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ポルシェ×東大先端研、今年は東京・新潟から北海道へ! 金座と水銀、公害と環境保全、キーワードを紡いで自分なりの答えを見つける旅

LEARN with Porsche 2025密着レポ

2025年の「LEARN with Porsche」は東京・新潟を出発して北海道へ

 ポルシェジャパンが東京大学 先端科学技術研究センターと共同で開発した中高生向けの独自教育プログラム「LEARN with Porsche(ラーンウィズポルシェ)」がこの夏も開催された。

 同社が2021年から日本独自に展開しているCSR活動の1つで、トラベル Watchでは第1回目から同行取材を続けている。今年は北海道を舞台に5日間の日程で行なった。

東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍シニアリサーチフェロー。LEARNのディレクターを務める中邑先生が中心になって、5日間のカリキュラムを考えている

 この「LEARN with Porsche」には、お約束がいくつかある。参加者には(保護者も含めて)行き先は一切明かされない。当日も「今から○○に行きます」と直前に告げられるだけで、そこで何をするのか、どこに泊まるのかも分からない、いわばミステリーツアーのようなプログラムだ。

今年も東大先端研 客員研究員で料理研究家の土井善晴さんが子供たちと一緒に旅をした

 スマホやタブレットは使用禁止なので、LINEや地図アプリ、ネットでの検索、普段聴いている音楽とも断絶される。昨年からは学校名と学年を言わないルールも加わった。そして1日の終わりには必ず、その日感じたことを皆の前で発表する時間がある。人と出会って会話し、さまざまな体験を通して知識を結び付けていく、そんな“新しい学び”をプレゼントする旅になっている。

書類選考とオンライン面接を突破し選抜された「LEARN with Porsche」第5期生。この子たちと一緒に北の大地を旅してきた

東京駅集合の「東京チーム」と、新潟駅集合の「新潟チーム」に分かれていた1日目

東京駅集合の東京チーム。スマホは電源を切って封筒に入れて以後使用禁止。デジタルネイティブ世代の彼らには、スマホを触らない5日間は初めての経験だろう

 まずは5日間の行程をざっと紹介しておこう。初日は2チームに分けられており、東京から旭川、新潟から札幌へそれぞれ移動。2日目に合流したあとは北見市へ。留辺蘂(るべしべ)、常呂(ところ)を訪れながら、最終目的地である知床半島を目指すという旅だった。

田中貴金属本店でキラキラした金に目を見張る東京チーム

「日本橋ってどんな街?」からスタートした東京チームは、江戸時代の金座について学び貨幣博物館を見学。そのあと「5万円でインゴットは買えるか調査せよ」という課題が与えられ日本橋三越本店へ向かうも、金が高騰している今は販売ガイドラインが厳しく、百貨店では買えないことが分かる。

初めて手にする金塊の重み

 続いて向かったのは、店員さんに教えてもらった銀座にある田中貴金属本店。そこでは1kg(時価で約1700万円!)のインゴットを目にし、実際に手に持つという貴重な体験をした。

新潟チームは新潟駅から約60km離れた阿賀町役場へ移動

 一方、「阿賀野川といえば何を思いつく? 今から上流に行ってみよう」からスタートした新潟チームは、阿賀野川へ流出したメチル水銀が発端となって新潟水俣病が発生したかつての鹿瀬町(現・阿賀町)に降り立った。

一般社団法人あがのがわ環境学舎 山崎さんの案内で新潟水俣病について学ぶ

 高度経済成長の裏側で起きた公害病の原因や被害について学んだのち、新潟水俣病患者の方のお宅を訪問。そこでは川魚を採って食べるのが日常だった昔の暮らしや、裁判を起こしたときに「金目当て」や「ニセ患者」と心ない言葉を浴びせられた話などを聞いた。

90歳になる新潟水俣病被害者のおばあちゃんの話を聞いた子供たち。あまりにリアルで生きた言葉に質問することができなかったそうだ

 北海道に到着した両チームに「イトムカを探せ!」というミッションが告げられた。スマホは使えないので街の人に聞くしかない。これもLEARNならではの学びの1つだ。

旭川にある日本最北の銀座で「イトムカ」について聞き込み。偶然知っている人に出会えて段ボールに地図まで書いてもらえた

金と水銀がイトムカで結び付いた2日目。その先にあるまだ見えていないものとは?

両チームが隣同士になるように指定席が取られていた特急の車内。こんなサプライズをさりげなく仕込む旅プランに感心してしまう

 2日目は新潟チームが乗車していた札幌発のオホーツク1号に、旭川駅から東京チームが乗り込んで隣同士の席に座るというシナリオが組まれていた。目的地までの数時間、前日に見てきたもの、聞いてきたことを列車のなかで共有し合うという時間だ。

「こんなところに行ってきたんだ」とお互いの学びを共有し合う両チーム。LEARNは移動時間もムダにしない
先回りしていた中邑先生や土井先生と留辺蘂駅で合流

 留辺蘂(るべしべ)駅からマイクロバスで向かったのは、前日に聞き込みをした「イトムカ」だ。今は閉山しているが、ここはかつて東洋一の水銀生産量を誇った「イトムカ鉱山」があった場所。

まずは野村興産株式会社イトムカ鉱業所で現在の事業内容を聞く

 現在は野村興産イトムカ鉱業所として“日本で唯一”水銀のリサイクル処理事業を行なっており、乾電池や蛍光灯などの水銀廃棄物から水銀を回収する世界トップレベルの水銀リサイクルシステムを持つ工場を見学した。

辰砂と水銀
かつて金の仏像は水銀アマルガム法でメッキしていた
水銀のリサイクルを行なっている工場を見学

 その後は、イトムカ鉱山が活況だったころに子供時代を過ごした地元の年配者との交流タイム。そのなかのおひとり坂口さんの話によると、イトムカで水銀の大鉱床が発見されたのは昭和11年。採掘された水銀は当時貴重な軍事物資で、最盛期には住宅施設や学校、映画館などもあり大いに栄えたという。そしてイトムカでも、手が震えるなど無機水銀中毒にかかった人も多くいて専用病院もあったそうだ。

イトムカは神経障害を引き起こすメチル水銀(有機水銀)ではなく無機水銀だったので、新潟水俣病の水銀中毒とは症状が違ったという
この日の宿に向かうマイクロバスのなか。すっかり打ち解けた様子の子供たち

 2泊目と3泊目の宿泊は、北見市常呂町の「ネイパル北見」。サロマ湖東岸の自然豊かな場所にある青少年体験活動支援施設だ。ちなみに常呂町はカーリングチーム「ロコ・ソラーレ」の本拠地。オリンピック選手たちが練習するカーリングホールもある。

サロマ湖の西側に日が沈むころ、ネイパル北見に到着
8人ベッド室にテンションが上がった子供たち。「静かに!」と事務局スタッフに注意される一幕も
ネイパル北見での晩ごはん
全員揃って「いただきます!」

 その晩、ネイパル北見の研修室で行なわれた振り返りタイムは、LEARNの統括マネージャーを務める赤松裕美さんの主導で始まった。

「イトムカに行き、留辺蘂でも話を聞いた。それぞれのチームが歩んできたものと今日結び付いたもの。それらを含めてどんなことに気づいたか発表してほしい」と赤松さん。

 子供たちからは、「水銀がわるいものではなく、価値があっていろいろなものに利用されてきた歴史を学んだ」など、水銀がもたらすプラスの面、マイナスの面についての感想が相次いだ。

 初日に新潟水俣病と対峙してきた新潟チームのひとりからは「公害という視点が1つ入るだけで自分の考えがガラリと違ってくるんだと感じた」という感想も。

「イトムカで雇用や娯楽を生み出してきた水銀から物事の両面性を感じた」
とらえ方や消化の仕方はそれぞれ。うまく言葉にできずに考え込む場面も

 発表が終わると赤松さんは彼らにある動画を観せた。水銀が混じった泥のなかで砂金採りをしている発展途上国の子供の映像だった。

 環境汚染や健康被害につながることを知らずに、お金を稼ぐため、生きるために金を採掘している国がある。それが過去の話ではなく今起こっていることだと知って子供たちは言葉を失う。

東京で金を見てきたチーム、新潟水俣病患者のおばあちゃんと会ってきたチーム、どちらにとっても胸に刺さる映像だったようだ

「君たちはまだ自分で見てきたもの、人に聞いたものだけでつなげようとしているけれど、世界は広くて時間は深い。もっと思考を緩やかにして、もっといろいろなものとつなげていけば、また見えてくるものがあるし、もっと考えていくべきものが出てくるはず」と赤松さん。

 途上国における小規模鉱山の労働問題、金の価値とは?といった話にまでつながったこの日の振り返り。最後は「フェアトレード」という言葉が各自のノートに記された。

翌日の漁業or農業を決める配属ジャンケンで2日目は終了した

ホタテや玉ねぎで有名な常呂町で働く3日目、教科書には書いていない一次産業の現状

漁師さんの倉庫で網の整理作業

 3日目は漁業と農業の2つのグループに分かれて働いた。農業チームは5時起き、漁業チームはなんと4時半起きだったが、早朝からすこぶる元気な子供たち。若いって素晴らしい!

漁師さんから習ったもやい結び。いろいろなロープワークがある

 ここ常呂町は、高度経済成長期にパルプ工場の排水が原因で河川が汚れ、漁業が大打撃を受けた過去がある。当時の漁民は抗議デモを起こして工場の移転を勝ち取った一方で、森・川・海の環境を守るために町内の山林を漁協が買いとって植樹する植林活動をスタートさせている。

 海を守ろうと思ったら陸も守らないといけない――。そんな精神が息づく常呂町の漁業関係者にホタテ漁の歴史などを学んだ漁業チームだった。

株式会社しんや 社長の新谷さんにホタテ漁の歴史や現在の漁業について話を聞いた
船に乗ってサロマ湖の養殖ホタテの現場へ
ドラムを巻き上げて引き上がったホタテを見せてもらった
ホタテの稚貝。まだベビーホタテにも満たない大きさだ

 農業チームがお世話になったのは、ホタテと並ぶ常呂町の名産物・玉ねぎの生産農家さんだ。収穫した玉ねぎがベルトコンベアで次から次へと流れてくる巨大な機械の台に立ち、長い茎葉を切ったり、形のわるいものを避けたりする作業をした。

3軒の農家さんが子供たちを受け入れてくれた
収穫した玉ねぎが流れてきて選別する機械
クルマのなかから広大なじゃがいも畑を見てまわる。規模がハンパない!
生産農家さん宅でお昼ごはん。いただいたトマトやとうもろこしの美味しさに感動

 実は今回のプログラムには、特別ゲストが内緒で帯同していた。東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを務めるバイオリニストの近藤薫さんら4名の音楽家の皆さんだ。

東大先端研の教授でもあるバイオリニスト近藤薫さん。常呂漁港やじゃがいも畑といったエモいシチュエーションでの演奏だ

 子供たちがお手伝いをしていた常呂漁港や広い玉ねぎ畑などに突然現われて演奏を披露してくれたプレイヤーの皆さん。子供たちのなかにはオーケストラ部でバイオリンをやっている子がいて、思いがけない場所で一流音楽家の演奏に触れ、泣いてしまったそうだ。

夕方は常呂高校の体育館でバイオリン、チェロ、ヴィオラ、クラシック・ギターのカルテット演奏。地元の人も集って忘れられないひとときを共有した

 3日目の夜の振り返りタイムでは、常呂町の漁業・農業をリアルに体験した子供たちから、教科書に載っていない日本の一次産業の現状についてのさまざまな感想が発表されていた。

3日目の振り返りタイム。「とにかく自然が人間を圧倒していると感じた」
「授業で習った一次産業のイメージと今日農家さんで聞いた話はいい意味で違った」「漁業と農業の助け合いの精神がすごく印象的だった」

世界自然遺産・知床で次世代につながる森づくりを体験した4日目

2チームに分かれて知床へ。こちらは網走駅から乗った釧網本線のなか

 4日目は路線バス利用と鉄道利用の2チームに分かれて斜里町へ移動。知床自然センターで「森林再生」「施設管理」「野生動物対策」の3グループに分かれてフィールドワークとなった。サポートしてくれたのは、知床の自然を“知り・守り・伝える”活動をする知床財団の皆さんだ。

知床自然センターに到着

 私が帯同したのは「森林再生」班。かつて乱開発の危機にあった地を保全し原生の森に復元する「しれとこ100平方メートル運動」について学んだあとは、森で使う資材を運んだり、森作りの最新手法を実践する場所を見学したりした。

防鹿柵に使う支柱をトラックに積み出す
開拓小屋の前で記念写真
トラックから下ろした支柱を防鹿柵の近くまで運ぶ
最先端の森再生の取り組みを実践している場所を見学

 その夜はプログラム最後の振り返りだ。

「金座と新潟からスタートした旅だったけど、いろんな人と話して何が見えてきたのか、君たちのなかでどうつながったのか話してもらおうと思う」と中邑先生。

子供たちにとってはまだ旅の途中。そんな4日目の夜の振り返り

 いろいろなものがまだつながらず、自分の言葉でまとめるのは難しいときだったはずだが、次のような発表をしてくれた。全員の言葉を紹介しよう。

「今回僕たちが見てきたことや聞いてきたことって全然他人事じゃなくて、見えないところで起きていたから気づいていなかっただけ。実体験による知識、それを自分でどうやって結び付けるのか大切なんだと思った」(見須鴻くん)

「このプログラムでは、知識と知識の関係性を自分のなかで反芻して解釈することができたので視野が広がった気がする。これがどこまで続いているか分からないけど、これから楽しいこともイヤなことも、いろいろなものを見ていきたいなと思った」(能川凱成くん)

「それぞれのつながりにはまだたどり着けていないけれど、“生の声”の大切さが分かった。水俣病患者の人からは直接聞くことでしか分からない辛さや悔しさが心に伝わってきたし、近藤さんたちの演奏を聴いて、生の音ほど感動するものはないなと思った」(蜂谷菜月さん)

「人に話を聞いていろいろな体験をするなかで、自分のなかにあった常識が覆っていく感覚が最高だった。だけど旅が進んでいくなかでそれを結び付けていくことが本当に難しかった。赤松さんに見せてもらった動画がすごく心に残っている」(金子真奈人くん)

「世の中にある課題や問題は、自分が知ろうとさえすればまわりの人に聞くことで得られることが分かった。常に多角的に見ることが大事。自身のなかだけではなく、ちゃんと伝えてきているからこそ共存する世界ができているのだと思う」(大友由奈さん)

「知床自然センターではクマと街の人の関係、網走監獄では地域の人と囚人、イトムカでは水銀をリサイクルすることで地域と共存関係にある。今回の旅は自分のなかで“共存”という言葉でつながった」(朝倉美恵さん)

「今回出会ったものはどれも知識としては持っていたなと思う。実際に現地を訪れてみて僕という人間が広がったと感じた。点と点が線になるというより、点と点が膨らんでそれがレンズにみたいに重なって、そこから新たな色が見えてくるような感覚を味わった」(竹田凌我くん)

ポルシェジャパンの黒岩さんや土井先生も子供たちの発表に耳を傾ける

「今すごく思うのは人間ってめちゃくちゃ人間くさいなということ。最初のころは答えを出すことをずっと考えていたけど、そうじゃなくて何か疑問を持ったり感動とかの感情を持ったときに、今まで自分が積み上げてきた人生がその鏡になっているんだなと思った」(山本智貴くん)

「今日の(知床自然センターでのフィールドワーク)体験は、自然に“あ、おもしろいな!”と思えた。でも1日目に今日の体験をやっていたとしたら、これほどおもしろいと思えなかったんだろうなとも思った。今までより物事のおもしろさを見いだせるようになったような気がする」(森本真悠子さん)

「このプログラムでずっと思っていたのは、私が今まで考えてきたことの上位互換を改めてまた経験しているなということ。上から目線というんじゃなくて、毎晩のまとめでほかの皆が自分たちの言葉でしゃべってくれて、私の気付きのときの衝撃を皆が体験しているんだなというのを感じてすごくうれしかった」(藤井二瑚さん)

「今年の皆さんは、人と接して会話をして学ぶということが突出していた。たくさんお話をさせてもらって私も楽しかったです」とポルシェジャパン株式会社 広報部長の黒岩真治さん

「毎回この時間が一番好きなんです」とあいさつしたのは、今年も5日間フルで帯同していたポルシェジャパン 広報部長の黒岩真治さんだ。子供たちの言葉から、初日とは違う変化を感じられることがうれしいと話した。

 そして「LEARNのよいところはプログラムが終了したら終わりではなく、このままつながりができて今後も継続していくこと」と、このメンバーで再会できる場が必ずあることを約束してくれたのだった。

黒岩さんからタイカン ターボGTのミニカーのプレゼント

最終日にたどり着いたキーワードは? 点と点が線になる学びの連鎖を実感できたか

最後に座学

 この旅一番の好天に恵まれた最終日は、再び知床自然センターへ。座学を受けたあと、オリジナル4K映像「知床の冒険」を大スクリーンで鑑賞し、プレペの滝展望台までトレッキング。その後マイクロバスでこの旅の最後の目的地、知床峠へと向かう。

知床自然センターから遊歩道を20分ほど歩いたフレペの滝展望台にて

 標高738mの知床峠駐車場では真正面に羅臼岳が望め、根室海峡の向こうに浮かぶ国後島を全員で見ることができた。これで「LEARN with Porsche 2025」のプログラムは終了だ。

知床横断道路を走るポルシェ
羅臼岳の雄姿

 子供たちはこのサマープログラムで、金、水銀、新潟水俣病、公害、フェアトレード、環境保全、自然保護などさまざまなキーワードに出会い思考をひたすら巡らせた。

 最後に北方領土の国後島を見せることで、金や水銀、硫黄など鉱物資源確保を含むロシアの南下政策、それに対抗する日本の北方政策――。つまり「人の欲」というキーワードにまでつなげさせようとする奥深いプログラムだったのだ。

海の向こうには北方領土。「ここで君たちに国後島を見せたかったんだ」と中邑先生

 実は4日目、斜里町に向かう途中で1チームは「博物館網走監獄」に立ち寄り、ロシアの南下政策に備えるため日本政府が囚人を労働力として使い中央道路の開削に当たらせた歴史を学んできている。

女満別空港と中標津空港。なんと帰るルートも違っていた! 女満別空港から帰るメンバーがここで発表される
「これでお別れ!? また絶対会おうね」とハグ

「学校で習っている知識は関心を持っていないとなかなか結び付かないもの。それが結び付いたときに、なるほど!となっておもしろくなっていく。そういう学び方をしてほしい」と中邑先生は言う。このプログラムは「金や水銀を学べ」ではなく、「金や水銀から何かを学べ」なのだ。

知床峠駐車場で女満別空港チームを見送る中標津空港チーム。西へ東へとそれぞれ帰途についた

 子供たちを見ていると、このプログラムがいかに彼らの学びの意欲を押し上げて、夢に向かう若者を成長させているか実感する瞬間がある。「LEARN with Porsche」は、ポルシェと東大先端研という意外性のある組み合わせが創り出した奇跡のようなプログラムなのだ。

女満別空港から帰途につく子供たちを送迎するポルシェ

 そんなプログラムを体験できた彼らは本当にラッキーだと思うし、これからもそんな子供たちが増えていくことを心から願っている。

人と直接触れ合ったことで得られた学びの視点をこれからも大切に