井上孝司の「鉄道旅行のヒント」
栓抜きに扇風機? 今も少し残っている、昔の鉄道旅行体験
2026年7月29日 06:00
人間、「昔はよかった」と言い出すようになったら老化の始まりだが、「温故知新」という言葉もある。昔の鉄道旅行がどんなだったかを知ることは、現代にかけて何がどう変化したのかを知るベースにもなる。
と言ってしまうと大袈裟過ぎるが、今でも探すと、「昔の鉄道旅行体験を構成していたピース」が残っている場面はあるものだ。
西武4000系の栓抜き
昔の鉄道旅行における「食」のアイテムとして、しばしば引き合いに出されるのが「冷凍みかん」と「プラ容器入りのお茶」。ただ、さすがに現代では両方とも、身近なところで日常的に手に入れられるアイテムではなくなってしまった。
昔はペットボトルというものがなかった。そこで広く用いられていた飲料容器、それがガラス瓶である。
今でもビールの瓶入りは一般的に存在するが、昔はもっと多種多様な飲料が瓶入りで売られていた。調べてみたら、今でもネット通販で手に入る瓶入りソフトドリンクはあるようだ。ただ、スーパーやコンビニの店頭で見かけることが少ないというだけで。
さて、ネジ式のキャップなら話は簡単だが、普通、瓶入りの飲料を開封するには栓抜きが必要である。しかし、駅の売店などで瓶入りの飲料を購入する場面を想定して、いちいち栓抜きを持って旅行に出る人はいなかっただろう。
実は昔の鉄道車両では、栓抜きの設置はわりと一般的だった。さすがに通勤型や近郊型の車両になると話は違うが、長距離列車で使用する座席車や寝台車では一般的なアイテムだった。
といっても、市販されている一般的な栓抜きを紐でつないでぶら下げておく……わけではない。壁やテーブルにL字形の金具が付いていて、そこに栓の縁をひっかけて瓶を「こじる」と開栓できる。
ただ、前述したように缶入りあるいはペットボトル入りが一般的になれば、栓抜きの出番はなくなる。だから、いまどきの優等列車用の車両で栓抜きを装備して新造する事例は見かけないが、栓抜きが残った状態のまま走っている車両はいくつかある。
そのなかでも、定期列車として日常的に乗れるのが、西武秩父線(飯能~西武秩父)で使われている4000系電車。ボックスシート部のテーブル下面に栓抜きが付いている。ただし後期製造車では栓抜きを省略したため、4000系なら必ず栓抜きが付いているとは限らない。
このほか、JR東日本や大井川鐵道、津軽鉄道のストーブ列車みたいに、昔の客車を使用している列車では、栓抜きが残っている場面があるようだ。意外なところでは、長野電鉄1000系も、テーブルを展開すると、その下の側壁に栓抜きが付いている。
過去の話になるが、ひたちなか海浜鉄道で2010年8月に「タイムスリップ、真夏の“あつ~い”レトロ列車運行 3days」という企画があった。このとき、瓶入り飲料の車販が登場した。せっかく車両に栓抜きが付いているから、使ってもらおうという狙いだったのだろう。
硬券と入鋏
今は「きっぷ」といえばペラペラの紙を使用する、いわゆる軟券が大半を占める。しかしかつては、厚手の紙を使用する、いわゆる「硬券」が主流だった。
自動券売機で発行する軟券は、発券するその都度、日付や駅名・運賃などの記載事項を印刷して発券する。しかし硬券の場合、最初から駅名などの情報を印刷したものを用意しておいて、日付だけスタンプして発券する仕組み。
もう1つ、すっかり見かけなくなった鉄道風景として「入鋏」がある。改札口で入場する際にきっぷを係員が確認して、確認の印にパンチで切り込みを入れるもの。そのパンチの形は何パターンかあり、駅によって異なるようにしていた。
今でも有人改札が残っている駅は少なくないが、入鋏する代わりにスタンプ(チケッターと呼ばれる)を使うことが大半で、「きっぷにハサミを入れる」という言葉自体が死語になりかかっている。
では、硬券や入鋏は滅びてしまったアイテムなのかというと、そうでもなく、あるところにはある。
その1つが三重県の三岐鉄道三岐線(近鉄富田~西藤原)。セメントなどの貨物輸送で有名な路線だが、今でも硬券と入鋏を体験できるという点で、もっと知られてもいい存在かもしれない。
あるところにはある非冷房車
日本民営鉄道協会という団体がある。ここでは昔、夏が近付くと「大手民鉄各社の今年の冷房化率」を発表していた。冷房化率が話題になるということは、非冷房車も結構いたということである。
しかしそれも昔の話。優等列車から始まった鉄道車両の冷房化はどんどん波及して、今や冷房付きは当たり前である。真夏の猛暑がなにかと話題になる昨今、冷房なしではたまったものではない。
ところが現在でも、わずかながら非冷房車が残っている。例えば、JR北海道が宗谷本線(主として名寄~稚内間)や花咲線(根室本線の釧路~根室間)などで使用しているキハ54という気動車があるが、これは冷房がない。扇風機だけである。
また、もう大半が引退してしまったが、同じJR北海道のキハ40も、最後まで残ったのは冷房がない車両だけだ。キハ54やキハ40に加えて、室蘭本線(苫小牧~岩見沢)などで使われているキハ150(100番代)も非冷房車である。北海道でも暑いところは暑いのだが。
ローカル線の国鉄型気動車なら、まだ「そういうこともあるか」と納得がいくが、意外なところでは札幌の地下鉄が非冷房車だ。しかし最近、夏場の暑さに関する苦情の声が大きくなり、「2030年度にも冷房を導入する方針」と報じられている。
さすがに内地では大抵が冷房車になった。2010年8月に「タイムスリップ、真夏の“あつ~い”レトロ列車運行 3days」を仕掛けたひたちなか海浜鉄道でも、件の非冷房車はすでに引退済みである。
ところが、意外なところに非冷房車が1つ残っている。それも東京の近隣だ。それが山万ユーカリが丘線。佐倉市にあるニュータウン・ユーカリが丘を走る新交通システムで、京成本線のユーカリが丘駅を起点とするラケット型の路線を持つ。
実は、ここで使用している車両は1982年の開業に合わせて製造した1000形のまま。当時はまだ非冷房で新造される車両もあった時代である。また、小型の車両に冷房実現のための機器一式を組み込むのが難しい事情もあったようで、現在にいたるまで非冷房のままである。
そこで2018年から紙おしぼりの配布、2021年からうちわのサービス、といった取り組みを始めた。2026年も6月13日から9月30日まで、おしぼりとうちわの配布を実施している。これは以前にも記事にしたことがあるので、御覧になった方もいらっしゃるだろう。
このほか、非冷房率100%なのが青森県の弘南鉄道(弘南線と大鰐線の両方ともだ)。また、三重県の桑名と阿下喜を結んでいる三岐鉄道北勢線は、冷房車と非冷房車が混在している。









































