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タイの海外旅行者受け入れは最善のシナリオで10月。タイ国政府観光庁 東京事務所所長に聞く新しい日常と観光
2020年6月1日 08:00
政府は5月25日、残っていた5都道県を含めて全面的に緊急事態宣言を解除したが、入国拒否や入国/帰国後の隔離措置、直行便の運休などもあって、かつてのように海外旅行を楽しめるまでには、まだしばらく時間が必要だ。
こうした状況で、日本からの渡航者も多いタイでは現状とこれからをどのように見ているのだろうか。タイ国政府観光庁 東京事務所所長のセークサン・スィープライワン氏にお話を伺った。なお、本インタビューはビデオ会議システムによるリモートで実施している。
――タイの現在の状況について教えてください。
スィープライワン氏:新型コロナウイルスの影響で、タイ政府はかなり厳しい挑戦をしなければならなくなっています。旅行については国内・海外ですべて停止しています。
1月から3月までのタイへの渡航者数(ワールドワイド)は、前年比38%減の669万人、日本市場だけでみると32.5%減の32万人でした。これからは、観光業の全体図が変わっていくと考えています。
観光産業自体が過去と同じではなく、富裕層を中心に「旅行したい」という強い思いのある人が旅に出るようになります。同時に、ウイルスの感染を防ぐために安全面や衛生面すべてが管理されている必要があります。
そして、団体旅行より個人旅行が中心になり、デジタル化がより加速、目的地は長距離より近距離が選ばれるようになるでしょう。健康ツーリズム(防疫ツーリズム)志向になり、ふれあいを求める旅より伝統を求める旅、手頃な料金より格安な料金を求める、といった傾向が現われると考えられます。
タイの本局が想定している最善のシナリオでは、10月が最初の回復時期とみています。しかしこれには条件があり、航空会社による運航が再開し、(3席並びなら中央席を使わないといった)ソーシャルディスタンスを考慮した座席供給量が十分にあるうえで、政府による検疫・隔離政策がなくなって入国制限が緩和されなければなりません。これらの条件が揃うのが10月くらいと考えています。
こうした前提を踏まえて、2020年のタイへの外国人旅行者数は前年比59%減の1600万人、日本からは74%減の46万人を見込んでいます。
一方、タイ居住者による国内旅行については、保健省が3密を避ける取り組みを進めており、最近はショッピングモールなどの開放も始まるなど、よい方へ向かっています。検温やソーシャルディスタンスの確保、マスク着用は引き続き求められますが、バンコクエアウェイズなどの国内線を使うことで、国内の移動は徐々にできるようになるはずです。
――現状を乗り越えるためにタイ国政府観光庁がワールドワイドで決めた方針はありますか。
スィープライワン氏:「5Rストラテジー」を策定しました。
この5つのRは、バンコクだけでなく、77県ある地方すべてに対して国内旅行を刺激して消費を喚起する「Reboot」、オンライン/デジタルツールなどを駆使して、新しい日常という考え方をどう観光業に取り入れるかという「Rebuild」、どこかに行きたいと考えたときにすぐタイを思い浮かべてもらえるような、好まれるデスティネーションになるためのブランド再構築を意味する「Rebrand」。
4番目は、できるだけ早く消費額の多い市場を呼び込むことが大切で、旅行者の量より質を求めて回復を狙う「Rebound」。これには、短期間で高い消費のあるMICE、例えばインセンティブトラベル(報奨旅行)に力を入れるといった取り組みが考えられます。最後は、レスポンシブルツーリズムあるいはサステナブルツーリズムとも呼ばれますが、社会・環境とのバランスを取りながら旅行を促す「Rebalance」で、これからの観光業のあり方の課題になっていくと思います。
タイ国政府観光庁としては、「Amazing Trusted Thailand」というリカバリーキャンペーンも検討しています。
これは3つのフェーズに分かれていて、第1フェーズでは、外出自粛要請がなくなった段階で、観光ガイドやホテル従業員のスキルアップを図ります。そして、公衆衛生面で保健省のガイドラインに基づいて観光業を行なう認定制度「SHA(Safety and Health Administration)」をもっとタイの旅行業に浸透させていきます。また、タイへの誘客も進めなければなりませんが、従来と違って「優しく呼びかける」必要があると考えています。デジタルを使った活動でまずはタイを知ってもらって、それからきてもらうわけです。毎年開催していた旅行商談会の「Thailand Travel Mart(TTM)」は、今年はバーチャルで実施することになりますが、すべての事業者にITリテラシーがあるわけではないので、プラットフォームをこちらで用意する必要があります。
隔離政策がなくなってからは第2フェーズで、どのように国際的なつながりを持つかを考えなければなりません。(10月以降の)最初の段階でタイに来るのはビジネスマンと個人の旅行者だと思うので、セグメントを選んでアプローチしていこうと考えています。
観光が本当にオープンになる第3フェーズでは、新しい日常に対して観光業がどのように向き合うかを決めなければなりません。例えば、タイのゴルフ場ではプレイヤー一人一人にキャディがつきますが、どんな距離感を取るのか。こうした小さな改善点をどう積み重ねていくかが大切になります。
――事態が収束してから重点的に取り組もうと考えている施策はありますか。
スィープライワン氏:運休便の再開や座席供給量の確保、隔離政策の緩和といった渡航条件や衛生面が整ってからですが、ある程度ターゲットを設定してマーケティングを行なうことになると思います。例えばビジネストラベラー、ハイクラスなクレジットカードのホルダー、ビジネスとレジャーを兼ねて訪問しよう(ブレジャー)と考える人たちです。
その次に個人旅行で、ある程度テーラーメイド的な旅が提供できるように、現地のホテルやサプライヤーと協力してアレンジした商品造成の必要もあると考えています。価格も大事ですが、タイの魅力をどう伝えていくか。ダイビングやマラソンといったニッチマーケットの取り組みも行ないます。これらのプロモーション活動は、旅行会社の協力を得ながら、量より質を確保することが大切だと考えています。
――先ほど「格安を求める傾向が現われる」というお話がありましたが、タイ国政府観光庁は2019年の5G施策のなかで富裕層向けのラグジュアリーな旅にもフォーカスしていました。このあたりのバランスはどうお考えですか。
スィープライワン氏:費用をできるだけ安く済ませたいと考える人(バジェットトラベラー)は、オンラインで航空券や宿を自分で組み合わせたり、安価なパッケージ商品を探したりするわけですが、今後は節約の仕方が変わって、商品選びにも変化が現われると思います。しばらくは飛行機の座席供給量が以前とは違うので、バジェットトラベラー向けの料金とハイエンドマーケット向けの料金がそれぞれどのくらいの供給比率になるのか、という点も大事です。
一方で、旅行の手段(渡航費)にお金をかけない代わりに、現地の食事や宿泊には費用をかける「フラッシュパッカー」と呼ばれる旅行者が増えていますが、この傾向が中心になっていくとみています。ですので、安さを求めるといってもさまざまなタイプがいるわけです。
――最後に、タイはリピーターが多いことで知られていますが、ファンに向けてメッセージをお願いします。
スィープライワン氏:タイを愛する皆さん、タイ国政府観光庁を代表して感謝を申し上げます。新型コロナウイルスにともに打ち勝ち、よりよい方向に進めるよう願っています。注意を払い安全であること、情報を把握しスマートであること、共有して助け合うこと。一刻も早く事態が収束して、皆さんが健康であることを祈っています。