トピック
ブラックボックス化された世の中で「実際に体験してみる」大切さ。早朝の漁、医療的ケア児との対面、最新のポルシェに乗る
ポルシェ×東大先端研、LEARN with Porsche 2022に帯同してきた
- 提供:
- ポルシェジャパン株式会社
2022年10月6日 06:00
早朝から船に乗りメジカやアジを狙う
ポルシェジャパンと東大先端研 個別最適な学び寄付研究部門が共同で実施した、若者向けプログラム「LEARN with Porsche 2022」の3日目(→初日~2日目の前半)。ここまでで四国の西半分を回って、「遊子水荷浦の段畑」などを訪れた。この四国移動の間は、土井善晴さん(東大先端研 客員研究員/料理研究家)も生徒と一緒に行動している。
土佐久礼の宿に到着した翌朝、漁に出る船に同乗したり、市場で競りの見学をするため、4時半ごろには行動開始ととても早く、睡眠時間はあまりとれていない。しかし、生徒は若いこともあって皆元気。寝坊することなく集合したのは驚きだ。漁に出るチームは、初めての経験への期待からか、早朝からテンションが上がりっぱなしだ。
船は3艘に分かれ、メジカやアジ、タコのほか、貝なども採りにいく。メジカとはソウダガツオの地元での愛称。通常のカツオより小ぶりでサバ科のカツオの仲間だ。体が丸いものはマルソウダとも呼ばれている。新子と呼ぶ未成熟の子供は、地元でしか味わえない魚で珍重されてる。メジカを狙う船は、もっとも海にいる時間が長く、トイレもない状態で8時間は帰ってこれない。
漁だけでは成り立たない。重要な魚を流通させる仕事
漁に出ないチームは、早朝にあるカツオ競り、カツオをさばいてタタキにするといった作業を体験する。市場では、ど久礼もん企業組合の清岡晃司さんが付き添い、生徒が競りを見学して競り人にインタビューしたり、実際にカツオをさばく作業も体験することができた。清岡さんは、ここでカツオのタタキなど作り通信販売も行なっている。豪快な炎でわら焼きのタタキを作る、専用のブースで作業を見学することもできた。大きな炎であぶる作業に圧倒される。
ここ久礼の市場の競りは意外と静かに行なわれる。カゴや1匹または数匹といった販売単位で、仲買人などが購入希望金額をメモ用紙に書いて渡して、競り人が一番高額の業者を決めて業者の名前と金額を言う、というシンプルな方法だ。そのため、競り落とされる魚の周囲に人が集まり、淡々と決まったときのかけ声だけが響いている。生徒たちは、競りが終わった人にコツなどを聞いて、熱心にメモをとっていた。
市場で競りが終わったころには、漁から港に戻ってきたり、2回目の漁に出たりと入れ替わりもある。漁に出た生徒は、釣りもしっかり体験できたようだ。メジカの新子も捕ることができた。生徒は人によっては船酔いが大変だったようだが、漁師によると当日の波は穏やかで「池にいるような凪」とのこと。穏やかな海で漁を満喫できたようだった。
釣った魚は、さばいて昼食としていただくことに。この調理には土井さんが参加して、魚をさばいて刺身にしたり、お味噌汁を作ったりしていた。生徒たちもできる範囲で手伝う。もちろん、先ほどさばいて作ったカツオも美味しくいただいた。
本来は午後の競りに釣った魚を出品するはずだったのだが、本日水揚げされた魚が少ないため午後の競りは中止となってしまった。そこで漁協の組合長の計らいで、有志による模擬の競りを開催してくれて、今回の漁体験で釣った魚を売るという体験をさせてもらえた。
土佐久礼の市場をあとにし、高知を経由して特急電車で一路高松に向かう。この道中は山岳地帯で、大歩危(おおぼけ)と小歩危(こぼけ)という吉野川の見どころある渓谷を通るのだが、高松に近づくと急に都会的で、日常に戻ったような感覚がある。
医療的ケアに対応した、乳幼児から高齢者まで集まる地域連携ハブ拠点
高松での翌日は、一般社団法人在宅療養ネットワークを訪れ、理事長の英(はなぶさ)早苗さんから話をうかがうことになった。
「医療的ケア児」という名前は聞き慣れないかもしれないが、人工呼吸器や胃ろうなど、日常的に医療ケアが必要な児童のことだ。2021年に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」ができ、よく知られるキーワードとなった。推定で全国に2万人ほど在宅の医療的ケア児がいるとされている。医療的ケア児のなかにも、重症心身障害児(重度の知的障害と重度の身体的障害を合併)と呼ばれるコミュニケーションに大きな困難を抱える子供がいる。医学が進歩し、助かる命が増えたからこそ生じる課題でもある。
東大先端研は、この拠点に対して子育て支援を発端にアプローチし、理事長の考えに賛同する形で、現在でも子育てに関するオンライン勉強会を行なうなどの取り組みを続けている。医療的ケア児たちに最適な教育やコミュニケーション方法を提案できる貴重な場でもある。
訪れた生徒たちには、多種多様な人が存在していること、同じ世代を生きているということを理解し、多様性を感じ取り視野を広げる一つになってもらいたいという考えがある。
今回同行している、このプログラムも担当する東大先端研 個別最適な学び研究寄付研究部門 特任助教の赤松裕美氏は、「重度の医療的ケアが必要な子供を持つ親は、どう子育てをしていけばよいか悩んでいる人がたくさんいます。親御さんだけでなく、多くの人たちの理解と支援が必要です。今回参加の中高校生たちにとって、医療的ケアの必要な子供たちに出会う機会はほとんどないと思います。しかし、子を思う親の気持ちや必死に生きる彼らの姿は、中高校生と何も変わりません。彼らに会うことで学びや気づきがたくさんあると考えました」。さらに、「壁にぶつかったときに、制度がないから諦めるのではなく、知恵を振り絞って新しいアイデアを生み出し、壁を越えてきた理事長の人柄にも触れてほしかったのです」と、プログラムに取り入れた意義を教えてくれた。
中邑氏は「医療的ケアが必要な子供に接することは、日常ではあまりないでしょう。でもこの20年でとても増えている。それは医療技術の進歩が理由。本当にいいことですよね。でもその先に生きていくためにどうするかということは、全然進んでいない。公(行政)に助けてもらうってことは、もう時代遅れ。共助、みんなで助け合う。テクノロジーの活用はこれからのキーワードだよね」と生徒に語りかける。
てんかんの発作があり生まれて3日でNICUに入り、胃ろうで生命を維持している4歳のヨシくんを間近で見て、お母さんから、食べる練習をすると甘くて美味しいモノだけちゃんと食べるようになった事実とか、ツリーチャイムの音色が好きで聞くと体を動かして反応するといった逸話を聞くと、改めて生きることについて考えさせられる。
高松市内在住で在宅勤務でデザインの仕事をする山根さんからも体験談を聞くことができた。筋萎縮性側索硬化症(ALS)と似た運動ニューロン病の一種である脊髄性筋萎縮症(SMA)により、筋力が徐々に衰えていく難病をかかえ、車椅子での生活を余儀なくされている。
「昔に比べて今はだいぶ過ごしやすくなったけど、車椅子でお店に入りにくいとか、エレベーターの設置とか、改善していけるよう高松という地方からも情報を発信していきたい」という声には、中邑氏も「どうしても東京中心になる。地方が置き去りにされやすいのは、これからの課題。これまでにも不登校や非行を研究してきたり、重症心身障害児、さらに優秀な生徒たちを集めて活動しているが、LEARNのなかではすべて一緒。こういった感覚を持ったときにダイバーシティも実現する」と投げかける。
「話すことができない子供とどれくらい心がつながっているのか」という生徒からの質問には、東京大学先端技術研究センターが行なっている、重症心身障害児からの少ない反応で意思をくみ取る研究について説明を受けていた。
最後の「福祉として特別な支援がほしいのではなく、みんなと同じ選択肢がほしいだけなのです」という英理事長の言葉が、印象に残った。現代社会が抱える課題の一現場を実際に見て、生徒たちもいろいろと考えを巡らせるものがあったようだ。
そのあとは、飛行機で東京に向かった。ここでゲストの土井善晴さんとはお別れだ。都内のホテルでは、ここまでの四国での旅を振り返るミーティングが行なわれ、生徒たちが感想を語った。
最終目的地「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」
最終日は、千葉県木更津市にある「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」に集まった。ここは、世界で9番目として2021年10月にオープンしたばかりの、ポルシェの現行最新モデルを走らせ体験できるほか、ポルシェというブランドそのものを感じることができる施設だ。コースは周回コースだけでなく、オフロードなどさまざまな条件を体験でき、元の地形を活かした高低差のある設計となっている。運転を体験することができるが、生徒たちは同乗体験をする。
施設に入り、ポルシェジャパン 広報部広報部長の黒岩真治氏から、同社の「Porsche. Dream Together」の取り組みの説明を受ける。「LEARN with Porsche」もこの一環だが、地元木更津市とも協力関係にあり、「木更津ブルーベリーRUN」というマラソンイベントにコースを走ってもらったり、災害が起こった際には拠点となる取り決めをするなど、地域貢献にも取り組んでいる。
そんな説明を受けていると、どこからともなくバイオリンの音色が……。耳を澄ますと、ハンガリー民族舞踊チャルダッシュのようだ。1人の男性が華やかな花模様のタイカンアートカーのそばでバイオリンを独奏している。ホールによく共鳴する悲哀のある音色と超絶技巧の演奏に生徒たちはあっけにとられる。実はこれ、のちほど登場する近藤薫さんのサプライズ演奏。近藤さんは東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターで、東京先端研 先端アートデザイン分野 特任教授でもある。生徒たちは不思議な顔をしているが、ここは素晴らしい演奏の感動の余韻まま進められる。
大きな会議室に集められた生徒たちに運転を担当するスタッフが「ポルシェって知ってる?」と聞くと、なんと「911!」と答えてくれた生徒もいた。もちろんこの日、911も用意している。これは楽しめそうだ。「サーキットで同乗したことがある」という人も。若い世代のクルマ離れとか言われているが、こんな若い世代にも知られていることに少し驚く。
続いて、先ほど演奏してくれた近藤薫さんと、ロボットクリエーターで、東大先端研の客員研究員でもある高橋智隆さんが特別参加で紹介される。近藤さんは「バイオリンを弾くのは、情感とか念とか、そういう世界観なんです。きっとキョトンとしちゃうと思うんですが、そういう世界もあるということも忘れずに」と生徒たちに一言。
高橋さんは、「雇われるのもイヤ。雇うのもイヤ。みんなで相談して作業するのが苦手で、なんでも1人で手を動かして工夫しながら作るのが好き。とにかくなんでも体験してみてほしい。今回漁をしたみたいだけど、ボクもよく週末マグロを釣りに行きます」などとメッセージをくれた。
「どこまでも行けそう!」ポルシェで走破する楽しさ
さあ、お待ちかねの同乗体験だ。911とタイカン、カイエンが用意されていて、順番に乗っていく。みんな活き活きとした表情になる。
ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京では、全長約2.1kmのショートトラック以外にも、散水された円周のドリフトサークルや、滑らせやすいコンクリート路面で車体をコントロールするエリア、オフロードのエリア、強制的にクルマをスピンさせるエリアなど、さまざまなシチュエーションを体験することができる。
体験した生徒たちは、カーブや回転時の横Gの凄さや、オフロードで急坂を走破していく楽しさを口にしていた。ポルシェは日常で乗用車として見かけることもあり、そういったある意味普通のクルマでこういった特殊なシーンの走りができることに体感して驚いた様子。
パーツを組み合わせて作られる音楽と工業製品
同乗体験が終わると、近藤さんがバイオリン演奏を聞かせてくれた。近藤さんが専門とするクラシックの父とも呼ばれるヨハン・ゼバスティアン・バッハが活躍していた時代は、ちょうど産業革命の少し前。バッハの曲は今聞く曲とはまったく違った種類で、一種だけのテーマがあって、これを重ねていくことで、曲を構成している。
「産業革命に似ていて、工業製品みたいに音を重ねて組み立てていく、メカニックなイメージがある」と言って、実際に和音を重ねていく様子を演奏して聞かせてくれる。
「バッハは、これを300年前にやっていて、これ以上の曲はいまだ作られていない。バッハは感情とか目に見えないモノを、バッチリと論理的に楽譜に残した人。今日はこの場で、この曲を弾かなくてならないと思って弾きます」との前口上で披露してくれたのは、無伴奏バイオリンのためのソナタ第1番フーガ。
説明してくれたように重音奏法を多用し、並大抵のテクニックでは演奏できないことは、演奏が始まってすぐに分かる。たった1人のバイオリン独奏なのに、ポルシェが並んだホールに荘厳な和音の残響が響き渡る。目をつぶると、まるで複数人で弾いているかのよう。
「おもしろいよね。少しずつ技術を進化させ組み合わせていく工業製品と音楽にも接点がある」と中邑氏は生徒たちに考えるきっかけを与える。生徒たちがどのくらい感じとったのかは分からないが、確かに緻密に計算されたハーモニーは精巧な工業製品のようでもある。
「LEARN with Porsche」を理解できるのはきっと30年後
昨年に続き2回目の開催となった「LEARN with Porsche」も、多くの非日常体験やさまざまな大人との出会いを生徒たちに与え、何かを考えるきっかけや夢を与えてくれた。今回選抜された生徒たちはとても積極的で、多くの貴重な経験を濃密に得られたのでないかと思う。
取材を通じて感じたことは、生徒たちがこれまでにしてきた経験や興味が、今回の体験により連鎖反応のように興味の火をつけていくさまを、目の当たりにできたことだ。自力でルートを決める旅、農業や漁、音楽、ポルシェと提供されたシーンは、あくまでもその導火線に過ぎない。おのおのが自分の内なる導火線に火が付いたときに輝いた目は、現場で見ているとよく分かった。本当は、こういった生きたプログラムをすべての人に受ける機会があればと思った。
リーダーの中邑氏は、「このプログラムの意味が分かるのは10年後」と言った。いやもっとだと思う。30年後かもしれない。メンバーが大人になったとき、あの場所が、あの経験が、あの人の発言が、と思い出して、そのきっかけとして「LEARN with Porsche」での体験を改めて確認するに違いない。これからの人生で、実現したい夢を考えるとき、新しいチャレンジをするとき、乗り越えられない難問にぶつかってしまったとき、きっと今回のプログラムを思い出すに違いないと信じている。