井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

ベンチがホームの逆を向いてるのはなぜ? 鉄道を安全に利用するための注意

走っている車両と接触したり、はねられたりする危険は誰でも理解できるが、それ以外にも、いろいろと注意したい点がある

 前回、「ホーム上の安全確認」に言及した。実のところ、意図的なものでなくても人身事故や触車事故が起きることはあるし、それ以外にも危険の源はいろいろある。事故に巻き込まれて自分が痛い思いをするだけでもよろしくないが、ダイヤが乱れれば社会的な大迷惑にもなる。安全に注意して鉄道を利用したいものである。

なぜ自撮り棒を使ってはいけないのか

 日本では、動力の種類に関係なく、みんな「電車」と呼ばれてしまうことがあるぐらいで、日本では電化されている鉄道路線が多い(スイスほどではないが)。では、そこで使われている電気のスペックは?

 家庭の電源コンセントは単相交流100V、周波数は50Hzまたは60Hzである。対して鉄道の電化区間はというと、直流1500Vと、交流2万V(周波数は50Hzまたは60Hz)が多くを占める。なお、新幹線は交流2万5000V(周波数は50Hzまたは60Hz)だ。

 直流1500Vでも十分に感電事故の原因になり得る数字だが、交流2万Vとか2万5000Vとかいう特高圧になると、頭上の電車線に触れなくても、接近するだけで命に関わる。

 そして、自撮り棒をはじめとする長い金属製の棒をホームで振り回せば、それが電車線に接近してしまう場面もあり得る。新幹線のホームはレール上面から約1.3mぐらいの高さにあり、電車線(トロリー線)はレール上面から約5mの高さにある。つまりホーム上から見たトロリー線までの高さは約3.7mでしかない。

 自撮り棒の長さは最大80cm程度が一般的とされる。大人が金属棒を持って手を上に伸ばせば、棒の先端と電車線の離隔は一気に縮まってしまう。

 何かの列車を撮るために、某駅のホームに多数の人が集まる模様を撮影した写真を見て、背筋が凍る思いをしたことがある。現場は交流2万V電化区間。そこでホーム上に脚立を立てて、登っている人がいたからだ。

ホーム上からそれほど離れていない場所に交流2万5000Vの電気が流れているのは、よくよく考えると、けっこう「おっかない話」ではある。もちろん十分な離隔がとられているが、自撮り棒を振り回すようなマネをすれば話は別
ちなみに、トロリー線はむき出しの銅線(ただし実際には、微量の銀、錫、クロム、ジルコニウムなどが添加されている)なので、交換したばかりの新品はピカピカだ

 これは駅だけでなくそれ以外の場所でも同じこと。例えば、車両基地の検修庫では、屋根上に設置されているパンタグラフなどの機器を点検するために、高い位置に作業台が設けられている。しかし、そこに上がれるのは電車線の通電を止めたあとの話だ。

 取材で何回も新幹線の車両基地にお邪魔したことがある。そこで検修庫に入ると必ず見るのは、上部の作業台に上がるところにロック付きの扉が設けてあって、通電を切らなければ物理的に入れないようになっている仕掛け。感電事故を防ぐために入念な対策が行なわれているのだ。

 さらに、通電の有無を視覚的に確認できないと具合がわるいから、1線ごとに表示灯が設けられている。その様子は、「ドクターイエローT4編成、最後のイベントに密着。感謝を込めた車体のお掃除のウラに特別な準備と配慮が」に載せた写真で確認できる。

ホーム上からの転落や触車を防ぐ

 ときどき、酔客がホームの端部までフラフラと進んでしまい、そのまま足を踏み外して転落する事故が発生することがある。酔客に限った話ではなくて、暑さが原因で気分がわるくなった乗客が、ホームから線路に転落してしまったこともある。

 そこでJR西日本はおもしろい工夫を考案・導入した。過去回でも取り上げた話だが、ホームに設置しているベンチの向きを変えたのだ。

 普通、ベンチは線路に向かう形でロングシートのように設置されていることが多いから、立ち上がってそのままフラフラ進むとホーム端に向かってしまう。そこで踏みとどまらなければ転落だ。

 しかし、ベンチが列車の進行方向、あるいは線路と逆の方向を向いていれば、立ち上がってフラフラと進んでも線路に向かうことはない。結果として転落事故を抑制できる、という考え方だ。これが功を奏したようで、JR西日本エリアの多くの駅でベンチの向きが変更された。

山陽本線の新下関駅在来線ホームで。ここではベンチが線路と反対の側を向いている
JR西日本が考案したベンチ設置方法は、関東にも波及してきた。これは京浜急行の新馬場駅で

 そもそも、ホームの端は要注意ゾーンで、転落だけでなく触車の危険もある。ときどき、列車が進入してきているのに、点字ブロックの外側を歩いて移動している人を見かけてヒヤヒヤすることがある。

 その触車や転落を防ぐために導入が進められているのが可動式ホーム柵だが、すべての駅のすべてのホームに設置するのは現実的とはいえない。それに、可動式ホーム柵があっても、柵の外に手を出したり身を乗り出したりするのは危険だ。やはり、「ホームの端には寄らない」を日頃から心掛けて、徹底する必要はある。

 また、ホームと車体の間の隙間も注意が必要。特に曲線上にある駅では、ホームはカーブしているのに車体はまっすぐだから、どうしても隙間が大きくなってしまう。

「黄色い線の内側まで下がってください」は日本だけの話ではない。これはイギリスのリバプール、マージーレールのライム・ストリート駅で。ホームの縁に「STAND BEHIND YELLOW LINE」と書かれているのが見える
可動式ホーム柵の設置により、ホーム上での触車事故の危険性は大きく低減される。阪急神戸線の西宮北口駅で
しかしすべての駅に可動式ホーム柵があるわけではないから、進入時だけでなく降車後にも、車両から離れて歩くように心掛けたい
急カーブ上にあるホームでは、どうしても車体とホームの間に隙間ができるので、踏み外して転落しないように注意が必要。これはイギリスのヨーク駅で
イギリスのリバプール東方にある、ニュートン=ル=ウィローズ駅で。ホームの縁に「Mind the Step」(足元に注意)と書かれているのが分かる。ロンドン地下鉄のが有名だが、「MIND THE GAP」(隙間に注意)と書かれていることもある。ちなみにニュートン=ル=ウィローズは、リバプール-マンチェスター鉄道の開業初日に「世界で初めての鉄道人身事故」が起きた場所でもある

列車の接近に注意する

 上で「列車が進入してきているのに~」と書いた。今は、有人駅・無人駅を問わず、列車の接近を知らせる自動放送が設置されている駅が多くなっている。また、駅の近くに踏切があれば警報器が鳴るから、それも接近を知る役に立つ。

 しかし、すべての駅でそういう仕掛けが設置されているわけではない。ことに、特急列車が高速で突っ走っている路線の小駅では、特急列車がいきなり猛スピードで走り抜けていくので注意が必要だ。

「なあに、列車が接近すれば音がするから分かるよね」と思うかもしれない。それは基本的に事実だが、例外もある。それが降雪地帯。駅だけでなく、駅間の線路脇にいても同じだが、積もった雪で走行音が吸収されるので、雪が積もっているときには意外なほど音が聞こえないものだ。要注意である。

田沢湖線の前潟駅で。ここは「こまち」が頻繁に通過する。かなりスピードを出しているので、ホーム端から離れていないと危ない
予讃線の喜多山駅で。上下それぞれ毎時1本の割で、特急「宇和海」がかっ飛んで行くので、こういう注意喚起がなされている。同じような掲示を、函館本線の某駅でも見たことがある