旅レポ
JALがパリ発便のみで提供しているスターシェフ監修機内食の背景(その2)
2016年3月~5月に提供される佐藤伸一シェフ監修メニューの機内食はこう決まった
(2016/3/19 00:00)
JAL(日本航空)が欧米線、オーストラリア線、東南アジア線の国際線ファーストクラス、ビジネスクラスで提供している、“空の上のレストラン”をコンセプトに有名シェフが監修した機内食「スカイオーベルジュ BEDD(ベッド)」。1年に4回、季節ごとにメニューを変えて、日本発、日本着、ファーストクラス、ビジネスクラスそれぞれのメニューを提供している。このなかで、パリ発便のファーストクラス、ビジネスクラスでは、唯一「この路線でしか食べられない」メニューを提供していることは前回記事「JALがパリ発便のみで提供しているスターシェフ監修機内食の背景(その1) 吉武広樹シェフが監修した冬メニューの機内食を試食」でも説明したとおりだ。
パリ発便では2013年12月から、いずれもパリ市内にお店を持ち、ミシュランガイドで星を獲得したシェフ2名、吉武広樹シェフ(2013年12月~)と佐藤伸一シェフ(2014年3月~)が監修する料理を提供している。この3月からは新メニューがスタートしており、佐藤伸一シェフが監修する機内食を提供している。
本稿では、1月下旬にフランスの機内食工場「セルヴェール」で実施された新メニュー企画会議の模様を通じて、パリ発便のスターシェフ監修機内食がどのように作られているかを見てみたい。
3月から提供している佐藤伸一シェフ監修のメニュー
まずは、3月からパリ発~羽田/成田行き便のファーストクラス、ビジネスクラスで提供されている佐藤伸一シェフ監修メニューを紹介しよう。なお、写真は機内食会議で検討された開発中のものであり、実際の盛り付けなどはやや異なる可能性がある点には注意してほしい。
- アミューズ・ブーシュ
- ・チョリソーとオニオンのキッシュ
- ・ジャガイモとバジルとアンチョビ風味のマスカルポーネソース
- オードブル
- ・ホワイトアスパラのパルマハム巻き カルボナーラソース
- ・ソローニュ産キャビアとブロッコリーのピューレ(ファーストクラスのみ)
- メインディッシュ(以下から選択)
- ・尾崎牛のサーロインステーキ ブリオッシュとフレッシュサラダのミルフイユ仕立て フロマージュブランとエシャロットの2種のソース
- ・ブルーシュリンプとほうれん草 シェリー酒とカカオのソース
- ・ピレネー産乳飲み仔羊の背肉のローストと肩肉(エポール)のコンフィ グリーンアスパラ添え スパイスを効かせたソース(ファーストクラスのみ)
- パン
- ・ルノートルのパン
- デザート
- ・ジャン=ポール・エヴァン特製“プリマヴェーラ”
メインディッシュ
数回にわたって実施される機内食会議
さて、このようなメニューの決定には、当然ながら関係者が集まっての会議が行なわれる。パリ発便のメニューの場合は、監修するシェフ、機内食工場「セルヴェール」のシェフ、JAL関係者となる。JAL関係者は日本から担当者が来仏するのはもちろん、パリ支店のスタッフも参加している。
さらに、今回は3月から提供を開始する佐藤シェフ監修メニューの機内食会議を見学したが、そこには吉武広樹シェフも参加していた。これは珍しいことではなく、特に理由がない限りは佐藤シェフ、吉武シェフともにお互いの機内食会議に参加しているという。
この会議は1度で終わるわけではなく、まずシェフが考える料理の提案を行なうところからスタートし、セルヴェールで再現して検討する会議が最大3回実施される。ここで料理の再現性、使用(調達)できる素材の検討、盛り付け工程の確認などが行なわれる。日本から来仏するJAL関係者は、業務の都合などで参加できない場合もあるが、その際でもビデオチャットを使って参加するようにしているという。
この会議では、例えば、ソースの味付けから、焼き加減、料理に使う素材の分量やカット方法など、佐藤シェフやJAL関係者からセルヴェールのシェフにリクエストが出る。今回見学した会議は、このメニューにとっては3回目の再現となる会議で、かなり完成に近い状態ではあるというが、途中、佐藤シェフ自らが厨房に行ってセルヴェールのシェフに指示をしたり、冷蔵庫の方にも入ってなにやらチェックをしたりなど、積極的に改善に取り組む様子が見られた。
シェフ同士の会話はフランス語で交わされており、その内容をうかがうことはできなかったのだが、セルヴェール側のシェフも佐藤シェフの話を聞きながら、時に真剣、時に朗らかな表情を見せながら試食用メニューの盛り付けを行なっているのが印象的だった。
ファーストクラス、ビジネスクラスの機内食の検討において欠かせないのが盛り付けの工数だ。前回記事でも触れたとおり、機内ではCA(客室乗務員)が盛り付けを行なう。例えば、羽田~パリ線で使われているボーイング 777-300ER型機のSKY SUITE仕様機はファーストクラス8席、ビジネスクラス49席を備えており、これらの盛り付けを短時間で行なう必要がある。
このため、会議にもCAが参加して、実際にどの程度で盛り付けができるのか、短時間で盛り付けるためのポイントなどをチェックする。前回記事での機内での盛り付けや、今回の機内食会議での模様を見ていると10秒台~20秒程度が1料理あたりの制限のように見受けられた。仮にビジネスクラス49席が満席だったとして、1料理に20秒かかったとすると、単純計算で16分ちょっとかかる計算になる。これは言い換えれば、最初に料理を出される人と最後に料理を出される人の時間差であるわけで、求められる盛り付け所要時間が相当短いものであることは想像に難くない。
こうした短時間での盛り付けを実現できるような工夫も、会議を通じて生まれてくる。機内へ搭載する段階で、すでに盛り付けやすいように容器へ入れておくのだが、例えば野菜は袋にまとめて入れておくのがよいのか、1料理分ごとに容器に分けておくのがよいのか。また、会議から新たな容器を使うアイデアが出た際には、その容器を使った状態で機内搭載することに問題はないか、十分な数の容器を用意できるか、など、生まれたアイデアを真剣に議論することが繰り返される。
特に今回用意される「尾崎牛のサーロインステーキ ブリオッシュとフレッシュサラダのミルフイユ仕立て フロマージュブランとエシャロットの2種のソース」は、多くの食材を何層にも重ねるため、これを効率よく短時間で盛り付けるための議論が活発に行なわれていた。
また、佐藤シェフの実演による盛り付けのレクチャーや、佐藤シェフから盛り付けを行なうCAに向けたメッセージのビデオ撮影が行なわれた。CAはこれらの動画をiPadで見て、盛り付けを行なうのだという。
こうした機内食会議のために日本から訪れていたのが、JAL 開発部 機内食オペレーション室 品質管理グループ グループ長 鎌形晶夫氏と、JAL 客室品質企画部 企画・運営グループ チーフキャビンアテンダント 亀山良子氏だ。両名に話を聞いた。
――ほかの海外でもあまりない事例だと思うのですが、海外でのこのような取り組みの難しさはどのようなところに感じますか?
鎌形氏:日本では我々の部署がすべての機内食会議に最初からずっと立ち会えるのですが、海外でのコラボになると現地の方にある程度お願いせざるを得ない状況になってしまうのが難しいところです。なにか思いついたときも、すぐに確認できなかったり、時差があったり、海外でのコラボは難しいです。洋食のシェフについてはパリだけなんですが、和食については海外発のコラボもやっていて、日本のシェフのレシピを主立った海外拠点に送って作ってもらいますが、食材の問題ですとか、そういうところで日本人の料理人がイメージするメニューを海外で作り上げるのも非常に難しいです。
――セルヴェールはケータリングのプロの会社と言えると思うのですが、CAから見て積み込まれてくる状態の印象はいかがですか?
亀山氏:日本だとこうしていただけますか? とシェフにすぐに伝えられて、すぐに結果が返ってくるんですけど、時差や言葉の違いなど、海外の機内食会社とのやり取りには難しいと思うこともあります。
――セルヴェールのシェフに対しての印象はいかがですか?
鎌形氏:セルヴェールのシェフもプライドがあるでしょうし、やっぱり外から来た人にいきなりあれこれ言われるのは抵抗もあるんと思うんですよね。でも、佐藤シェフはミシュラン2つ星のシェフということもあるのでしょうが、本当にうまくシェフ同士で一緒にやっていただいているなと感じています。
――素人から見ると速いように見えたのですが、盛り付けの速度を厳しくチェックしていましたね。
亀山氏:1つの料理の盛り付けに時間をかけ過ぎてしまうと、全体のサービスの遅れにつながってしまいますので、シェフとのコミュニケーションを取りながら、スムーズに上手にできるように考えながら進めています。
――亀山CAはメニュー変更ごと毎回来られて、盛り付けの相談をしているのですか?
亀山氏:はい。何度もある会議のすべてに出ているわけではありませんが、タームごとの最終回には必ず参加して盛り付けの相談をしています。
――今回の会議でも、速く盛り付けるための工夫がいくつか出ていましたが、そうした工夫の具体例をいくつか教えていただけますか?
亀山氏:搭載の点では、盛り付け量に個人差が出ないように1人分の食材に分けておくなど、CAにとって複雑じゃない工程にするようにしています。ほかにもソースをかける場合でもドレッシングボトルにして片手で出せるようにして、カトラリー(スプーンなど)を多く使わないなど、いろんなところを工夫しながら、最終的にシェフの目指すところと、CAとしてお客さまによい状態で提供できるタイミングとの頃合いを見出すために話し合っています。
――問題になりやすいところというのはありますか?
亀山氏:ソースをかけるタイミングや順番ですね。シェフの思っていらっしゃる料理が、機内だと複雑すぎて近づけないとなると、もう少し簡単に分かりやすくできないか、といったお願いをしています。
鎌形氏:佐藤シェフも吉武氏も基本とは違った食器使いをされることがあるんですね。ファーストクラスでもビジネスクラスでも、日本で使った食器を現地で洗って、そのお皿と同じように盛り付けて帰ってこれば、問題なくことが進みます。ただ、両シェフとも見栄えよく、より美味しく召し上がってもらうために違った食器を使いたいということがあります。往復で違った食器使いをすると、気がついたときにパリに食器が足らなくなるといったこともあるので、それは私達の部署でどういった食器使いをしているかを管理して、パリ行き便には、その便では使わない食器を載せてパリに持っていっていおく、といったことをしています。例えば、今回の佐藤シェフのメニューは日本発では使わない食器が2つほどありますので、これは注意点になりますね。
――どの程度の食器を準備しておくものなのですか?
鎌形氏:基本的に海外の空港には、3機の満席分の食器が揃っていなければいけないと計算しています。例えば、日本発ではお皿を3つ、パリ発は4つ使うとなると、必ず日本から空のお皿を1個追加して送る、といったことを指示するわけです。
――食材を日本から送ることはあるんですか?
鎌形氏:監修料理では食材を日本から送ることはしていませんが、尾崎牛など日本の食材は使っています。これは佐藤シェフがいらっしゃらないと実現できなかった特別な材料と言えます。
――佐藤シェフ、吉武シェフだからこそできたと思うのは、どのようなところでしょうか?
鎌形氏:「えっ!? え!? っていう、こんな機内食って食べたことないよね」というこれまでの既成概念を壊してくれたことでしょうか。
亀山氏:いままでにないものが毎回出ますし、ご提案いただいて、「へぇ~」って思うことがいつもあって(笑)。
鎌形氏:へぇって驚くと同時にどうやってサービスしたらいいんだろうって悩むんでしょうね。私達は美味しくて「わぉ」と思うんですけど、客室は違った意味で「わぉ」と思うだろうなと思います(笑)。機内食会社が提案するメニューは、ケータリング会社としての過去のものすごい蓄積から、いかに効率よく搭載できて、いかに効率よく温められて、いかに効率よくCAがサービスできるかというノウハウがベースにあると思います。そこからよりよいものを提案してくれるのですが、シェフとのコラボメニューはそこを打ち消して、まず料理があって、せめぎ合って限界を探っていけますので、その意味でも今までとまったく違う美味しいものができていると思います。
――3月から提供されるメニューでは、どのようなところに特色がありますか?
亀山氏:尾崎牛のブリオッシュ(尾崎牛のサーロインステーキ ブリオッシュとフレッシュサラダのミルフイユ仕立て フロマージュブランとエシャロットの2種のソース)は、いままでこんな料理はなかったので、お客さまにお出ししたら喜ばれるんだろうなと思うので、よい状態で出すためにどうしたらよいのだろうと考えています。国際線には5000人のCAがいますので、どうやってこれを周知して、理解してもらって、お客さまに最高の状態で出せるかが、3カ月ごとの私達の課題です。
鎌形氏:機内食のビーフというと、お肉が中心にあって、まわりに野菜があって、ソースがかかっているというのが一般的なイメージだと思うんですけど、今回の料理のように層になってるのは「えぇ!?」って感じですね。3カ月というタームのなかで、実際にパリ線に乗って食に触れる機会はそう多くはありません。その状況でも混乱なく対応しなければならないところに重みがあると思います。
――盛り付け方法の映像は、機内でも確認できるのですか?
亀山氏:機内でも見られますが、見ながら盛り付けていると間に合わないので、事前学習用として映像と資料を用意しています。監修メニューをよい状態でお出しするために、事前に見てイメージを膨らませて乗務に臨んでいます。
鎌形氏:佐藤シェフと契約するときも、ファーストクラスはこのぐらい、ビジネスクラスはこのぐらいの手作業感で、とお願いしているんですけど、やっぱりそう言われてもシェフはよりよい料理を出そうという気持ちがありますから、CAに対してハードルを上げて(笑)、よいせめぎ合いがありますね。
――CAから難しすぎるという意見はないんでしょうか?
鎌形氏:ないと言ったら嘘になりますね(笑)。でもCAもプロですから、シェフの思いどおりの食事をお出ししてお客さまの喜ぶ顔を見たいですよね。
亀山氏:お客さまの反応がよければ頑張ろうという気持ちになれますので。もちろん、その場で「美味しい」と言われることもありますし。有名なシェフの料理を提供するということで、CAも自学習も兼ねてレストランに行ったり勉強したりしています。パリで佐藤シェフや吉武シェフのお店で食べて、食べるとやっぱり衝撃を受けるので、よりよく作れるように自分達で勉強して、というモチベーションにつながっているとはよく聞きます。
――乗客からの評判はいかがですか
鎌形氏:パリの洋食に関しては、私達は期待通りの数字をいただいていると思っています。ヨーロッパでも、洋食に関してはパリ便の評判がいいですね。
――パリ便の機内食を食べる乗客の皆さんへのメッセージをお願いします。
亀山氏:CAはお客さまの笑顔とお褒めの言葉をいただくと、ものすごいパワーを発揮できるので、そういうコメントを1つでも多くいただけるように、みんな勉強して、事前学習して、よい状態で佐藤シェフ、吉武シェフの料理を提供したいと思っています。パリは行きも帰りも監修メニューですので、食べ比べと言うと大げさですけど、そういう楽しみもあります。ただの飛行機ではない、機内のレストランと思って往復ともにお楽しみいただければと思います。
鎌形氏:ファーストクラス、ビジネスクラスともに日本発でも最高のシェフ、パリ発でも最高のシェフ、和と洋の洋食シェフの共演をぜひ楽しんでいただきたいと思います。
佐藤伸一シェフに機内食監修についてインタビュー
この機内食会議を終えた佐藤伸一シェフにも話を聞くことができた。いくつかは前回記事で紹介した吉武広樹シェフと同様の質問をしているが、両シェフの考え方には共通点も見受けられる。言葉は異なるが、シェフの力ではどうにもならない制約があるなか、乗客になんとか美味しい料理を届けようと苦労、工夫している様子が伝わってくると思う。
――JALからこのような話があったとき、率直にどう思いましたか?
佐藤シェフ:フランスへ来るときに初めて国際線の飛行機に乗りました。2000年なので16年前ですね。そして、この仕事を受けたのが3年前。それ間に何往復したか分からないぐらい、結構乗ってるんですけど、以前は機内食は食べられないというイメージがありました。その機内食をプロデュースする仕事を引き受けるというのはまったく考えてなかったことで、ただ、その機内食を自分だったらどこまで変えられるのかという興味が強くて、ぜひやらせてくださいという形で返事をしました。
――食べられないという以前のイメージとは? それをどう変えようと思ったのか、具体的な例をお願いできますか?
佐藤シェフ:僕が料理人という職業的なものかも知れませんが、日本発でもあっても、フランス発であっても、自分でお弁当を作る、もしくはどこかで買って持ち込んでいました。素材の品質の化学的な味が気になっていました。保存の目的や食中毒を起こさないための消毒などもあるんでしょうけど、そういう香りがするのが気になっていました。
衛生法などの法律的な制約は(当初は)まったく分かってなかったんですけど、自分だったらもっとよい食材を使えますし、食材が変われば完全に底上げされます。加えて、化学的なものは使いません。機内食の制約で仕方ない部分はあると思いますが、僕だったら固形のコンソメブイヨンなどは使わずにもっと美味しいものを使います。あとは体に安全なものです。ただ食中毒が起きないではなく、そのものを食べて体の調子が逆によくなるというか、BIOのようなものですね。消毒のためだけに果物や野菜を薬で洗ったりしますけど、そういうことをできる限り抑えるなど、法律に合うというだけでなく、体に安全でできる限り美味しいものに変えたいと最初から思っていました。
――これまでの取り組みは、思いどおりにいってますか?
佐藤シェフ:食材に関してはできるだけうちのお店「Passage 53(パッサージュ 53)」で使っている食材を取り入れようとしています。金額的な制約はあまりないんですけど、機内食会社の取引業者がうちの業者と違いますので、まったく同じものを使えないことが多いです。機内食では量を確保しなければならないということもありますので、すべて思いどおりにはならないのが現実です。ただ、例えば尾崎牛を使わせてもらってますが、日本でもなかなか食べられないぐらい希少価値のあるものです。もちろんBIOで育ててる牛です。
化学調味料については、魚介類の出汁や、鶏肉やビーフブイヨンは化学的なものを使うのが仕方ない部分がありました。というのも、フランスでは法律上、お肉とかを使って機内食工場で出汁を取れないんです。制約という意味では、機内食工場ではお肉や魚を切ることすらできません。それはすべて食材業者が切って、1人前ずつパックして送ってくるという状態なので、ここでお肉をさばいて、野菜と一緒に炒めて出汁を取るというのも許されなかったんです。でも野菜は切れるので、この野菜をたっぷり使って美味しいブイヨンを作る。こうすることで化学的な味ではない自然なものを出せるようになりました。フランス料理はソースが大切なので、そういう意味でも体に安全で美味しいものになります。この自然なものっていうのは、僕と吉武シェフが入って一気に変わったところだと思います。
――食材以外にも、例えば調理の面での制約もあるのでしょうか?
佐藤シェフ:調理の制約はものすごくありますね。レストランだと、お肉はこの程度ならしっとり仕上がるいい火加減というのがあるんですけど、機内食は80℃まで上げて、それを何分間キープしなければならないというのがあって、やっぱりパサパサになってしまうんです。そのパサパサになるのをどうしたら防げるか、もしくはそれだけの時間その温度で火を入れてもパサパサにならない調理法を考えたり、レシピをその調理法に合わせるという考え方をするようになったのは、いままでと大きく違います。
いままでは、やりたいことを常にやってきたのが僕のレストランの料理だったんですけど、逆に制約があることで、野菜だけのブイヨンを作ろうということになったりして、こうしたハンデを僕のお店の方によい意味で還元できるというか、普段考えなかった方法で料理を考えるということにつながっているので、機内食プロジェクトは、ただ機内食を美味しくするだけでなく、自分のためにもよい経験、勉強になっています。
――3月からの提供されるメニューでこだわりのポイントはどこでしょう?
佐藤シェフ:レストランに来るお客さまは、うちの料理を食べにうちに来てくださる。でも機内の場合は移動手段としてまずあって、そこに出ている食事なので、これをわざわざ食べるために乗っている人はいないわけですね。食べ歩きが好きな人からPassage 53の料理が出るということで喜ばれたりすることもあると思いますが、食が目的ではない人が多いと思うんです。食べ歩きに慣れた人など限定的な考えではなく、どんな人が食べても分かりやすく美味しいもの、どこか考えなければいけないといった料理は控えてシンプルにしようと心がけています。
今回のメニューでも、フランスではいまが一番よい季節ですので白アスパラを使っています。カルボナーラというソースもそうですけど、難しくこれなんだろうって考えず、分かりやすく、素直に食べて美味しいということをテーマにやっています。尾崎牛も海老もそうですね。でも、ありきたりのものではいけないので、どこかでオリジナリティというか、「あ、ちょっと違う」というところを作っています。
――レストランと機内食とで出される料理の決定的な違いはどこにあると思いますか?
佐藤シェフ:例えば、今回ファーストクラスで仔羊の料理を出します。これは、お肉に2つのパーツがあって、野菜、ソース、ハーブがあります。うちのレストランの場合は、その1つのパーツに1人が付いて、“あと何秒後に行きます”と言ったら、全員がそのタイミング、その最後の1秒めがけて、すべての温度をコントロールして、一気に全員で盛り付けます。すべての状態、温度を完璧に出せて、それをすぐに持っていく人がいます。
ですが、機内では前日や前々日に仕込みをしておいて、積み込んで、機内でさらに温めてという工程になります。あとは盛り付けの手数が決まってたり、まったく違うといえば違います。ただ、違うからといって、機内で美味しいものを出せないとは思いたくないんですね。その制約のなかでどれだけ美味しいものができるか、そこを考えるのはレストランと変わらず一緒です。
あとはレシピ提供の形で実際に僕たちが調理しないという点で大きく違います。月に2~3回、ここの機内食工場に足を運んで実際に指導しますし、ここのシェフ達がうちにきて一緒にソースを作るといった交流をしています。Passage 53の名前で料理を出しているので、レシピを渡して、あとは知らない、とはできません。自分達の名前を付けているものに対しての責任がありますので、自分達が作ることとの差を縮めようという努力は常にしています。
――今回は佐藤シェフ監修メニューの会議ですが、ここに吉武シェフも来ていることに驚いたのですが、普段からこうなのでしょうか?
佐藤シェフ:お互いに特別な用事がない限りは同席しています。1年中、どういう状態でここのチームが動いているかを見たいというのもあります。自分と違う考えを持ったシェフが、いろんな問題にどう対処しているのかなどお互い情報を常に共有しているので、次の自分のタームに活かせます。これは僕のレシピだから真似しないでね、ではなく、よくするために協力すればよいものができると思います。もちろん同世代のシェフで個人的に親しいというものあります。日本発でファーストクラスを担当している須賀洋介シェフとも親しいので、日本だったらどうなのか、フランスだったらどうなのか、どういう器を使えるのか、などいろんな情報を交換しています。この世代の特徴かも知れませんが、自分の技術を隠さずにみんな共有して、さらによいものを作ろうという気持ちで毎回、一緒に会議に参加しています。
――セルヴェールのシェフ達への印象はどうですか?
佐藤シェフ:最近はよい関係になってきたと思っています。以前は化学的なブイヨンを使ったり、冷凍の食品を使ったりとかが当たり前だったので、冷凍じゃないフレッシュな野菜を使うといったことが、最初の頃は、なんで機内食でそこまでやらなければいけないんだと、なかなか理解してもらえませんでした。ただ、こうやってお互いに行き来をして、会話をして、距離が縮まってくると、向こうも佐藤シェフが望むことをやりたいって言って自分達で研究してくれたりしています。クオリティ自体も機内食のコラボレーションを始めた初期よりもレベルが上がってると思いますね。ただ、実際に僕達のレシピを工場のプロセスに合うように変換して、実際に作ってくれるシェフがこの会議に出ていますが、普段搭載するものをここのシェフが作っているわけではないので、その先の実際に作る工場の人達にまで考えを伝えていくことが今後さらに必要だと思います。
――サービスインしたものは機内で食べられるんですか?
佐藤シェフ:期間内に1度か2度かは乗っています。今回は3月1日からですけど、搭載の前日か前々日には最終チェックに来ますし、必要であればもう一度ソースを作ることもあります。最終チェックに来られないときのタームには、できるだけ早く乗って、実際に機内で食べてみて、問題点を報告して、改善しましょう、ということをやっています。心配なときはもう1度乗って、どこまで改善されているかもチェックします。
また、実際に乗るとき以外にも抜き打ちでうちのお店に届けてもらっています。例えば、今回のメニューでアスパラを使った料理はシンプルな調理法ということもあって初回の会議からあまり変わっていないんですね。そういう安心なものは持ってきてもらうことは少ないんですが、不安があるものは、安定するまでは頻繁に持ってきてもらったり、工場に来てチェックしたりしています。
僕のお店ではレシピは出さないんですね。よくニンジンの話をするんですけど、日本とフランスで味は違うし、日本のなかでも九州と北海道のニンジンは味が違います。同じ地域でも誰さんと誰さんが作ったもので味が違い、同じ誰さんが作ったニンジンでも昨日と明後日では味が違います。それなのに、常に同じ塩加減、グラム、レシピはおかしいというのが僕の考え方。でも、それはある程度経験と技量を持った人でないとできないので、本当に1g単位までキッチリだして、これだったら失敗がないようにというところまで出してあります。
――機内食で佐藤シェフの料理を初めて食べられるという人にメッセージをお願いします。
佐藤シェフ:うちのお店は満席20席なんですね、1日で17~18席が昼と夜で2回、平均35名ぐらいいらっしゃる。うちは週5日営業で2日休み。飛行機は(通常は)成田と羽田で2便あって毎日飛んでいるので、Passage 53の料理はお店よりも機内で食べられる方の方が圧倒的に多いので、僕達にとって凄くプレッシャーで、そこに責任感を感じます。
Passage 53の予約が取れなかったけど、帰りの便で食べられるので楽しみですという話をよく聞くんですが、やっぱりレストランと機内食は違うと思います。使っている素材も、作っている人も違います。でも、こんなに美味しい機内食って、ほかにはなかなかないと思います。それは自信を持って言えます。