荒木麻美のパリ生活

バルト三国の一つ、中世と現代が共存するエストニアのタリンに(後半)

 3月半ばの10日間ほど、エストニアのタリンに行きました。前半では旧市街とその周辺について書きましたが、後半では、旧市街から少し離れたエリアについて紹介したいと思います。

 まずはタリンのピリタ地区に。ビルギッタ修道院跡は、旧市街からバスで30分ほどです。バスには事前にチケットを買わず、クレジットカードで乗車できました。

 ビルギッタ修道院跡は中世カトリック女子修道院でしたが、現在は壁や一部の構造だけが残っています。係員はおらず、入場料を自動販売機で払い、QRコードで敷地に入ります。私が行ったときには私しかいなかったので、静寂のなかで幻想的な雰囲気に浸ることができました。

ビルギッタ修道院跡

 修道院跡を出て、マールヤマエ宮殿に向かいます。ここはエストニア独立100周年として、2018年に体験型の歴史展示施設として再オープンしました。本館の常設展示は「ロシア帝国からの独立(1900年代~1940年)」「ソ連占領(1940~1941年)」「ナチス占領(1941~1944年)」「再ソ連占領(1944~1980年代)」「再独立(1987~1991年)」「現代」という流れになっており、市民がどう生きたかにフォーカスしています。

マールヤマエ宮殿
マールヤマエ宮殿
独立時に撤去されたレーニンやスターリンの像が集められていました

 ソ連占領前は豊かな生活があったこと、ソ連占領時代に電話が盗聴されていたのではないかと思いながら暮らしていたこと、西側文化に憧れ、フィンランドのテレビをこっそり視聴していたこと、ナチス教育を受ける子供たち、といったことが分かるような内容です。今のエストニアがIT国家で自由を重視していくことになった流れがだいたい分かりました。

 1980年代末から1990年代始めのバルト3か国で、歌とともに平和的に展開された、民主化や独立を求める運動「歌う革命」と、1989年に同じくバルト3か国の首都を、人々が手をつないで築いた「バルトの道」についてはよく知らなかったので、この辺は特によく見ました。

 敷地内には映画博物館もあります。入口まではレッドカーペットが敷かれ、エストニア映画の歴史の記録・保存と、映画制作の紹介をしています。映画制作については、脚本・セット・編集・照明・音響それぞれの役割を学び、グリーンスクリーンを使って自分が映画に出演する録画体験もできます。録画されたものはメールで送ってもらえるので、よい記念になりました。

映画博物館
映画博物館

 マールヤマエ宮殿から旧市街までは、ピリタ海岸の遊歩道を歩きました。この辺りは夏になると大変なにぎわいだそうですが、このときは散歩をしている人がちらほらいる程度で、海風に吹かれながら1時間ほど歩いて帰りました。ただ、遊歩道の横をクルマがバンバン通るので、ちょっとうるさいのは残念なところ。

ピリタ海岸の遊歩道

 ミニトレッキングをしようと、ケイラ・ヨアというエリアにも行きました。ここはタリンの旧市街からバスで1時間強ほどのところにあり、ケイラ・ヨア滝で有名です。ケイラ・ヨア滝はエストニアで3番目に大きい滝で、小さいながらもなかなかの迫力です。ここをスタート地点として、海まで歩いて行きました。

ケイラ・ヨア滝

 滝から海に向かう途中でかわいらしいケイラ・ヨア城が見えました。現在は小さな美術館併設の、ホテル・レストランとなっています。

ケイラ・ヨア城

 海に出て、人の少ない海岸を歩いていると、まだ凍っているところとのコントラストが美しく、鳥たちがのんびりとくつろいでいる姿に癒されました。

まだ凍っているところがちらほらと

 最後にタリンで気になったことをまとめて。空港から町中のいたるところで見かけたのが卓球台。卓球台の写真を集めていたら結構な数に。卓球をしている人を見ることはありませんでしたが、暖かくなったら活用されるのでしょうか?

タリンで見つけた卓球台いろいろ

 タクシーに乗ったとき、運転手さんに日本人だと告げると顔がぱぁ!となり「日本に行ってみたいんだよね、ドリフトが大好きで。日本はドリフト愛好家にとっての聖地!」とまで言っていました。あとで調べると、エストニアを含めたバルト三国はドリフトがなかなか盛んなのですね。

 去年行ったラトビアのリガとも共通しますが、観光客の多い旧市街を出ると、白人以外を見ることはほとんどありません。また、エストニアも安全面の不安を感じませんでした。カフェでノートPCとカバンを置いて外に行った女性がいたのですが、パリではとても考えられないこと。博物館や美術館では上着をコート掛けに掛けて中に入るように言われるのですが、パリだったら誰かに盗られそうでとてもできません。夜の外出も、もちろん気を付けてはいましたが、不安がありませんでした。私が見たところはどこもきれいでもありました。日本から来たらどうということはないかもしれませんが、パリと比較したらこの安全と清潔さはとても快適でした。

カフェでかなり長いこと放置されていたノートPCとカバン
博物館や美術館では入り口付近にコートを掛けて見学をします

 エストニアはラトビアほどではないものの、映画・テレビ制作を積極的に誘致しています。現地の映画製作会社には、関わった日本のドラマのポスターも貼ってありました。バルト三国の最後の国としてはまだリトアニアがありますが、ここも映画・テレビ制作を積極的にしているということなので、いつか行く機会があれば、3か国の比較をするのが楽しみです。

映画製作会社内にあった日本のドラマのポスター

 私のいた3月半ばのタリンは晴天の日が多く、気温は一桁ながらマイナスになることは1~2回、雪もほぼ溶けていたので、外にいて楽しかったです。人混みと暑いのが苦手な私にはベストシーズンだったかも? のんびりとあちこちを見ていたら、あっという間の10日間でした。

ラトビアに続き、今回もお世話になったエア・バルティック
荒木麻美

東京での出版社勤務などを経て、2003年よりパリ在住。2011年にNaturopathie(自然療法)の専門学校に入学、2015年に卒業。パリでNaturopathe(自然療法士)として働いています。Webサイトはhttp://mami.naturo.free.fr/