旅レポ

富士山の自然を感じられる青木ヶ原樹海を歩いてみた。鳴沢氷穴や富岳風穴では真夏でも0℃の涼しさを体験できる

天然記念物として指定されている青木ヶ原樹海の正式名称は「富士山原始林及び青木ヶ原樹海」。富士山の裾野に広がる貴重な原始林

 日本人にも外国人にも人気の富士山は、夏場は登山シーズンとあって多くの人が集まり、ふもとの富士五湖(本栖湖、精進湖、西湖、河口湖、山中湖)周辺も観光スポットとして有名だ。

 それ以外にも雄大な自然を満喫できる場所は多々あるが、今回は緑が美しい青木ヶ原樹海と点在するいくつかの風穴・氷穴を紹介しよう。

富士山をさまざまな角度から研究している山梨県富士山科学研究所

 青木ヶ原樹海は富士山の北西部に位置する鳴沢村と富士河口湖町にあり、30km2にわたって森林地帯が広がっている。山腹から眺めるとまるで緑の絨毯を敷いたような景色が広がり、その様子がまるで木々が海原のように広がる“樹海”のように見えたことから名付けられたとも言われている。

 この青木ヶ原樹海、天然記念物に指定されているおかげで手つかずの原始林が残されている貴重なエリアでもある。詳細については、山梨県富士山科学研究所の研究員である内山高氏が成り立ちと実際の見どころをレクチャーしてくれた。

富士山の過去と現在を研究している山梨県富士山科学研究所
研究員の内山高氏。専門分野は第四期火山地質
施設の1階は一般公開されており、研究分野を紹介している
富士山の噴火の歴史を示した図
展示されている一部の溶岩などは触ることもできる
周辺に生息している野生動物や昆虫

富士山の溶岩の上に森ができた青木ヶ原樹海

 富士山は現在の姿に至るまで、いくつかの大規模な噴火を起こしてきた。もっとも現代に近いのは1707年、江戸時代に起きた宝永噴火。火山噴出物は玄武岩質で粘性が低いため、裾野に流れやすい性質を持っているそうだ。噴火口の位置などから流れ出る方向はまちまちで、青木ヶ原樹海は平安時代の864年に起きた貞観噴火の際に流れ出た溶岩の上に成り立っているとのことだ。

貞観噴火によって流れ出た溶岩は西湖と精進湖を形成し、青木ヶ原樹海の土台になった

 流れ出た溶岩が冷え固まってもいきなり樹木が育つことはなく、まずはコケ植物や地衣類が定着し、その後は1年生植物、多年生植物が茂るようになる。そして、強い光を好む陽樹(アカマツやシラカバ)が出現し、低木で構成された陽樹の森が形成される。その木々が成長すると、林床に光が届かなくなることから陽樹は減少し、今度は光が少ない環境でも育つ陰樹(ブナやシイ)などが生え、高木で構成された陰樹の森になっていく。

 原生林のほとんどは陰樹の森であるが、青木ヶ原樹海は陽樹と陰樹の混合林で、変化の過程にある貴重な存在であるそうだ。また、溶岩の上に樹木が生育している環境は独特な景観を生み出しており、このエリアならではの見どころになっている。根がデコボコと地表をはって伸びており、溶岩が崩れた場所は横倒しになってしまうが、たくましくまた上を向いて生長する木々も多く見られるなど、ほかの地域にはない特徴を多く持つ森林であるとのことだ。

溶岩上に最初に育つ植物は「パイオニア植物」と呼ばれる
陰樹の森と陽樹の森の違い

めずらしい景色が広がる原生林を散策

 青木ヶ原樹海は気軽に楽しめる遊歩道がいくつか整備されているが、今回は富岳風穴から鳴沢氷穴までの道のりを歩いてみた。樹海というと危険なイメージもあるが、遊歩道はきちんと整備されているので道から外れなければ大丈夫だ。

 環境保護の観点からも遊歩道から外れて歩くのはNGだし、そもそも溶岩が積み重なった起伏が激しい地形なので、遊歩道以外は気軽に歩を進められる状態でないのは行ってみると分かるはずだ。また、整備されているとはいえゴロゴロとした溶岩の上を歩くので、スニーカーでもよいが靴底は厚めのものを用意した方がいい。

青木ヶ原樹海には数多くの遊歩道が整備されている
とはいえ、デコボコしているので靴底が薄いとツライ思いをする

 実際の青木ヶ原樹海に足を踏み入れると、静まり返った森と不思議な景観に目を奪われる。朝や夕方なら鳥のさえずりがよく聞こえるそうだ。タヌキやシカなどの野生動物も生息しているので、運がよければ見れるかもしれない。

 樹海あるあると言われているのが、“コンパスが利かなくなる”伝説だ。「樹海は溶岩によって地磁気が狂っており、コンパスの針がグルグルと回り続けて役に立たず……」という話だが、内山さんは「まぁ、ウソですね」と笑いながら説明してくれた。確かに磁気を帯びた岩にコンパスを近づけると針が揺れ動いたり、吸い寄せられたりする場所はあるそうだが、「腰からうえでコンパスを出せば普通に使えます」と説明してくれた。逆にコンパスが狂うところを見たいのなら、「とがった岩の先で試してみてください」とのことだ。

地表をはうように伸びた根とコケが印象的
溶岩地形なので、このようなハッキリとした割れ目も観察できる
一度倒れても再び上を向いて育つ樹木にたくましさを感じる
コンパスを持っていたら実験してみるのも楽しい

夏でも氷が溶けない鳴沢氷穴

 青木ヶ原樹海にはいくつかの風穴・氷穴と呼ばれる溶岩洞窟がある。溶岩が冷え固まる際に内部に溜まったガスが抜けたり、まだ熱い溶岩が噴出したことで形成されている。今回は「鳴沢氷穴」「富岳風穴」「竜宮洞穴」の3か所を訪れた。

 鳴沢氷穴はもっとも有名な場所で、道路や駐車場から近いことからも人気のスポットだ。総延長は153mで、最深部は地下21m、そして洞窟内の高さは0.91~3.6mとなっている。この高さがクセモノで、腰をかなりかがめてゆっくり進まないと頭をぶつけることになる。入口でも説明されるが、「とにかくかがんでください。用心しないと頭をぶつけます。4日連続で流血事故が起きています」とのことなので気を付けよう。

 入口には「只今洞穴内0℃」とあるように、なかはかなり寒い。それもそのはずで、内部には氷がこれでもかと鎮座している。天然の氷柱から氷室として利用してきた氷棚も置かれており、この猛暑のなかで一時の涼を楽しむことができる。訪れていた多くの外国人も大喜びしていた。

鳴沢氷穴の入口。この数段下から冷気を感じる。入場料は大人350円、子供200円。期間は4月1日~10月15日まで
入場に関する注意書き
涼しさへの期待を持たせる案内板
難所の5mは手すりにつかまってゆっくり進む。冒険気分でドキドキ感が楽しい
真夏でも溶けない氷に感動を覚える

富岳風穴も人気の溶岩洞窟

 富岳風穴は横穴型の洞窟で、鳴沢氷穴よりも歩きやすいのが特徴。総延長は201mで、洞窟内の高さは最高で8.7mあるので狭い印象はない。こちらでも氷柱を見れるほか、縄状溶岩や溶岩棚、溶岩池といった特殊な地形を見ることができる。

富岳風穴の入口。入場料は大人350円、子供200円。期間は4月1日~10月15日まで
こちらの地下にも涼し気な氷がある
養蚕に使う蚕の生育過程を調整するために使われていた天然冷蔵庫
温暖差の激しい10分ちょっとの地下探検はファミリー層にも人気

自然そのままの竜宮洞穴

 最後に紹介する竜宮洞穴だが、こちらは観光地化されていないので知る人ぞ知る穴場のスポットだ。道路脇の案内板から歩道を5分ほど進むとたどり着くが、残念なことに内部は崩落しているので入口までしか行けない。それでも段差を降りるたびに涼しさを感じ、下から見えるコケをまとった景色は一見の価値がある。富士の自然をそのまま感じることができる場所なので、周遊観光地の一つとして覚えておきたい。

竜宮洞穴の入口。こちらは無料だが、崩落が激しいのでなかに入ることはできない
祠が祭ってある場所までは降りていける
竜宮洞穴も天然記念物に指定されている。霊場としての歴史があることから、訪れるとご利益があるかも

 筆者は実際に青木ヶ原樹海を歩いたのは初めてだったが、思っていた以上に普通の森林とは違う景色を楽しむことができた。レクチャーにもあったように、溶岩地形が織りなすなかでたくましく育つ樹木、そして溶岩地形ならではの洞窟など、興味深い場所が多々あった。また、森のなかを歩くのは気持ちがいいもので、都会の喧騒を忘れるにはうってつけとも言える。次回訪れた際は、富岳風穴から西湖まで続く樹海遊歩道も歩いてみたいと思った。

野村シンヤ

IT系出版社で雑誌や書籍編集に携わった後、現在はフリーのライター・エディターとして活動中。PCやスマートフォン、デジタルカメラを中心に雑誌やWeb媒体での執筆や編集を行なっている。気ままにバイク旅をしたいなと思う今日この頃。