井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

乗り心地のよい席・よくない席

「ソニック」の指定をとる際に、(たまたま窓側が空いていたからというのもあるが)車両の中央付近で確保

 前回、JR九州のQRチケットレスサービスを紹介した。指定席ではシートマップによる座席指定が可能だが、そこで筆者が選んだのは「2号車8A席」。車両のほぼ中央付近に位置する席である。適当に決めたわけではなくて、一応、理由がある。

オーバーハング部は揺れやすい

 一般的な鉄道車両は「ボギー車」といって、2台の台車で車体を支えている。台車と車体の間は回転可能な構造になっているので、曲線区間を通過する際には台車の向きが変わり、スムーズに通過できる。

 その台車は車端部に付いているわけではなく、少し内側に寄っている。そして、台車と車端部の間のことを「オーバーハング」と呼ぶ。実は、このオーバーハング部分は一般的に、揺れが大きくなりやすい部分と言われている。

一般的なボギー車は、2台の台車で四角いハコ(車体)を支える構造になっている
オーバーハングとは、「台車中心と車端の間」のこと。写真は東武N100系スペーシアXで、右寄りの、窓がない部分がオーバーハング部にあたる
路面電車のなかには、車内スペースを稼ぐために、台車をギリギリまで端部に追いやってオーバーハングを切り詰めた事例もある。これは伊予鉄道の2100形

 大抵の車両では、トイレ・洗面所は車端のオーバーハング部に設けられている。車内のスペースを有効に使うとか、床下に汚物処理装置を設置しなければならないとかいった理由があるからだ。すると何が起きるか。

 揺れやすいオーバーハング部にトイレ・洗面所があるわけだから、使っている最中に結構揺られることがあるわけだ。たぶん、このことは女性よりも男性の方がクリティカルである。

 裏を返せば、車端部と比べると中央部は相対的に揺れが少ない傾向がある、といえる。筆者がシートマップで車両の中央付近にある席を指定したのは、そういう理由による。もっとも、「相対的に少ない」のであって、まったく揺れないわけではない。

オーバーハング部がない連接車

 たまに、オーバーハング部がない車両がある。というと少し語弊があり、厳密には「両先頭部以外はオーバーハング部がない」となる。それがいわゆる連接車。連結面の真下に台車を設置した車両のことだ。ただし、両先頭部だけはオーバーハング部ができる。

 連接車というと、かつては小田急ロマンスカーが多用していることで有名だったが、最近は事例が少なくなった。そもそも小田急からして、50000形VSE車の引退により、連接車はなくなってしまった。中古の小田急ロマンスカーを導入した、長野電鉄の1000系「ゆけむり」は健在だが。

小田急50000形VSE車の連接台車
長野電鉄1000系「ゆけむり」。連結面の直下に台車が付いている様子が分かる
東急世田谷線の300系は典型的な路面電車の連接車で、2両で3台車
海外で見かけた連接車の例。スウェーデンのOstgotatrafikenが運行しているX61。リンシェーピン中央駅で
そのX61の連接台車。日本で使われているものとはだいぶ構造が違う
イギリスで開発、未成に終わった高速車両・Class 370 APT-Pも、連接車の1つ。ただし中間動力車だけはボギー車だった
そのAPT-Pの連接台車がこれ。前後に設けた空気バネを介して、それぞれの車体を支えている

 連接車は、揺れやすいとされるオーバーハング部が物理的に存在しない利点がある。また、高速走行時の安定性にも優れるとされる。一方で、編成の分割がやりにくいなど、保守の手間は増える傾向があり、これがあまりはやらない一因になっているといえる。

 実は、路面電車では今でも連接車が多用されている。ただし路面電車では、「オーバーハングの有無による乗り心地の違い」を云々するほどのスピードを出さないので、これ以上の言及は割愛させていただく。その辺の事情は、江ノ島電鉄も似たり寄ったりである。

車両によって揺れやすさに違いが生じることも

 オーバーハング部の話は「1つのハコのなかで、揺れやすい場所とそうでない場所がある」という内容だった。それに対して、複数の車両(ハコ)を連結して構成する編成のなかで、揺れやすい車両とそうでない車両が発生することもある。

 これが問題になるのは主として、高速で走る新幹線。そして車両によって揺れに差が生じる原因は、空力にある。

 まず、最後尾車は揺れやすい傾向があるとされる。車体の表面に沿って流れてきた気流が収束するところで、気流の動向によっては揺れを引き起こすことがあるためだ。

 だから、先頭部形状の設計は「先頭になったときには、トンネルに突入したときに発生するトンネル微気圧波を抑える」かつ「最後尾になったときには、収束する気流に起因する揺れの発生を抑える」という、2つの課題を両立させるものでなければならず、設計者が悩まされるところとなっている。

 もう1つが、パンタグラフ付きの車両。今の新幹線電車は1編成に2基のパンタグラフを設置するのがお約束だが、パンタグラフで発生する騒音の拡散を防ぐための防音壁(二面側壁という)を立てたり、パンタグラフに風が直撃しないようにカバーを設けたりしている。

 これらの付加物を取り巻く空気の流れが揺れを引き起こすことがあるので、これもまた、設計者が悩まされ、工夫を凝らすところとなっている。

N700Sの先頭車を俯瞰する。この複雑な形状は、空力騒音の抑制や最後尾になったときの揺れの低減など、さまざまな条件を満たそうとして工夫した結果
新幹線電車では通常、編成中の2両にパンタグラフを搭載している。これはN700A
同じ新幹線電車でも、置かれた条件や設計者の考え方の違いにより、パンタグラフまわりの処理は違いがある。これはE6系

 そこで最近の新幹線電車では、両先頭車とパンタグラフ付きの車両、それとグリーン車について、動揺防止装置を強化していることが多い。

 具体的にいうと、加速度計が横揺れの発生を検知したら、それを打ち消す側に、アクチュエータが車体を強制的に動かすようにしている。「右に揺られたら、同じ分量だけ左に押し戻す」といった按配だ。こうした工夫もあり、以前ほどには、顕著な「車両ごとの揺れ方の差」は発生しなくなった。