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JR西日本、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の雲南・松江エリア立ち寄り観光を試行

2017年6月17日 運行開始

JR西日本が、雲南・松江エリアで「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の立ち寄り観光を試行

 2017年6月17日より運行される、JR西日本(西日本旅客鉄道)の周遊型寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」(以下「瑞風」)。その瑞風のプランに含まれる雲南・松江エリアの立ち寄り観光ルートの、JR西日本や関連企業、地元自治体関係者らによる観光試行が報道陣に公開された。

 瑞風のプランには1泊2日の山陽コース(上り・下り)、山陰コース(上り・下り)と、2泊3日の山陽・山陰コース(周遊)があり、今回行なわれた観光試行はこのうち2泊3日コースの2日目にあたる。8時30分頃に山陰本線宍道駅に到着した瑞風から下車し、同日17時頃に松江駅で再び乗車するまでの観光ルートの精査や課題の抽出が目的だ。

 雲南・松江エリアでの観光試行はすでに1度行なわれており、今回は2度目。また、実際の列車運行時間に合わせて行なわれる初めてのケースとなった。参加した人数は瑞風の定員である約30名だ。

宍道駅

雲南・松江エリア観光試行のスタート地点、JR宍道駅

 雲南・松江の立ち寄り観光コースは宍道駅(松江市宍道町)よりスタートする。8時30分に瑞風が宍道駅に到着したという想定で、駅ホームから観光試行が始まった。一行は係員に案内されて改札を通過、駅近くに待機していたバスに乗車し最初の目的地に向かう。

 この日使用されたバスは、専用にデザインされる「瑞風バス」ではないが、乗降口には段差を少なくするためのステップが設置されるなど、できる限り本番と同様のサービスを提供している。また、荷物を預かりトランクに収納するといった作業も、本番同様に行なわれた。

 バスが最初に向かったのは「菅谷たたら山内」で、そこまでの移動時間は約50分。なお、バスの乗降にかかる時間なども精査するため、取材陣はバスへの同乗は行なわず、各社ごとに自動車で移動した。このときバスに後続していて感じたのは、非常に丁寧な運行だ。移動中も快適に過ごしてもらうための、地味だが効果的な方法である。この日は山間部には雪が降ってきたため、バスはいっそう慎重に走り、到着は予定より約10分遅い午前9時30分となった。

待合室は2月4日~4月中旬までリニューアル工事が行なわれる。これも瑞風の乗客をもてなす取り組みの一環
宍道駅ホーム。奥の3番線は木次線の車両が停車中。宍道駅は山陰本線と木次線の接続駅でもある
観光試行に先立ち、駅舎前に待機するJR西日本の職員
観光試行は8時30分に開始。係員に誘導され、乗客役の参加者が移動する
駅舎を出てバスに移動する乗客。駅前は大型バスの停車には向いていないため、100mあまりを徒歩で移動
待機しているバス。本番では、瑞風専用にデザインされたバスが運行される
乗客の預け荷物を積み込む。乗客役が持っている青いバインダーは、気になった点などをメモするためのもの
バスは8時33分に宍道駅前を出発、最初の目的地に向かう。ここまでは非常にスムーズだ
バスは慎重に進む。この頃から小雨が降り出し、山間部に入ると雪に変わった

菅谷たたら山内

操業終了後、唯一現存している高殿。国の重要有形民俗文化財にも指定されている
高殿の内部。中央に見える四角い土の塊がたたらの炉だ

 かつては付近で砂鉄が豊富に採れたことから、この地に製鉄業が芽生えた。“たたら”は砂鉄から鉄塊を作り出す土炉のことで、菅谷たたら山内(島根県雲南市吉田町)には、1921年(大正10年)まで操業していた高殿(たかどの=土炉を中心に据えた建物)が現存している。アニメ映画「もののけ姫」に出てきた製鉄の描写は、まさにここをモチーフにしていると言われている。

 一行を乗せたバスは高殿の脇に停車。乗客はバスを降りてすぐに高殿に入り説明を受けることができる。ここでは約20分にわたって、たたらでの製鉄法や当時の人々の生活などの説明が行なわれた。解説した鉄の歴史村地域振興事業団 菅谷高殿・山内生活伝承館施設長の朝日光男氏は、「モノづくりの原点ともいえるたたら製鉄の方法や歴史を、瑞風のお客さまに見ていただけて光栄です。我々のご先祖もきっと喜んでいますよ」と笑顔。今回のようにバスの到着が遅くなり、説明時間が短くなった場合についても、話す内容を随時変更することで対処できるようだった。

菅谷たたら山内にバスが到着。高殿の真横に停車する
高殿に入る参加者
たたら製鉄の説明を行なう、公益財団法人鉄の歴史村 地域振興事業団 菅谷高殿・山内生活伝承館の朝日光男氏
炉を中心に、左右に「ふいご」と呼ばれる送風装置がある。「もののけ姫」でも描写されていたものだが、晩年は水車を利用して自動で送風できるように改造されたという
高殿は、その名のとおり背が高い建物。高温の炎が常時上がり続けるため、熱を逃がす構造が必要だった
高殿の隅には、ふいごを使って風を送る「番子」が待機する部屋があった。番子が交代でふいごを踏むことから「かわりばんこ」の言葉も生まれたという
高殿の地下構造を解説する朝日さん。高温になる地下で水素爆発が起こらないよう、湿度を溜めない工夫がされているそうだ
たたら山内の集落。山内とは地域の意味で、この建物はたたらの技師長である「村下」が住んでいた屋敷

田部邸(土蔵群)・吉田の街並み

土蔵群。その奥の階段を上った先が、瑞風の乗客のみに公開される田部邸
土蔵群から吉田の街並みに続く道。約30年前に石畳の道に改修され、電柱も撤去された

 バスは菅谷たたら山内を出発、10分ほどで吉田町内の公共駐車場に到着した。観光試行の次の目的地は「田部邸」だ。田部家は、室町時代から出雲エリアの製鉄業を盛り上げ支えてきた名家。言い伝えによると1264年に紀州田辺より移り住み、最盛期には約2万5000ヘクタールという、現在の大阪市よりも広い面積の山林を所有していた、文字どおり日本一の大地主だったという。この田部家の邸宅が瑞風の乗客にのみ公開されるのだ。

 乗客は説明を受けながら、田部邸に向かって吉田の街並みを散策する。田部邸前の土蔵群では田部家支配人である内藤芳文氏らが出迎え、製鉄と田部家のかかわりなどついて簡単な説明が行なわれた。その後、あらかじめ決められていた2つのグループに分かれ、約30分にわたって田部邸を訪問した。

 なお、邸宅内部は報道陣にも非公開のため、今回のコースでどのようなおもてなしがあったのかは不明だ。参加者によれば、衆議院議員や島根県知事も務めた田部家第23代当主(1906年~1979年)が作らせた「ここ以外では見たことも聞いたこともない茶室」があり、これは瑞風の乗客でしか味わえないプレミアムなものであるという。

 なお、現在の田部家第25代当主は、観光と地域活性のために、たたら製鉄を復活させる方針とのこと。第一歩として2017年4月までに小たたらを作り、一般にも見学、体験してもらえるように企画しているという。瑞風のコースにも、こうした内容が盛り込まれていくのかもしれない。

バスを降りてすぐ、鍛治屋橋を渡ると吉田の街並みが広がる。製鉄や林業とともに繁栄した町だ
歩いて3分ほどで土蔵群に到着。田部家支配人、内藤芳文氏らが出迎え、田部家と吉田の町の説明がはじまる
2つのグループに分かれて田部邸へ
報道陣はここまで。田部邸の内部や庭は瑞風の乗客のみが拝観できる
田部邸の向かいには、現在の田部家と地域の人々との関わりをテーマにした資料館が開設され、オリジナルの商品なども置かれる予定だという
田部邸を案内した(左から)株式会社田部の林順治氏、内藤芳文氏(田部家支配人)、井上裕司氏

食の杜

食の杜の一角にある室山農園“かやぶきの家”
昼食メニューは、突き出し(お通し)と、和創作料理バイキング、ご飯・さくらご飯、味噌汁

 一行は、バスで次の目的地、「食の杜 室山農園『かやぶきの家』」(島根県雲南市木次町)へ。元は、ダム建設のため水没する予定だった農家で、水没予定のため増改築も行なわれず長らく古い姿をとどめていた。1997年にこの地に移築され、2007年には屋根の葺き替えも行なわれて美しい姿を取り戻している。

 食事処や会議の場として一般の利用も可能だが、瑞風の乗客は、こちらで専用に作られた昼食をいただくことができる。もちろん、その際には一般の人は立ち入ることはできない。

 提供される料理はすべて地域の農家などが持ち寄った食材を使ったもので、地元の主婦たちが腕によりをかけて調理する。旬の味覚を楽しめる和食が大皿に盛られ、自由に選べるバイキング形式。季節によってその内容も変化する。この日提供された料理の一例を挙げると、「白和え」には地元の生乳業者から仕入れた牛乳から自分たちで作ったカッテージチーズを使用している。また、地元木次町は桜の名所でもあることから、塩漬けにした桜の花をまぜ込んだ「さくらご飯」も用意されていた。単なる田舎料理ではなく、雲南エリアの食材を活かした和の創作料理が、心ゆくまでいただけるのだ。

 かやぶきの家で働く坂本暢子氏によると、瑞風の乗客を迎えるにあたって、料理の創作や30名分を滞りなく提供するための工夫はもちろん、それ以外にも多くの改善が進行中であるという。例えば、従来は座卓ではあったものが、お客さまの年齢層なども考慮してテーブルと椅子に替えられたことや、トイレの改修も必要であるといった点が挙げられた。

食の杜は、木次市街地から離れた里山の奥にある。道路の左右はワイン用のぶどう園だ
かやぶきの家からは、ぶどう園や野菜園が見渡せる
通常、バスはかやぶきの家まで進入するが、積雪のため100mほど離れたところに停車した
突き出し(お通し)と料理のお品書き。手に入る食材によりメニューは変更される
メインは大皿に盛られた和創作料理。バイキング形式で自由にいただける
大皿料理の一例。山菜や野菜の煮染めと、豆腐の代わりに地元産牛乳から作ったカッテージチーズを加えた白和え
バイキング料理の盛り付け例。いずれも地元の食材で作られており、素朴な味を楽しめる
第1回目の観光試行では座卓だったが、今回はテーブルと椅子に改められた
かやぶきの家のスタッフのみなさん。瑞風の乗客を笑顔でお迎えする
お腹いっぱいの乗客を乗せ、バスは次の目的地へ

神楽の宿・須我神社

神楽の宿では出雲神楽の「簸乃川大蛇退治」を堪能
日本初之宮 須我神社では、伊勢神宮より撤下された御神宝を拝観できる

 食事を終えた一行は、バスで「神楽の宿・須我神社」(島根県雲南市大東町)へ。須我神社は、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)が奇稲田姫(くしなだひめ)とともにこの地に入り、新居(宮殿)を築いたとされるもので、これが“日本初之宮”とされる由縁だ。なお、八岐大蛇退治の際、切り裂いた尾から現われた霊剣とされているのが、鏡、曲玉とともに皇位継承の徴として伝えられている“天の叢雲の剣”。今は“草薙剣”と名を変えて熱田神宮のご神体となっているが、その発祥の地でもあるのだ。

 コースでは、まず須我神社に隣接する茅葺きの“神楽の宿”に入る。宿と名付けられているが宿泊施設ではなく、400年間にわたって伝えられてきた出雲神楽の伝統を受け継ぎ、錬成し、後世に伝える場として建てられたもの。神楽の上演は団体のみ見学可能(定員40名、有料、要予約)で、瑞風のコースにも当然含まれている。

 前列は、畳に座り演者と触れそうになるほどの大迫力で鑑賞でき、また後列はパイプ椅子に座って鑑賞できるため、足腰に悩みがある人でも気軽に楽しめる。取材時に公開された演目は、計20演目あるという出雲神楽のなかでも、もっとも須我神社になじみの深い「簸乃川大蛇退治(ひのかわおろちたいじ)」。上演時間は約35分で、その後は特別に演者たちとの記念撮影の時間も設けられている。今回の観光試行でも、実際の記念撮影にかかる時間を計るため何名かが記念撮影を行なった。

 神楽鑑賞のあとは、神楽の宿から徒歩1分以内の須我神社への参拝が予定されている。こちらでは、(報道陣への公開はされなかったが)伊勢神宮からお下げ渡しになった“梓弓”一張と“御櫛筥”一合が拝見できるそうだ。

 梓弓は多くの神宮で宝物として大切に取り扱われているが、特に伊勢神宮のものは、現在まで500年にわたって式年遷宮の際に奉納してきた御弓師の一族の手によるもの。品格、美しさ、荘厳な仕上がりなど、言葉では表わせないほどの気品に満ちているという。

 御櫛筥は、天照大御神の化粧箱と位置付けられているもので、こちらも1300年前から式年遷宮の際に寸分違わずに作られて、納められてきたもの。漆塗りの筥(箱)の中には柘植の櫛が2本、髪を束ねる紐が2本入っており、とくにその櫛は神さまの化粧道具にふさわしい精巧さに感嘆するという。こうした御宝が拝観できるのも瑞風ツアーの特色の一つなのだ。

神楽の宿。神楽の保存と継承のために建てられた、いわゆる神楽殿である
バスが到着。神楽の宿ではストーブが焚かれ、神楽の準備も整った状態で到着を待っていた
バスを降りてほんの数秒で神楽の宿へ
最大で40名ほどが観覧できるスペース。瑞風ツアーでは乗車定員の30名で鑑賞できる
老夫婦に、娘を八岐大蛇から守ってほしいと懇願される須佐之男命
毒の入った酒を飲み、八岐大蛇は酔いつぶれて寝てしまう
上演後は演者たちとの記念撮影も可能
須我神社は日本初之宮として名が知られる
報道陣はここまで。瑞風ツアーでは伊勢神宮よりお下げ渡しになった宝物が鑑賞できる
須我神社の由緒が書かれた案内板

明々庵

明々庵。何度も移築され、この場所に落ち着いた
茶の湯や庭のしつらえなどの話を聞きながらお茶がいただける

 瑞風の雲南・松江エリアで最後に立ち寄るスポットが「明々庵(めいめいあん)」。大名茶人として知られる松江藩第7代藩主、松平不昧(ふまい)公のお好みの茶室で、1779年に松江市殿町に建てられた、江戸末期を代表する数寄屋造りの茶室だ。その後、松江市赤山下、東京原宿、東京四谷と移転し、1928年に松江市萩の台に里帰りしている。戦前戦中期には茶の湯は贅沢ということで放置され倒壊寸前にまで荒廃していたが、戦後になって名席を惜しむ声が高まり、1966年に現在の場所に移築され、同時に整備が行なわれた。

 瑞風ツアーでは2つのグループに分かれ、茶室(明々庵)の拝観と茶席を楽しめるように設定されている。茶室の拝観では、明々庵にまつわる歴史のほか、茶室や待合のしつらえ、つくばいや灯籠の意味や配置などについて興味深い話を聞ける。特に茶道をたしなまない人にとっては、茶の湯の根底にある徹底された“おもてなし”の世界観に感心するだろう。

 茶席は、明々庵の庭を見ながら抹茶とお菓子が楽しめるもの。堅苦しくならない程度にお茶の作法などの説明も受けながら、ほっとしたひとときが楽しめる。お茶とともに出されるお菓子も、もちろん瑞風オリジナルのもの。観光試行時にはまだ完成していなかったが、茶の湯とともに洗練されてきた松江の和菓子が“列車のイメージ”で作られ、金箔もあしらわれた非常にプレミアムなものとしてお目見えする予定だ。

バスを降り、約50mで明々庵に到着。階段を上がれば松江城の姿が見えた
明々庵・赤山茶道会館支配人 森山俊男氏による説明が行なわれた
2つのグループに分かれて明々庵へ
腰掛待合の説明。扉の奥は雪隠(トイレ)
つくばいと灯籠。灯籠の満月の面は東、三日月の面は西に向き、方角を教えてくれる
明々庵
明々庵の内部には入ることはできないが、外から鑑賞できる
明々庵に隣接する建物ではお茶をいただける
掛け軸、花も茶の湯に欠かせないアイテム。こうした説明も受けられる
まずはお菓子が出される。瑞風ツアー用に新たな茶菓子が開発されるという
お茶の作法などの話を聞きながらお抹茶をいただく。説明も分かりやすく、知的好奇心も刺激される

 瑞風の「山陽・山陰コース(周遊)2泊3日」雲南・松江エリアはこのようなコース設定となる予定だが、今回の観光試行により、今後細部が変更される可能性もある。しかし、ツアー開始前にこれほど慎重に何度も試行を重ねることは通常は行なわれないことで、JR西日本と地元雲南市、松江市の瑞風に対する“本気”と“期待”を感じられた。

 最後に、観光試行に参加した方のなかから数名にインタビューした。

 瑞風の営業運転が始まると実際に乗車して乗客のアテンドに携わる予定というジェイアール西日本フードサービスネットの乾智子氏、竹森真奈美氏は、第1回目、第2回目の観光試行に参加して「明々庵は当初は全員参加となっていましたが、観光の行程が長くなることから、早めに列車に戻って休みたいという方には先に松江駅でバスを降りていただけるようになりました」「田部邸では、お庭散策の際に雪や雨などで足下がわるくなることが分かったため、今回は藁を敷き詰めるなど工夫がされていました」「トイレの水洗化も進み、1回目の試行より着実に快適になっているのを実感します」など、順調に改善が進んでいることを話した。

 また、同社の信清夢実氏は「個人はもちろん、これまでの団体ツアーでも立ち入ることのできなかった場所へ入ることができるなど、瑞風らしい特別な内容になっていると思います。その際には私たちもお客さまの疑問などにお答えできるよう、運行開始までに勉強します」と、今後の課題なども新たにしていた。

 ジェイアール西日本米子支社山陰地域振興本部の桑原満夫氏は「立ち寄り観光のスポットでお客さまをお迎えするスタッフなども含めると、瑞風の運行には実に多くの方が関わってきます。こうした方々とのコミュニケーションがうまくいかないと、現場で齟齬が生じかねません。そのため、いかに密に連携を取るかが最も苦労するところです」と語ったうえで「乗客の皆さまに、雲南エリアに残っている日本の原風景と地域の人々の温かいおもてなしを感じていただけるよう、今後も改善を続けていきます」と結んだ。

 JR西日本では今回の観光試行の結果から課題を洗い出し、改善策を講じたうえで、3回目の雲南・松江エリア観光試行を実施し、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」運行開始までにさらに完成度を高めていく予定だ。

午後4時30分頃、松江駅に到着。瑞風はこのときまでに松江駅に回送されている
観光試行終了。感想などのフィードバックの説明を受け、解散した
西日本旅客鉄道株式会社 瑞風推進事業部長の岡田学氏は「お客さまには、旅の楽しさを五感で味わってほしい」と語った
「瑞風のお客さまに来ていただけることは非常に光栄」だと話す、島根県雲南市 産業振興部 商工観光課の鶴原隆氏