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ドクターイエローT4編成、最後のイベントに密着。感謝を込めた車体のお掃除のウラに特別な準備と配慮が
2025年2月1日 21:23
- 2025年2月1日 実施
JR東海は2月1日、大井車両基地で「おつかれさま!ドクターイエロー(T4編成)おそうじ体験イベント」を実施した。
東海道・山陽新幹線の検測業務を担当していた923形電気軌道総合試験車、通称「ドクターイエロー」T4編成の車体を洗浄するもので、T4編成が関わる一連の引退イベントはこれが最後。今後は2年ほど、JR西日本所属のT5編成が単独で東海道・山陽新幹線の検測業務を担うことになる。
なお、ドクターイエローがどんな仕事をしている車両で、号車ごとにどんな機器・設備があるのかについては、以前に掲載した拙稿をご覧いただきたい。
T4編成のお掃除、車内見学、記念撮影
今回のお掃除体験イベントは、JR東海ツアーズが扱う旅行商品として行なわれたもので、募集定員は200名。それに対して2万3068名の応募があったという。なんと115倍の倍率だ。もっとも、先に行なわれた体験乗車イベントの倍率は、さらに高かったという。
抽選を潜り抜けた幸運な参加者は、6グループに分かれてイベントに参加した。1つのグループがおおむね30名強となり、それをさらに3グループに分けて、「先頭部での記念撮影」「車内見学」「お掃除体験」を順番にめぐる形。
つまり、1つのグループは10名程度だから、見たところでは、けっこう余裕を持ってイベントを楽しめたようだ。そしてもちろん、こうした事業用車を間近に見られる機会はきわめて貴重。参加者にとってはよい思い出になったことだろう。
もちろん、メインイベントはT4編成の車体側面を手作業できれいにする作業。イベントの対象となったのは、4~7号車。このうち、5・6号車がお掃除の対象、4・7号車が車内見学の対象となった。お掃除を行なうイベントだから、「汚れてもよい服装でご参加ください」というただし書きがあったのがおもしろい。
ただ、お掃除といっても、家庭で行なっているそれとは相手が違う。そこで、まず東海道新幹線で外部清掃や車内整備を担当している新幹線メンテナンス東海(SMT)のスタッフが、レクチャーと実演をする形を採った。
お掃除イベントの手順は「水鉄砲で洗剤を車体にかける」「スポンジ、次にブラシを使って汚れをこすり落とす」「最後に、ジョウロで水をかけて汚れと洗剤を洗い流す」といったところ。小さなお子さんは下の方しか手が届かないが、人によっては車体の上の方までブラシでこする姿も見られた。
また、お掃除と並行して車内見学も行なった。こちらは4号車と7号車から出入りする形であった。ただし車内の照明が使えないため、LED照明が要所要所に仮設された。
安全運行を支えてきたドクターイエローに感謝の気持ちを
今回のイベントを担当した、JR東海の新幹線鉄道事業本部 運輸営業部 営業課の髙井総子課長は、「T4編成に一番近いところでお別れができる場、感謝できる場を設けたかった」という。
検測車は営業用の車両ではないが、これが走りながら軌道・電力・信号・通信といった設備の状況を確認しているからこそ、安全・安定輸送を実現できる。
その「縁の下の力持ち」にスポットが当たったことは、ドクターイエロー人気がもたらした効果であった、といえよう。詳しい「お仕事」の内容までは分からなくても、「こういう車両がいるんだ」と知ってもらえるだけでも意味はある。
そして、「感謝の気持ちをこめて」ということで「掃除をしてきれいにしてあげよう」という話になるわけだ。ただ、実際にイベントを開催しようとすれば、解決しなければならない課題が出てくる。
「普段、車両所にお客さまが入ることがありませんから、安全に、かつ満足してお帰りいただけるように気を使いました」(髙井課長)。そもそも車両基地というのは、部外者が立ち入る前提で作られていない。そこで例えば、作業台の柵には注意喚起の掲示が設置された。
そして、頭上の電車線に交流2万5000Vの電気が流れていたら危険だから、イベントの現場となった検修庫の9番線は送電が止められた(1線ごとに送電するかどうかを変えられる)。ところが、送電を止めると車内の照明も空調も使えなくなってしまう。だから車内に照明を仮設する必要が生じた。
このほか、線路横断の際につまづかないように、途中で線路を横断する部分はすべて、軌道が上から覆われた。そして10番線には休憩用車両として、N700Sが留置された。
これが何を意味するか。この日、検修庫の7~10番線まで4線が、本来の検修業務に使えない状態だったのだ。それでも営業運行に支障が生じないように、検修業務の割り振りを調整する作業が必要になったのではないか。
また、SMTのスタッフ(ドレッサーと呼ばれている)は清掃業務のプロだが、それを他人に教えるというのは初めてのこと。これも、「どのように教えれば分かってもらえるだろうか?」となるわけで、解決しなければならない課題であったという。
側面の段差や先頭部は、きれいにするにも手がかかる
クルマと同じで、新幹線電車の車体も雨や雪が降っているなかで走行すると汚れやすい。しかし実は、車体を汚す原因はそれだけではない。
高速で走行する新幹線電車では、夏季には虫との衝突が多くなる。また、ときには鳥がぶつかることもある。こうした事情から、先頭部はどうしても汚れやすい。
今回の「お掃除イベント」で対象になった車体の側面は、実は車両基地に設置されている自動洗浄機を用いることで、おおむねきれいになる。洗浄機は左右の2台がワンセットとなって地上に固定設置されており、その間を車両がゆっくり通過しながら洗ってもらう仕組み。
ところが、流線型になっている先頭部は事情が違う。自動洗浄機は物理的に使えないし、前述した事情から、先頭部はどうしても汚れやすい。そこで、先頭部は手洗いが必要になる。最近の新幹線電車は騒音低減のために複雑な先頭部形状をしているため、きれいにするにも手間がかかる。
そしてこの作業には、危険性もある。側面の作業台から、長い柄が付いたブラシを使って作業を行なうため、それが頭上の電車線に接近すると感電事故が起きる可能性がある。なにしろ相手は交流2万5000Vの特高圧である。
もちろん通電を止める方が安全だが、車内や床下に設置されている機器類を検査する作業の関係で、通電しておかなければならないこともある。だから注意深く作業を行なわなければならない。
このほか、屋根上も汚れやすい。もちろん天候の影響もあるが、パンタグラフとトロリー線が擦れることで金属粉が飛ぶ影響が大きい。ただ、屋根上は乗客から見える場所ではないので、日常的に洗車することはない。