旅レポ

都心から1時間、富士の麓で見つけた癒やしとふれあいの郷、静岡(後編)

馬とアヒルと極上の酒。富士の稜線を一望できる7組限定宿で体質改善も

富士山を背景に乗馬体験もできる、静岡2日目

 横に長い静岡県のうち、1日目となる前編では東端にあたる三島市や函南(かんなみ)地区周辺を中心に巡り、こだわりの食やちょっとしたスリル、そして芸術や文化にも触れた。後編はそこから一歩西側の富士宮市を巡るが、今回も最初に“食”から取り上げることをお許しいただきたい。富士山の知られざる一面を見ることもできる宿、そこでしか味わえない特別なメニューは、都会で消耗している人が英気を養うのにぴったりの場所と思えたからだ。動物たちとのふれあいで心身ともに癒やされるスペシャルな体験もでき、今すぐにでも行ってみたくなる、富士宮もそんなスポットの連続である。

宿泊は7組のみ。新鮮なニジマス料理と薬膳茶の宿「日月倶楽部」

 世界文化遺産にも登録されている名勝地、白糸の滝が流れ、朝霧高原が広がる富士宮市北部に、その料理宿はある。オーナー夫婦が経営する「日月倶楽部」(ひつきくらぶ)は、メゾネットタイプの6部屋と、キャンピングトレーラーのエアストリーム1台からなる、わずか計7組のみが宿泊可能な隠れ家的な宿だ。

「日月倶楽部」

 宿泊棟とは別に食事を提供するレストラン棟が独立しており、古民家風のたたずまいと薪ストーブのある落ち着いた内装が目を引く。実はこの建物、200年近く前の本物の古民家を移築して建てられたものだそう。食堂からは富士山が眼前に迫るかのようにそびえ立つのが見え、贅沢なロケーションのなかでゆっくり食事をとることができる。

200年近く前の古民家を移築したというレストラン棟
レストラン棟の内部
薪ストーブがあり、ソファのある個室でくつろぐことも
富士山を見ながら食事できる

 日月倶楽部での食事メニューは、一工夫も二工夫も凝らされているのが特徴だ。食卓につくと最初に配られたのが、体調を尋ねるアンケート用紙。「足がむくみやすい」や「すぐ疲れる」といった項目から現在の自分の状況に当てはまるものにチェックしていくと、そこから推測される体質や体調の改善を図る漢方薬、ハーブなどを独自に調合。オリジナルの「薬膳茶」として食前に提供される。

アンケート用紙に自分の体調であてはまるものをチェック
人によってこんなに色の違う薬膳茶が出てくる

 オーナーの山本竜隆氏は元々東京で医師をしていたが、西洋医学と東洋医学(漢方)の統合医療の実現を目指しIターン。標高がやや高く、低い気圧、低い酸素濃度などを活かした自然治療がしやすいこと、周辺は医療過疎地域であったことから、ここ朝霧高原に腰を据えることにしたという。

 近くにある「朝霧高原診療所」で医療に従事する傍ら、主には妻が切り盛りするこの日月倶楽部の運営管理や薬膳茶のレシピ作成にも尽力。近隣住民を心身両面から支える一方で、宿泊や食事に訪れる観光客に地元の食材を活かした料理や薬膳茶を提供することで、お客さんに健康への“気付き”や“意識改革”を促すきっかけ作りの役割も果たしたい、としている。

調合する薬膳茶のハーブ類は100種類近く。客の体調を聞いてそれを改善する最適な1杯を作り出す

 今回のランチメニューのメインディッシュは、近所の養殖場でとれたニジマス。大型のサケかと思うほど身は大きく、ほどよい油のりでありながら後味はしつこくない。口に入れるとほろりと溶けたかと思うと、魚の旨みがじわっと広がる。川魚にありがちな臭みが一切ないのは、富士山の清冽な湧水で育っているからだろうか。

朝霧高原のベビーリーフサラダ。遠藤さんの無農薬ニンジンをドレッシングにして
大根ポタージュスープ
富士山湧水で育てた、今朝とった土田さんの鱒。豆腐とココナッツオイルで作った自家製タルタルソースと共に
黒米入り玄米
有機豆乳黒テッドクリーム、金柑を添えて。ドライフルーツとくるみのパウンドケーキ。手作りチョコ2品

 メゾネットタイプの6部屋がある宿泊棟は、木造の風合いをたっぷり活かした作りの建物であるだけでなく、富士山頂から麓まで一直線に続く稜線を一望できるワイドビューとなっているのも見どころ。本物の“末広がり”を間近に見ることで、ゲン担ぎにも少なからず効果があるかもしれない。

宿泊棟
1階室内
メゾネットの階段を上がると……
富士山の稜線を麓まで見渡せるワイドビューが
2階の床は琉球畳
天窓が設置され、夜の美しい星空も眺めやすい

 ヨガやフィールド吹き矢といった短時間から丸1日楽しめる多彩なアクティビティプログラムも用意している。2016年4月までは仮オープンとして土日祝日のみの営業としているが、5月からは本営業を開始し、平日も宿泊や食事が可能になるとのこと。宿泊料金は1室2名利用時で1名あたり約1万5000円程度からとリーズナブル。そのためかリピーターも多く、本営業開始の5月以降も混雑は必至。早めの予約がお勧めだ。

ヨガなどを行なう舞台も敷地内に設置されている
日月倶楽部

所在地:静岡県富士宮市猪之頭2271

視界一杯に広がる富士山をバックに乗馬体験

 富士山付近で動物といえば「富士サファリパーク」を思い浮かべる人も多いかもしれないが、富士宮市、朝霧高原付近で動物といえば、馬。乗馬体験ができる「乗馬クラブ EQUINE-HOLIC(エクイン・ホリック)」は、厳しい競争の世界で戦ってきたサラブレッドたちが一線から退き、静かに余生を過ごしている場所。今は背中にジョッキーではなく観光客を乗せ、富士山の麓で第二の人生ならぬ馬生を送っている。

「乗馬クラブ EQUINE-HOLIC(エクイン・ホリック)」の厩舎

 ここエクイン・ホリックでは、主に乗馬初心者を対象とした体験プログラムを用意しており、馬の乗り降り、歩行の開始と停止、左右の方向転換など、基本的な馬術をイチから丁寧に教えてくれる。学校の体験学習に利用されることもあるとのことで、乗馬に必要な装備もすべて揃っており、安全に乗馬の楽しさを学ぶことが可能だ。

静かに余生を送っているサラブレッドたち
乗馬体験のプログラムには含まれていないが、タイミングによってはエサやりも体験できるかも

 なにより富士山が視界一杯に広がる中で、高い視点から周囲を見渡せる乗馬の気持ちよさは格別。初めのうちは「自在に操る」というわけにはいかないかもしれないが、慣れればこちらの求めに素直に従って動いてくれる馬との一体感が味わえ、言葉は通じないものの手綱とあぶみを通して対話している感覚も生まれてくる。カップルや家族で一緒に行くのにも最高のアクティビティスポットだろう。

馬場は富士山が視界一杯に広がる
おそるおそる乗る筆者
基本的に引き馬の状態で乗ることになるが
20分の乗馬体験の後半では軽く走るところまで指導してくれる

 動物つながりというわけではないが、富士山本宮浅間大社の近くで江戸時代から続く、アヒルが出迎えてくれる文具店「文具の蔵Rihei」も、注目しておきたいスポット。“富士山ブルー”や“朝霧高原グリーン”といったユニークなネーミングのインク、地元でしか採取できない富士ひのきなどを用いた万年筆、歴史ある文具店ならではの、メーカーと共同で開発したボールペンほか、ここでしか入手できないオリジナル文具の数々がところ狭しと並ぶ。

アヒルが出迎えてくれる「文具の蔵Rihei」
変わったネーミングのインクが多数販売されている
毎年のように新しいモデルを企画・販売している万年筆。中には1本8万円するものも
富士ひのきを軸の原料に使ったボールペンやシャープペンシル、印鑑もある

 また、店内に一風変わった“ギミック”が設けられているのも面白いところ。なんと店内を1本の川がとうとうと流れているのだ。インテリアとして水を流しているのではなく、本物の川が店を2つに分断するかのように流れており、数々の実用品が並ぶ厳格な文具店で、常に聞こえるサーッという水音に心が洗われるような気持ちにもなる。

店内を流れる川。時々流れが止まることがあり、その場合は動物が侵入してくることもあるとか
乗馬クラブ EQUINE-HOLIC

所在地:静岡県富士宮市根原230 ハートランド朝霧内
体験乗馬:20分3000円(要予約)

文具の蔵Rihei

所在地:静岡県富士宮市宮町8番29号
営業時間:9時~19時
定休日:年中無休

癒やされ度抜群の静岡、最後は地元の銘酒に酔う

 終わりにもう1つ、食で忘れてはならないのが、Riheiから徒歩圏内にある創業1830年の「富士高砂酒造」の日本酒。仕込み水に井戸で汲み上げた富士山の伏流水を用い、古来の伝統的な技法で酒造りを続けている、小規模ながらも静岡有数の酒蔵だ。富士高砂酒造では一般的な“寒造り”を行なっており、例年11月から3月一杯が酒造りの季節。取材に訪れた2月はまさに仕込みの真っ最中で、蒸し米を運ぶ姿も見られた。

「富士高砂酒造」
多数の仕込み樽
蒸し米を運ぶ従業員の方
酒造りに用いる水は、ここから汲み上げた富士山の伏流水だ
ほとんど最後の工程となる絞り用の機械。布状のものに浸透させ、片方から強い力で押しつけ挟む。酒粕がなぜ板状になっているのか、この機械を見て初めて理解できた

 原料は山田錦を中心に、静岡原産の誉富士や北長野、北陸で収穫できる酒造好適米が用いられ、大まかには乳酸菌を投入して短期間で製造できる速醸仕込みと、時間をかけて乳酸菌を呼び込んで作る山廃仕込みの2つの方法で生産している。純米、純米吟醸、純米大吟醸と一通りの日本酒を造り分け、さらに女性など日本酒が苦手な人でも飲みやすい工夫が施された“ヨーグルト酒”のような新しいタイプの商品開発にもチャレンジしている。

 プレスツアー最後の訪問先ということもあり、ここでは純米吟醸酒のうち山廃仕込みのものと速醸仕込みのもの、そして火入れしていない生原酒などを比較試飲させていただいた。火入れしていない生原酒の個性にも惹かれたが、個人的には速醸仕込みの鋭さのある味わいが最も好みであった。購入される際にはぜひ試飲してじっくり比較し、自分好みの日本酒を見つけてほしい。

併設している店舗
仕込み方法などが異なるものを比較試飲させていただいた
お酒が苦手な人でも美味しく飲める新しい商品もある

 静岡県の東側は、都心から比較的近いところにあるにもかかわらず、世界遺産にもなった日本の象徴とも言える富士山を抱え、その懐の深い自然の恩恵を日常的に受けながら過ごすことのできる貴重な土地だ。週末の土日2日間で満喫するのはもちろんのこと、日帰りで目的地を絞って訪れるのもアリだろう。しかし、居心地のよさで癒やされ、もっと長く滞在していたくなる可能性がとても高いことを、肝に銘じておかなければならない。

富士高砂酒造

所在地:静岡県富士宮市宝町9-25
営業時間:8時30分~19時(平日・土曜・祝日)、10時~17時30分(日曜)

日沼諭史