井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

走行中の新幹線が地震に遭うと何が起きる?

新幹線が走るための電力を供給する電力設備は、実は地震の際に列車を止める場面でも役に立っている

 世のなかに「地震で揺れているのが好き」という人はいないだろう。そして、高速運転を行なっているだけに、「新幹線に乗っているときに地震が来たら、どうなるの?」と不安に思う読者もいるかもしれない。そこで今回は、新幹線における「地震への備え」について。

地震計が地震を感知して送電を止める

 新幹線では、地震計が地震を感知したら自動的に列車を止める仕組みがある。自動的に止めるといっても、いろいろな方法が考えられるが、採用されたのは架線への送電を止める方法だった。

 新幹線の沿線には数10km程度の間隔で変電所があり、電力会社から受電した電力を単相交流2万5000Vに変換して架線(厳密にいうとトロリー線)に送り込んでいる。その変電所に地震計を設置して、揺れを検知したら送電を止めればよい、との理屈だ。送電が止まれば、電車を走らせるための動力源がなくなる。

 ただしこれでは、変電所がある場所ないしはその近傍で地震が起こらないと、送電が止まらない。そして、揺れ始めてから送電を止めることになってしまう。そこで、遠隔地にも地震計を設置するようになった。遠隔地の地震計が揺れを検知したら、直ちに変電所に向けて送電停止の指令を飛ばすわけだ。車両の方は、架線への送電が止まったことを検知すると、自動的にブレーキをかける仕組みが備わっている。

 例えば東海道新幹線の場合、沿線地震計に加えて、遠方地震計を北関東から淡路島辺りまで広範囲に展開している。さらに、気象庁の緊急地震速報や、防災科学技術研究所が持つ海底地震観測網の情報なども活用しているという。

JR東海が東海道新幹線向けに整備している地震計のネットワーク。JR東海の報道発表資料(2022年8月25日付)より引用

 遠方で地震が発生した場合、地震波が伝わる速度よりも、地震計から情報を飛ばす電気信号の方が圧倒的に速い。だから、先回りして送電を止めれば、地震波が新幹線の線路に到達する前に十分に減速できる、という理屈になる。

 では、実際にこうした仕組みが機能すると何が起きるか。乗客の立場から見ると、まず車内の照明が消えて非常灯だけが点灯した状態になる。架線への送電が停止すると、車内照明用の低圧電源も供給途絶するから、そういうことになるわけだ。非常灯は蓄電池を電源としているので、これは停電しても使用できる。そういう場面のための非常灯である。

 それとともに、車両が減速を開始する。もちろん、通常よりもきついブレーキをかけているが、車輪の回転がロックしてレールをこすってしまうようなことは起きない。そんなことになれば、車輪が削れて平らな部分(フラットという)ができてしまう。だから「ゆっくりと減速しているように感じられるが、実は通常よりも早く減速している」となる。

 筆者は一度、東北新幹線に乗っているときに福島県内で発生した地震に遭遇したことがある。列車は福島トンネル内で停止したが、安全確認を行ない、ほどなく送電を再開して走り出したので、致命的な立ち往生にはならずに済んだ。

近所や直下で地震が起きたら

 では、新幹線の線路がある場所の直下あるいは近隣に震源がある場合にはどうなるか。もちろん、この場合にも送電は止めるが、震源が近いと停止が間に合わないかもしれない。そこで、地震による揺れに直面しても、脱線や転覆が起こりにくくなる策もとられている。

 そもそも、レールの上に載っている鉄道車両が地震に遭うとどうなるか。地震動によって横方向に揺られると、車両は「四股を踏む」ような動きをするという。例えば、「右→左」方向の揺れが来ると、片方の車輪が持ち上がった状態になる。続いて、逆方向の「左→右」方向の揺れが来ると、車輪がレールから外れて脱線する可能性が出てくる。

 それなら、車両の左右方向の動きを抑え込めば、車輪がレールから外れることはなくなる。そういう考えのもと、東海道新幹線と九州新幹線で導入されているのが、脱線防止ガード。左右のレールの内側にΓ型断面の鋼材を追加して、これが左右方向の動きを一定範囲内で食い止める仕組みになっている。

左右のレールの内側に取り付けられている鋼材が、脱線防止ガード。走っている列車の車内から撮影したので、やや不鮮明な点は御容赦いただきたい

 さらに、台車の下部中央には「逸脱防止ストッパ」が突き出ている。もし脱線してしまっても、これが左右いずれかのレールに引っかかり、大きな逸脱には至らないようにする。

 一方、山陽新幹線では左右のレールの中間に「逸脱防止ガード」を設置している。もし脱線が起きても、ここに車輪が引っかかれば大きな逸脱には至らないという考えによる。

 東北・上越・北陸・北海道新幹線では、車軸を支える軸箱と呼ばれる部品にΓ型の金具(L型車両ガイド)を取り付けており、これがレールに引っかかって逸脱を抑える対策がとられている。これは、過去に発生した震災で実際に効果を発揮した実績付きだ。ただし、L型車両ガイドが引っかかったレールが外れてしまったのでは意味がないから、レールの側では転倒防止装置を増設する策がとられている。

山陽新幹線では、左右のレールの間に「逸脱防止ガード」を設置する作業が進んでいる。ガードの形状には何タイプかある
E3系の台車。車軸の下に突き出している逆台形の部材がL型車両ガイド
L型車両ガイドがレールに引っかかって、大きな逸脱を食い止める仕組み。JR東日本の報道発表資料(2006年10月20日付)より引用
2個のレール締結装置に挟まれて取り付けられている、ほかとは形が異なる金具が、レール転倒防止装置。これは北陸新幹線で使われているものだが、東北・上越・北海道新幹線も同じ

停電するとトイレが使えなくなることがある

 停電すると動力源がなくなるから、走れなくなり、車内の照明も蓄電池を電源とする非常灯だけになる。これは分かりやすい。

 しかし意外なところでも影響があり、トイレが使えなくなることがある。現時点で主流の真空式汚物処理装置は、タンクの側を負圧にして強制的に吸い込む仕組みだから、負圧を生み出す仕組みがいる。それを動かすには電源が必要になるため、停電すると使えなくなってしまうのだ。

 それを避けるため、意図的に真空式以外の方式を使っている事例もある。また、N700Sでは非常時の自走用にリチウムイオン蓄電池を搭載したので、それを電源にして一部のトイレを使えるようにした。

N700Sにおける新機軸の1つが自走用バッテリだが、これがトイレにもメリットをもたらしているのはおもしろい