井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

列車出発の裏でなにが起きてる? 発車時刻の意味と本当は“秒刻み”のダイヤ

駅ホームの発車標では、発車時刻は分単位で書かれている

 航空業界では「出発時刻とは、飛行機がゲートを離れて動き始める時刻のことです」という趣旨の広報をしている。実際、時刻表に書かれている「出発時刻」にゲートに行っても、もう乗れない。少なくとも10分前には搭乗ゲートにいる必要がある(国際線ならもっと早い)。

 では鉄道の場合にはどうか。

駅に掲出されている時刻表や紙の時刻表でも同じ

発車時刻にホームに上がったらドアを閉められた

 ……と文句をいうSNS投稿を見かけたことがある。

 駅に掲出されている時刻表あるいは発車標でも、紙の時刻表でも、あるいはWebなどのデジタルデバイスによる時刻表でも、列車の発車時刻は分単位で書かれている。それだけ見ると、例えば「11時10分発」の電車に乗る場合には、11時10分ジャストまでにホームに上がっていれば間に合う、と思ってしまうかもしれない。

 ところが、実際に運転計画を立ててダイヤグラム(列車運行図表)を作成する段階では、もっと細かい単位になっている。会社や路線によって違いがあるが、10秒とか15秒とかいう細かい単位だ。すると当然ながら、運転士が運転の際に参照している行路表でも、駅ごとの到着時刻と出発時刻は、分単位ではなく秒単位で書かれている。

 しかし、秒単位の時刻表をそのまま外部に出しても話がややこしくなるだけだから、外部には分単位に丸めたものを出している。したがって、時刻表に「11時10分」とあっても、それが本当に11時10分00秒ジャストを意味するとは限らない。

 しかも、その発車時刻とは、列車が動き始める時刻のことだ。つまり飛行機の出発時刻と同じである。

 ところが、列車が動き始める時点ではすでに、乗客の乗降が完了して側扉を閉め終わり、安全が確認できていなければならない。そのため、閉扉のタイミングは発車時刻よりもいくらか早くなる。

列車が動き始めるまでの間に何が行なわれるか

 駅によって乗客の多寡は異なるから、それに合わせて停車時間は増えたり減ったりする。乗降が多い主要ターミナル駅では、乗降に時間がかかる分だけ停車時間を長く設定する。その停車時間には、実はいろいろなプロセスが入っている。

 まず、列車が所定の位置に停止したこと、それとホーム上の安全を確認したら、車掌が開扉操作を行なう。ワンマン列車なら運転士が開扉操作を行なうが、運転台と反対側の側扉を開ける場合、そちらまで移動してホームの安全を確認する必要があるので、時間がよぶんにかかる。

 ともあれ、開扉に続いて乗降が始まる。そしてしかるべきタイミングで、車掌あるいは駅係員が乗降促進のために、発車ベル(または発車サイン音、ホイッスルのこともある)を鳴らす。それを止めたところで乗降の完了を確認して、車掌が閉扉操作を行なう。

 しかる後に、すべてのドアが閉まったかどうか、列車を動かしても安全な状態になっているかどうかを確認する。東海道新幹線に乗ったことがある方なら、閉扉後に「安全――――、よし!」と放送がかかるのを耳にされているだろう。

 逆にいえば、すべての扉が閉まっても、ホーム上の安全を確認できないと列車を出せない。例えば、車両のすぐそばをフラフラ歩いている人がいたら危険だから、発車できない。実際、「列車から離れてくださ~い」と放送がかかる場面に遭遇した方は少なくないだろう。

 なお、可動式ホーム柵が設置されている場合には、車両だけでなく可動式ホーム柵の方も、すべての扉が閉じていなければならない。それに加えて、可動式ホーム柵の外側(すなわち車両との間)に取り残された人がいないかどうかも確認しなければならない。

 だから、可動式ホーム柵が設置されている駅では、設置されていない駅よりも停車時間が長くなる傾向がある。

停車位置が正しいかどうかを確認するための目印が、ホームの床面に書かれていることがある。東海道新幹線の場合、700系とN700系では乗務員室扉の位置が違うので、目印の位置もそれぞれ異なる
車両の側面には車側灯というものが付いていて、開扉時に点灯する
すべての車側灯が消えていれば、閉扉完了という意味になる
ロマンスカーミュージアムに設置されている、小田急7000形LSE車シミュレータの運転台(引退した実車から持ってきたものだ)。これは走行中なので、計器盤の中央上部に「戸閉」ランプが点灯している。
同じ運転台。こちらは停車して開扉している状況なので、「戸閉」ランプは消灯している。閉扉が完了して「戸閉」ランプが点灯しなければ、発車はできない仕組
編成が長かったり、ホームの見通しがわるかったり、ホームが混雑していたりすると、離れた場所の状況を確認するのが難しい。そんなときはカメラを設置して、その映像で確認する仕組になっている
ワンマン運転を行っている場合、開扉・閉扉も運転士の仕事になるので、運転士がホーム上の安全確認を行なう必要がある。それを支援するため、車体の側面にカメラを設ける車両が増えている
可動式ホーム柵があると確認する対象が増えるので、停車時間が延びる傾向がある

 といった話を長々と書いたのは、「列車を発車させる」までには、いろいろな手順があり、そのために相応の時間を要するという話を書きたかったからだ。それを発車時刻から差し引く形で逆算すると、発車ベルや発車サイン音に始まる一連のプロセスを開始するタイミングが決まる。

 そして、閉扉そのものに加えて閉扉後の安全確認にかかる時間も考慮する必要があるから、列車が動き出す時刻よりも早く閉扉操作を行なわなければ、とうてい間に合わないのである。

列車を遅らせないために注意したいこと

 こういう事情があるので、例えば降車後に点字ブロックの上ないしは外側(車両に近い側)をフラフラ歩いていたら、安全確認に引っかかり、列車を出せなくする原因を作ることになる。

 実際、とある地下鉄に乗っていたら「ホーム上の安全確認のために」出発できなくなり、数分の遅延が発生したことがあった。分単位の遅れにつながったのだから、相応に深刻な事態だったと思われる。

 しばしば放送で注意喚起がなされているが、駆け込み乗車も遅延の原因を作る。失敗して扉に手や足や荷物などが挟まれると、その扉だけ閉扉が完了しないから、当然ながら発車できない。そもそも、閉扉が完了しないと車両は動かないようになっている。

 そんなときはもう一度、開扉・閉扉操作を繰り返すことになるので、そこでまたよぶんな時間を食ってしまう。そうこうしている間に、10秒やそこらはムダに使ってしまう。たかが10秒というなかれ。それを6駅で繰り返せば累積で1分の遅れにつながるのだ。

これは進入時だが、車両の近くに人がいてはいけないのは、出発時も同様。常に、点字ブロックの手前まで下がっているように心掛けたい