータ)としてRockwell Collins「EP-8100」のほか、飛行機の部位ごとの挙動を再現するためのTRUの制御負荷装置(Control Loading System)がラックマウントされており、それぞれが1~2TBのストレージを持ち、実機のデータが入っているという。例えば、「PCL(Primary Control Loading)」と書かれたものはラダー(方向舵)やエレベータ(昇降舵)、エルロン(補助翼)の挙動を再現するために使われ、「SCL(Secondary Control Loading)」はフラップ(高揚力装置)やブレーキという具合。CPU室で作り出す信号とコクピットでの操作は、150ms(ミリ秒)以下でやり取りできるという。ちなみに、室内には大きなUPS(無停電電源装置)があり、停電時でもシステム全体を15分間動かすことができ、コクピットから安全に降りられるとのこと。

最初にデモンストレーションとして見学した、モーション有効時の挙動
激しく傾いているのは、離着陸時などの強いGを再現するため
6本のシリンダが支える
アクチュエータはMOOG製
少したるませてあるのは、動作時の遊びのため
チューブや信号線、エアコンのホースは隣の部屋につながっている
奥の壁に見える四角い枠が搬入口の形跡
モーションベースの動力を作り出す部屋
コンプレッサ
タンク
スモークジェネレータ
CPU室
Rockwell Collins「EP-8100」
実機の再現データが入ったラックマウント
モーションコントロールのリレー
15分間システムを動かせるUPS

 さて、10分間ほど記者もシミュレータ内部で体験することができた。コクピットには、建屋の隅にあるらせん階段を上って、2階部分に相当する通路から跳ね上げ式の橋を渡ってアクセスする。

コクピットにはらせん階段で上った通路からアクセスする
モーション有効時は干渉しないよう上げられている
橋を渡って乗り込む
入り口に液晶パネルがはめ込まれていた。アプリケーションのビルド番号なども分かる
TRUのロゴ
上に来るとケーブルの処理がよく分かる

 筐体の内部は、ATRのコクピットそのもの。実際にはコクピットの後端を延長するようにもう1つ空間があり、エンジニアや教官がマップを呼び出したり、天候などの状況を作り出したりする端末が据え付けられているため、思いのほか広く快適だ。訓練設備なので当然だが、コクピットの再現度はほぼ100%。以前、本誌で実機のコクピットを撮影した写真を掲載しているので、比べてみていただきたい。

 ATRはグラスコクピット化されているため、アナログの計器を読み取るような箇所は基本的にはなく、正面5枚のディスプレイに飛行機の姿勢やナビゲーション情報などが表示される。頭上の計器を操作するとその横などに状態が表示されるが、同じものがディスプレイにも表示されるので、スイッチ類は物理的に操作するものの、その読み取りはすべてディスプレイ上でできるようになっている。今回は、副操縦士席(向かって右側)に座って鹿児島空港を離陸、付近を旋回、再び鹿児島空港へ着陸するという流れを体験できた。ところで座って気付いたが、ディスプレイの位置関係や操縦桿のボタンなどは機長と副操縦士で左右対称になっている。

 コクピットの窓は実機と同じようにガラスがはめられており、その向こうに映像を表示するディスプレイがある。視野は左右200度、縦は40度だそうで、3枚のディスプレイを並べてあるとのことだが、継ぎ目はまったく分からなかった。付近を旋回後、いざ着陸という段になるとコクピット背後のエンジニア席で端末を操作し、進入直前の状況に瞬時に切り換わった。ついでに雨を降らせて曇って視界のわるい状態を再現してくれた。シミュレータはこういった悪条件を再現するのが本分で、天候や風向きなどを容易かつリアルに作り出せるのが醍醐味であるという。

 なお、記者らが体験したときはモーションベースの動作をOFFにした状態で、操縦桿のフォースフィードバックなどだけが有効になっていたが、映し出された画面や手元の感触だけでも上空でコクピットが傾いているように感じられた。「錯覚ですよ」と言われたが、10分弱の体験中、圧倒的なリアルさに驚きっぱなしだった。

 また、先ほど「鹿児島空港を離陸して」と前置きなく述べたが、このシミュレータにはJACが運航する鹿児島空港と奄美空港、喜界島空港などのマップが収録されている。空港周辺の地形はもちろんだが、空港は滑走路だけでなく、ターミナルビルや誘導路、駐機場も再現してある。着陸後、駐機場へ向かう途中でエプロンを走るクルマなども再現されていた驚いたが、誘導路や滑走路に飛行機を表示することも可能で、例えば着陸直前に滑走路に飛行機を割り込ませて着陸をやり直す訓練、というものもあるという。

実機そのものだが、窓の外の景色がシミュレータ
細部に至るまで実機そのもの
正面には5枚のディスプレイ
コクピットの後ろに教官・エンジニア用の席がある

 記者が体験したあとにはすぐ訓練が始まるとのことで、次々にパイロットが建屋を訪れており、導入して早くもフル活用されていることが伺えた。

 なお、JACは2018年度中にATR 42-600型機を6機体制、2019年度中には9機体制とすることを予定しており、SAAB(サーブ)340B型機は順次退役する見込み。また、7月1日にはATR 42-600型機で運航する徳之島~沖永良部線、沖永良部~那覇線が新規就航、「奄美群島アイランドホッピングルート」を開設する。