旅レポ

JALがパリ発便のみで提供しているスターシェフ監修機内食の背景(その1)

吉武広樹シェフが監修した冬メニューの機内食を試食

 JAL(日本航空)は、欧米線、オーストラリア線、東南アジア線の国際線ビジネスクラス、ファーストクラスで、“空の上のレストラン”をコンセプトに有名シェフが監修した機内食「スカイオーベルジュ BEDD(ベッド)」を提供している。1年に4回、季節ごとにメニューを変えて、日本発、日本着、ビジネスクラス、ファーストクラスそれぞれのメニューを提供しているが、なかでも唯一「この路線でしか食べられない」メニューがある。それがパリ発便の機内食だ。

 パリ発便では2013年12月から、いずれもパリ市内にお店を持ち、ミシュランガイドで星を獲得したシェフ2名、吉武広樹シェフ(2013年12月~)と佐藤伸一シェフ(2014年3月~)が監修する料理を提供している。他路線にはない取り組みというだけでなく、欧州発便で有名シェフによる監修メニューを提供しているのも、このパリ発便だけ。そんな独自の取り組みを行なっているパリ発便の機内食事情を、シェフ2名やパリ支店長、担当者らに聞く機会を得たので、3回に渡って紹介していきたい。

パリ発便の機内食における両シェフとの取り組み

 初回となる今回は吉武広樹シェフ監修の機内食にフォーカスしたい。

 そもそも、なぜパリ発便だけで2名のシェフが監修した異なるメニューを提供しているのか? これを疑問に思う人もいるだろう。日本の航空会社の機内食だから、日本の機内食担当者が企画を考えて提供しているのではないかと思われがちだが、実は、パリ発便のシェフ監修メニューの提供にはJALのパリ支店が大きく関わっている。

 そもそもの発端が、パリ支店がパリ発便で独自の機内食を提供する企画を立ち上げたことによる。その企画を推し進め、佐藤伸一シェフ、吉武広樹シェフの2名に直接依頼。現在のシェフ監修メニューの実現にこぎ着けた。

 とはいえ、両シェフが毎日の機内食を自ら作るわけにはいかないので、当然、フランスにある機内食工場で、両シェフの味を作り出す必要がある。その機内食工場が、パリのシャルル・ド・ゴール空港に隣接した場所にある「Servair(セルヴェール)」だ。

 セルヴェールに対して両シェフがレシピを提供し、それをセルヴェールが機内食として提供できる形に作り上げ、サービスインすればそれを毎日提供していくことになる。そのためにセルヴェールで行なわれる機内食の会議にシェフが出席するのはもちろん、そうした会議がない時にもセルヴェールに足しげく通って味を作り出しているという。

 JALのスタッフからは、この冬に提供した2015年12月~2016年2月の機内食を監修した吉武シェフが、提供開始前日にもセルヴェールを訪れてソースの最終チェックをしていたというエピソードを聞くほど。両シェフとセルヴェール、JALパリ支店がかなり密にやり取りをしていることが分かる。

 そんなシェフの1人である吉武広樹シェフは、開店から1年強という短期間でミシュラン1つ星を獲得したレストラン「Restaurant Sola」を2010年12月にオープン。先述のとおり2013年12月からJALのBEDDに参加し、翌2014年には日本の若い料理人の協議会「RED U-35 2014」でグランプリとなる「RED EGG」を獲得した、1980年生まれの若きシェフだ。この「Restaurant Sola」を訪れ、機内食に対するイメージや、現在の取り組みについての話を聞いた。

Restaurant Sola

所在地:12 Rue de l'Hotel Colbert, 75005 Paris, フランス
電話:+33 1 43 29 59 04

Restaurant Sola
温もりを感じる雰囲気の店内。佐賀県出身の吉武シェフは有田焼の器にもこだわっている
吉武広樹シェフ

――最初に機内食の監修をしてほしいという話があったとき、どんな心境でしたか?

吉武シェフ:ファーストクラスやビジネスクラスには乗る機会がなくて、まったく未知の世界でした。エコノミークラスの食事は見たことはありましたがほぼ食べず、乗る前にどこかで買ったり、うちのスタッフがお弁当を作ってくれたりしていたので、どういうものが出ているのか知りませんでした。

――その意味では、ものすごいチャレンジだったと思うんですが、どのような心境で取り組まれていますか?

吉武シェフ:レストランと違う部分はありますが、変わらない気持ちでやっています。どこまでレストランに近づけれらるのかという。

――レストランの料理と機内食で大きな違いはどこにあると感じていますか?

吉武シェフ:一度加熱したものを冷まして、もう一度加熱しなければならない点。そして、手数の制限ですね。例えば、レストランでは1つのコースに対して調理場で8名をかけてますが、機内ではCA(客室乗務員)さん1人でやらないといけません。レストランも機内食もお客さまを待たせることができないのは同じなので、少ない手数でいかにレストランに近づけられるか。そこは試行錯誤をずっとやっています。

――逆にレストランでないと味わえないのはどのようなところでしょうか?

吉武シェフ:料理は瞬間が大切です。例えばステーキを切った瞬間の肉汁の出方とか、あの一瞬を求めて僕たちはやっています。機内食ではどうしてもその瞬間は出せません。レストランではタイミングや、お客さまの体調とかいろいろ見て作っています。

――調理や食材などで、JALにどのようなリクエストをしたことがありますか?

吉武シェフ:一番最初は、器を変えたいと佐藤さん(佐藤伸一シェフ)と一緒にリクエストしました。機内食の器はだいぶ前から使われていましたが、器も時代とともに求められるものが変わってくるので、それに合わせて僕たちが使いやすい器にしてほしいといったことを相談しました。

――機内食を作るセルヴェールのシェフに対する印象はいかがですか?

吉武シェフ:企画会議にいるのはセルヴェールで監修メニューを再現するシェフ達で、機内食工場で実際に作るのはシフト制の従業員の方なので、シェフと実際に作業する人との情熱の差なのか、クオリティの差を感じるときはありますね。

――機内食を作るセルヴェールとの取り組みのなかでは、どのような苦労を感じますか?

吉武シェフ:食材って日々変化するんですね。例えば同じニンジンでもまったく甘みが違います。それでも、すべてレシピを出して事前に数字を決めなければならないので、その日の食材に合わせて変えることができません。どうすれば同じクオリティの食材をセルヴェールに調達できるかが課題だと思います。

――食材の波によらず、なんとかなるようなレシピにしているのでしょうか?

吉武シェフ:そうですね。機内食を始めた頃はすべて自分たちで作ろうとしてたんですが、そうするとどうしてもクオリティのブレが出ていまいます。そこで、すでに加工されたものに対して一工夫して提供するといったやり方で、工場(セルヴェール)に入荷した時点のクオリティを均一化しようとしています。例えばピューレは最初から作ろうとしたんですが、品質にブレがあったので、瓶に入ったものを使うなどしています。妥協するわけではありませんが、お客さまの前に出るものがすべてなので、いかに臨機応変に対応できるかが機内食では大切だと思っています。

――サービス開始前日にソースをチェックしに訪問したという話も聞きましたが?

吉武シェフ:絶対に欠かせないですね。レシピも1g単位で作っているのに、目分量でよいとする雰囲気があったように思います。ちょっとでもグラム数がずれたりすると“シェフに怒られる”じゃないですけど、そのような印象が彼らのなかに浮かんでくるようになってほしいですし、そのためには彼らと仲よくなった方がよいので足しげく通っています。

―2015年12月からは吉武シェフのタームでしたが、提供が始まってからもチェックしたりするんですか?

吉武シェフ:そうですね。CAさんからレポートが届くのですが、結構厳しいコメントがあるんですよ(笑)。ただ、そういう風に指摘されるところは、自分でも不安要素だったところだったりすることが多く、やっぱりクオリティを保ちにくいなと感じたら、すぐにセルヴェールに行ってイチから教え直すというようなことをやっています。

――機内に乗られてチェックすることもあるんでしょうか?

吉武シェフ:はい。工場で作られたものは見るんですけど、実際に機内まではカートで運ぶなどの過程があります。そういうなかで盛り付けが崩れていないかなどは実際に乗ってみないと分かりませんので。

――そういうときはJALへのフィードバックもしていると思いますが、JALに対してもなんらか変わってきたという印象はありますか?

吉武シェフ:僕たちが入ったことでCAさん達も料理に対して今まで以上に興味を持ってくれて、乗ったときも、「これはどういう風にやったらいいですか?」とかいろいろ質問してくれたりするんです。そういう意思疎通が少しずつとれてきているのかなと思います。

 こうして話を聞いてみると、自らの手で作れないことの難しさがある一方、それでもなんとかしようと、さまざまな試行錯誤を繰り返すことで最高の機内食を提供したいという思いが伝わってくる。

パリ~羽田線はボーイング 777-300ERの「SKY SUITE」仕様機

 そんな吉武シェフが作る機内食を体験すべく、パリ発~羽田行きJL46便に搭乗した。パリ便といえば、1月~3月に成田便を減便しており、この体験搭乗もちょうどその期間中だったこともあって、機内は思っていたよりも混んでいた。なお、成田便は来週3月16日から運航を再開する予定になっており、羽田便と合わせて1日2便体制へ復帰する。

 パリ発~羽田行きの飛行機はボーイング 777-300ER型機で、「JAL SKY SUITE」(SS7)を採用したものとなる。ファーストクラス8席、ビジネスクラス49席、プレミアムエコノミー40席、エコノミークラス135席の、計232席を備える。

 当然、吉武シェフの機内食を味わうためにビジネスクラスに搭乗した。隣席を前後にずらして全席通路側アクセスが可能なうえに、個室感も高い。もちろんフルフラットになり、テーブルも広いので、機内食もよりくつろいで楽しめるというものである。

 今回は進行方向右側の通路側座席に搭乗したが、SS7は座席ごとのシートレイアウトの差が少ないので、写真で紹介する装備はおおむね同じように利用できると考えてよいだろう。

ボーイング 777-300ER「SKY SUITE」のビジネスクラス
全席で隣席の人と干渉することなく通路へアクセス可能。2-3-2の7アブレストを7列設け、計49席を備えている。フルフラット時のベッド長も約188cmと十分で、身長176~177cmほどの記者が余裕で横になれるサイズだった
シートモニターは23インチと大きい。座席とシートモニターまでの距離が長いだけに大きな画面はありがたい。サブディスプレイは機内エンタテイメントの操作を行なうもので、スマホのようにタッチ操作が可能。ヘッドフォンはノイズキャンセリング機能付き
座席脇にはブックスタンドを装備。その台座部分にヘッドフォン出力とユニバーサルACコンセント、USBポートなどを備える。座席左には読書灯も装備
テーブルの大きさも十分。12.5型の「ThinkPad X240」を開いてもまだスペースに余裕があり、若干窮屈にはなるものの外付けマウスを使うことも可能なほどだ
アメニティキットは2015年12月28日からゼロハリバートンとのコラボ品になった
セミハードケースタイプは日本着便で提供されるもの。中身はリップクリーム、歯ブラシ、マスク、アイマスク、耳栓、ティッシュ
こちらはのソフトケースは日本発便で提供されるもの。中身は同じ。往復ともビジネスクラスに搭乗した場合、異なるケースのアメニティキットを入手できることになる
ボーイング 777-300ER「SKY SUITE」のファーストクラス
ボーイング 777-300ER「SKY SUITE」のプレミアムエコノミー
ボーイング 777-300ER「SKY SUITE」のエコノミークラス

2015年12月から提供している吉武広樹シェフ監修の冬メニュー

 JL46便はパリを18時55分に出発するスケジュールで、離陸後1時間足らずで、機内食サービスが始まる。機内食は洋食と和食が用意されており、洋食が吉武シェフ監修のメニューとなる。

 1品目はアミューズ・ブーシュとして「Sola特製フォアグラプリン」と「野菜のチップスとパルミジャーノチーズソース」。その器にまず興味を引かれる。特に野菜チップスを入れた器は、注ぎ口があるようなユニークなもので、よくいえば“モノを入れるという機能を重視”していることが多い機内食の器とは思えないおしゃれな印象だ。

 フォアグラプリンは甘いプリンではなく、タマゴの風味が利いた大人のプリン。野菜チップスは塩とパルミジャーノチーズの絶妙なバランスで味の対比が生まれていて、飽きることなく次々に手がのびる。

 2品目はオードブルの「オマール海老と季節野菜のサラダ」。ロマネスコなどの野菜が持つ歯ごたえと、海老の柔らかさが口のなかでうまく溶け合うだけでなく、それらの瑞々しさが、乾燥した機内ということもあってか引き立っていた。

 3品目はメインディッシュで、「尾崎牛とフォアグラのステーキ丼」または「鱈と煮込み野菜のスープ仕立て」から選べる。今回は尾崎牛とフォアグラのステーキ丼を頼んだ。

 尾崎牛は耳にしたことはあるが実際に食べたことはなく、まさフランスで作られたフランス料理で食べる機会に恵まれるとは思ってもみなかった。たっぷりと盛られた尾崎牛にフォアグラが添えられた贅沢な一品だ。

 旨味の強い尾崎牛だが、味わいはさっぱりとしており、濃厚なフォアグラとの相性のよさを感じる味わい。ワインはボルドー産赤ワインの「シャトー・ド・ピトレー コート・ド・カスティヨン 2010」を選んだ。ビジネスクラスでは赤ワイン2種類、白ワイン3種類、シャンパーニュ1種類から選ぶことができる。

 そのほか、パンは「ルノートルのパン」、そしてデザートはパリの有名ショコラティエであるジャン=ポール・エヴァン特製の「ルビー」が提供される。これらは吉武シェフのレシピによるものではないが、1つのコースとして監修のもとで提供されている。

「Sola特製フォアグラプリン」と「野菜のチップスとパルミジャーノチーズソース」
オードブルの「オマール海老と季節野菜のサラダ」
メインディッシュに選んだ「尾崎牛とフォアグラのステーキ丼」
デザートに提供されるジャン=ポール・エヴァン特製の「ルビー」

 併せて、ビジネスクラスで提供されているメインディッシュの盛り付けも見学させてもらった。先述の吉武シェフへのインタビューでも言及があったように、機内では多くの人の手をかけられず、CAが1名で盛り付けを行なう。そのために機内に搬入される時点で盛り付けしやすいようにしてある。

 例えば筆者が選んだ「尾崎牛とフォアグラのステーキ丼」は2つの容器、もう1つの「鱈と煮込み野菜のスープ仕立て」は2つの容器に加えてスープが入った水筒とシンプルにまとまっている。

 このような工夫を搬入時点で行なっておくことで、機内では素早く盛り付けができるほか、盛り付けのクオリティの差も最小限に留められる。

「尾崎牛とフォアグラのステーキ丼」の盛り付け
「尾崎牛とフォアグラのステーキ丼」
「鱈と煮込み野菜のスープ仕立て」の盛り付け
「鱈と煮込み野菜のスープ仕立て」
こちらは和食メニューで提供している「炊きたてのご飯」。地上よりも気圧が低い(=沸点が低い)機内でもふっくら炊きあげるために、専用のおひつを使用し、プログラミングされた電子レンジで炊いている
JALでは「JAL CAFE LINES」と銘打って、季節ごとにこだわりのコーヒーも提供している
これはファーストクラスでのみ提供している、ロイヤルブルーティーの「クィーン オブ ブルー」。夏にしか採れない茶葉で作った高級茶。試飲させてもらったが、ストレートに表現すれば雑味のない紅茶。だが、その表現では足りないほど、お茶の美味しさに感動できる味わいだった

 今回はビジネスクラスでの機内食を紹介したが、ファーストクラスの場合も同様のメニューを楽しめる。ただし、ファーストクラスではほかにオードブルに「ソローニュ産キャビアとじゃがいもパスタ」が追加されるほか、メインディッシュとして「海老を詰めたウズラのロースト」も選択できる。

 ちなみに、パリ発~羽田行きでの正式な機内食サービスはこの1回のみ。そのあとは到着30分前までの間、好きなときに軽食メニューを注文できるスタイルとなっている。軽食のバリエーションも豊富で、「カルツォーネ風 アップルカスタードパイ」「鮭とイクラのはらこ飯」「TOKYO CURRY LAB.×JAPAN AIRLINS 東京香味カレーライス」「牛肉のボロネーゼ 黒トリュフ入り」「JAL特製『九州じゃんがら』ヘルシーラーメン」「わかめうどん」「フィッシュカツサンド」など、和洋それぞれにお腹を満たせるメニューを用意。

 記者は今回、2015年12月から提供を始めた「JALオリジナル丼」のパリ発便のメニュー「フランス丼」を、日本到着の1時間ほど前に注文した。JALオリジナル丼は欧州発の各便で、“だじゃれ”を利かした丼メニューを提供しているものなのだが、ロンドン発便の「ロン丼」、ヘルシンキ発便の「フィンラン丼」、フランクフルト発便の「フランクフル豚丼」に比べると、もっとも普通の名前の丼だ。

 各地の産品を活かしたメニューで、フランス丼はマッシュルームや海老を使った天丼。素材こそフランス産だが、日本で食べる天丼同様に醤油ベースのつゆなので舌に合う味だ。

フランス産のマッシュルームや海老などを使った天丼「フランス丼」
デザートにはMORI YOSHIDAのショコラを注文した

 この吉武シェフが監修した12月からのメニューは2月一杯で提供が終了した。次に吉武シェフが監修するメニューは6月から提供されることになる。この構想について尋ねると、

「今の冬メニューを作っているときは、完璧ではないですが、やり尽くしたと思っていたんですけど、実際に始まってみると、いやいやまだ足りてなかったと思うところがたくさんあるので、その反省を活かして、次はもっともっと高いクオリティを出せるように、もっと頭を柔軟にしなければいけないと思っています」。

との答え。夏に登場する新メニューでも機内食の常識を打ち破るようなユニークな料理が飛び出すかも知れない。

 さて、次回は3月から提供を開始した佐藤伸一シェフ監修メニューの企画会議の模様を通じ、機内食のメニューが決定するまでのプロセスを見てみたい。

編集部:多和田新也