荒木麻美のパリ生活

シルバー世代と旅するフランス・ノルマンディー地方(後編)

自然と歴史を感じる観光名所に蒸留酒とチーズの製造直売所見学へ

 前回(関連記事「シルバー世代と旅するフランス・ノルマンディー地方(前編)」)はブロンヴィル=シュル=メールとその周辺をご紹介しました。今回はブロンヴィル=シュル=メールから少し離れた観光地や、ノルマンディー地方の名産品の製造直売所について書きたいと思います。

バイユーで1000年前のタペストリー見学とノルマンディー上陸作戦について学ぶ

 バイユー(Bayeux)は滞在していたアパートからクルマで西に1時間くらいのところにあります。旧市街は戦火を逃れたため、ひなびた風情のある美しい町です。バイユーは歴史的背景から英米人の観光客がとても多いです。

扉や壁に施された彫刻を見ていたら、かわいい犬も発見

 バイユーで一番有名なのは「バイユーのタペストリー(La Tapisserie de Bayeux)」という、1066年のヘイスティングズの戦いを描いた刺繍作品でしょう。ユネスコの「世界記憶遺産」にも登録されています。

 まずはこのタペストリーを見たくて、展示されている美術館に。タペストリーというので織物かと思っていたら、実際はバイユー・ステッチという刺繍技法で作られていました。

 長さは何と約70mにも及ぶ壮大なもの。残念ながら写真撮影禁止だったのですが、1000年ほども前に作られたというのにそれほど傷んでおらず、素朴なステッチながら、人々の表情なども生き生きとよく表現されているなと感心しました。

 このタペストリー、街の大聖堂に飾ってあったそうですが、文字を読めない民衆にこの戦いについて知らせる目的もあったそうで、これを見た当時の人々がどれだけ驚いたことだろうと思います。

 タペストリーは58場面で構成されており、音声ガイドを聞きながらノルマンディー公ギヨームがヘイスティングズの戦いに勝利し、イギリス王室の開祖ウィリアム1世となるまでの流れをたどっていきます。音声ガイドには日本語版もあって、私にはヨーロッパの歴史は複雑過ぎるのですが、これは割と分かりやすかったです。

 タペストリーの物語が興味深かったのはもちろんですが、私が特に心を寄せたのは、貴族階級の女性が嫁ぐ前に聖職者に頬を打たれる習わしがあった場面とか、戦争で女性や子供が家を焼け出される場面、殺された戦士が身ぐるみをはがされている場面などでした。

バイユーのタペストリー

Webサイト:The Bayeux Tapestry - Bayeux museum(英語、仏語)

 タペストリーをじっくり鑑賞したところで、タペストリーが飾られていたという大聖堂へ。バイユーは大聖堂を含めた旧市街は第二次世界大戦の戦火を逃れたため、今もこの美しいノルマン・ゴシック様式の大聖堂を見られるのは幸運なことです。

 教会を出て、ノルマンディー戦争記念館(Musée Mémorial de la bataille de Normandie)に向かいました。1944年6月6日に行なわれたノルマンディー上陸作戦で、連合軍に最初に解放された都市がバイユーです。ノルマンディー戦争記念館では、85日間に渡って続いた戦闘の様子を、時間の経過に従って解説しています。戦争史が好きな人にはたまらないところだと思います。

エトルタで青い空と海を背景に絶景の断崖を見る

 義父母がぜひまた訪れたいというので、エトルタ(Etretat)に行きました。滞在していたアパートからは北東にクルマで1時間くらいです。断崖の景色が美しい、有名な観光地です。現地では世界各国語が飛び交い、日本語もよく聞こえました。夏のバカンス時期には大変な人混みが予想されますが、6月はまだそれほどでもありませんでした。

 海岸に出ると、砂ではなく白砂利の浜辺をはさんだ両側から崖に登れるのですが、海に向かって右側は左側より急です。体力に自信のない人は、右側に上がりたいときはプチ・トランに乗るとよいでしょう。崖の裏側にある教会まで運んでくれます。このプチ・トラン、フランスの観光地には大抵ありますから、歩くのが苦手な人がいる場合には大いに役立ちます。

右側の岸の上にある小さな教会

 海岸から街の中心地に戻ってノルマンディー名物、そば粉のガレット屋さんへ。ガレットがまずいということはそうないので、ここも普通に美味しかったです。

 レストランの前は屋根付き市場だったのでのぞいてみると、歴史を感じる重厚な雰囲気。現在はお土産さんが数軒入っています。

奇跡を起こす「リジューの聖テレーズ」に会いに

 リジュー(Lisieux)は滞在していたアパートからは南東にクルマで30分くらいです。ここで一番有名なのは聖テレーズ大聖堂です。

 日本では聖テレーズといってもピンとこない人も多いと思いますが、フランスではジャンヌ・ダルクに次ぐ、フランス第2の守護聖人です。聖テレーズには「教会博士」という、キリスト教ローマ・カトリック教会において、聖人のなかでも特に優れた人に送られる称号も与えられています。マザー・テレサも敬愛した聖テレーズから「テレサ」という名前にしました。

 聖テレーズがなぜこれほど有名かというと、聖テレーズは1897年に24歳の若さで肺結核のために亡くなりましたが、彼女の死後、彼女に祈りを捧げると病気が治る人が続出するといった奇跡が起こったからです。フランスの有名なシャンソン歌手、エディット・ピアフも、角膜炎にかかって失明しかけたとき、聖テレーズに祈って治ったと言われています。今ではルルドに次ぐフランス第2の巡礼地となっています。

大聖堂にある聖テレーズの遺骨
大聖堂の地下聖堂
地下聖堂には、聖テレーズの両親のお墓も

 大聖堂を出るとブティックが併設されていたのでなんとなく見ていたのですが、ハーブティーや植物のエッセンスなどが結構そろっていて興味津々。ほとんどが修道院で作られたもののようです。私はここでフランキンセンスの樹脂香の粒を買いました。

 フランキンセンスには心を穏やかにする効果が。気管支系のトラブルにもよいです。樹脂香は熱した炭に乗せたりして使います

ノルマンディー地方の名産品、カルヴァドスとカマンベールの製造工程を見学

シャトー・デュ・ブルイユ(Chateau du Breuil)

所在地:Château du Breuil, 78890 Garancières
Webサイト:Château du Breuil Calvados aoc normandie(仏語ほか)

 滞在していたアパートからはクルマで南東に向かって20分ほど下ります。公共交通機関は通っていないのですが、自然に囲まれた、16世紀から17世紀にかけて建てられた城の敷地で、ノルマンディー産のリンゴから作る蒸留酒・カルヴァドスなどを作っています。

 28ヘクタールある城の庭はとてもよく整備されており、私たちが行ったときはバラがたくさん咲いていて、何ともよい香りでした。

オーナー一族らが今も住んでいるという邸宅

 ある程度の人数が集まると、ガイドさんによるカルヴァドスの製造過程の説明が始まります。

 カルヴァドスというのは、カルヴァドス地方で作られた蒸留酒のこと。まずはリンゴを発酵させて微炭酸酒・シードルを作り、これを蒸留して醸造させたものがカルヴァドスになります。カルヴァドスにリンゴジュースや砂糖を混ぜるとリキュールになります。

 リンゴから作られたシードルは、管を通って蒸留所にやってきます。蒸留されて溜まった液体は樽に入れられ、蔵で熟成されます。

ここが蒸留所。今年の蒸留作業は5月に終わったそうです
蔵では最後にプロジェクションマッピングを使ったミニスペクタクルショーのサービスも

 見学の最後にリキュールやカルヴァドスの試飲をします。残念ながら私は下戸なのでお酒の味が分からないのですが、口に含むとリンゴの香りで満たされ、とても口当たりのよい飲みやすいお酒だそうです。義父はカルヴァドスではなくリキュールやリンゴのジャムを買っていました。

 製造しているカルヴァドスの約半分はフランス国外に輸出しており、輸出先には日本も含まれているそうです。

フロマージェリー・E. グランドルジュ(La Fromagerie E. GRAINDORGE)

所在地:42 Rue Gén Leclerc, 14140 Livarot
Webサイト:Accueil - E. Graindorge Fromagerie(仏語、英語)

 シャトー・デュ・ブルイユからさらに南に30分ほど下ったところにあるチーズ製造販売所です。ノルマンディー地方といえばカマンベールチーズ。この工場で作られたカマンベールは、パリ農業コンクールでも多くの賞を受賞しています。もちろん伝統と品質を保証するマーク「AOP」が付いています。

 この工場、午前中ならガラス越しにチーズの製造過程を見学することができますので、行くならぜひ午前中に。少しですが日本語の説明書もあります。

生乳を提供する酪農家のビデオ映像
運ばれた生乳の検査所
生乳から作った凝固物(カード)を型に詰めます
熟成中
完成した製品をパッキング中
伝統的なチーズ作りについても紹介しています

 製造工程を見学後、チーズはもちろん、近隣で作られたバターやシードルなども義父母は張り切っていろいろ買っていました。私もカマンベールを試食しましたが、絶妙な塩加減で美味しい! ただ私は乳製品を食べ過ぎないように気を付けているので、ここでも何も買いませんでした。

 ノルマンディー地方の観光名所は電車やバスでのアクセスが容易なところが多く、日帰りできるところも多々あります。今回の滞在中、夫は週末のみ私たちに合流したのですが、たまたまフランス国鉄 SNCFのスト日と重なり電車がなかったため、バスを使いました。乗り心地は快適だったそうで、移動時間も電車とほぼ同じ、しかも往復で18ユーロ(約2340円、1ユーロ=約130円換算)と聞いてビックリ!

夫が使ったバスはこちら
バスだとブロンヴィル=シュル=メール直行便はないのですが、トルヴィル=ドーヴィル駅に着きます

 今回のノルマンディー旅行はシルバー世代と一緒だったので、クルマでの移動を中心にいつもより足での移動が少なく、のんびりした日程で過ごしましたが、たまにはこういう旅の仕方もよいですね。

 ノルマンディー地方というと、日本人に一番有名なのはモン・サン=ミシェルでしょう。ここも素晴らしい観光名所ですが、もし可能であれば、モン・サン=ミシェルの前後にでも、ノルマンディー地方やブルターニュ地方のほかの名所にも足を延ばしてみてはいかがでしょうか?

荒木麻美

東京での出版社勤務などを経て、2003年よりパリ在住。2011年にNaturopathie(自然療法)の専門学校に入学、2015年に卒業。パリでNaturopathe(自然療法士)として働いています。Webサイトはhttp://mami.naturo.free.fr/