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JR東日本の燃料電池ハイブリッド車「HYBARI」を見てきた! 高圧水素貯蔵で走行試験は鶴見線ほか

2022年2月18日 公開

JR東日本が燃料電池ベースのハイブリッド車「HYBARI」を公開した

 JR東日本は2月18日、鎌倉車両センター中原支所(神奈川県川崎市)で、燃料電池ベースのハイブリッド車、FV-E991系「HYBARI」(ひばり)の報道公開を実施した。モーターを用いて走るところは普通の電車と変わらないが、どこに特徴があるのだろうか。

説明を担当した東日本旅客鉄道 研究開発センター所長の大泉正一氏。「70MPaの高圧水素貯蔵と、ヨーロッパよりも小さな日本の車両サイズにシステムをまとめた点は、世界で初めてです」と語る

電気車のさまざまなバリエーション

 鉄道の世界では、モーターを動力源とする車両を「電気車」と呼ぶ。もっともポピュラーなのは、発電所から供給された電力を架線(電車線)を通じて取り入れるもので、これがいわゆる「電車」である。無論、電車線設備がなければ走行できない。

 烏山線で走っているEV-E301系「ACCUM」は、リチウムイオン蓄電池に充電しておき、その電力で走行する。走行時には電車線設備は必要ないが、充電のために、起点と終点の駅に電車線設備を用意する必要がある。また、蓄電池の容量により走行可能な距離が制約されており、現状では30km程度の路線が上限である。

 非電化の路線では、ディーゼル・エンジンを動力源とする「気動車」が一般的だ。しかしこれは駆動系の機構が複雑で、メンテナンスに手間がかかる。そこで最近は、ディーゼル・エンジンを発電専用として、そこから先は電車と同じシステムにした電気式気動車が増えつつある。メンテナンスの負担は軽くなるが、エネルギーの流れは一方通行である。

 そこにリチウムイオン蓄電池を追加すると、減速時に走行用のモーターが発電機として機能することで発生した回生電力を貯めておくことができる(これは蓄電池電車も同様)。蓄電池に貯めた電力は、次に加速する際の電力供給源になる。これがハイブリッド気動車で、加速に用いたエネルギーの一部を回収できる分だけムダが減る。しかし、メンテナンスに手がかかるディーゼル・エンジンは残るし、CO2排出の問題もある。

 そこで、ディーゼル・エンジンの代わりに燃料電池を電力供給源とするのが「HYBARI」である。燃料電池は、水素と酸素の化学反応によって直接的に電力を生み出す。それを用いて走行するだけでなく、減速時に発生した電力を蓄電池に貯めて再利用する。すると、CO2排出削減やエネルギーの有効利用に加えて、複雑な機器であるエンジンがなくなるため、メンテナンスの負担軽減を期待できる。

「HYBARI」の全景。架線は使わないのでパンタグラフは持たないが、設置に備えた準備はなされている。なお、HYBARIは “HYdrogen-HYBrid Adavanced Rail vehicle for Innovation”の略。「革新をもたらす先進的水素ハイブリッド車」だ。エクステリアデザインは「燃料電池の化学反応から生まれる水を、碧いしぶきと大地を潤すイメージでとらえて、スピード感と未来感を表現した」とのこと
1番目は電気式気動車で、減速時のエネルギー回収機構は持たない。2番目はハイブリッド気動車。減速時のエネルギー回収用に蓄電池を備える。そこで使用するディーゼル機関と発電機を燃料電池に置き換えたのが、「HYBARI」のシステム(3番目)
「HYBARI」の車内に設置されたエネルギーモニタ。留置中なので、蓄電池から電力を供給しているだけだが、走行中は表示が多彩に変化する

燃料電池車の勘所

 JR東日本は2005年~2008年にかけて、試験車「NEトレイン」を用いて燃料電池車の試験を実施した。そのときには、「燃料電池や周辺機器のコストが高い」「水素の搭載量が少ない」「燃料電池の寿命が短い」といった課題が残された。その後、自動車業界でも燃料電池車の開発が進んでいることから、課題をクリアできる可能性が高くなった。

 そこで今回、より実用車に近い内容を持つ車両として作られたのが「HYBARI」である。ポイントとなるのは、圧力を70メガパスカル(約714kgf/cm 2 )まで高めた高圧水素貯蔵装置だ。

 ほかの水素の貯蔵方法としては、まず液体化がある。しかし、これはマイナス235℃まで冷却しなければならず、冷却装置や断熱設備が必要になって大掛かり過ぎる。潜水艦の燃料電池では水素吸蔵合金を使用しているが、これは重いうえに、やはり周辺機器を必要とする。水素をトルエンと化学反応させて常温液体にする方法もあるが、いちいち化学反応で水素を分離しなければならない。結局、鉄道車両で現実的に使えるのは高圧貯蔵ということになる。

 逆にいえば、水素の高圧貯蔵と燃料電池が「HYBARI」の新しい要素である。そこから電力の供給を受けて走るための制御装置や主電動機は、従来の電車と共通する技術だ。乗客の立場から見れば、燃料電池ハイブリッド車は「パンタグラフが付いていないこと以外は普通の電車」である。

1号車は「FV-E991-1」(Mzc)。走行用の主電動機と、そのための制御装置、回生電力を貯めるためのリチウムイオン蓄電池を床下に搭載する。南武線内では川崎方に連結される
2号車は「FV-E990-1」(T'zc)。こちらに水素貯蔵ユニットと燃料電池を搭載している。走行用の主電動機は持たない。南武線内では立川方に連結される
「HYBARI」の中核となる水素貯蔵用の高圧タンクは、4つのユニットに分けて屋根上に設置(写真は、そのうち2ユニット分)。それぞれのユニットごとに、容量51Lのタンクを5個ずつ内蔵するので、合計20個となる。圧力70MPaのとき、約40kgの水素を充填できる(35MPaでは半分になる)
水素貯蔵ユニットと冷房装置の間にある箱は、水素の配管を床下の燃料電池につなぐ屋根上配管ユニット
水素の配管は、屋根上配管ユニットから床下配管ユニットにつながる(左端の箱)。その右手に連なるのが燃料電池ユニット
固体高分子型燃料電池は出力60kWのものが4台で、床下設置。最高速度は100km/h。航続距離は、70MPa充填時で約140km、35MPa充填時で約80kmとの想定
燃料電池からの電力は、VVVFインバータ装置で電圧と周波数のコントロールを行ない、走行用の主電動機に供給する。また、照明や空調などで使用する補助電源を供給する機能も一体化している
リチウムイオン蓄電池は、容量120kWhのものが2セットある
走行用の電動台車。主電動機は出力95kWのものが4台ある
車内に機器室が設けられている場所には側窓がなく、そこに「HYBARI」のログマークがあしらわれた。雲雀は春の訪れを告げる鳥であり、そこから「大地に春の息吹を吹き込むように、車両に新しいエネルギーを吹き込むイメージでデザインした」という

 なお、「HYBARI」は外部から電力の供給を受ける仕掛けを持たないため、走行用の主電動機だけでなく、車内外の照明や冷暖房など、電力を使用する機器すべてが燃料電池とリチウムイオン蓄電池に依存する。すると、機器の消費電力低減も図る必要がある。

車内はロングシート。純然たる試験車だが、営業運転に使えるだけの車内設備を備えている。内装の基調色はグリーン。床面は「山あいの小川をイメージ」したデザイン
腰掛けのモケットは、大自然の山並みと、飛び交うHYBARIのグラフィックを組み合わせた柄
2両とも、車端部に機器室がある。これは1号車のもの
こちらは2号車の機器室。貫通路の開口部と天井の間隔が、1号車より少し狭い。これは、屋根上に水素貯蔵ユニットを設けた関係で、2号車の車内天井高が少し低いため
車端部には車椅子スペースもある。エネルギーモニタは、このスペースの壁面に設置している
最近の車両はみんなそうだが、車内の照明はLED。消費電力低減と長寿命化に効果がある
運転台。基本的には普通の電車と変わらないが、ディスプレイ装置には、水素の貯蔵・供給や燃料電池に関する状態表示機能が加わると思われる
通常の電車と異なる点として、最初に左手側壁にある「システム起動」ボタンを、最後にコンソール手前にある「システム終了」ボタンを操作する点がある。パンタグラフ上げ下げの代わりと考えればよいだろう。実際、「システム終了」ボタンは、通常なら「パンタ下げ」のボタンが置かれる位置にある

安全性に関する配慮

 水素を扱うと聞くと、気になるのはやはり安全性であろう。「HYBARI」では、走行中に発生する振動、あるいは衝撃にも耐えられるように、炭素繊維複合材料製の水素タンクを固定バンドでフレームに取り付ける構造としている。また、実車の製作に先立ち水素貯蔵ユニットを単独で試作して、安全性評価試験を実施した。

 水素貯蔵ユニットは屋根上に搭載しているから、万が一、水素が漏れ出したとしても、狭い空間に溜まるようなことはない。緊急時には、水素を外部に放出する機能も組み込まれている。

 実は、高圧の水素を貯蔵するタンクには「高圧ガス保安法」という法律に基づく規制がある。そこで「HYBARI」の製造と運転に際しては、安全対策について検証したうえで関係当局からの特認を受けて、線区を限定して走らせることになった。なお、国土交通省には「車両」として届け出を行なっているため、特認の対象になった線区であれば、営業列車に混じって走らせることができる。

燃料電池を作動させると、水素と酸素の反応によって水が発生する。その水を燃料電池ユニットの下方に排出している様子。ちょっと見づらいが、レールを背景にして、水しぶきが飛んでいる様子がお分かりいただけるだろうか?
普通の電車は、異常時に架線からの電力供給を遮断するために「高速度遮断機」を設けている。「HYBARI」では架線ではなく燃料電池が電力供給源だから、燃料電池からの電力供給を遮断するための高速度遮断機がある

実証試験の計画

 実証のための走行試験は、鶴見線と、南武線の尻手支線ならびに尻手~武蔵中原間で実施する計画となっている。そのうち、鶴見線を訪れたら「HYBARI」が試運転を行なっている姿に行き会う機会があるかもしれない。前述した事情から走行可能な線区が限定されているため、ほかのエリアに顔を出す機会は、少なくとも当面の間はなさそうだ。

「HYBARI」の実証試験に際しては、神奈川県、横浜市、川崎市と連携して環境整備を図るほか、設備面ではJR貨物ならびに昭和電工と連携する。実は、地元自治体が水素の活用に積極的ということと、水素供給インフラを整備するには臨海工業地帯の方が具合がよいという事情が、試験走行で使用する路線の選択に影響したという。こうした事情もあり、70MPaの高圧水素充填を行なう設備は、鶴見線の終点・扇町駅に設けられる。

 さらに、トヨタ自動車が、燃料電池自動車の開発で得た知見に基づく協力を行なっている。水素貯蔵タンクはその一例で、トヨタの燃料電池車「MIRAI」における水素タンクのノウハウが活かされている。

 実のところ、車両の製造、あるいは水素の供給という問題があるため、現行の車両と比べると、燃料電池ハイブリッド車の方がコスト高につく傾向がある。今後、技術開発が進んで差が縮んでも、やはり燃料電池ハイブリッド車の方が高いことに変わりはなさそうだ。

 そうしたなかで、車両単体で見るのではなく、その周辺も含めたトータルで、ゼロカーボン化に向けた取り組みを進めていくのがJR東日本の考え方。また、トヨタ自動車の協力に見られるように、鉄道事業者だけで固まるのではなく、モビリティに関わる業界が手を携えていくという方向性も示されている。今後の動向や試験走行の成果に注目したい。