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日本最東端・東根室駅は消えゆくのか。現地の実感「鉄道は使いづらい」……根室市「未成年は鉄道・バス両方無料」の狙いとは?
2024年10月9日 06:00
日本に約9000か所以上ある鉄道駅のなかでも、最東端の「東根室駅」が、消滅するかもしれない。
JR根室本線の「東根室駅」は東経145度35分50秒、北緯43度19分24秒に位置し、終点・根室駅より1kmほど東側にある「日本最東端の駅」だ。板張りの短いホームがあるだけで、一部の列車は通過してしまう小さな駅だが、「一度は『最東端の駅』を訪れたい!」という鉄道ファンや、ツアー客の姿を頻繁に見かける。
しかし、花咲線(根室本線の釧路駅~根室駅間)沿線自治体の資料のなかでは、「ご利用の少ない駅見直し(東根室駅など)」と、駅廃止を思わせる文言が明記されている。ここ数年で利用者が少ない花咲駅、初田牛駅、糸魚沢駅が相次いで廃止されており、東根室駅が続けて廃止となる可能性は、きわめて高い。
東根室駅は「日本最東端駅」という付加価値を持ち、周囲には高校や住宅街もある。かつ1日の利用者は「10.8人」(2022年度)と、JR北海道が駅廃止の基準とする「1日3人」を上回っており、「なぜ駅を廃止するの?」と疑問に思う方も多いだろう。
なぜ、東根室駅は見直し=廃止が検討されているのか。まずは現地(根室市)に飛び、根室市の交通事情や課題、東根室駅まわりのバス事情について読み解いていこう。
最東端駅のまわりは一大宅地。ただし「バス&mobiの方が便利!」
東根室駅の西側(昭和町)、東側(光洋町)は戦後に開発が進んだ新興住宅街であり、東根室駅のまわりには、おおよそ2000世帯、5000人が住む。このエリアの人口が高度成長期に急増したことで、東根室駅は根室本線(花咲線)の全通から遅れること40年、1961(昭和36)年に開業している。
駅の周囲には、西側の「花咲港線」東側の「光洋町通り」といった片側1車線の幹線道路があり、道路沿いには10年、20年内に建てたと思われる分譲住宅も多い。近くの旅館の方に伺ったところ、このエリアは人口が希薄な根室市郊外から、買い物や通院などの利便性を求めて「近距離・市街地移住」された方も多いという。
そして、このエリアの交通を担っているのが、東根室駅……だったら、鉄道はもっと利用されている。歩くと分かるが、根室の街は駅と市街地が離れていて坂も多いため、クルマ持たない人が所用で動くなら、バスやタクシーなどの方が、もとより好都合なのだ。
実際に、根室市立病院や「イオン根室店」などに直接乗り入る「根室交通」バスは、光洋町側が1時間1本、昭和町側にも2時間に1本。1日6本の花咲線より乗車できる機会は多く、人口2万人少々の地方都市としてはなかなかの充実ぶりだ。また、導入に向けて実証実験が続く「mobi」(予約制・乗り合いタクシー。地元のタクシー会社と高速バス大手WILLERが共同運行)も重宝されているそうだ。
一方で根室駅はイオンや市立病院から離れているうえに、1kmほどの距離の間に、坂道もある。また昭和末期までは駅前エリアに、「根室消費組合(現在のクリエ)」「駅前市場」などがあったものの、今では撤退・営業縮小で、商業地としてのにぎわいが消えてしまった。
駅そのものは観光拠点としてある程度にぎわっているものの、生活圏の中心部ではなくなり、中心街である市街地への生活移動は「大半がクルマ、そうでなければバス、mobi」状態。鉄道(花咲線)が選択肢から外れてしまった以上、地元の人々が東根室駅を利用しなくなるのは、自然の流れだろう。
東根室駅は高校最寄駅、ただし1.5km先? 市の「ライバルバス路線開設」どうなった
また東根室駅は、地域で唯一の「根室高校」への最寄り駅でもある。ただ、この前提が若干変わってしまった。
根室市は2023年4月から、ほぼ花咲線に並行する路線バス「落石線」の実証実験運行を開始、同8月には本格運行に移っている。同時に市は「18歳以下のバス無料」(事前にフリーパス配布)施策をとっていることもあり、落石線の利用は1日20人少々と好調。特に登校時間の朝便は、通学生のほぼ全員が利用しているそうだ。
バス路線としての落石線の強みは、何と言っても「根室高校の目の前への乗り入れ」。これが東根室駅からだと、舗装がガタガタの坂をのぼって、光洋町通りへ出て……1.5km程度の徒歩が必要となる。またバスは、鉄道駅から離れた光洋町の南部、落石漁港など鉄道でカバーできない場所をカバーし、高校だけでなくその先の市民病院まで行く。確かにこれは、花咲線での通学より、ぐうの音も出ないレベルで便利だ。
ただ根室市は学生向けに、バスだけでなく花咲線にも定期券全額補助を行なっている。通学に使えるバスは朝の落石漁港発(根室高校7時57分着)、夕方16時台の落石漁港行き(根室高校16時5分発)しかなく、部活動や塾、頼まれた買い物がある生徒は、19時7分東根室駅発の列車を利用するしかないのだ。
地域の高校維持のための手厚い補助策はよく見かけるが、根室市のように「バスも無料、鉄道も無料」と双方を予算化したうえで、子育て世代の通学定期代を実質ゼロにするという自治体もめずらしい。なお根室市に確認したところ、条件が合えば両方を申請して、「行きはバス、帰りは花咲線」でもよいとのことだ。重複があることを承知のうえで、2023年4月実績をご覧いただこう。
バス: フリーパス申請389件、利用者累計3294人
鉄道: 6か月定期申請18名、利用者累計3240人
ただ、バスは先に述べたとおり、花咲・落石方面からの通学利用を総取りしており、「根室市地域公共交通確保対策協議会総会」では、JR北海道から「落石駅から十数名あった通学利用が少なくなり、一見JRの利用が減っている」との報告が見受けられる。花咲線は学生無料の施策をとっても、実態としての利用者獲得には苦戦しているようだ。
すでに根室市内の路線バス網は、落石線でカバーできない厚床エリアからも、別のバスで高校に通えるように再編されている。将来的にバスへの補助の一本化が行なわれると、花咲線での通学が消滅し、東根室駅の「高校最寄り駅」という強みも消える。その際は、資料に明記されたような「東根室駅の見直し=廃止」を余儀なくされるだろう。
なお筆者は、「落石線」や花咲線への乗車で現地を見分すべく、神奈川県横浜市から、根室市に飛んだ……が、夜行バスで釧路駅を降りて乗り継ぐはずの列車は「濃霧で運休」。昼前に運行を再開した花咲線で根室入りしたものの、ここで「高校の校舎内にカビが多量繁殖したから、昨日から全面休校だって。たぶん落石線、数日は乗客ゼロだよ」と、mobiの運転手さんから知らされる。
地方交通の現地見分では想定外の事態も起こりがちだが、さすがに「校舎にカビ発生で休校、取材空振り」は初めて。たぶんこの先も遭遇しないだろう。
花咲線は今後観光鉄道化? 東根室駅は赤字削減の対象か
花咲線の地元利用者の少なさは、沿線自治体の資料でもたびたび触れられている。経営は苦境が続き、現状では年間1.7億円の収入で経費は15億円近く。年間13億円以上の赤字を出している。
一方で花咲線は、湿地帯や草原を抜ける列車は観光客に評判がよく「地球探索鉄道」として一部座席を指定席化するなど、観光路線としての満足度は高い(国道をバスやクルマで走るより、段違いに眺めがよい!!)。今後は地域への誘客アイテムとしての観光鉄道を目指しつつ、利用状況が乏しい駅や列車を削ることで、沿線自治体が掲げた「年間で赤字2~3億円を削減」を目指していくだろう。
こういった経緯のなかで、「東根室駅の見直し=廃止」が持ち上がったのだ。とはいっても、もっとも重視すべき「根室高校への通学」もバスに取られようとしている現状では、東根室駅の廃止はやむを得ないかもしれない。普段使いの利便性が上がったのだから、根室市の方々にとっては、むしろよいことだ。
しかし旅行者にとって、観光ナイズされた駅より、板張りの素っ気ない最果ての駅が好き、という方もいるだろう。ここは、東根室駅が存在するうちに訪れ、駅を出て辺り(昭和町・光洋町)を歩いてみたい。
駅から線路下のトンネルをくぐって出る昭和町側は、「駅前通り」と言えなくもないわずかな広い通りがあり、ほかの区画よりわずかに住宅が密集している。とはいっても、まっすぐ幹線道路には出られず、駅側の区画には放棄された住宅や店が多く、幹線道路側には新しい分譲住宅が目立つ。新駅(東根室駅)の開業当初は駅周辺の土地にもバリューがあったが、人の流れは幹線道路側に移って、駅側は高齢化で住む人が減り……かどうかは確かめていないが、推理しながら歩くのも楽しい。
ともあれ現状では、東根室駅に行けるのも今のうち、という可能性も高そうだ。とにかく早めの訪問をお勧めする。