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ANA、「民の力」で日中関係の基礎を作った岡崎嘉平太 2代目社長の特別展を羽田空港でスタート

特別展「岡崎嘉平太とその時代~日中友好の井戸を掘った人々~」は入場無料。8月20日まで

2018年7月24日~8月20日 開催

ANAホールディングスが日中平和友好条約締結40周年を記念し、特別展「岡崎嘉平太とその時代~日中友好の井戸を掘った人々~」を開催。岡崎嘉平太氏(左)はANA第2代社長で、日中友好に尽力したことで知られ、当時中国国務院総理の周恩来氏(右)から、「中国には『水を飲むときには、井戸を掘った人のことを忘れない』という言葉がある」との言葉を贈られた岡崎嘉平太氏や、日中国交正常化に向けて尽力した両国の人々の偉業をパネルや映像、当時の品々で紹介している

 ANAHD(ANAホールディングス)は、日中平和友好条約締結から40周年を迎えることを記念し、日中貿易を通じて両国の国交正常化に尽力したANA(全日本空輸)第2代社長である岡崎嘉平太氏や、日中友好に尽力した人々の偉業を紹介する特別展「岡崎嘉平太とその時代~日中友好の井戸を掘った人々~」を7月24日~8月20日に羽田空港で開催。開幕日の7月24日には、日本、中国両国の関係者が集まってオープニングセレモニーを実施した。

 岡崎嘉平太氏は1897年4月16日に現在の岡山県加賀郡吉備中央町に生まれ、1961年から1967年までANAの第2代社長を務めた人物。特に、学生時代に中国人留学生と友好を深めたことをきっかけに中国に関心を寄せ、戦後に国交のなかった日中関係の正常化に尽力したことで知られる。

 国交のなかった時代から民間の交流、貿易による往来を通じて国交の早期回復を図るという、「民をもって官を促す」との信念で、1962年に「日中長期総合貿易に関する覚書」に基づく貿易、いわゆるLT貿易(LTは、中華人民共和国側代表の廖承志氏と、日本側代表の高碕達之助氏の頭文字から取られた)の実現に貢献した。

 その後、1972年に日中共同声明が出され、いわゆる日中国交正常化が果たされるが、その直前に当時の中国国務院総理だった周恩来氏から「中国には『水を飲むときには、井戸を掘った人のことを忘れない』という言葉がある。間もなく田中首相が中国に来られ国交が正常化するが、その井戸を掘ったのは岡崎さん、あなたです」という言葉を贈られたとのエピソードが残る。中国訪問は、国交が断絶していた時代から数えて100回におよぶという。

 また、その功績は近年になっても中国で語り継がれており、2015年に現自民党幹事長の二階俊博氏を名誉団長に、観光文化交流団3000名が中国を訪問した折には、中国の習近平国家主席が日中友好に尽力した日本人として岡崎嘉平太氏の名前や、今回の展示会でもフォーカスしている高碕達之助氏らの名前を挙げたという。

 ANAの中国路線は、1987年4月16日に成田~大連~北京線で中国路線定期便に初めて就航。当時は週3便の運航で、ロッキード トライスター(L-1011型機)が使用された。1987年4月16日には岡崎嘉平太氏の90歳の誕生日であり、同氏も初便に乗って大連でのパーティに参加。現在のANAは中国10都市へとネットワークを拡大しているが、その礎を築いた人物となっている。

 7月24日に羽田空港で開幕する「岡崎嘉平太とその時代~日中友好の井戸を掘った人々~」は、2018年が1978年の日中平和友好条約締結から40周年を迎えることを記念したもので、ANAとは学生のインターンシップへの協力で関係の深い北京の清華大学と共催で開かれる。羽田空港では8月20日で閉幕となるが、その後、11月27日からは北京の清華大学においても同様の特別展が開かれることになっている。

特別展「岡崎嘉平太とその時代~日中友好の井戸を掘った人々~」

期間:2018年7月24日~8月20日、平日11時~18時30分/土・日曜・祝日10時~18時30分(最終入場は18時)
会場:羽田空港国内線第2旅客ターミナル3階「ディスカバリーミュージアム」
入場料:無料

特別展「岡崎嘉平太とその時代~日中友好の井戸を掘った人々~」
第2ターミナル3階のディスカバリーミュージアムで開催。出発ロビーの保安検査場D付近の前方上階にある
入り口入ってすぐのところには、特別展の説明や、岡崎嘉平太氏の略歴紹介のコーナーがある
会場内のいくつかのパネルにはQRコードも用意されており、手持ちのスマホで中国語での説明も読める

 展示会場には、岡崎家や岡崎嘉平太氏の出身地である岡山県吉備中央町にある「岡崎嘉平太記念館」らの協力により、同氏ゆかりの資料など貴重な品々120点余りを展示。

 岡崎嘉平太氏の史実を振り返る「第1章 日中国交正常化と岡崎嘉平太」、同氏が中国人留学生との交友を深めたことで中国に関心を寄せることになったエピソードなどを通じて、日中友好にかけた心の源流を紹介する「第2章 岡崎嘉平太を日中友好へ導いたその源流」、日中各国で友好に尽力した人々を紹介しつつ、LT貿易実現から日中国交正常化、ANAの日中定期航路開設までをたどる「第3章 岡崎嘉平太とその時代」といった展示コーナーが設けられる。

 さらに、当時のインタビューなどを交えて、岡崎嘉平太氏と日中国交回復がもたらした成果を約8分間の映像にまとめた「第4章 岡崎嘉平太 日中友好に捧げた生涯 映像シアター」のほか、会場内には現代人に気付きを与えてくれる同氏の名言や語録などを随所に展示している。

岡崎嘉平太氏の生涯や、日中友好に尽力した人々とその歴史などを、映像や貴重な資料を用いて紹介
ANAが1987年4月16日に就航した際の写真や資料なども展示

両国の関係者が多数参列したオープニングセレモニー

ANAホールディングス株式会社 取締役会長 伊東信一郎氏

 24日に羽田空港で開かれたオープニングセレモニーでは、まずANAHD 取締役会長の伊東信一郎氏があいさつ。「私どもANAの2代目の社長を務め、当社の近代化、航空業界の発展に力を尽くされた。今日のANAグループの礎を築いたことはもちろん、同時に日中友好の礎を築いたことは、皆さまご存じのとおり」と同氏の経歴やエピソードを紹介したうえで、「ANAグループにとって日中友好の大切さを思い、厳しい環境のなかで井戸を掘られた岡崎先生はたいへん誇らしい存在」とコメント。特別展に対しては「日中両国の多くの方が岡崎先生をはじめ、先人がいかに日中友好の大切さを思い、行動してきたかを知ってもらいたい」と話した。

 伊東氏は岡崎嘉平太氏の形骸に接した最後の世代であるとし、「中国に就航するにあたり、岡崎先生に相談に行くと、周恩来総理のことや日中友好の大切さについて熱く語られ、なかなか部屋から帰してもらえなかった」「1987年4月16日、念願だったANAの中国線就航は、岡崎先生の90歳の誕生日だった。先生も元気に初便に搭乗され、中国の皆さまから大歓迎を受けた。私もそこにいたが感動的な大切な思い出」と、岡崎嘉平太氏との思い出と語った。

 また、岡崎嘉平太氏の遺志で設立された「岡崎嘉平太国際奨学財団」の理事を務めていることに触れ、「中国をはじめ、東南アジアの各国から留学生を招いている。彼らは卒業後、母国に帰り、教鞭をとったり、政府機関や企業に勤めたりして、母国の発展と日本との友好に力を尽くしてくれている。今後も岡崎先生が強く望まれていたアジアの友好に微力ながら貢献してまいりたい」とした。

 こうした岡崎嘉平太氏の偉業を踏まえ、「ANAグループは今後も両国間の文化交流、民間交流を促進し、友好関係のさらなる発展に貢献していく」と語った。

清華大学 学長 邱勇(キュウ・ユウ)氏のメッセージを代読した、清華大学 国際部長 酈金梁(リ・キンリョウ)氏

 続いて、共催者である清華大学の学長 邱勇(キュウ・ユウ)氏からのメッセージを、清華大学 国際部長の酈金梁(リ・キンリョウ)が紹介。「訪日する中国観光客に馴染みのある羽田空港において、元学長 顧秉林(コ・ヘイリン)先生と、清華大学代表団が、皆さんと一緒に特別展のオープニングに参加できてうれしく思う」とのメッセージを寄せた。

 加えて、「『信はたていと、愛はよこ糸』が岡崎先生の人生の座右の銘であり、それは周恩来総理に高く評価され、21世紀の現在においても私たちにとっても貴重な精神的財産である。清華大学は中国の高等学府として、アジアの発展と人類の平和事業の建設者を育成する歴史的使命を背負っている。岡崎先生が日中友好に尽力される生涯と、『信はたていと、愛はよこ糸』という崇高な精神は、永遠に私たちが勉強する模範である」と岡崎嘉平太氏の中国での存在感の高さを伝えた。

中華人民共和国 駐日本国大使館 特命全権大使 程永華(テイ・エイカ)氏

 次に、来賓として中華人民共和国 駐日本国大使館 特命全権大使の程永華(てい・えいか)氏が登壇し、岡崎嘉平太氏の功績や、周恩来氏とのエピソード、近年の中国でも高く評価されている人物であることを紹介。

 また、程氏自身も「1987年の春のANAの中国便初フライトの際に、北京の中国外交部の一書記官として、李鵬 副総理(当時)のお供で北京でお迎えした。その後、1989年の春に、当時の楊振亜 駐日大使とともに、岡崎嘉平太先生自らの案内で沖縄旅行を体験した。その前後もいくたびとなく、岡崎嘉平太先生から日中友好に対する信念、周恩来先生に対する敬愛について教えをいただいた。それが今日にいたっても、仕事においての一つの糧として活かしている」と同氏に影響を受けていることを紹介した。

日本国際貿易促進協会 会長 河野洋平氏

 最後に、日本国際貿易促進協会 会長の河野洋平氏が、「ご列席の皆さま方のお顔を拝見し、岡崎嘉平太大先輩を語るにふさわしい人はまだまだ大勢いらっしゃる。私よりも岡崎嘉平太先輩を熟知されている、あるいは長いお付き合いのある、そういった方が大勢おそろいなので、ごあいさつ申し上げるのを躊躇しているが、ご指名をいただいたので、お許しをいただいて一言あいさつを申し上げたい」と謙遜しつつ登壇。

 この日のあいさつのために岡崎嘉平太氏が日中友好に尽力した時代背景を振り返ったという河野氏は、「当時の日中関係は直前の歴史を見れば、お互いに簡単にニコニコ笑って話ができる状況ではなかったに違いない。追い風に乗って話をしたわけでもなければ、向かい風にひるんだわけでもない。一貫してご自身の持つ信念を披瀝して中国の方々を説得する、中国側からも指導いただいて、指導を受けながら日中関係を正常化するための努力をされた」と讃え、「『民をもって間を促す』という、官や政治の状況がどうであれ、民の力で、一人一人の信念でもって両国の関係をつないでいった先頭にあった、あるいは要の場所にずっと座られた岡崎嘉平太さんの存在は、今日の日中関係で忘れてはならないと思う。まさしく井戸を掘った方であり、民の力の代表者として存在を讃え、語り継ぐべき重要な方であると思う」と賞賛した。

 そして、「岡山県の岡崎家、そしてANAの大橋(洋治)相談役も岡山出身でいらっしゃる。もっといえば、初代ANA社長の美土路昌一さんも岡山出身だったと思うが、そうした岡山県の方々の力もあって、こうした素晴らしい展示会が開かれるということはうれしく、意義深いこと。我々はこうしたことを、改めてしっかりと見つめ、本当の意味の日中関係を前進させる努力をしなければならないと思っている」と呼びかけた。

 セレモニーではその後、ANA第11代社長で、現在はANAHD 相談役を務める大橋洋治氏のかけ声で、両国の関係者総勢16名によるくす玉開披を挙行。「祝『岡崎嘉平太とその時代』開催」の幕が開かれた。

くす玉開披のかけ声を務めたANAホールディングス株式会社 相談役 大橋洋治氏
会場では、岡崎嘉平太氏の孫で、ピアニストの岡崎ゆみ氏によるピアノ演奏も
総勢16名による盛大なくす玉開披
記念撮影。左より順に、全日本空輸株式会社 代表取締役社長 平子裕志氏、清華大学 前学長 顧秉林(コ・ヘイリン)氏、岡山県加賀郡吉備中央町 町長 山本雅則氏、日本中国友好協会 会長 丹羽宇一郎氏、日本空港ビルデング株式会社 代表取締役会長 鷹城勲氏、衆議院議員 小泉龍司氏、中華人民共和国 駐日本国大使館 特命全権大使 程永華(テイ・エイカ)氏、岡崎嘉平太氏 子息 岡崎眞氏、ANAホールディングス株式会社 相談役 大橋洋治氏、岡崎嘉平太氏 孫 岡崎ゆみ氏、日本国際貿易促進協会 会長 河野洋平氏、日中友好議員連盟 事務局長 小渕優子氏、外務省 中国・モンゴル第一課長 岩本桂一氏、岡山県東京事務所 所長 槇尾俊之氏、岡山県高梁市 市長 近藤隆則氏、岡崎嘉平太記念館 館長 勝野将之氏、ANAホールディングス株式会社 取締役会長 伊東信一郎氏