ニュース
8月から参加枠約5倍の「“地下神殿”首都圏外郭放水路」見学会。第1立坑などが追加された新コースを体験した
日本初の民間運営によるインフラ見学会を東武トップツアーズが実施
2018年7月20日 00:00
- 2018年8月1日 提供開始
国土交通省 関東地方整備局 江戸川河川事務所、埼玉県春日部市、東武トップツアーズは、“地下神殿”などのニックネームも知られる「首都圏外郭放水路」の民間運営見学システムの社会実験を8月1日にスタートする。これに先立ち、7月19日に報道関係者向けの取材会を実施した。
首都圏外郭放水路について詳しくは後述するが、埼玉県東部地域で戦後から平成のはじめにかけて頻発した浸水被害に対応するために、増水した河川の水を地下をとおして江戸川へ排出する治水のための放水設備。調圧水槽と呼ばれるサッカーコート約1面分の地下空間に、巨大な柱が林立する様子が“神殿”のようだと話題になり、これまで国交省主体で見学会を実施してきた。
このインフラを民間に開放し、地域の活性化につなげようというのが今回の取り組みで、国土交通省や春日部市、関係団体で構成する首都圏外郭放水路利活用協議会が検討を進め、施設見学会などを行なう連携事業者として5月に東武トップツアーズと連携協定を締結。8月1日から東武トップツアーズが企画・運営を行なう民間運営見学システムによる社会実験をスタートすることになった。
これまで国交省が実施してきた見学会との違いは、大きく下記のようなポイントが挙げられる。
有料化。8月は500円
従来の国交省による見学会は無料で参加が可能だったが、新たな見学会は参加料が650円となる。見学希望者にとっては、おそらく唯一の残念な点だ。ただ、8月は1名500円で実施するほか、好評であれば9月以降についても500円を継続したいとしている。
なお、料金は大人も子供も同額。中学生以下は大人の同伴が必要で、大人1名につき子供は5名まで引率できる。未就学児は大人同伴にかかわらず参加できない。
土日祝日も実施。1日の実施回数が7回となり、参加枠は約5倍
これまでは日・祝日は原則として実施しておらず、土曜日は月2回の開催となっていたが、土・日・祝日を含めて毎日開催する。さらに、1日あたり3~4回から7回(10時~16時の毎正時スタート)へ増加。各回50名の募集で、参加枠は従来の約5倍へと拡大する。
参加には事前予約が必要で、首都圏外郭放水路公式Webサイト、または電話(048-747-0281、月~金曜日/祝日除く、9時~16時30分)で受け付けている。
8月1日以降の予約については7月1日から受け付けており、7月18日午前の時点で約3200名とのこと。1カ月で1万名強の参加枠があるので、70%ほどは空きがある状態。とくに中旬から下旬にかけては、まだまだ余裕があるそうだ。
原則中止なし。施設稼働中も可能な範囲で見学
雨天時など施設が稼働している際には、予約していた人に連絡をして見学会を中止していたが、原則として見学会は中止しないようになる。
新たな見学会では、水量が増加しているが安全性に問題がない場合は調圧水槽の上部にあるキャットウォーク付近から水が流入していく様子を見学できるほか、調圧水槽の見学も危険と判断された場合には江戸川へ水を排出するためのポンプ室を見学。防災施設の機能や役割を生で見られるコースへ変更して実施する計画となっている。
非公開だった「第1立坑」を見学可能に
これまで非公開だった「第1立坑(たてこう)」を新たに開放し見学コースに組み入れる。スペースシャトルや米ニューヨークの自由の女神がすっぽり入る、深さ71m、直径31.6mの竪穴で、これまでは調圧水槽とつながる一部分のみ見ることができたが、これを上から覗くように見ることができる。
案内のプロフェショナル「地下神殿コンシェルジュ」がガイド
これまでの見学会でも案内役の付き添いがあり、4名のガイドがその役割を担っている。このサービス向上を図るべく、8月1日から新たにガイドのプロフェッショナル「地下神殿コンシェルジュ」が案内するようになる。これは首都圏外郭放水路利活用協議会が、施設に関する知識や応対の品質、経験などを総合的に判断して認定するもの。参加者へのサービス向上だけでなく、地元の春日部市民からも募集することで、地元の人が活躍できる場を作ることによる地域振興につなげる。
今回の取材会では、その第1号となる高木博美さんへの認定証授与式も行なわれた。認定証を授与した国交省 関東地方整備局 江戸川河川事務所 事務所長の中村伸也氏は「7月に着任したばかりだが、高木さんの親しみやすい笑顔と分かりやすい説明は職員から聞いている。第1号として認定するが、この認定が励みになればと思うし、第2号、第3号へつなぐきっかけになればとも思う」とコメント。
認定証を受け取った高木さんは「これまでにもたくさんの方に見学に来ていただきましたが、さらに参加しやすく、充実した内容の見学会になりました。ぜひ、地下の壮大な空間を体験していただき、日本の防災、そして技術力の高さを知っていただけるよう、コンシェルジュとしてガイドを努めてまいりたいと思います。国内、また海外の方、多くの方のご参加をお待ちしております」と意気込みを語った。
ちなみに、地下神殿コンシュルジュの創設にあたってユニフォームも新調。神殿をイメージしたイラストと「防災地下神殿」の文字を組み合わせた新たなロゴマークも作成した。このロゴマークは案内資料などのほか、春日部市や春日部市観光協会にも使用を呼びかけているという。
見学者特典として「防災地下神殿カード」を作成
全国のダムで配布している「ダムカード」のシリーズとして、新たに「防災地下神殿カード」を作成。これは8月1日以降の見学会に参加した人だけに配布する。ここにも先述のロゴマークが使われている。
ちなみに、用途は洪水調整を意味する「F(Flood control)」。種類は「DC」と書かれており、おそらく「Discharge Channel(放水路)」を意味するとみられる。
施設紹介の多言語アプリやARコンテンツを提供
観光資源化に向けた取り組みとして、首都圏外郭放水路の施設を画像や解説文、音声で案内する多言語アプリを開発。訪日観光客への対応として、英語、中国語(繁体字、簡体字)にも対応する。音声ガイドは声優の喜多村英梨さんを起用している(日本語ガイドのみ)。
東武トップツアーズでは、このアプリに加えて、施設内の案内板なども多言語化し、インバウンドの取り込みを図る。
また、水が入った場合にどのようになるかを視覚的に体験できるAR(拡張現実)コンテンツを作成。自分が立っている調圧水槽に水が貯まったときに、その場がどのようになるかを知ることができる。
これらのアプリは現在開発中で、取材会ではデモ版として一部機能を公開した。
首都圏外郭放水路の見学会受付場所となる庄和排水機場、通称「地底探検ミュージアム 龍Q館(りゅうきゅうかん)」では現在、館内に無料Wi-Fiを整備している。見学会参加者には、この無料Wi-Fiを利用して自身のスマートフォンやタブレットにアプリをインストールしてもらう計画。もちろん地下の調圧水槽内ではインターネットに接続できないため、すべてのコンテンツをオフラインで利用できるようにしている。
8月限定で南桜井駅からの無料シャトルバスを運行
庄和排水機場、通称「地底探検ミュージアム 龍Q館(りゅうきゅうかん)」は、東武アーバンパークライン(野田線)の南桜井駅が最寄り駅となるが、そこから徒歩では40分程度、路線バスも1時間に1~2本ほどと二次交通が充実しているとは言えないのが現状となっている。
このため、8月に期間限定で南桜井駅と龍Q館を結ぶ無料のシャトルバス(定員23名)を1日9便運行する。午後の便は近隣の道の駅「庄和」を経由するルートとし、見学後に地元産品の買い物などを楽しめるようにしている。
春日部市の観光振興にどうつなげるかが課題に
今回行なわれた取材会で、首都圏外郭放水路について説明した国交省 関東地方整備局 江戸川河川事務所 副所長の新井満氏は、「首都圏外郭放水路というインフラを春日部市と民間事業者である東武トップツアーズと連携して、大胆に公開・開放する取り組みをスタートした。来て、見て、感じて、学んで、楽しんでいただいて、インフラの整備や維持管理への理解促進、周辺の地域活性化を図りたい」と、今回の取り組みの目的を説明。
また、「放水路ができたからといっても万全ではない。近年は各地で史上初、史上最大が頻発している。より多くの方に社会実験の見学会に参加していただいて、首都圏外郭放水路や水害に対する意識を高めていただくことが大切だと考えている」との意義もあるという。
一方、日本で初めて公共インフラの継続的な見学運営を担う東武トップツアーズは、今回の目的について、ノウハウの蓄積と地域振興への貢献の2点を挙げている。現状、社会実験の期間は決まっておらず、効果測定を行ないながら、さまざまな取り組みを進めていく方針。
今後は付加価値向上を図るほか、自社催行の旅行商品への組み込みや、他社の旅行商品のコンテンツとして活用してもらえるようにもしたいとする。また、龍Q館のある春日部市は東武鉄道のアーバンパークライン(野田線)とスカイツリーライン(伊勢崎線)の乗り換え駅である春日部駅を有することから、鉄道を利用した団体旅行なども検討している。
地元の春日部市は、取材会で観光資源や道の駅「庄和」を紹介。首都圏外郭放水路をきっかけとした観光客の地域周遊に期待を示す。
先述のとおり、龍Q館は二次交通が充実しておらず、現在は1時間に1~2本の路線バスとコミュニティバスがある程度。無料運行のシャトルバスについても、春日部の市街中心部にある春日部駅ではなく、南桜井駅が発着地であることは課題になっている。市でも首都圏外郭放水路を中心とした回遊性を高めるべくバス事業者への働きかけを行なっている。
観光入れ込み客数については、2016年実績で約185万人。首都圏外郭放水路の参加枠が拡大して年間約12万人を受け入れる体制になることから、おおむね10万人ほどの増加を期待。「第2次春日部市総合振興計画」では2022年度の観光入れ込み客数目標として、2018年度比で約10%増となる203万人の目標を立てており、その半数程度を担える可能性がある数字だ。
一方、観光消費額については市でワーキンググループを立ち上げて、市内の観光施設や商業施設に立ち寄ってもらうための具体的施策を検討しており、首都圏外郭放水路が日帰りツアーなどで組み込まれる場合に地域のお店にも立ち寄ってもらえるような旅行会社への働きかけや、商工会らと協力して団体受け入れのための情報収集にも取り組んでいる。
首都圏外郭放水路とは?
見学コースの紹介の前に、首都圏外郭放水路を簡単に説明しておきたい。この施設は、埼玉県北部地域の水害に対応する防災施設である。現在も復旧が進められている西日本の豪雨被害の例に留まらず、「平成27年(2015年)9月関東・東北豪雨」「平成28年(2016年)8月東北・北海道豪雨」「平成29年(2017年)7月九州北部豪雨」など、近年は“史上初”“史上最大級”という豪雨被害が毎年のように発生している。
埼玉県東部地域の中川・綾瀬川流域でも、低平という地形的条件、急激な市街化という地域的条件から、降雨時の河川増水時に下流へ水が流出しにくく、水害が頻発していた。そこで整備されたのが首都圏外郭放水路で、春日部大橋から、国道16号と国道4号バイパスの交差点付近までの6.3kmにわたり、国道16号の地下約50mに設置されている。2002年から部分的に稼働を始め、2006年に完成して全稼働を開始した。
その目的は、域内の川が増水した際に地下を通じて、流れに余裕のある江戸川へ排出することとなる。
大落古利根川を対象とした春日部大橋付近の第5立坑、幸松川を対象とした春日部市場前交差点付近の第4立坑、倉松川と中川を対象とした藤の牛島駅入り口交差点付近の第3立坑、18号水路を対象とした国道4号バイパスとの交差点付近の第2立坑が、河川増水時に水を地下へ送る役割を担う。
この第2~5立坑から流入した水が、国道16号の地下にある直径10mの地下トンネルを通じて、第1立坑に入る。つまり第2~5立坑は増水した河川の水を上から流し込み、第1立坑は下から水が流れ込む構造となる。
第1立坑には一定の水位で調圧水槽へと水が流れ出るようになっている。これは流入してくる水の勢いを弱めたり、逆流の水圧を弱めたりする目的のもので、ここがいわゆる“地下神殿”と呼ばれる場所だ。
そして、調圧水槽に流入した水をポンプを使って江戸川へとつながる排水樋管へ安全に排出していくことになる。
2002年の部分稼働開始からこれまでに111回水を貯め、うち66回は江戸川へ排水して流域の被害を軽減。同規模の降雨となった1982年9月の台風18号(48時間あたり平均210mmの雨量)と、2015年の平成27年9月関東・東北豪雨(48時間あたり平均230mmの雨量)で比較した場合、浸水戸数は約1/50(3万6425戸から752戸)、浸水面積は約1/10(2万7690ヘクタールから2925ヘクタール)へ減少しているという。
首都圏外郭放水路に流入した水を江戸川へ排出する設備が置かれているのが、見学会の受付場所でもある庄和排水機場(龍Q館)である。ここに第1立坑、調圧水槽、ポンプ室、そして全体を制御する操作室が設けられている。
8月1日からの新たな見学コースを体験
それでは、東武トップツアーズの運営で生まれ変わる首都圏外郭放水路の新しい見学コースを紹介する。
通常時の見学では、龍Q館現地に集合して2階で受付をしたあと、1階で概略の説明が行なわれる。そして、“地下神殿”こと「調圧水槽」を見学し、新たに公開される「第1立坑」を見学。最後に龍Q館に戻って解散する流れで、所要時間は約50分となる。
調圧水槽
見学コースは冒頭から施設の目玉である調圧水槽の見学へ向かう。入り口から116段の階段を下ると、途中から林立する柱が目に飛び込んでくる。階段を半分も降りると空気もヒンヤリしてくるので、8月の見学では心地よさを味わえるだろう。
調圧水槽の底に降りると、多数の柱がそびえ立つ光景が目の前に広がる。見学するエリアは第1立坑寄りの場所で、水が流入してくる場所ということになる。奥の方には壁が見えるが、そのさらに奥にポンプ室がある。水は奥の壁の下を抜けていくという。奥行きは177m、幅は78mでサッカーコート1面分ほど。高さは18mある。
ちなみに、“神殿”の光景を生み出しているこの柱は、1本500トンで、59本ある。水槽周囲の地下水が生み出す揚圧力によって水槽が浮かび上がるのを防ぐためのもので、これによって荷重を作って揚圧力に対応している。
先にも少し紹介したが、ここでは過去にイベントなども行なわれている。現時点で具体的な予定はないというか、東武トップツアーズや春日部市では今後、調圧水槽を利用したイベントなども検討していきたいとのことだった。
第1立坑
続いて見学するのが、8月以降に新規に公開される第1立坑となる。調圧水槽の階段116段をのぼり、数m離れた入り口を入ったところから見学する。
第1立坑は深さ71m、内径約31.6mの竪穴で、途中視界を遮られる部分はあるが、その深さや、調圧水槽へと水が流れ込む接続部を見ることができる。底がやや見にくいので、少し水が貯まっている状態の方が機能をより理解できそうな印象を受けた。
ちなみに、取材会では、一般の見学場所より一段下がった踊り場からの撮影が特別に許可された。現時点では、残念ながらこのエリアの開放は予定していないという。一方、一般の見学場所は増水時でも安全に見学できる十分な高さであることから、天候や水量にかかわらず見学が可能となっている。
ポンプ室
先述のとおり、水量が増加して、調圧水槽の見学が難しい場合には、ポンプ室を見学できる。ここは非公開というわけではないそうだが、主に時間の都合で通常の見学ではコースに組み入れていない。むしろ、こちらの方がラッキーと思う人もいるかもしれない。
通常、放水路のポンプはディーゼルエンジンを用いることが多いそうだが、首都圏外郭放水路のポンプはより小型軽量で、馬力がある、定格出力1万300kWの三菱重工業製ガスタービンエンジンを使っている。燃料は重油を使用する。そして、変速機を通じてポンプの羽根車(インペラ)を回す。排水量は1秒あたり50m3。
ポンプは4台設置されており、2015年の関東・東北豪雨の際には4台をフル稼働させたというが、そのほかは1~2台を動かすに留まっており、調圧水槽に水が流入する速度などに応じて、定常運転水位を上まわることがないよう稼働台数を調整するという。
以上が、8月1日から行なわれる、首都圏外郭放水路の民間運営見学システムによる社会実験の取り組みとなる。人口の多い首都圏から日帰りで訪問できるインフラ観光地としては、枠の拡大で参加しやすくなることは直前でも参加できる可能性が高まる点でメリットになるほか、第1立坑の公開や防災地下神殿カードの配布などは、過去に見学会に参加したことがある人にも魅力に映るだろう。
なお、地元の春日部市では、本格的な防災インフラ観光施設としての社会実験を開始することを記念し、8月2日、8月11日/12日の3日間、「防災体験会」を同時開催する。時間は11時から16時で、予約不要で参加できる。
龍Q館敷地内での防災クイズラリーや災害対策用機械や建設機械の紹介、体験車による震度6強の地震体験(8月2日のみ)、時間300mmの大雨体験(8月11日/12日)などを実施。上記の施設見学は事前予約が必要だが、防災体験会のみの参加も可能となっている。