旅レポ
寺社探訪、グルメ、文化……静岡県西部エリアの魅力満喫なおとな旅(後編)
産業文化の魅力に触れ、古い街並みの散歩で充実した時間を満喫
(2015/12/23 00:00)
静岡県が企画した、大人ならではの楽しみ方を提案した「静岡おとな旅」プレスツアーのレポート。前編では、緑茶と由緒あるお寺と浜松の旅を楽しんだ初日の様子をお送りした。2日目は場所を磐田市、掛川市に移し、ものづくりや街歩きを体験。その様子をお届けしたい。
「磐田市香りの博物館」で香りの世界に触れてみる
ツアー2日目の最初に向かったのは「磐田市香りの博物館」。ここは人間の歴史や文化を彩ってきた「香り」をテーマにした珍しい博物館だ。どうして磐田市に? と思われるかもしれないが、磐田市には高砂香料工業の工場があり香りに縁深い土地柄。高砂香料工業では磐田市香りの博物館の展示などの協力も行なっているという。
しゃれた雰囲気の建物である博物館に入り、2階に昇ると展示室へ。まず見かけるのが花びら状に配置された5つの「香りの小部屋」だ。ここは部屋ごとに「マスクメロンの香り」「沈水香(伽羅)の香り」「アイスクリームの香り」「エジプトの香り」「藤の香り」に分かれている。小部屋に入って、中の3Dモニターに浮かぶ風船をつかんで割ると、テーマごとの香りが体験できるのと同時に、モニターで香りの成分や秘密について説明が行なわれるユニークな展示だ。
展示室の「香りの文化史コーナー」ではタッチパネルを使って、世界四大文明の香りの歴史や意外な知識を紹介するほか、香炉・香水瓶といった香りにまつわる美術工芸品を展示。展示数は決して多くないものの、個人的にはガラス細工や陶芸、木彫りとさまざまな手法で作られ、意匠をこらした古代から現代までの工芸品が見られたのが眼福だ。
また、企画展では現在、漫画「茶柱倶楽部」を紐解きながら、日本茶の文化や歴史を紹介する「日本茶の香り展」を開催している(2016年1月17日まで)。こちらでは深蒸し煎茶や玉露など多様な種類の茶葉の香りを実際に嗅ぎ比べることができ、石臼を使っての抹茶づくり体験ができるようになっている。また、茶柱倶楽部の原画も展示されており、見ていて日本茶の魅力が伝わってくる内容だ。
「香りの体験コーナー」で自分だけの香りづくりに挑戦!
そして、磐田市香りの博物館で一番推したいのは、自分のキャラクターや精神状態に合ったフレグランスを自作できる「香りの体験コーナー」である。
実際に作るにはまず女性は8種類、男性は5種類の、「ボディ」と呼ばれる基本の香りの中から好きものを選択。その後、PCの「マイ・フレグランス」という専用ソフトで血液型や体形、好きな色の組み合わせなど選択すると、心の状態についての診断結果とその人独自のフレグランスについてのレシピがプリントされる。このプリントを元に材料と調合キットを使って調香するわけだ。
筆者が試してみたところ、「明るく、若々しく大変活動的」「心配していたことが回復に向かっているという意識があるようです」との診断と、都会的なグリーンの香りに甘酸っぱいフルーティーな香りなどを加えたレシピが出てきた。本当に明るく若々しいのかはともかく、華やかな香りは苦手なのでスッキリしていそうなグリーン系やフルーツ系が入ったレシピはうれしい。
調合キットではレシピの元となる3種類のフレグランスのボトルと、大小のビーカー、スポイト、香水瓶などが付いてきて、化学の実験のような感じだ。レシピにそってボトルから小さいビーカーで計量し、大きなビーカーで合わせてかきまぜ、スポイトで香水瓶に入れるだけ。それでも自分に合った香りが調合できたという喜びは大きい。このフレグランスはオーデコロンくらいの軽いものなので、日常使いでも大丈夫だ。
この調香体験は小型の香水瓶を使ったコースの場合は2160円、アトマイザー付き香水瓶を使ったコースでは2670円。また、サンドブラストやエナメル絵付けなど香水瓶に加工ができるコースも別途、用意されている。
アクセスについてはJR東海道本線の豊田町駅で下車して北口を徒歩5分。展示や香りの体験コーナーのほかにもカフェテラスや香りにちなんだミュージアムショップもあるので、フレグランスに興味がある方は楽しめそうだ。
磐田市香りの博物館
所在地:静岡県磐田市立野2019-15
TEL:0538-36-8891
開館時間:9時30分~17時00分
休館日:毎週月曜日、祝日の翌日、年末年始
入館料:一般300円、学生(高校生以上)200円、小・中学生100円
URL:http://www.iwata-kaori.jp/
話題の「光透けるストール」の製造元を訪ねて
続いて向かったのが、今、ファッション界で注目を集めている静岡県掛川市のテキスタイルメーカー、福田織物。注目の理由とは、画期的な綿のストールを生産しているからだ。その名も「光透けるストール」。
綿の薄い布というとガーゼのようなざっくりしたものを思い浮かべるかもしれない。しかし、光透けるストールは綿で作られながらも、シルクのような軽さと透ける感じ、そして肌になじむ肌触りを備えているのが特徴だ。また、軽さと美しさがありながら綿の吸湿性はそのままで、手洗いで洗うことも可能。
福田織物のショールームに入るとカラフルなストールが並んでいる。実際に触らせて頂いたが、ストールから指が透けて見えるほど薄い。試しに試着させて頂いたところ、ストール特有の首にまとわりつく感じが少なく巻いているのを忘れてしまいそうだ。
どうして綿で軽く透ける仕上がりになるのだろうか? 福田織物の福田靖代表によると120番手の極細の糸を使っているからという。「番手」とは糸の太さの目安を表わし、基本的に数が大きくなるほど細くなる。一般的な綿の糸は30番手で、120番手では細すぎて織ることができないとされてきた。しかし、福田代表は「伝統的な木綿の織物で世界に持っていけるものを作りたい」と考え、約3年をかけて120番手を使った織物を作るのに成功。そこから光透けるストールが作られることになったのだ。
ストールについて説明を受けたあと、工場内を見学。機織り機の轟音が鳴り響くなか、ストールはじめ、さまざまな生地が織られていく。糸が少しずつ布になっていく様は見ていて楽しい。
この福田織物のショールームおよび工場は残念ながら一般見学できないものの、光透けるストールはセレクトショップ「CENTO COSE」の掛川店、浜松店などで購入でき、関東圏でも渋谷ヒカリエの「d47 design travel store」や日本橋高島屋の1階婦人洋品売り場で販売されている。このあたりは福田織物のサイトの「店舗情報・取扱店舗」で紹介されているので、店舗に行く機会があったらぜひその薄さと軽さを実際に確認してみてほしい。
福田織物
所在地:静岡県掛川市浜川新田771
TEL:0537-72-2517
URL:http://www.fukudaorimono.jp/
店舗情報・取扱店舗情報:http://www.fukudaorimono.jp/store/
遠州横須賀街道の八百甚で「いも汁」を食べる
フレグランスに織物とオシャレなスポットをまわった次は、昔の面影を残す町並みで昼食を。ツアーバスが向かったのは掛川市の遠州横須賀街道。このあたりは江戸時代には横須賀城の城下町だったところであり、ところどころレトロな建築が残っている。
またこの古い町並み、いつもは静かだが4月の第1週の金・土・日には、いにしえの江戸天下祭の形を残した「遠州横須賀 三熊野神社大祭」が開催され、大きなにぎわいを見せるという。この祭りの大きな特徴は、「祢里(ねり)」と呼ばれる祭り山車を使った古い江戸のスタイルが今でも残っているところだ。
かつて江戸では、祭りといえば山車が使われ、横須賀藩の城主が江戸の祭り文化を横須賀に持ち帰ったのが現在の祭りの原型だという。しかし、江戸の方では山車から神輿を使うようになり、遠州横須賀のみが当時の江戸の祭りの面影を残すようになったそうだ。
街道は車通りが少なく、唯一ある一灯式の信号がなんと移動式。これは祭りの際に祢里が引っかからないよう、祭の期間中は南側へ移すのだとか。また、街道で細長く高いシャッターの建物を発見。これは祢里を保存するための祢里小屋とのこと。散歩してみて、次々と意外な発見が見られるのが遠州横須賀街道の面白さだろう。
食事で入ったのは街道の中心部にある旅館「八百甚」。1933年(昭和8年)に建てられた木造建築の建物がどこか懐かしい感じだ。ここの名物は「いも汁」で、静岡以外の地域の方にはとろろ汁と言うと分かってもらえるだろう。自然薯をすりおろして調味し、ごはんにかけて食べるのはとろろ汁と一緒。ただし、醤油ベースと鰹出汁のとろろ汁に対し、いも汁は味噌と鯖の出汁で味付けする。鯖からとる出汁は香りが豊かでコクがあり、味噌とともに味に深みを出すという。
いも汁を麦入りのご飯の上にかけ、好みでネギや海苔を乗せてかきこむ。実際に食べてみると感じるのは、とろろ汁とはまた少し違った力強い味だ。自然薯の風味と味噌の組み合わせは大地の恵みをいただいている感じがする。
また、すりおろした自然薯を入れた澄まし汁では自然薯と出汁のハーモニーが楽しめ、自然薯の素揚げや磯部あげ、しらすおろしなど静岡の特産を活かした盛り合わせもバラエティ豊かでさまざまな味わいが詰まっている。なかでも珍しいのが、あんぽ柿の天ぷら。干柿を揚げるというのは驚きだが、静岡ではおやつ感覚で食べる料理とのこと。
また、八百甚に来たら見ておきたいのが、遊び心を活かした洒落たディテールの内装だ。長押まわりや欄干の指物にはさまざまなデザインが使われ、街道に面した部屋のガラス障子から入る光が美しい。食事に加え、古きよき建物の雰囲気も堪能できる場所だ。
八百甚
所在地:静岡県掛川市横須賀113
TEL:0537-48-2008
ゆるゆると遠州横須賀街道を散歩して羊羹を買う
遠州横須賀街道で見ておきたいのはやはり、昔の雰囲気を残した街並み。食事の後に街道を散歩していて、案内してくださった方が「開いているかなあ」と街道から1本、道を入って案内してくれたのが羊羹のお店「愛宕下羊羹」。明治40年開業の老舗の羊羹専門店だ。最近は真空パックで売られている羊羹が多いなか、このお店ではガラスケースに裸と昔ならではの状態で売られている。
試食させていただいたが、素朴で密度が濃いながらもなめらかで小豆の味がしっかり伝わってくる味だ。あまりの美味しさについ栗羊羹を買って帰宅してから食べたが、こちらも小豆と栗と素材の味を強く感じて美味しかった。ここで販売されている羊羹は小ぶりであるものの、どれも700~800円と安い。また、案内してくださった方が「開いているかなあ」と言っていたのは、午前中など早くに売り切れることが多いため。もし、この店の羊羹を食べてみたい場合は早めの来店をお勧めしたい。
栄醤油醸造で醤油ができるまでを見学
遠州横須賀街道をぶらぶら歩き、次の目的地は江戸時代に創業した醤油醸造元である栄醤油醸造。遠州横須賀街道の家は間口が狭く奥に長いいわゆる「うなぎの寝床」がほとんどで、栄醤油醸造も街道に面したところにお店に、奥は醤油工場になっている。栄醤油醸造では本醸造で添加物を入れない天然醸造にこだわっているという。
今回は工場で醤油ができるところを見学させてもらった。工場に一歩入ると、香ばしさとアルコールの匂いが混ざった強い発酵臭がして、あらためて醤油は発酵食品だと感じさせらされる。
材料は大豆、小麦、塩、そして種麹。大豆は大きな釜で蒸し、小麦は専用の炒り機を使って熱した砂と混ぜて炒ってから砕く。そして塩はざるの上に乗せて、地下100mからくみ上げた井戸水を大樽に浮かべ、塩水に。
続いて麹作り。蒸した大豆と炒って砕いた小麦を混ぜ、そこへ種麹を入れて混ぜ室で3日間、温度調整を行ないつつ混ぜたりほぐしたりして麹菌を育て、麹を作るという。この麹を塩水が入った2mほどの大きな木桶に入れ、1年半の間、発酵と熟成へ。実際に発酵と熟成が行なわれている樽を拝見したが、比較的発酵が浅い樽はまだ大豆の粒が見られ薄めの褐色なのに対して、1年半たった樽は色が濃褐色で泡が浮いている状態。
発酵が終わったものは袋に入れて「ふね」と呼ばれる大きな容器へ。すると袋自身の重みと重石の重みで醤油が絞り出される。実際にこの圧搾作業を見てみたが、パイプから醤油が出てくる様を見て不覚に「美味しそう」と思ってしまった。ただし、これで醤油の出来上がりではなく、今回は工程を見られなかったものの、このあと「火入れ」という作業が必要になる。熱で殺菌することで今以上に発酵しないようにするものだ。また火入れで香ばしさが増すとのこと。
見学後、栄醤油醸造のお店で醤油の味見をさせていただいた。ここではこいくち、うすくち、さしみたまりなど合計、6種類の醤油を味わうことができる。どれも味わいがまろやかで深いのだが、個人的には「甘露」という品名の、一度できた醤油にさらに麹をつけて3年かけて作ったうま味の強い醤油が一番好みだった。店内で味見ができるようになっているので行ったらぜひ味を試してみて、自分好みの醤油を見つけてほしい。
栄醤油醸造では事前に予約することで工場を見学することも可能。また、醤油に麹を混ぜて作る「醤油麹づくり体験」も500円で行なっており、こちらは作ってから2週間で調味料として使うことができる。
栄醤油醸造
所在地:静岡県掛川市横須賀38
TEL:0537-48-2114
旅のラストは甘いものでシメる
その後、「吉田屋」で大判焼を食べる。アツアツの大判焼きは冬の旅にとって至福だ。大判焼はふわっとした食感の生地にキリッとした甘さのつぶあんが詰まっていて、街歩きの疲れを癒してくれる。味はつぶあんとクリームの2種類。この店の店主夫婦は「子供が寄ることのできる場所を」ということでお店を開いているという。ただし、いつでも食べられるわけではなく、夏期は休業するとのこと。
また、子供に人気のお菓子を作っているのが、吉田屋にほど近い「栗山製麩所」。ここでは静岡名物の麩菓子「さくら棒」を作っている。麩菓子というと20cmくらいの長さの黒糖の蜜で黒い棒を思い浮かべる方も多いかと思うが、こちらは薄いピンクや緑色で長さも1mほどと大きい。
この栗山製麩所に立ち寄り、さくら棒の製造工程をちょっとだけ見学。工場の奥を見るとピンク色の棒が積みあがっていてお菓子とは思えないダイナミックさだ。切って水につけた生麩を細長く伸ばしたあと、両端を引っ張りながら専用の釜に並べて水をかけてから蓋をして20分ほど蒸し焼きに。ちょっといただいて帰りの新幹線で食べたのだが、外側はパリッとして中がフワフワで優しい味。栗山製麩所はまさに工場といった見た目なので少し入るのに躊躇しそうだが、さくら棒をはじめ麩の販売も行なっている。遠州横須賀街道を行った際、製麩所の扉が開いていたら勇気を出して、「さくら棒」を購入して独特の食感を味わってみてほしい。
吉田屋
所在地:静岡県掛川市横須賀30
TEL:0537-48-3613
※夏期は休み
栗山製麩所
所在地:静岡県掛川市横須賀926
TEL:0537-48-4953
ここで紹介した八百甚をはじめとする店や名所が並ぶ遠州横須賀街道へのアクセスは、JR東海道線の袋井駅から「横須賀車庫」行きバスに乗って25分、「新横須賀」で下車だ。
さて、最後は気が付いたら遠州横須賀街道で食べ歩き状態になってしまったが、歴史から文化、グルメと盛りだくさんな旅を満喫できた今回のツアー。派手なスポットでにぎやかに楽しむのもいいけれど、大人になるとやはりしっとりとした旅で静かに楽しみたいという気持ちが出てくる。今回紹介したスポットはどれも落ち着いた場所で、日常の喧騒を忘れさせてくれるだろう。身も心もゆっくり癒せる旅を目指したいなら、静岡県西部エリアは狙い目だ。