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インバウンド復活で富士山は大混雑。オーバーツーリズムを解決する「富士山登山鉄道構想」を進める山梨県知事の話を聞いて、吉田口を見てきた

多くの観光客や登山客が訪れる富士山吉田口

 新型コロナが5類に移行してにぎわいが戻りつつある観光地では、コロナ前と同様にオーバーツーリズム問題が再び注目されるようになってきた。

 日本のシンボルとして国内はもとより、海外からの観光客にも大人気の富士山もその一つだ。山梨県は富士山の現状を知ってもらう機会としてプレス向け視察ツアーを開催したので、その模様をお伝えする。

富士山は信仰と芸術の源泉とした文化遺産

 日本の有史以来、見る者を圧倒する雄大な山容は多くの文献などで語り継がれてきており、芸術作品にも数多く登場している。その富士山は2013年にユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産に登録され、海外の人たちからの脚光もますます浴びるようになった。

 世界遺産は「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」と、それぞれのカテゴリーに分けられているが、意外に感じるかもしれないのは富士山は文化遺産として認定されていることだ。文化遺産は記念工作物や建造物群、遺跡などを後世に残すもので、富士山は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として登録されている。

 そのような価値を詳細に解説しているのが、山梨県立富士山世界遺産センターだ。信仰の対象や芸術の源泉というカテゴリーに属する、登山道や山麓の神社、巡礼や修業を行なった場所など、25の構成資産について知ることができる。

 展示物は興味を引かれるものばかりだが、そのなかでもオススメしたいのは、浮世絵にも描かれてきた御坂峠から富士山頂までをVR映像で楽しめる「世界遺産富士山VR」だ。富士山の中腹をぐるりと一周する修行「御中道」も体験することができ、今では立ち入り禁止区域で渡れなくなった大沢崩れ周辺の映像も観ることができる。

富士山について学べる山梨県立富士山世界遺産センター。入館料は無料
南館にある富士山の巨大なオブジェ。時間や四季によって移り変わる富士山を異なる照明で表現している
山頂や御中道を体験できるVRコーナー
北館には富士山の成り立ちや地質などが展示されている

富士山登山鉄道構想を山梨県知事が説明

 登山口に向かう前に富士山科学研究所にて、山梨県知事である長崎幸太郎氏から課題解決に向けた県の取り組み状況が説明された。

 現在、山梨県では景観の保存やオーバーツーリズム対策の一つとして、「富士山登山鉄道」の実現に向けて構想を練っている。富士山登山鉄道とは、現在の富士スバルライン(富士吉田市~富士山吉田口五合目)にLRT(次世代型路面電車システム)を導入するプロジェクトだ。

 海外においても富士山の知名度は高いが、2013年に世界遺産として登録されてからはさらなる人気を呼んでいる。政府によるインバウンド政策の後押しもあって富士山を訪れる人は増加の一途をたどっており、山梨県観光入込客統計では、五合目に訪れる人は2012年には231万人だったのに対し、コロナ前の2019年には506万人と2倍を超えるほどの人出になっている。世界遺産登録に当たっては、ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)より、「人が多いので来訪者のコントロールが必要」「環境負荷が大きいので排気ガスを規制する」「人工物が目立つので信仰の場としてふさわしい景観を」という3つの懸念点も指摘されているが、現状では課題解決に向かうのではなく、悪化している状況を説明した。

 そこで解決策として、訪問数をコントロールできる富士山登山鉄道が構想されたわけだ。LRTを選択したのは、既存の道路が使える、架線による給電ではないので景観が損なわれない、騒音・振動が少ないなどのメリットがあることを挙げている。

「電車ではなく、電気バスでもいいのではないか?」という質問がよく上がるが、これに対しては軌道にすることで、車両を規制することが可能になるそうだ。現行の道路法では、通行の自由という大原則があるので、混雑を理由とした車両規制は難しい部分があることを伝えた。加えて、軌道整備を進めるのと同時に登山口の設備も景観に配慮したものに作り直したい考えだ。8月には世界遺産に登録されているイタリアのベネチアがオーバーツーリズムによって環境問題が深刻化し、存続が危ぶまれる「危機遺産」指定の勧告を受け、富士山もこのままではいずれ同じ道をたどりかねないことも危惧しているという。

 長崎知事は「登山鉄道構想は現時点においては100%の方が賛同しているわけではありません。なかには『このままでいい』という意見もあります。富士山は地元や山梨県、日本だけのものではなく、世界のものでもあります。より広いフィールドのなかで議論して結論を出していきたいと考えています」と、今後はより具体的なスキームを考えながら解決策を見いだしたいと話した。

構想を説明する山梨県知事 長崎幸太郎氏
富士山の現状と課題
増え続ける観光客
オーバーツーリズムによる影響
富士山登山鉄道の構想概要
富士スバルラインにLRTを導入
登山道入口も再整備する

登山客の集まる吉田口は多くの問題を抱えている

 最後に富士山の現状を見てきた。向かったのは山梨県側の登山口である吉田口五合目だ。富士山には「吉田口」のほか、静岡県側の「須走口五合目」「御殿場口新五合目」「富士宮口五合目」の4つの登山ルートがあるが、山小屋の多さや地形の特徴、都心からのアクセスなどから登山者の6割が吉田口から山頂に向かっている(2019年の登山者23万6000人のうち15万人、2022年の登山者16万人のうち9万4000人が吉田口を利用)。

 9月に入ってからの土曜であったが、富士スバルラインでは多くの観光バス(マイカー規制対象外)とすれ違い、人気観光地であることがうかがえた。吉田口に着くと、雲のなかで天候は微妙であるにもかかわらず多くの観光客や登山客が訪れていたが、説明で受けていたゴミの散乱は目にすることなく、筆者自身は不快感は感じなかった。7月下旬からお盆までのハイシーズンを過ぎていたこともあるだろう。

 次に山梨県富士五合目総合管理センターの地下にあるインフラ施設を見せてもらった。この施設は富士山の登山案内を行なっているほか、救護施設や富士山レンジャーの基地としても機能している。標高が2500mの五合目にもなると、発電機で電気を起こし、給水車で運んできた水をタンクに貯水しなければならない。これがレストランや土産店など各建物ごとに備えられていることになり、利便性と引き換えになっていることが理解できた。

 人気観光地の宿命であるが、オーバーツーリズムの問題は常に付きまとう。入山規制はした方がよいのか、規制するなら入山料を取るのか・いくらにするのか、登山口の設備やインフラは景観や環境保護とどう折り合いを付けるのかなど、今後に向けた課題は尽きない。そのため、山梨県は登山鉄道構想を進めている。美しい部分だけでなく、目を逸らしたい部分も含めた富士山を、もっと多くの人に知ってもらいたいと関係者は話していた。

訪れたのはハイシーズンを過ぎた9月2日だが、それでも多くの登山客が集まる。筆者が登ったことのある須走口に比べ、かなりにぎわっている
ゴミが散乱し、便器が詰まった五合目の公衆トイレ。一部ではあるがマナーのわるい登山客もおり、増加傾向にあるとのこと(写真提供:山梨県)
イコモスに人工的景観と混雑を指摘された吉田口(写真提供:山梨県)
頂上まで連なる人の列。混みあっているいるため、落石や転落があった場合は避けきれない(写真提供:山梨県)
吉田口にある小御嶽神社から見える富士山(写真提供:山梨県)