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消えるパンダ、そのあとどうなる? 和歌山県・白浜町の“パンダ・フィーバー”を見てきた

 和歌山市から南に80km、人口2万人の和歌山県白浜町は、年間で300万人の観光客が訪れる、観光の街だ。そんな白浜の観光の目玉でもあった、テーマパーク「アドベンチャーワールド」のパンダ4頭が、6月27日の展示を最後に中国に引き渡され、日本を去る。

 1988年に中国・成都から2頭のパンダ「辰辰(シンシン)」と「慶慶(ケイケイ)」が引き渡されてから三十数年。中国とアドベンチャーワールドの共同研究によって、絶滅危惧種のパンダを17頭も繁殖させることに成功している。一時期は2年ごとにパンダの赤ちゃんが誕生していたこともあり、アドベンチャーワールドは「高確率でパンダに何頭も逢える動物園」として、年間100万人をゆうに超える入場者でにぎわい続けた。

白浜駅前のパンダ像

 またパンダは、海水浴などのマリンレジャーがない冬場にも観光客を呼び込む原動力ともなり、「1人平均でパンダ関連(グッズなど)に2万5000円投資」「経済効果は30年間少々で1256億円、年間40億円以上」と、町に莫大な経済効果をもたらす原動力にもなった。

 そんなパンダが街からいなくなったあと、白浜町はどうなってしまうのか? まずは、「最後のパンダフィーバー」に沸く白浜町で、現地の様子を見てみよう。

鉄道も飛行機も混雑、パンダ見学も「3時間待って2分」

 アドベンチャーワールドでのパンダ展示終了が迫るなか、大阪方面からの特急「くろしお」は時間帯によって満席続き。首都圏からの玄関口である南紀白浜空港も、利用状況の好調さもあって臨時便が運航される日もある。さらに、駅や空港までたどり着けても、シャトルバスは超満員……もはや、アドベンチャーワールドに到着するまでに、疲れ果ててしまう。

ずっと寝転んでいる「良浜」
お尻を出して昼寝中だった「結浜」

 ようやく現地に到着。さっそくパンダとご対面……。6月現在、「休日だと2~3時間待ち、平日でも1時間待ち」「じっくり見られるのは2~3分」といった状況だという。警備員・誘導員の方は幾重にも折れ曲がった行列を管理し、「到着するまでに気分がわるくなった方、おっしゃってください」「見学時間はわずかです、今のうちにカメラ設定とバッテリーのご確認をお願いします!」と、スピーカーで呼びかけに余念がない。

 なお、パンダも帰国まで1か月間の検疫機関が必要となるため、6月27日の最終展示までは屋外ではなく、ガラスで囲われた室内展示を行なっている。かつ見学スペースはガラスから距離が離れた場所でもあり、映り込みで撮影しづらい。

 それでも行列は途絶えず、アドベンチャーワールドは場内どこに行っても満員御礼。場内のフードコートも席を見つけるのに30分、そこから注文した食事がそろうまで30分、といった具合で、提供側もそうとうにバタバタしているのが、目に見えて分かる状態であった。

白浜駅で出発を待つ「パンダラッピングバス」
白浜駅改札。使わなくなった場所は「とりあえずパンダ」

 アドベンチャーワールドを出て街なかを見渡しても、自販機はパンダ仕様、飲食店や観光案内所にもパンダイラスト、JR白浜駅は使わなくなった空きスペースに"とりあえずパンダぬいぐるみ"、アドベンチャーワールド行きの明光バスも、イメージキャラクター的な使われ方で温泉に入るパンダをあしらっている。

 なお、和歌山県のイメージキャラクターも数年前までパンダイメージ(「わかぱん」)であった。白浜町も和歌山県も、パンダの返還を想定せず、PRに余念がなかったことがうかがえる。

脱・パンダ後の課題「鉄道・空港の維持」

特急「くろしお」パンダシート

 パンダ返還後に、地域にどのような影響があるのだろうか? まず、懸念されるのは「鉄道・飛行機など移動手段の維持」だ。

 まず、大阪方面からJR紀勢線に入る特急くろしおは、直近では「2025年のGWで、前年比23%利用増」という、万博効果で10%以上も利用が増加した関空行き特急はるかを上回る激増ぶりを見せている。

 ただ、紀勢本線やくろしおはコロナ禍による利用減少の痛手から立ち直っておらず、紀勢本線としても白浜駅~新宮駅間の輸送密度(1日に平均何人を運んだかを示す)が、ここ10年で1461から935へ減少している。

 そのなかで、特急による利益・利用者確の頼みの綱であったパンダ観光の消滅は、ただでさえ長距離走行で経費がかさむ特急くろしおの将来にも影を落とす。イベントなどでの増便が困難となるだけでなく、せっかく開発した「パンダ柄ラッピング」「パンダ型シート」(ヘッドレストがパンダの顔)の行方も気に掛かる。

南紀白浜空港

 紀伊半島の玄関口である「南紀白浜空港」も、パンダ返還の影響を受けそうだ。

 この空港は1日3便(羽田線)の就航しかなく、2015年の時点で「収入(着陸料・テナント収入)約0.7億円、支出約4.1億円」という、相当額の赤字を出していた。ただ、この空港がないと首都圏~和歌山間は5~6時間の所要時間と乗り換えの手間、険しい地形をぐねぐね進む鉄道(紀勢線)の揺れなど……和歌山県としても、集客維持のために、ムリをしてでも空港を残しておきたい事情がある。

 こうして、民営化としては異例の「県が事業者(みちのりホールディングス・白浜館などが主体)に10年間で24.5億円を支払う」という、めずらしい形でのコンセッション(運営権の民間委託。実質上の民営化)を実施している。いわば「おカネを払ってでも、民間のノウハウを取り入れたい」状態の南紀白浜空港は、パンダ観光を欠いた状態で、目標とする「羽田線・4便化」「成田線やLCCなどの誘致」を実施できるのか……。

 ただ、現状では意外と問題ないかもしれない。南紀白浜空港はいま「熊野古道」の玄関口としてインバウンド観光客(訪日客)の利用も多く、2024年度の利用者は約6000人プラスで23.5万人と、過去最高を更新している。

 実は、南紀地方(和歌山県)は田辺市、新宮市などが熊野古道を巡る長期滞在客の獲得に力を入れており、空港は「インバウンドの玄関口」としても活用されている。観光の目的づくりをアドベンチャーワールド・パンダに依存する白浜とは好対照の動きを見せているのだ。

 パンダ返還が近付く6月時点では飛行機は満員、臨時便まで飛ぶほどの活況ぶりを見せている。しかし、空港は意外と「脱・パンダ化」が進んでおり、フロアも観光案内もそこまでのパンダ熱を帯びていない。「2029年に空港利用者30万人」を目標に掲げる和歌山県にとっては、パンダに依存しない観光の在り方を作るよい機会なのかもしれない。

パンダがいなくても大丈夫? 白浜町の観光の課題

白浜には外湯も多くあり、地元の方も頻繁に入浴に来る

 ただ、白浜町はこれまで「パンダ観光」に依存してきたものの、パンダがいなくても成り立つ程度に観光資源も豊富だ。

 白浜に数多くある温泉は、古くは万葉集や日本書紀にも紹介された日本三古湯(白浜、有馬、道後)の一角でもあり、斉明天皇や天智天皇も湯治で滞在したことがあるという。また、独特の褐色を帯びた高さ50mの崖が海岸線にそそり立つ「三段壁」は、天気がよい日でも波の音が響きわたり、眺めていても飽きないほどに迫力満点。さらに、海岸背の複雑な地形は海水浴、ダイビングなどのマリンレジャー全般に最適だ。

三段壁

 ただ、このあたりのスポットは、夏場以外の集客に難がある。もともとパンダ誘致は、季節や気候に左右されない観光の目玉として、誘致された一面もあるという。

 アドベンチャーワールドはパンダなどの観覧に時間がかかることもあって「初日はパンダ、2日目は白浜観光」といった行動様式を生み、「来訪者の56%が宿泊客」「来訪者の2割がパンダ目的、観光客1人あたりの消費金額は平均で約2万5000円」など、驚異の好循環を生んできた。

 今後は集客策だけでなく、町内に100件近くもある宿泊施設を維持するため「日帰り観光にさせない方策」「パンダなしで単価を稼ぐ方策」にも知恵を絞らなければいけない状況だ。

 もちろん、アドベンチャーワールドも一層の経営努力が必要となる。かなりの面積を占めるパンダ関連施設や研究施設以外にも、海を一望しながらイルカショーを楽しめる水族館エリア、傾斜地をうまく活用した広大なサファリ、鳥やアシカ、ヤギなどが入り乱れる「アニマルアクション」ショー、さらには遊園地など、ここまで充実している動物園・テーマパークは、そうない。

 アドベンチャーワールドは、コロナ前には年間入場者数100人以上、年間で5億円以上の利益をあげてきた。好業績の原動力となる「入場料5300円」(上野動物園の7倍、旭山動物園の5倍)に見合うだけの価値・バリューを、“パンダなし”で維持できるかどうかも、今後のカギとなってくる

まもなく訪れる“パンダ返還後”。来年には東京・上野でも

 駆け込みでパンダを見たい人々で、最大瞬間風速のようなにぎわいを見せた白浜町も、まもなく落ち着いてくるだろう。特に、マリンレジャー需要がある夏を過ぎると、来客・宿泊ともに観光需要の伸び悩みが予想されているという。

 そして、2026年2月に予定されている東京・上野動物園でのパンダ返還によって、日本からパンダはいなくなる。1972年の「カンカン・ランラン」来日時には連日トップニュースとなり、高畑勲監督制作・原画や脚本を宮崎駿氏が担当したアニメや、あまたのグッズなどで日本中を席巻したパンダも、もともとの扱いは「中国からの貸与」。近年では「16年56億円」という貸与料を払って上野動物園での展示を続けており、主導権を握られた状態でのパンダ返還ショックは避けられなかっただろう。

 ともあれ、パンダはまもなく去る。しかし、白浜町には、あまたの生き物が棲むるアドベンチャーワールド、さらに絶景・温泉もある。この町が本来の観光資源を活かし、“パンダロス”からどう新しい街を作っていくのか。今後の推移を見守っていきたい。

【お詫びと訂正】初出時、大阪方面からJR紀勢線に入る列車の記述に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。