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JAL、熊本市の小学校で「航空教室&折り紙ヒコーキ教室」を開催

くまもと音楽復興支援100人委員会とのタイアップによるコンサートも

2016年10月28日 実施

 JAL(日本航空)は、平成28年熊本地震発生直後から「九州応援プロジェクト」として、さまざまな被災地支援を行なっているが、このたび地震発生当初に避難所となっていた小学校にグループ社員が訪れ、「航空教室&折り紙ヒコーキ教室」を実施して児童たちと交流した。

「くまもと音楽復興支援100人委員会」のコンサート鑑賞からスタートした特別教室

JALの特別教室が開かれた、熊本市南区にある飽田東小学校。地震発生当初は近隣住民のための避難所として約1カ月間使用された
全校生徒471名が体育館に集合

 今回の「折り紙ヒコーキ教室&航空教室」の場所となったのは、熊本市南区にある飽田東(あきたひがし)小学校。全校生徒471名が体育館に集合し、まずはJALが輸送協力を行なっている「くまもと音楽復興支援100人委員会」によるコンサートを鑑賞した。

 クラリネットを担当したのは、東京シティフィルで30年間活動した伊藤裕悦(ゆうえつ)氏。バイオリンは、日本各地の主要オーケストラや海外での演奏経験もあり、地元熊本で活動している船津真美子氏。ピアノは、国内外の交響楽団での豊富な演奏実績を持つ島崎佐智代氏というトリオ編成で、クラシックからポピュラーまでさまざまな名曲を奏でた。すべての演奏を終えると、児童たちからお礼の言葉と感謝のメダルが演奏した3人に贈られた。

体育館に掲げられていた横断幕
JALのグループ社員を全校生徒で出迎える
ハロウィンシーズンということで、コンサートの演奏者たちは仮装してステージに登場
クラリネットを担当したのは、伊藤裕悦(ゆうえつ)氏。東京シティフィルにて30年の活動実績を誇る
バイオリンは、地元熊本で活動している船津真美子氏。日本各地の主要オーケストラや海外で演奏活動を行なってきた。ビオラ奏者としての実績もある
ピアノを担当した島崎佐智代氏。オーケストラのピアニストとして国内外の交響楽団での豊富な演奏実績を持つ
JALのグループ社員は、特別教室の準備がはじまるまで演奏を鑑賞
すべての演奏を終えて、児童たちからお礼の言葉と感謝のメダルが贈られた

折り紙ヒコーキ教室では低学年と中学年に別れて作成し学年一と全校一を競い合う

体育館のステージ側では、1~2年生が集合した。「飛行機乗ったことある人~?」という質問に多くの児童が手を挙げる
1~2年生が折るのは「やり飛行機」という種類
児童に配られたのは、JALが航空教室で配布している専用の折り紙ヒコーキシート。複数の折り目に対応しているデザインとなっている
体育館後方では、3~4年生向けに「いか飛行機」を折っていく。こちらの方が折る工程が多く、少し難易度が高い
最後に最長飛距離を競うゲームを行なったが、成績優秀者に贈られるプレゼントも用意されていた。スペースシャトル型の大型紙飛行機で、スタッフが実際に飛ばすと、ゆったりと滑空するさまが印象的だった

 コンサート終了後に紙ヒコーキ教室がスタート。5~6年生の高学年は、航空教室の授業で音楽室へ移動。1~4年生は体育館に残り、二手に分かれスタッフから紙ヒコーキの折り方を伝授される。

 今回はCA(客室乗務員)など19名のJALグループのスタッフが来場し、それぞれの持ち場で児童たちと接したが、まずは折り紙ヒコーキ指導員の資格を保有しているパイロットが代表して、児童たちに丁寧に折り方を説明した。

 折り紙ヒコーキが完成後、クラスごとに1列になって遠くへ飛ばす練習を開始。続いて各学年の1位を決定する本番があり、最後は全学年の代表戦となって体育館は応援の熱気に包まれた。この対決で最長飛距離を記録した児童には、巨大なスペースシャトル形状の折り紙がプレゼントされた。

折り紙ヒコーキは、ちょっとしたコツで飛距離が変わるので奥が深い。折り紙ヒコーキ指導員になるために、現役パイロットたちも厳しい指導を受けているとのこと
CA(客室乗務員)も児童たちと一緒になって、紙ヒコーキを折る。本物のCAに会えたということで、女子から質問攻めに
紙ヒコーキ完成後はクラスごとに数度の飛行テスト。その後、学年ごとに飛距離を競い、全学年対決となった
全学年の代表が選出され、1~4年生から全校一を決める一発勝負
なんと1年生代表が勝利し、一番大きなスペースシャトル型紙ヒコーキが授与された
折り紙ヒコーキ教室が終了し、児童代表から感謝の言葉が贈られた
退場時には、JALからステッカーのプレゼント
2階の音楽室では5~6年生向けに航空教室が開かれ、JALが所有する多くの機材の紹介があった

JAL社長の植木氏が来校し子供たちをエールを送る

児童から拍手で迎えられる日本航空株式会社 代表取締役社長 植木義晴氏
「小学校の頃は毎日叱られていた」というエピソードに会場からは驚きの声が

 昼休みが終了し、児童は再度体育館に集合。JALの代表取締役社長である植木義晴氏が、熊本県庁での発表会前に飽田東小学校に来校。児童と交流する時間を設けた。

 植木氏は、「いつも難しい顔をしたおじさんやおばさんの前で喋ることが多いのですが、今日は皆さんの前でお話しする、ということで緊張しています。折り紙ヒコーキ教室は楽しかったですか? これを学校の授業に認めていただいて本当にうれしく思っています。校長先生とPTAの方に拍手をお願いします。

 皆さんを見て、自分の小学生の頃を思い出しました。僕は毎日先生に叱られてました。廊下に立たされていました。いたずらばっかりしていたんですね。でも、高校に入ったときに一つ決めました。『よし、パイロットになろう』と。ただそれを決めただけではなくて、毎日努力しました。そして、宮崎にある航空大学校に入学しました。そして、22歳の頃に日本航空に入社してパイロットになりました。

 35年間パイロットとして、世界中を飛び回りました。飛行機を操縦することが好きなこと。世界中に行けること。そして何より空が好きだったこと。とっても幸せな35年間でした。でも57歳のときに会社がおかしくなっちゃったんですね。病気になっちゃった。

 誰かがまた元気な状態にしなくちゃいけない、となったときにパイロットを辞めて“役員”という仕事に就きました。なんとか、もう一回よい会社にしたい。今日来ているスタッフたちを幸せにしたい、と思いました。その2年後に社長になって、今、5年が経ちました。

 皆さんに一つ聞きたいのですが、勉強は好き? 『はい』という声も多かったですが、首を振っている人もいましたね(笑)。僕も勉強が嫌いだった。じゃあ、なんで勉強するのか?

 僕がパイロットになりたいと夢をもったように、皆さんに夢をもってもらうために勉強するんです。いっぱい勉強すれば、その夢の範囲が広がっていきます。今は辛いかもしれない、だけどたくさん勉強して、自分の夢を見つけてください。

 半年前に大きな地震があって、皆さんも辛く悲しい思いをされたと思いますが、明るい笑顔で迎えてくれて本当にうれしいです。でも大丈夫。日本中の人々、そしてJALが皆さんのそばにいつもいますので、がんばってください」と、エールを送った。

 最後にJAL青森支店の支店長である福田豊氏が登場し、青森県つがる市から、ご当地キャラクター「つがーるちゃん」の絵入りリンゴが児童全員に贈られた。

最後に児童代表からお礼の言葉が贈られた
児童たちとタッチでお別れ
JAL青森支店の支店長である福田豊氏が登場し、青森県つがる市からご当地キャラクター「つがーるちゃん」の絵入りリンゴが児童全員に贈られた
あらかじめ貼られている「つがーるちゃん」のシールをはがすと、その柄が残る仕掛けになっている

 JALは熊本地震発生以降、臨時便の運航や緊急支援物資の輸送協力などさまざまな取り組みを行なっているが、グループ社員が直接、子供たちとふれあう貴重な機会となった。このなかから将来パイロットやCAになりたいという子供たちが出てくるかもしれない。