【イベントレポート】パリ航空ショー2015

ボーイング、将来の航空機技術への取り組みを紹介

2015年6月15日~6月21日(現地時間) 開催

 ボーイング(Boeing)は6月15日、パリ航空ショーにおいて、「Commercial Airplanes Innovaton Briefing」と題して、民間航空機の将来技術に関する取り組みを紹介する記者会見を開いた。会見では、ボーイング民間航空機部門の製品開発担当副社長のMike Sinnett氏が、「運航技術」「キャビン快適性」「先進技術」「材料」「生産技術」「代替燃料」「将来航空機コンセプト」の7分野でのボーイングの技術開発の例を説明した。

 ボーイングでは、開発した技術を飛行試験・実証する「ecoDemonstrator」飛行実証プログラムを、実証用航空機3機(737、757、787)を用いて行なっている。最近の例では、ボーイング737MAX型機に装備される自然層流ウイングレットをこのecoDemonstratorにより試験・実証した。

ボーイングが取り組む将来技術について説明するSinnett副社長
ecoDemonstratorと、それを用いて実証された737の自然層流ウイングレット技術

 前述の7分野について、技術開発の例を“Near”(直近またはすでに導入されつつある技術)、“Mid“(近い将来の実現を目指している技術)、“Far”(長期的に取り組んでいる技術)の3つずつ説明された。以下にその内容を紹介する。

運航技術

運航技術

 “Near”では、飛行中のモニタリング技術により、気象の変化などを他機に伝え、気流の悪いところを、あらかじめ迂回するような運航システムの取り組みがなされている。

 “Mid”は、コックピットのペーパーレス化の取り組みで、チャート類やマニュアル、ログブックなどコックピットで現在使われている紙をすべて電子化し、完全ペーパーレスとすることを目指しているという。

 “Far”は、NASAが開発している「ASTAR」(Airborne Spacing for Terminal Arrival Routes)という技術の実証で、航空機同士の経路情報の相互リンクと知能化により、各機のアプローチ経路を最適化するもの。経路最適化による時間短縮・燃料消費低減だけでなく、例えば貨物機が編隊飛行を行ない、前機のドラフティング(スリップストリーム)に入ることで空気抵抗を減らすような運航も視野に入れているという。

キャビン快適性

キャビン快適性

 “Near”では、すでに導入されつつあるキャビンの加湿や、気圧を従来機より高めるなどの居住性向上技術や、Sky Interiorによる新たなインテリア(LED照明、大容量のオーバーヘッドビンなど)が紹介された。

 “Mid”では、音とライティングの総合的な演出により、航空会社のイメージ演出や到着地への旅の演出などを考えているとのこと。

 “Far”は、機内、機外、さらに乗継便などまでを含めた総合的な快適性で、到着地の天候を取り入れた機内空間や、降機時に入国の方法や経路を示すような装置、乗り継ぎ便で前の便の映画の続きを見られるシステムなどを開発している。

先進技術

先進技術

 “Near”は、すでに導入されつつあるブロードバンド衛星通信システムで、飛行中の機内でもWi-Fiによりインターネット接続を可能にする技術である。この開発では、既存機への取り付けが可能なように、機体への新たな加工が最小限となるように注意を払ったとのこと。

 “Mid”は自然層流翼(NLF:Natural Laminar Flow)技術で、最近ではHonda Jetが採用したことで話題となった技術である。翼表面付近の空気の流れは、翼面との摩擦により流速が遅くなる。このような、物体表面近くの流速が遅い部分を「境界層」と呼ぶ。物体表面近くでも空気の流れが乱れず、表面に沿って綺麗に流れているような境界層を「層流境界層」といい、表面付近で渦が発生して乱流となっている境界層を「乱流境界層」という。

 層流境界層は、空気抵抗が小さくなるという利点があるが、表面の汚れや流れの変化に敏感で剥離(失速)しやすいという欠点がある。一般的に、層流境界層を維持することは難しく、僅かな表面の突起や付着物などで境界層は乱流境界層となる(乱流遷移という)ため、通常の翼はほぼ全域乱流境界層となるよう設計されている。

 自然層流翼は、層流境界層の領域を広げて空気抵抗を低減しようとするものだ。航空機の場合、地上付近で虫などが翼前縁に付着し、境界層の乱流遷移を起こさせてしまうことが多い。ecoDemonstratorでは、757型機の飛行試験機の左主翼の前縁をメッシュ状にし、空気を吹き出すことで虫の付着を防止する装置を装着し、赤外線カメラにより飛行中に層流域がどの程度拡大したかを実証したという。

 ボーイングでは、787-9型機の尾翼に類似の装置が装着されており、飛行中はメッシュから境界層を吸い込むことで境界層を制御する「HLFC」(Hybrid Laminar Flow Control)が実用化されている。

 “Far”は、翼表面の空気の流れをさらにアクティブに制御する「Advanced Flow Control」で、ラダーの表面の流れを制御する実証を行なっている。

材料

材料

 “Near”の取り組みとしてはパイロン(エンジンの機体への取り付け部)のレジン化による製造コスト低減が紹介された。

 “Mid”は、リサイクルカーボンファイバーの使用で、強度上重要でないパーツ(アクセスドアパネルなど)に対してリサイクルカーボンファイバーから製造されたCFRPの使用を実証しているという。

 “Far”はエンジンの排気プラグ(エンジン排気部の円錐状の部品)のCMC(セラミック基複合材)化である。CMCとは、セラミックの繊維をセラミックで焼き固めた材料で、多くの場合セラミックとして炭化ケイ素(SiC)が用いられている。セラミックは非常に高い耐熱性を持つが、非常に脆いという欠点があり、それを克服しようとしたのがCMCである。CMCは、エンジン内部でも実用化が近づいており、開発中のLEAP-1ではタービンのシュラウド(ケーシング)に、GE9Xでは高圧タービンブレードに使われる予定となっている。

生産技術

生産技術

 “Near”は3Dプリンタによる部品製造や、カーボンファイバーの自動積層などの技術が紹介された。

 “Mid”は胴体組み立ての自動化で、穴空け、リベット、ファスナーなどの組み立て工程をロボットにより自動化しようとするものだ。

 “Far”では、危険を伴ったり汚染物質を扱うような工程をロボットにより完全無人化することを目指しているという。

代替燃料

代替燃料

 “Near”はバイオ燃料技術で、すでに一部の商業飛行にも用いられているなど、実証が進んでいる。

 “Mid”は他原料(特に食糧供給を圧迫しない原料)からの燃料製造で、近年では藻から燃料を製造する技術が注目されている。

 “Far”では、バッテリや燃料電池を用いた電動航空機の研究や、水素燃料の適用研究などが紹介された。

将来航空機コンセプト

将来航空機コンセプト

 “Near”はブレストウイングと呼ばれる主翼の形態で、主翼を下から支えるトラス構造により負荷を分散させるコンセプトである。

 “Mid”は新しい貨物機のコンセプトで、コンテナを直接胴体内に積み込み、低速(太平洋を数日で横断する程度)で飛行することで船便より速く、現在の航空便より安く貨物を輸送する機体の案だ。

 “Far”は超音速旅客機で、NASAと共同で超音速飛行時に発生するソニックブームという騒音を低減する研究を行なっているという。

外江 彩