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JAL、新入社員へのプライオリティ・ゲストサポート訓練を初公開

高齢者や身障者、妊婦への対応を訓練

2015年6月29日 実施

 JAL(日本航空)は6月29日、新入社員を対象に毎年行なわれているプライオリティ・ゲストサポート新人訓練を報道陣向けに初公開した。「プライオリティ・ゲスト(以降、PG)」とは、高齢者や妊婦、病気や怪我をしている利用客のことで、今後ますます増え続けるとされている。

 JALは1994年にPGセンターを日本で最初に開設するなど、PGサポートに積極的な姿勢を取っている。PGサポートの訓練や教育は各空港に委ねていたが、JALグループとしてサービス・スタンダードを統一するため、2012年より新人訓練に組み込まれた。各空港で施設や構造、注意点が異なるため、新人訓練で行なうPGサポート訓練とは別に、各空港でのOJT(職場内訓練)にも積極的だという。

訓練が行なわれる羽田のJAL第1テクニカルセンター
カウンターや機内の訓練をする空港旅客モックアップ

 今回の取材は羽田の同社訓練施設「空港モックアップ」にて、2015年6月入社の新人14名が参加。JALグループの新入社員約500名は、4月から毎日のように新人訓練を行なっており、16日間行なわれる国内線の新人訓練プログラムの仕上げとしてPGサポート訓練が行なわれる。午前中の座学で、ホスピタリティやさまざまなケースでの対応を学び、午後からの実技訓練に臨む。

訓練には2015年6月入社のJALグループ社員14名が参加
今回の新人訓練のほか、各空港ではOJT(職場内訓練)も行なわれる
訓練生は少人数のグループで編成され、教官が2名が担当する

 まず最初に行なわれたのが、高齢者への対応訓練だ。加齢による身体の変化への理解を深めるため、訓練生は一部の感覚機能低下を体験する装具を付ける。視覚、聴覚、触覚などを制限し、普段とは違う高齢者の感覚を身をもって体験することで、何ができないのか、何が困るのかを利用客の立場から考えるというもの。

 老人性白内障・視野の狭さを体験できる研修専用のゴーグルは、極端な視覚の変化を体験できる。航空券に書かれた文字を判別するのも難しい。さらに手袋を装着し、関節をテープで固定することで、触覚が変化し手先が不器用になる。普段なら大きさや形で判別していた小銭もなかなか判別できず、見つかっても財布から取り出しにくい。研修用の装具を付けた訓練生は、教官から「115円を出してください」と言われ、何分も苦戦していた。

ゴーグルや耳栓、手袋などの感覚機能の低下を体験する装具
研修専用の狭く色が付いたゴーグルや耳栓を装着
普段とは違う感覚に戸惑う訓練生
チケットに書かれた座席や登場便名の文字も読みにくい
手袋をして関節をテープで固定することで、触覚と手先の感覚が変化
小銭の判別と取り出しにも時間がかかってしまうことを体験

 続いては車いすの利用客への対応訓練。車いすを使う利用客はさまざまなケースがある。足が不自由なだけでなく、心臓がわるいなど歩くことが身体的負担になっている場合も車いすが使われるため、対応する機会も多くなる。チェックインカウンターから搭乗口までスムーズに案内できるよう研修する。

 空港内で貸出される車いすは2種類あり、それぞれ用途が違う。折りたためる車いすは空港内で使用するために使われる。もう1つが搭乗用で、大車輪を取り外し、ひじ当てを折りたたむことで車幅を狭くすることができ、客室の細い通路でも走行できる。座席に座った後は車いすはカウンターに戻される。機内でトイレなどの移動には、客室に常備されている簡易型の車いすを使うという。

 訓練では、自らしゃがんで低い目線からの声かけ、移動の際の注意などを学ぶ。段差・坂道では下りに背を向けるなど、安全にエスコートする方法を教官の指導のもと実践する訓練生だったが、スロープの登りや段差を乗り越える際の重さに苦労していた。

車いす利用客への対応訓練では、車いすの操作とエスコートの方法を訓練
空港には2種類の車いすが用意され、折りたためる車いすは空港内で使用する
こちらは搭乗に使う車いすで、狭い通路にも入っていける
各空港はバリアフリー化が進んでいるが、段差を越える方法も指導を受ける
場所を移動してスロープを通行する際の訓練
スロープは下りを背にしてゆっくりと移動する
狭い通路での移動は、乗客にもひじを出さない様に注意してもらう必要がある
機内の狭い通路を車いすで通行するための方法も学ぶ
搭乗用の車いすは、幅の狭い小さな後輪があり、大車輪を外すことができる
取り外した大車輪は転がらないように立てて置いておく
ひじ当ても折り畳んで、後ろに収納できる
大車輪とひじ当てを無くすことで安定感は多少失われるが、車幅がかなりスリムになり、機内にも入っていける
機内の通路も後ろ向きで移動。狭い通路も座席まで移動することができた
教官に見守られながら、訓練生も実際に体験してみる
段差では人の重さを持ち上げる必要があり、苦労する様子も見受けられた

 目の不自由な乗客への対応は、まずは教官がアイマスクを着用して白杖を持ち、安全にエスコートする方法を習う。目の代わりとなって周りの状況や道順などを分かりやすく具体的に説明し、会話することが必要。案内するだけでなく、寄り添うことで安心感を与え、親しみや信頼感につなげるための実技訓練だ。「あちら」「こちら」という視覚に頼る言葉ではなく、「右」や「左」「○○メートル先」といった具体的な言葉で説明する必要があることを教官から指導される訓練生は、普段の生活の中であまり使わない丁寧な説明がうまくできずに苦労していた。

アイマスクで視界をふさぎ、目の不自由な方への対応訓練をする
目の代わりになり、安全と安心を与えるための言葉遣いや心遣いを指導
「こちら」など視覚に頼る言葉を避けるなど、慣れない対応に戸惑う訓練生も多い
狭い通路では横に付き添わず、一列で先導する

 最後の実技訓練は、妊婦体験。訓練生は2kgの重りが入ったジャケットの中にブランケットを詰め込み、最後にエプロンを付ける。妊娠中の重さや動きにくさなどを体感するための妊婦体験ジャケットを装着した状態で、客室のモックアップに移動する。移動中にもスロープや段差などがあり、慣れない重さや重心の変化、動きにくさに戸惑う訓練生たち。航空機に長時間乗ることをイメージし、座席に座っているだけでも苦しく、座席の下の荷物の出し入れもしにくいことを体験した。実際に体験することで、接客ではどうアプローチすれば良いのかを自ら考えるきっかけにしてほしいという主旨の訓練となる。

妊娠中の体の変化を体験するため、妊婦体験ジャケットを装着する
重さは2kgのジャケットの中に、ブランケットを詰め込む
最後にエプロンをつけ、妊娠中の重さや動きにくさなどを体感する
客室のモックアップに移動。自然とおなかを支える姿勢になる
座席に座り、荷物の出し入れなどでかがみにくいことを体験
体が重く、上に手を伸ばすことも困難
お腹が苦しく、席に座っているだけでもつらそうな訓練生たち

 一通りの実技訓練を終え、訓練生の1人、福岡空港に勤務している近藤さつきさんは「目の不自由な方への対応訓練では、普段の会話以上に丁寧な説明をしようという思いが先行してしまい、逆にうまく案内ができずに苦労しました」と語った。

 伊丹空港の田中絵梨さんは「車いすは、押したり走行したりした事はありますが、段差を越える経験は初めて。重さが大変でした。また、実際に乗ってみると、少し動いただけでもかなり気になることが分かりました」と、自ら体験することによって普段の生活の中ではなかなか気が付かない感覚を訓練の中で感じたようだ。彼女たちは新人訓練を終えて各空港に戻り、およそ1カ月間のOJTを受ける予定だ。

一通りの指導を終えて、訓練生は2人1組になって演習をする
目の不自由な方には、周囲の状況や道順などを分かりやすい言葉で具体的に説明、会話することで、安心感と共に親しみやすさや信頼感を与える
車いす利用客への対応は、段差や坂道、狭い通路での走行だけでなく、エスコートや声かけ方法も演習する
段差を越える重さは演習だけでは克服できず、教官にコツを教わっていた
伊丹空港に配属される田中絵梨さん(左)と福岡空港に配属の近藤さつきさん(右)
教官として今回の訓練を担当した中山真裕子さん

 声かけやコミュニケーションについては、新人訓練の中で時間を割いて取り組んでおり、このPGサポートが訓練の仕上げとなる。そのため、さまざまケースでの会話や対応については、訓練生は比較的上手なのだという。

 PGサポート訓練で時間がかかるのは車いすの操作や案内で、この新人訓練の後、訓練生が各空港に戻ってからOJTを繰り返す中で、身に付けていって欲しいと語るのは、今回の訓練を担当した教官の1人、空港企画部教育・サポート室 専任教官の中山真裕子さん。「各空港で施設が違うので、今後は訓練生が自分の空港を想定して訓練ができるように、教官側も各空港の施設を把握していきたい」と、より良いPGサポートができる訓練に進化させていきたい思いを語った。

政木 桂